「よいしょお、っと……!」
ロープで登るには中途半端な高さへ鈎を引っ掛け、柱の上へ片腕を乗せる。
正直、アイシャの細腕で身体を持ち上げるのは難しい。本来ロープで登るのは、一つ高い位置に鈎をかけ、足の力で垂直に歩くように登るのが正しいやり方だ。
それでもなんとか登らなければ、光の珠を調べる事も出来ない。腕から肘にかけて、肩の力で体を引っ張り上げようとする。
「ぬおおおん……あたしは、おもくないっ……!」
羽根だ。あたしは羽根の様に軽い。それでいて根性もバリバリにある。そんな思い込みを使い、気合で腕力を強引に絞り出し、ミリ単位で上へと動いていく。
そうしてようやく、両方の腕が柱に乗る。これならいける。ぐいと胸を張って持ち上げ、柱の角に押し付けて支えるための接点を増やす。
痛ひ。力を込める度に硬い石の感触が腕に伝わり、胸を潰す。しかし痛みを堪えねば、それ以上の高さへ至ることは出来ない。耐えるのだ。
「おんごおお゛お゛……!と、どけえっ……!」
しかし高さは胸が完全に乗った所で留まる。半身の重みを完全に持ち上げきるには、気合よりも純粋に全身の筋肉の量が足りていなかった。
腕の痛みは悲鳴に変わりつつあり、もうすぐにでも自分は落ちてしまう。最後の力を振り絞り、片腕だけを光の珠へと伸ばす。
肩から肘、腕から指先を全て強引に伸ばし、光に触れようとする。光の中心に手が届くかは、自分の支える力がどこまで保つかに依る。正直、もう落ちそう。
あと少し、もう指先ほどの距離で光に触れる、届く。
――とどい、た……!
「へっ?」
その瞬間に
まずい、背中から落ちる。一瞬で意識を立て直すも、高さの無い柱から落ちるのは一瞬だった。
「ごえ゛っ!?……ぬごおおおッ……!痛い、いたひぃっ……!」
受身は間に合わず、そのままアイシャは背を地面に打ち付けた。
落下による直接の衝撃は背負い袋が受けてくれたが、その中身である冒険者セットが袋越しに背中に衝撃を伝える。
間接的な衝撃とはいえ、ランタンだのバールだのハンマーだのが入ったモノを背中で受けたのはとんでもなく痛い。腰周囲を覆う硬革のコルセットが無ければもっと酷かった。
全部をコルセットが受けた訳もなく、ほぼシャツを着ただけの肩甲骨付近は相当な痛みだ。アイシャはその場で転がり、腹這いにごろごろ左右へ身体を揺らした。
「――んぐぇえ……全く、貧血かなんか、ですか……?」
ようやく痛みがヒリヒリする程度まで収まった所で、頭を上げて背をさすりながら座る。
光に手が届いた瞬間、急に視界が暗転した。疲れか、それとも体調不良か、その両方か。ギリギリだったとはいえ、腕の力はもう少し頑張れた筈なのだ。
――いや、違う。いくらなんでも、タイミングが悪すぎる。
(光に触れた瞬間、何かが起きたんだ)
情報がさらに一つ増える。腕の力も限界、背中が猛烈に痛くてつらいので、もう一度同じ事が起こるかを確かめるのは厳しい。
あの光の珠は、あたしに目眩を起こさせた。そう考えると、あの光がどういうものか仮定・推察を増やすことが出来る。
魔法の光、仕掛けの光。しかし投げつけた石は魔力を吸わず、アイシャは目眩を覚えた。
何故だ。触れた石とアイシャの違い、共通項。何故だ、何だ――
「……魔力……ちか、ら……?」
そうだ、力だ。投げつけた石には魔力を込めていない、アイシャは触れた時に力を失った。
違いはそこで、共通するのもそこだ。力が、魔力があるか無いか。魔力を不意に削られると、虚脱・衰弱を起こす。それは高純度の魔石を見つけた時にも考えた事だ。
先程魔力を込めたばかりの、小袋に収めても未だ輝き続ける欠片を取り出した。曖昧な仮定を、絶対な確定とする為に。
「せい」
輝く石を、光球へ投げつける。再び何にも阻害される事なく、石は通り抜ける。
そして、
「――っ!やっぱり!」
そこから光を一瞬にして失い、柱の近くの地面へと落下した欠片を拾う。
消えている。先程まで袋を透していた眩い光が、込めた魔力が。それはアイシャの中の一つの考えを、揺るがない真実へと転じさせた。
(それそのものが魔力を奪う、光――!)
どういう原理なのかはアイシャの知識にもない、しかしこれは魔力を吸い取る魔術の一種だ。
一つ、前へ進んだ。確実な情報が一つ増える毎に、解答へ至る道はさらに増える。
あの文章の中に、”魔力を奪う”事に関係のある情報はあるのか。いや、無ければならない。そうでなければ、説明がつかない。必ず、ある。
「――『持ちしを、滅し。持たざるを、焦がす』」
そうだ。この場で滅せられるモノは、魔力しかない。
”持たざる”は少し不明瞭な所があるが、何を持つと表現しているかはわかった。魔力を持つ物体が、扉を開ける手順の流れで”落陽”によって滅せられる。
さらに続けて、”真の夜来たる”。陽が落ちるという前の文を受けた接続詞とも考えられるが、恐らく異なる。何せ、魔力を持った燭光石から
真の夜。何も見えない、光一つ見えない、そんな夜。光る”星”が絡んでいるこの場で、”真”とはそういう事ではないのか。
仮定の繋がりが、次から次へと思考を巡らせていく。
(思えば、”星”はあっても”光”は無い)
たまたまかもしれないが、雲夜・陽火・真の夜など、複数の意味を掛け合わせた言葉が頻発しているのに、星に関しては星光・星明・星芒などとは書かれていなかった。
光らない星など無い。少なくとも、”六の矮星”はこの場で光って浮かんでいる。
じゃあこの場における、夜を阻む光とは、何のことだ。たまたま持ち込んだだけの燭光石は、まず関係が無い筈だ。
「……待った。いや……そうだ。”柱”って……なんですか?」
六つの星という言葉を考え直した所で、アイシャが口元に手を当てる。
自分の思考の見落としに気付く。そうだ、この場に在る六つの柱とその上の光、これら全てをまとめて”六つの矮星”と喩えている、そういう可能性があった。
目に見えている柱と”浮かぶ”という言葉に気を取られて、その仮定が抜けていた。少しずつアイシャは口元から手を離し、目を見開いて新たな考えに集中しだす。
”唯一つの柱”が”率いる”。仮に六つの柱がそのまま”矮星”であると考えるなら?だとすれば柱とは、唯一とは何のことを意味している。それに、”率いる”のもおかしい。
星が交わるだけなら、光が重なるというだけだ。だが、わざわざ”率いる”という表現をするのに、何か意味があるとしたら。意図があると、したら?
――意が、あると、したら。
「――……」
繋がる。点と点が、情報を集めた頭脳と経験に裏打ちされた直感が、朧げな光を伸ばしていく。
柱は、六本の柱と無関係として。星を率いる事に、意図がある。
一つ一つの着想を元に、謎全体を一本に貫いていく。考えに考え抜いた直感は、きっと裏切らない。全ての仮説が一つに繋がったなら、それは紛れもない答えとなる。
この洞窟内で何度となく脳裏によぎった閃きが、頭全体を駆け抜ける様に迸る。もはやアイシャの中でそれぞれの仮定は、根拠など無くとも全てが等しく真実だと確信していた。
「…………『望む』、『一つ』の、『柱』」
その時、朧げな光がかかっていた全ての点が、天地を貫く雷鳴の様に強く繋がった。
望むとは、何か。一つとは、どれか。柱とは、何を指しているのか。そうだ。この場において、それらの単語全てを満たして繋げる鍵は、唯一つしか有り得なかった。
最初から、ひとつしかないんだ。
「い、いや……でも、それ……」
一度は離れた掌が、再び口元を覆う。ようやく手にした一本の結論に惑う。
嫌な汗が無数に流れていく。この”解法”は、恐らくはほぼ合っている――いや、まず間違いなく答えだ。これだけ考えた上でのことだ、それだけの確信はある。
瞳が、揺らぐ。この謎を解いた時に何が起こるか、それも既に確信している。だが、どう転がるのかがまだわかっていない。これは実際にやってみなければわからない。
もしかして、もしかすると、もしや。真実に限りなく近い場所にまで導いた思考が、先に有り得る最悪の未来までをも想像させてしまう。想像、してしまった。
「う、ぐううっ……!」
葛藤の中で定まらない感情が、無数に変わる表情として表される。
どうする、どうなる。やるのか、やらないのか。行くのか、退くのか。下手をすればこの遺跡内で最も悩む決断の前に、心は振り子の様に揺るぎ続けて収まらない。
希望的観測も悲観的な想像も、結局最後は出たとこ勝負だ。しかし、この決断が齎す結果には一切の中間が存在しない。ゼロかイチかの二つに一つ、
――あたしは、どっちだ?
「……い、いまさら、なんですよぉっ……!」
そうだ。こちとら危険な目にはここまで、何度も遭ってきた。命まで賭けてそれら全てを潜り抜けてきたのは、一体何のためだ。何が欲しくて、ここまでやってきた。
金は欲しい。命も大事だ。だがそれ以上に、自分は”冒険”を求めて此処まで辿り着いた。
自分が求める冒険とはなんだ。それは、未知そのものだ。未知へと至る道だ。
それはどこに通じている道か、誰にもわかっていない。時には最悪の結果が待っている事もあるだろう。そうだとしても、それでも――
「それでも、先を見るんだ……!」
――その道を自ら切り開くのが、冒険者というものだ。
◆ ◆ ◆
「ふーっ……よし、覚悟完了ですよ、もう」
荷物の全て――冒険者セットなどを収めた背負い袋、所持する剣、地図を差し込んだ矢筒、燭光石を入れた小袋を取り付けたベルト、燭光石の首飾りと熾火の腕輪。それらをなるべく六本の柱から離れた場所に置き、アイシャは柱群の中央の隆起に立つ。
何が起こるかはわからないが、余計なモノがあったから失敗した、なんてオチは嫌だ。それに、もし文章の通りに事が動くとするなら、所持品が危険な可能性がある。
正直、いっその事コルセットやシャツも脱ぎ捨てて挑みたい所だったが、武器すら手放している状況で必要以上に軽装になりすぎるのも不安が残る。
準備はこれでいい、あとは覚悟だけ。両手で、自分の頬を軽く叩く。
「……”我が星天”とやら。開かせて、もらいますよ……!」
隆起にしゃがみ込み、頂点に両手を置く。これだけなら魔力を注ぎ込もうとした、さっきの姿勢とまるで同じだ。
だが、やる事は魔力を注ぐ事じゃない。
「――来い、来い、来い……ッ」
これまでやってきた魔力を込める感覚、その逆戻し。魔力を
アイシャは専業魔術師でもなんでもない。魔力を込める感覚は知っていても、魔力を吸い取るなどやった事も、そんな術も知らない。だから、今必死で新たなイメージを掴もうとする。
出来る。込める事が出来るなら、引き出す事も出来る筈だ。手を置いた隆起を魔力で繋げるのではなく、
そうだ、魔力が注げなかったのはその為だ。最初からアイシャからの魔力など受け付けない程に強固な、精神下の
「……き、たッ!!」
その考えは、真実となる。隆起と意識を強固に繋げたアイシャの精神が、六本の溝へと広がる。
そして、
次に、柱の上の光が全て同時に沈んで柱に宿る。頂点から根本までにゆっくりと波及した光が、それぞれ真っ黒に染まったままの溝に届く。
瞬間。六つの閃光が、地を駆けた。
「――う、あ゛ぁあァッ!!あ゛、づ、ううう゛ッ!!」
溝から逆流した柱の光が、一瞬にして隆起へと辿り着き、その上のアイシャにまで届く。
一つに束ねられた光を受けたアイシャの全身が
魔力が、抜けていく。身体に生命を宿す魂の力、全てが焼け落ちる。肺の中から焼けた空気が口へと抜けていく。燃えた身体が死に向かい、溶けた骨が捻れ曲がっていく。
全部、錯覚だ。身体は無事だ、魔力が奪われているだけだ。だが、アイシャが味わう苦痛は紛れもなく真実で、魔術師の爆炎を受けた時より遥かな火を感じる。
「あ゛、ぐ、う゛ッ――ぐ、そッ……ま゛……だあッ……!」
意識が遠のき始め、未だ魔力を燃やし続ける炎を纏ったアイシャがその場に倒れる。
声はもう出ない、視界は潰れた。本当に喉を焼かれたのではないか、本物の火じゃないのか。死神の間合いに入っている、そんな絶望が訪れる。
死なない。絶対、死なない。あたしは
「……カッ……ハ……」
足の先から頭の上まで、全ての感覚が消え始める。意識を繋いでいた歯の感触はおろか、自分が口を開いているのか閉じているのか、それすらももうわからない。
魂が、燃え尽きようとしている。全ての魔力が根から奪われてしまった人間は、衰弱死する。そんな事は、十分に理解していた。だが、その理解する頭ももう動いていない。
何も、わからない。瞳すら動いていない今、自分が見ている色が真白なのか真黒なのかもわからない。全ての痛みと色の無い世界に、包まれている。
それが、アイシャが最後に感じた”なにか”だった。
◆ ◆ ◆
洞穴の最深部。六つの柱が立っていた場所から、全ての光は失われた。
その闇の中で何一つ動くものはない。浮いていた光球も、主を失った冒険者の荷物も、柱に囲まれて倒れ伏す
全てを外界から遮断する闇の緞帳の内側で、
アイシャちゃんのなく頃に解 ~焼失編~
♪女神転生ゲームオーバー時のBGM