トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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引き下がってたまりますか

(……凹んでる場合じゃ無いです)

 

 自分が一番乗りでは無かったという事実には面を食らったが、だからこそいつまでも気落ちしている場合では無い。

 気を取り直したアイシャは男達が歩いて来た方向から他の誰かが来る気配が無い事を確認し、トロッコの影から出て立ち去った男達の方向へと歩き始めた。

 先を行く男達の足音と話し声は洞窟内で反響して混じり合い、不鮮明でこそあるが離れたこちらにまでしっかりと聞こえてきている。こちらの足音が向こうに聞こえない様に注意を払いながら、アイシャは音だけを頼りに二人を尾行する。

 男達の会話の中には「上に外へ繋がる出口がある」という内容が含まれていた。だがアイシャが入ってきた扉は間違いなくつい先程まで完全に閉ざされていた上、男達はアイシャが歩いて来た通路に目もくれず真逆の方向へと歩いていった。

 眉間に皺を寄せながら、アイシャは今この状況で最も考えられ得るものを推測する。

 

(別の入口、でしょうね)

 

 既に先客がこの場にいる以上、この廃坑へ繋がる入口が全て閉ざされているという仮定はもはや成り立たない。

 男達が歩いて行った先にアイシャが入ってきた地下扉の様なものがもう一つあるのかも知れないし、或いは全く別の形の出入口があったのかも知れない。

 まずは現状把握と情報収集が最優先だ。この廃坑の正体が何にせよ、中にある値打ちのものが全て回収されているならばこの場には危険しか残っていない事になる。

 そんな状況でわざわざ探索を続けても、百害あって一利も無い。だが、まだ判断を下すには早い。

 

(お願いだからまだ残っててくださいよ、あたしのお宝……)

 

 レールの内の一本に沿って奥に奥にと進んでいく男達の足取りを追いながら、祈るようにアイシャはこの中に残されている――と、いいなぁという願望が多分に入った――宝へ想いを馳せる。

 先程の男達は「ここに来て何日目かわからない」とも言っていた。この言葉だけでは、中を探索し終える直前なのか、未だ探索が続いているのかはわからない。

 だが、ぼやいていた男の口振りではまだまだ終わる気配が無い、と言ったニュアンスが見えた。未だに探索が続いている途中であるなら、こちらにも宝を手にするチャンスはある。

 また、先客がいるというのも決してマイナスばかりでは無い。遺跡を最初に探索する際は未知の危険に対し常に警戒し、安全の確保の為に時間をかけて慎重に進まなければならない。

 つまり、男達がいる場所は十分に安全確認が済んでいるという事になる。その分残された宝などは少なくなるだろうが、思わぬ見落としが残っている可能性もある。

 

(折角休日返上してやって来たんです。簡単に引き下がってたまりますか……!……まずくなったら即逃げますけど)

 

 アイシャは自分の見つけた遺跡に手を出していた盗賊団に対して心の中で対抗心を燃やしながらも、頭の片隅には冷静に最後の選択肢を留保させておく。

 手持ちの武器は護身用のグラディウスと投げナイフが三本のみで、残りの荷物は全て探索用の道具だけだ。こんな状況では盗賊団とやり合うどころか、まともに正面から戦うなら街の荒くれ者にだって勝つ事が出来るか怪しいものだ。

 どんな状況でも最優先に考えるべきは己自身であり、過ぎた蛮勇は身を滅ぼす。どんな宝を手にした所で、最後に生きて帰らなければ意味が無い。

 引き際を常に意識する事。それこそが冒険と無謀を別つ一線である。

 

「……むっ」

 

 そんな事を考えながらも歩いていると、これまで男達の進路と一致していた地面のレールは二又に別れ、男達の足音はその分岐したレールの内の一方である、壁にぽっかりと大きく開いた通路の方向に向かっていった。

 気付けば先程の空間と比べて今いる場所はいくらか狭く、僅かに天井が低くなっている。男達が向かわなかった方のレールは通路の方向とは反対の方向にカーブし、松明の取り付けられていない闇の向こうへと続いている。

 このレールの行先は気になるが、まずは男達の向かった先の確認が先決だ。アイシャは男達の向かった通路のある壁際に寄り、手鏡を使って通路の先から男達が戻ってきていないか、あるいは他の人間がいないかを確かめる。

 

「……敵影、無し。一本道だけど、広いし隠れる場所自体はありますね」

 

 およそ人が五・六人は並べるだろう、自分が先程侵入してきた通路よりも遥かに広い通路の中を確認し終え、アイシャは通路の中の岩肌の隆起している部分へ姿勢を低くしながら体を寄せる。

 足元に転がる小石などで物音を立てないように注意しながらも、さらに影へ影へと動くように通路を進んでいく。そうして前に進み続けていると、不意に前方から生温い風の揺らぎが訪れ、髪を揺らしていった。

 

(アレですね)

 

 レールが敷かれた先から差し込んでくる外の光から、洞窟の外に繋がる入口を確認したアイシャは近くの岩陰に姿を隠す。

 外へとレールが続いているという事は、あそこがこの坑道の本来の入口なのだろう。その存在と位置さえ確認出来れば、ここに用は無い。が、もう一つ確認したい事があった。

 アイシャは耳を澄ませ、入口方面の方に意識を集中させる。潜めた自分の息以外が聞こえない静寂は、自然に洞窟の外から吹き込んでくる風音を際立たせる。

 その風に乗って、洞窟の外から男達の声が途切れ途切れに聞こえてきた。

 

「――……め、ご苦労さん。……、代わってくれても……だぜ?」

「アホ、カシラに……かったらどうすん……いいから……れっての」

「辛気臭ぇ……してんなぁ、オイ!カカカ、……炭鉱夫に就職ってのも悪く……のかぁ?」

「……、……痛ぇしキリが……よ、悪いけどもうちょい……」

 

 洞窟の外での男達の会話は距離を取っている為に途切れ途切れにしか聞こえず、その全容はハッキリしなかったものの、それでもアイシャの想定通りの事は確認出来た。

 外から聞こえてくる男の声は()()ある。うち二つはアイシャが尾行した男達のものだったが、残りの二つは明らかにそれとは異なる声色だ。

 洞窟の外に、別に男が二人いる。恐らくは他の侵入者を警戒しての見張りを立てているのだろう。これで、こちらの入口は事実上使い物にならない事がわかった。

 

(……もうちょっと、ゆっくりしてて下さいよー?)

 

 それがわかればもう十分だ。声も聞き取りにくく、物陰があるとはいえ一本道のこの通路でわざわざ情報収集するのはリスクが高すぎる。

 アイシャは身を翻し、物音が出ない様に革袋を手で抑えながらその場を早足で後にする。先程の男達が戻ってきたり、他の男達がこの入口に来るよりも先に先程の空間に戻る必要がある。

 一度見た道であるなら戻るのは早い。アイシャは先程のレールが二つに分かれた場所にまで戻ると、今度は松明が壁に取り付けられていない暗闇へと続くレールの方へと進んでいく。

 ランタンの明かりを頼みに進み、十分に先程の入口へ続く通路から離れると、一度アイシャは足を止めてその場で深呼吸をした。

 

「……はぁー。全く、とんだ事になっちゃいましたよ」

 

 げんなりとした表情を浮かべて肩と両腕を落としながら、アイシャは改めて今の状況に対して嘆きを落とす。

 この遺跡に足を踏み入れる直前までのテンションは完全に落ち切り、今はただ面倒な事になったという悄然とした気持ちが心を支配している。

 せっかくの未開遺跡探索というローリスク・ハイリターンな状況が一転、明らかに組織立った連中がいる中での遺跡捜索というハイリスク・ローリターンなものに早変わりと来た。

 どんな冒険にも不測の事態というのはままある事だが、出来れば想定内の事から外れてほしくなかったというのが正直な本音だった。

 

「……まずは、このレールに沿って進んでみますか。こっちにもレールがあるって事は、道があるって事でしょうし」

 

 だからと言って、いつまでもネガティブな思考を抱えていても何も事態は好転しない。

 「盗賊団」などと言うからには入口で今も呑気に喋っている男達以外にも、この坑道の中で活動している連中はいる。それも「村を襲う」などという選択肢が口から出る以上、小規模な村ならば人海戦術で制圧出来るだけの規模があるのは確かだろう。

 それだけの規模の盗賊団となれば、最低でも三十、悪ければ五十人前後は人員がいる筈だ。それ以上の規模を持った組織ならば、もはやお手上げレベルのリスクなので把握出来た時点でさっさと撤退を決め込む。

 それを判断する為にも、まずはとにかく盗賊団の本隊が活動している場所まで進む事が先決だった。

 

「やだなぁ」

 

 まるで目の前に広がる暗闇が自らを食い潰す獅子の口の様に思えて来て、気分は一層重くなる。が、それでも足はしっかりと足音を抑えながら前へゆっくりと進み続ける。

 この閉鎖的な状況で他の盗賊と出会えば、それだけで終わりだ。仲間を大声で呼ばれながら逃げ道の無い所まで追い込まれ、制圧される未来しか見えない。

 不意に敵と出くわさないように、こうして松明が設置されていない道を歩いているのだが、手元のランタンの明かりの先は何一つ見通せない通路の闇は自らの不安を自然に恐怖へと変える。

 何者かが潜む気配は感じられない、まだ大丈夫。未知と暗闇が心の外側からじわじわと押し寄せるのを、内側に持つ理性と感性による事実で押し留めながらアイシャは歩き続ける。

 やがて道筋として辿っていた地面のレールは、目の前の通路が坂道になるのに合わせてゆっくりと下り始めた。

 

「さて、どこに通じていますかねぇ」

 

 少しでも先を見通せるように、ランタンを前に翳して坂道を下っていく。

 アイシャが入ってきた通路より二回りは大きいだろう坂道は、レールと共に奥へ奥へと少しずつ下っていく。

 最初の通路よりも太く大きい木材を組み合わされてアーチを象っている坂道は、過ぎたる月日による劣化を見せてこそいるが、それでも罅割れや風化による変質は見せずにかつての道を支え続けている。

 素人目にもかなりしっかりとした造りのこの通路や、男達を見かけた五本のレールが合流していた場所の広さを考えると、思った以上に大規模な廃坑である事は確からしい。

 

「――ハイィ、寝てませんッ!ハイッ!」

(っ!?)

 

 そうして通路を下っていると、唐突に坂を下った先から男の大声が聞こえてくる。

 反射的にアイシャは壁際に寄り、ランタンのシャッターを下ろしながら息を止める。先程見た入口の通路とは異なり、この場に身を隠せそうな壁の隆起は無い。

 ただその場でじっとして、声のした向こうへ視線を向ける。自身のランタンによる灯りも無くなった通路は完全に暗闇に染められ、物音以外にその場で存在を示す手段は無い。

 あたしは岩、あたしは壁、あたしは闇。そんな馬鹿な暗示をかけながら、鼻から空気を通常の何十倍も遅くゆっくりと取り込み、いざという時に全力で逃げ出す為の呼吸だけを確保する。

 

「……あれ、夢かぁ……?つーか暗ぇー……トーチ、消えてら」

 

 坂を下った先より、男の独り言が鮮明に聞こえてくる。距離からしておよそ十メートル程だろうか、寝ぼけた様な間延びした声に欠伸が混じっている。

 近い距離で完全に闇の中に潜んでいた存在に、アイシャは冷や汗をかいて自分の拍動が大きくなるのを感じる。

 今すぐこの場からゆっくりと離れたい気持ちがアイシャを急かし立てるも、一切の灯りが閉ざされ男の声以外が聞こえない今、足元を確認せずに動けば余計な物音を立ててしまう可能性がある。

 ――お願いだから、気付かないで。

 

「……おっかしーなぁ、俺が昼寝中で起きるのは第六感(サボリセンス)で近付いてきた気配を感知した時のハズなんだが……?」

 

 何ですかそのふざけた技術は。もっと別のことにセンスを使ってください。

 肺の中に限界まで入れた呼吸を吐き出さずにその場で留まり続けるアイシャは、全力で闇の向こうに念を飛ばした。当然、それを相手に届ける魔法など習得していないのだが。

 

「……まぁ、外れる事もあるか。俺のうたた寝もまだまだって感じだな、夢で起きるとか勿体無ぇー」

 

 その言葉と共に、坂の下からごそりと小さな物音がして男の独り言は止まる。

 灯りも点かず、歩き回るような物音も無い。ゆっくりと呼吸を吐き出しながら、アイシャは奥の男の気配を探り続ける。

 六十を数えても、男はそこから動こうとしていない。何一つ物音が立たない事から、アイシャは男がその場で何をしているかを悟る。

 

(寝よった)

 

 あまりにも静かなのでハッキリとはわからないが、暗闇の中人の居ない場所で留まり続ける理由などそれしか考えられない。直前の物音は、恐らくは壁に寄りかかった音だろう。

 本当にそうならば、しっかりと気配と足音を消してこの先を通ることは出来るだろう。が、どうやら男は気配を察知して反射的に昼寝から覚める事を得意とするらしい。

 いやだからなんだその技術は。もう一度同じツッコミを心の中で入れながらも、アイシャはランタンのシャッターを少しだけ開け、足元だけを照らす。

 そのまま一歩、ゆっくりと後退する。坂の下の男が動く気配は無い。

 

(……迂回しましょうか)

 

 この坂を通りかかれば、寝ている男の前を通らざるを得ない。が、いくら本気で気配を消していなかったとはいえ、この距離からアイシャが近付く気配を曲がりなりにも察知して起きた男の前を通るのは、少々不安が残る。

 隠密技術を嗜む者としては甚だ不本意ではあるが、リスクを考えれば迂回する方が利口だ。これだけ大きな廃坑であれば、下層へ向かう道は決して一つでは無いだろう。

 この道を歩いて来た時よりも忍び足に気をつけながら、ゆっくりと今来た道をレールに沿って戻っていく。

 レールが二又に分岐していた場所に吊るされた松明の灯りが見える所まで戻った所で、溜息を一つ零す。

 

「サボってないで真面目に仕事してくれませんかね」

 

 みんな(あたし)が困るんですから。

 心の内側に本音を隠しながら、アイシャは正論をぽつりと呟いた。

 




社畜の呼吸・壱ノ型『即起一謝』

休日の余暇がいつの間にか無くなってたので連続投稿はここまでです。
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