トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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死にました

(死にました、ね)

 

 真っ黒だ。何もかも見えない、何も聴こえない。

 冒険者稼業を始めて、ここまで”無”を感じた事は無い。腕力で劣るアイシャは、何よりも危機を察知する視覚と聴覚は鋭く保ち続けていた。

 自分が何よりも信を置いている二つが、何も感じ取っていない。ならばもう、自分は死んでいる。冒険者として――という比喩ではなく、紛れもない死を迎えたのだ。

 

(……天国、行けなかったんですね。地獄って、冷たいです)

 

 天国は白く、地獄は黒い。なんとなくだが、そんなイメージがあった。

 現実に、今自分は冷たい場所にいる。太陽の温かさから程遠い、遥か地の底の様に冷え切った場所。いい人は温かく、悪い奴は冷たく死ぬんだ。そう神様に判断されてしまったのは少し悲しいが、色々やってきた以上は仕方ない。

 あたしの身体はどうなったんでしょう。自分が亡霊(ゴースト)と化しているなら、離れている身体の行方が気になった。

 亡者(レブナント)にでもなろうものなら、目も当てられない。地の底で死んだとはいえ、忌み嫌われた挙句にいつか焼却されるのは嫌だ。

 

(はぁ……ダメ、だったかぁ……)

 

 残念ではあったが、不思議と後悔の念は無かった。自分自身を最後まで信じ抜いて、それに殉じた。変に物怖じして引き下がるよりは、気分が良い。

 死ぬ時は前のめり、だ。誰も知らない所で死ぬのは悲しいと思っていたが、実際に死んでみると案外それでもいいか、という諦観の内にあった。

 ――でも。どうせなら、お日様の当たる温かい所で死にたかったな。地獄は冷たくて、無味乾燥としているものなんだな。砂の味を拾った唇からそう考える。

 

(……んっ?味?)

 

 いや、ちょっと待って。味。味が、する?

 呼吸をする。呼吸が出来る。口元にある砂埃を吸い、舌が受ける。

 それを意識した瞬間、気付いた。

 

「…………いき、とる」

 

 口は意志のまま動き、何も見えない暗闇の中で自らの声が耳に届く。

 身体全体は麻痺毒を受けた様に動かし辛いが、倒れ伏した地面の冷たさを感じ取っている。明かりが無いだけで、瞼は既に開いている。

 霊体でも亡者でも無い。自分の魂は、肉体と共にある。繋がっている。

 

「……か……勝っ、たっ……!やりました、よっ……!」

 

 それを理解した瞬間、身体全体に少しずつ力が戻り始める。立ち上がるどころか手足も動かせない有様だったが、体が少しずつ自分の意志で震え始めていた。

 次第に胴から肩へ、腰へ、腕へ、腿へ――手と、脚へ。震えていただけの全身が、それぞれ動くようになってきた。拳を握り、脚を引いて膝を立てる。

 死んでいない、生きている。アイシャは、謎に打ち勝っていた。

 

「ぐっ……ぬ゛ぅ、ふぅぅぬ゛ぅうぅん……!」

 

 しかし本調子という訳でもなく、全身の力を振り絞ってようやく寝返りが打てるだけだ。ひとまずいつまでも床を舐めるのも嫌なので、身体を上に向ける。

 力が戻り切らない身体を助ける為に、ゆっくりと時間をかけて深呼吸をする。全身から魔力が抜けていった事による虚脱感が酷いが、これなら少し休めば快復する。

 魔力が完全にゼロとなるまで奪われていたなら、そこで死んでいた。今目覚めた以上、魔力は戻り始めている。動ける様になるまで、こうしていればいい。

 一度は取り戻した体の力を地面に放り、大の字に寝転んで目を瞑った。

 

「あー……えがっだぁ」

 

 最後の最後、実際にやってみなければわからなかった最後の謎についても、これで完全に理解出来た。その結果は、生存(イチ)だ。

 星を望むもの――すなわち星天を望むもの、或いは六つの星を望む(ながめる)もの。たった一つしかないその”柱”、答えは此処までやってきた人間そのものだ。

 (ひと)が意志を以て、六つの星を自身に向けて率いる――引き寄せる。そうして一点で交わった光は、()()()()()()()()()()()()、その人間を焼く。

 そして、その次の文章こそが最後にして最大の問題だった。

 

(やっぱり、()()()()()で済みました、ね)

 

 めいっぱいまで吸い込んだ空気を、安堵の溜息として吐き出す。

 『持ちしを滅し、持たざるを焦がす』。魔力を燃やす光を六つまとめて(じぶん)が受けるのは確かだったのだが、そこに何故”持たざる”という言葉が書かれてあったのか。

 ”柱”の正体が人そのものと気付いた時、それが疑問だった。そもそも人間は全員魂を持ち、魔力を持っている。どんな人間であっても、そこに例外はない。

 だからアイシャはこの二文に違和感を持ち、意図を考えた。

 

「……ここまで、随分使ってきたからなぁ」

 

 その二文の差は、単純な大きさ――保有量の違いだ。

 ここに至るまで、アイシャは多くの精神力を魔力に変えてきていた。ただでさえ扱える魔力の量が少ないアイシャにとって、精神力の枯渇は集中力と体力の低下に等しい。

 気を払って休憩も多く取っていたが、おそらく比べれば常人以下にまで落ち込んでいるだろう。

 それが()()()()ことだと考えた。先程アイシャの身を焼いた白い炎は、尋常では無い、それこそ死を確信させる程の痛みを与えてきた。

 おそらくだが、あの火は魔力が多い人間ほど長く、あるいは強く燃え盛るのだ。魔力が少ないアイシャですらああだったのだ、あれ以上の強さで焼かれてしまえばそれだけで精神が死に至る。

 肉体が生きていた所で、それを動かす精神が死ねば同じ事だ。あるいは、精神が感じた痛みをそのまま肉体が誤認し、ショックで死に至る事も考えられる――いや、ぜんぜん考えたくない。

 

(魔術師でない事を感謝したのは初めてです)

 

 思考から靄が完全に晴れ、精神がじわじわと体の端々へと行き渡るのを感じる。

 魔法が使えない事で苦労した事は多々あれど、助けられた事など一度も無かった。それだけ超常的な力を発揮する魔法の有無は、冒険者にとって大きな差を生んでいる。

 だが今回はそれによって、謎が解けた。生き残れた。それでいい。

 

「……よい……しょっと」

 

 依然として何も見えない暗闇の中で、体を起こして安座する。

 本当に真っ暗だ。先程まであった六つの光は完全に消え、耳に届く物音も一切無い。自分の声だけが、この地の底の夜闇の中に在る。

 まずは、荷物を手にしなければ。自分の身がどう焼かれるのかがわからず、本物の火だった場合に備えて離れた所に置いた、自分の所持品。

 背負い袋に手を触れれば、あとは感触だけでランタンと火口箱を取り出せる。火付け一式を手にすればこっちのものだ、そこからは目を瞑ってでも着火出来る。

 荷物を、この何も見えない中で探す。最初の目的を定め、まずは周囲を改めて見渡す。

 

「一寸先は闇――どころじゃあないですね」

 

 どれだけ目を凝らしても、何も見えない。六つの柱どころか、今自分が座っている地面すら見えない有様だ。いかに夜目を鍛えていたとしても、何一つ光源が無ければ意味が無い。

 それなら、歩くしかない。未だ重く感じる腰を上げ、立ち上がる。走ることはそう出来ない程に気だるいが、歩き回るだけなら支障は無いと自己分析する。

 自分がどの方向に倒れたのかも、あの身を焼く苦痛の中ではわからなかった。あるいは無意識に身を捩り、いくらか転がってしまったのかもしれない。

 方向を確認する術は無い。四方が壁で囲まれた大部屋の為に崖などに落下する事は無いのだが、このトンデモ暗い空間を当てもなく彷徨うのはキツい。

 

「……ん……んんん?」

 

 おっかなびっくり空中を探る様に前に手を出しながら、無駄だと思いつつも顔を左右に振って何かの目印を探す。その時、視界の端に何か白い霧が見えた。

 見えた、見えている。錯覚でも目の異常でもない、今にも黒に塗りつぶされそうな白が一点、先の地面に転がっている。その一点だけ、石畳の色が見えている。

 まさか、まさか。思わずアイシャは疲れも忘れ、その一点に向かって駆け出した。

 

「ぬ゛ぐぉーんッ!?」

 

 ――直後に、目の前にあった柱に衝突した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「あたし今日厄日でしょこれ」

 

 柱にぶつけて痛む額を左手でさすり、予想外の打撃に目を涙で濡らしながらも、アイシャは先程見つけた、この暗闇の中で唯一の白い点の前で膝をつく。

 それに手を触れる。そこから、指先の肌色が見える。やはり、これはあの光だ。

 

「生きていたんですね、あたしの首飾り……!」

 

 最初から生きてる訳では無いのだが、今にも消えそうな所で光を保っている様子を見ると、ついそんな感想を抱いてしまった。

 元々爆発するほど魔力を増幅して保持する魔石の、さらに純度が高めのモノだ。アイシャの込めた魔力でもここまで再点火(こめなおし)無しで輝き続けてきた結晶に、感謝の念すら湧いてくる。

 そうしている間にも首飾りの光は失われ続け、もはや指先を照らす光すらも無くなった。だが、もう十分だ。この首飾りは、最期に最大のアシストをしてくれた。

 

「よし、よし!荷物発見!ナイスですよホンマ!」

 

 首飾りの近くを手探り、その近くに置いてある自分の背負い袋を手繰り寄せる。

 寝ている間、一体どれほどの時間が経ったのかはわからない、しかしこの首飾りは持ち主が起きるまで、あたしに荷物の所在を示す為、ずっとここで光ってくれていたのだ。なんていい(やつ)なんでしょうか、そんな思いから思わず笑みがこぼれる。

 しかし、そんな彼に再び光を灯す事は出来ない。正確には出来るんだろうけど、これ以上不要な魔力を使えば飛翔の石版(かえりみち)を動かせなくなるリスクがある。

 せめて、傍にいてください。感傷からアイシャは、光を灯せなくなった相棒(いし)を胸元、シャツの内側に仕舞い込み――ちょっとちくちくして痛いけどガマンする――、背負い袋の中を漁った。

 

「――あった。よっしゃ、見てて下さいよ相棒。お前の意志は、あたしが引き継ぎますからね!」

 

 感傷が行き過ぎてテンションが上がったアイシャが、袋の中の火口箱とランタンを取り出す。

 既に光は失われた、しかしその最期の輝きは無駄で終わらない。人は光を求めて彷徨い、同時に光を自ら生み出す生き物だ。それを、相棒(こいつ)の前で証明してみせる。

 火口箱の中身を取り出し、感触で確かめた一式を手に取る。火打金、炭布、火打石、そして附木。全て、手に取るようにわかる――実際に手に取っているのだから当然だが――。

 かち、かち、かち。何も見えない暗闇の中、石を鋼が擦る度に小さな火花が散り、石の上の炭布がそれを受けて赤熱を始め、軽く息を吹き込んで僅かに煙を立たせる。

 そこに附木を添えてやれば、火花より小さかった赤と煙が、一つの火へと変わる。確かに手の中で生まれた火を、すかさずランタンの中に入れてやる。

 

「ああ……あったかい……あったかいよぉ……」

 

 そして、炎が産まれた。ランタンの内側で揺らめく炎は光となって周囲を照らし、アイシャに確かな温もりを与える。

 先程までの情の一つも感じさせぬ石の床とは全く違う、確かに熱を伝える火。思えば人は火と共に歩んできたのだ、そんな感慨をも感じさせる温かさがそこにはあった。

 火は人を焼く事もあるのに、何故こんなにも優しさを感じるのか。先程焼け死ぬと思ったからこそ、今はランタンの内からのぬくもりに癒されていた。

 ランタン最高や。燭光石なんかいらんかったんや。高まったテンションが完全に別方向へシフトしたアイシャは、恥知らずにもさっき抱いていた石への感謝をランタンに向けていた。

 

「……なーんて。いつまでもバカやってられませんよね」

 

 辺りを見渡す明かりを再度手に入れた事で、手に宿った熱とは正反対に思考が冷静になる。

 背負い袋を始めとする所持品を全て回収し、体にベルトを巻き直してそれぞれを取り付け直し、仕掛けを動かす前の武装状態を完全に取り戻す。

 アイシャがあれこれしている間に、体の調子は十分戻っていた。ランタンをあちこちへ向けて、先程まで自分が倒れていた柱の周辺を見つける。

 再度柱の中心へと戻り、そこでついに自分の最終目的地が見つかった。

 

「――やあーっと、ご対面ですねえぇぇ……!?」

 

 怒りと憎しみと疲れと達成感が入り混じった、唸りの如き声を上げながらそれを見る。

 明かりを掲げた先にあるのは、手前側に開いている大扉とその間に見える岩壁、そして壁の中央で小さく開いている洞穴だった。

 洞穴の大きさは大扉と比較するととても小さく、アイシャでも手を伸ばせば上部に届く程度の高さと、おそらく人が二・三人並んで入るのが限界だろう幅しか無い。

 何よりもおかしい点は、その穴が自然なものである事だった。

 

(回廊みたいになってると想像したんですが……これは、手掘りですね)

 

 魔法で掘られた穴は、不自然な程に整えられる。だが大扉の間に空いている穴は、目に見えるほど岩肌に凹凸があり、鱗の様な細やかなものから、四角く尖ったものまで様々な模様がある。

 明らかにツルハシやスコップなどの切削具により、人力でこじ開けられた穴だ。凝った意匠を扉に刻む程に凝り性な魔術師が隠したものだから、それこそ消えない蒼い炎があちこちについたような、いかにも何かを隠している妖しげな回廊を想像していたのだが。

 

「ま、いっか。今更迷う事など無いですしね、行きゃーわかります」

 

 そう言って、アイシャはその洞穴へと迷いない足取りで歩き始める。

 ここまで来たのだ、たとえ道がどんな見た目だろうが関係無い。この奥にあるもの、”我が星天”をこの目で確かめてやる。そして多分そこに転がってるお宝をゲットする。

 待ってろ偏屈魔術師。あんたの隠したブツは、今あたしの目の前にある。もはやあたしを止めるものは何も無い、あたしは大勝利・あんたは大敗北なのだ。

 

「ふふふっ……はっはっはっは……ふぁーっはっはっはっはー……!」

 

 悪い顔を浮かべながら、噛み殺しきれずに口を衝いて飛び出た高笑いを大扉に聞かせる様にしながら、アイシャは洞穴の中へゆっくりと消えていった。

 




アイシャ「星を見るたびおもいだせぇー!」

やっと……やっとココ書けた……(色々な展開が大体ここに集約してる)
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