トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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そんなアホな

「錆取り、持ってきててよかったですね」

 

 アイシャは自分が持ち込んだ方の油を、目の前で錆びている扉の隙間に差していく。

 周囲に人が気配が無い事を確認してから、扉を押す。一押しすれば扉は小さく軋んで鳴き、そこで一度手を止めて耳を澄ます。

 通路の奥まで耳を澄ましても、足音一つ聞こえてこない。安心してアイシャは、扉を最後まで開いた。

 

「はぁー……生きた心地しませんよ、ホント」

 

 安堵の息を吐き、アイシャは立坑を急ぎ後にする。

 とにかく、この場から離れなくてはいけない。昇降機の落ちる音がアイシャの居るこの場所にまで響いた以上、既に下の階層では壊れた昇降機を見つけ、騒ぎになっていてもおかしくない。

 それに、先程男達の会話の中で”侵入者が居る”という言葉が出た。言葉のニュアンスを鑑みれば、アイシャの存在は既に疑惑ではなく確信として認識されているらしい。

 侵入者(アイシャ)の存在が知れ渡っている以上、壊れて落下した昇降機など見つけられれば、まず盗賊団は立坑周辺を探りにやってくるだろう。

 

「アイツらが歩いていったのは、あっちですか」

 

 立坑から離れてすぐに、アイシャの目の前に分かれ道が現れる。

 二つある道の片方は敷かれたレールがそのまま伸びていく、男達が歩いていった広い道。もう片方はレールの無い、比較すれば一回りほど狭い道。考える必要も無いとばかりにアイシャは、狭い道へ進んでいった。

 今日はもうこれ以上盗賊に近寄りたくない、もうお腹いっぱいだ。そんな心境のままに、人気も無く静かな道をアイシャは進み――たかった。

 

「んげっ、行き止まりじゃないですか」

 

 が、アイシャの選んだ道のすぐ先には、大量の土砂による閉塞が待っていた。土石は一切の隙間も無く道を隅々まで埋め尽くし、先へ進む事を拒んでいる。

 最初から選択肢など無いのだと言わんばかりに道はそこで終わり、アイシャに引き返す事を強要している。アイシャは渋い顔で、土砂を睨んだ。

 

「――あー、あそこですか、ココ」

 

 よくよく思い出すと、この土砂の道の塞ぎ様には覚えがある。ネズミ一匹通さない、完全な閉鎖。アイシャが手に入れた坑内地図があった研磨室の近く、立坑へと通じる道を塞いでいた行き止まりだ。

 立坑を後にしてすぐに出くわした事を考えても、まずあの場所である事は間違いない。

 と、なれば。アイシャは地図を開き、自分の現在地を確認する。

 

(あのレールはこの階の石切場(ちゅうおう)に集まっていく。あそこは通れない)

 

 今自分は、坑内地図における二つ目の階層の西端にいる。

 この階層の中央に石切場――最初にアイシャがロープに吊るされた燭光石をパクった場所――があり、地面に敷かれたレールは辿れば必ずそこへと行き着く。

 そして第三階層へと通じる斜坑は、石切場の奥にしかない。その事を考えれば、侵入者(アイシャ)の存在を知る盗賊団は、石切場を中心に見張りと見回りを増やし、警戒を強めている筈だ。

 

(そこが狙い目です)

 

 そして人が集まっているという事は、その他の場所の警戒が手薄になるという事でもある。

 石切場で束になっている運搬用レールは、地上へ運び出す為の斜坑へと枝分かれして伸びている。そして地図で確認出来る限り、上の階層へ繋がる経路である斜坑は三つ有る。

 一つは盗賊達が鉱石を地上へと持っていく為に通っていた、最も大きな中央斜坑。一つはアイシャが見張りを避けて実際に通った、東側の小斜坑。そして最後に、昼寝していた見張りが居た西側の小斜坑。

 

(アイツ、まだこの周辺に居たんですね……)

 

 そこまで考えた所で、ついさっきアイシャが立坑に隠れた時にやってきた男が、この遺跡に入った直後に遭遇しかけた、惰眠を貪っていたサボリの盗賊である事に気付いた。

 あわや発見されるという所ではあったが、あの盗賊が近くにいた事が、逆に地上に近付いている事を裏付けてくれている。ポジティブにそう捉える事として、アイシャは道を後戻りし始めた。

 

(離れた今がチャンスです)

 

 分かれ道まで戻ったアイシャは、地図を片手にレールを敷かれた道を辿っていく。

 上の階層へと戻る為の斜坑は三つしか無い。そして西側の斜坑には、おそらく今は誰も居ない。

 先程の物音でやってきた盗賊は、あの昼寝男一人だった。そして後からやってきた方の盗賊は、昇降機の落下の音が聞こえていない様子だった。

 あれだけの物音が響いて、やってきたのは二人。つまりそれはアイシャの想像通り、石切場周辺にこの階層の盗賊達は集中しており、この周辺は手薄になっているという事を裏付けていた。

 今この瞬間を逃せば、立坑周辺は徹底的に洗われ、アイシャへの警戒はより一層強まる。まだ盗賊達が上にまで捜索の手を伸ばしていない今しか、自由に動ける時間は無い。

 早く、速く、疾く。それだけを頭に、アイシャは西斜坑への道を駆けていった。

 

(東側と同じ空間――間違いない、ですね)

 

 レールの敷かれた通路を抜けると、この遺跡では既に見慣れてしまった、均一に掘削された少広間に出る。東斜坑を抜けた先で見た、石箱の内側の様な小さな広間と全く同じ様相を見て、アイシャは自身のいる位置が思っている通りの場所だと確信を抱く。

 レールは中央で二又に分かれ、一方は魔術によって水平に掘り進まれた通路へ、もう一方は人の手で砕き掘られた、上へなだらかに傾斜する斜坑へと伸びている。

 斜坑側の壁へと近寄り、耳を壁へ押し当てる。道の先から物音は、していない。

 

(よし、いない……!)

 

 見張りや見回りが斜坑の内に居ない事を感じ取り、アイシャは斜坑を早足で駆け上がる。

 地図と自分の位置を照らし合わせれば、もはや地上は目と鼻の先だ。このままレールの先まで行けば、小さい坑道の果てに盗賊達が見張っていた地上への出入口がある。

 恐らくはその入口は、以前アイシャが目にした以上に警戒が強まっているだろう。だが、それ自体は全く問題無い。そもそもアイシャが入ってきた入口は、盗賊達が見張っている場所ではないのだ。

 

「……ふっ、はぁっ……!」

 

 斜坑を走り続け、勾配が水平に近付いてきた所で息が切れ始める。しかし、辺りに人の気配が無い今が踏ん張りどころだ。

 アイシャの目的地は、この遺跡に侵入した森の中の鋼鉄の扉がある場所――最初の階層にある非常通路だ。

 あの通路付近には当時、盗賊達の見張りはいなかった。それは、あの場所が盗賊達にとって入口として知られていなかったという事だ。

 アイシャの存在が知れてからどれだけ経っているかはわからないが、鉱石の採掘と運搬・入口の監視に人員を割いているだろう盗賊達が、アイシャの侵入した経路(いりぐち)を把握出来ているかは五分、といった所だ。

 見つかっているかもしれない、見つかっていないかもしれない。ただわかるのは、時間を置く毎にその確率は自分にとって悪い方向に転がるという、わかりきった事実だけだ。

 

(頼むから見つかってないで下さいよ、あたしの入口(でぐち)……!)

 

 斜坑を登り終えて、盗賊達が見張っているだろう入口への道を横に曲がり、大坑道へ繋がる道へと抜けていく。

 ここまで来ても、人の気配はしていない。昇降機が落ちた事で盗賊団全体が下の階層に注意を向けているのか、ともかくアイシャの足を止めるものは何も無いまま、出口へ向かって走っていく。

 大丈夫だ。今、運はあたしの味方をしている。体は限界に近いが、このまま非常通路まで走り抜けるだけなら気力だけで保たせられる。

 息切れの間隔が抑えきれず短くなってきた所で、ようやく大坑道に取り付けられた松明の明かりが見えた。

 

(……やった、誰もいない!)

 

 大坑道の中に、盗賊達の姿は無かった。今は鉱石を運搬する盗賊も、見回りの盗賊もいない。

 勝った。ここで見つからなければ、非常通路は走ってすぐの所にある。

 逃げ切った、逃げ切れる。アイシャは自分の勝利を確信しながら、足音を殺した小走りで大坑道の中央を横切り、非常通路の前まで辿り着く。

 一本道の通路に入り、終点を悟った足が緩む。あとは、この奥から脱出するだけだ――

 

「――えっ」

 

 と、考えていた矢先。アイシャの足が、通路の途中で止まった。

 

「…………ちょ、え、ウソ……いき、どまり……?」

 

 アイシャの視界の先では、()()()()()()があった。

 通路の側面と上部を支保していた筈の木材は、腐食した根本から折れ曲がっていた。左右からは流れ込む様に崩れた岩盤が、見るも無残に折れた木材を押し潰して道全体を塞いでいる。

 アイシャのいる場所から先、非常通路があった筈の場所は、自然に潰されてしまっていた。

 

(そ、そんな、アホな……っ!なんで、どうしてっ……!)

 

 唯一の脱出ルートである非常通路が塞がれている事に、アイシャは目眩すら覚えた。

 運は、あたしに味方していた筈だ。ここに至るまでの帰路は、確かにアイシャにとって幸運な事が続いていた。だが、運は最後になってアイシャを裏切った。

 なぜ、どうして。気力によって押し込めていた疲労が、一気に体に現れる。汗が吹き出るのを感じながら、アイシャはよろけて通路入口の傍にある、未だ無事な支保材の木柱に寄りかかる。

 その掌が柱を掴んだ時、その場所からびしりと亀裂が走った。

 

「え゛っ――うわあッ!」

 

 その感触の気味の悪さに、思わずアイシャは反射的に後方へ飛び退く。

 それと同時に、通路を支保している木柱が触れた位置から圧し折れ、通路の壁が崩れ落ち始めた。

 

「ひいぃっ!ちょ、待っ――ギャーッ!」

 

 今までアイシャがいた場所を中心として、通路は大きく音を立てて連鎖的に崩れ始める。危険を察知したアイシャは、大坑道へと脱兎の如く全力で退却した。

 腐食した木材は、一度崩れ始めた岩盤を留める力など持っていなかった。アイシャが居た奥から手前へ向けて、次々に通路を支えていた筈の木材と土石が、通路として拓かれていた空間へと(なだ)れ込んでいく。

 そうしてアイシャが通路を抜け出て大坑道にまで戻るとほぼ同時に、非常通路は崩れ落ちた木と石の瓦礫に満たされ、アイシャの帰る道を完全に封鎖した。

 

「――…………」

 

 目の前の惨状を見届けたアイシャは、呆然としていた。呆然とするしかなかった。

 手に持つ地図には、もはや使える出入口など記入されていなかった。大坑道近くの入口は大量の土砂で塞がれ、外へ唯一通じる道には警戒を強めた盗賊達が見張りをしている。

 行くべき道を文字通り見失ったアイシャは、思考を忘れて呆ける。しかし、いつまでも呆けていても始まらない事は、頭の冷静な部分ではわかっている。

 アイシャの思考が冷静さを取り戻してまた動き出す――までの、僅かな時間。それが、致命的な間だった。

 

「――先輩、こっちッス!正面側の坑道の辺り、なんか変な音聞こえたッス!」

「ホントかよ……オレにゃ何も聞こえんかったぞ」

「今回ばかりは銀貨賭けてもいいですってマジ!」

「ッ!!」

 

 大坑道の奥、下層へと通じる斜坑の方から、二人分の気配が近付いてきていた。

 まずい。大坑道は隠れる場所こそ多いが、崩壊した通路という明らかな異常事態を前にすれば、やってきた盗賊達はまず十中八九この周辺を探索し始める。

 このまま大坑道に居続けては危ない。そう思い、アイシャは入口側の小坑道へと移動しようとした。

 

「――おーい、今の音、何かあったのかー?」

「またどっか崩れたんかねえ」

(こ、こっちもっ!?)

 

 道を引き返そうとしたまさにその瞬間、アイシャの行こうとする方面からも、複数人が近付いてくる足音と声が聞こえてきた。

 慌ててアイシャは足先を曲げて、走る方向を変える。ここから離れなければ、その一心でアイシャの足は人の気配がしない方向を目指し、向かっていく。

 しかし人の気配がしない場所という事の意味を、判断能力を欠いたアイシャの頭は理解出来ていなかった。

 

(――こっち、行き止まりじゃないですかぁーっ!)

 

 アイシャの行く先にあったのは、大坑道に敷かれたレールの多くが向かう場所。

 即ち、大坑道の出口に繋がる通路――を塞ぐ、大量の土石の山だった。

 




「うわ、なんだこりゃ。こんな道あったか?」
「完全に崩れ落ちてんなあ……さっきの揺れでやられた、ってトコかねえ」
「怖ぇなぁオイ……後でカシラに報告しなきゃな」
――約一時間半前・見張り達の会話
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