トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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こちとら慣れてんですよ

 アイシャは松明で照らされたこの場に別の男が歩く気配が無いかを最大限警戒しながら、これまでの道順を戻りつつ頭の中でそれらを整理していく。

 未確認の細い横道などは後回しとしているものの、この廃坑に侵入してからその位置関係を確認・把握したエリアは大きく分けて四つに大別出来る。

 アイシャが最初に侵入した地下扉へと繋がる「非常通路」、その通路から出た所に五本の大きなレールが並び分岐していく「大坑道」。

 次にその内の一本のレールの先に、見張りのいる出口へ繋がる通路へと繋がる「小坑道」、最後に小坑道から外れた先にある、下層に続いていると思わしき真っ暗な「斜坑」。

 小坑道まで戻ったアイシャは先程尾行した男二人が居ない事を確認すると、素早い動きで大坑道へと繋がるレールを辿っていった。

 

「迷う事が無いのは助かりますねー」

 

 鋭く感性を研ぎ澄ませたまま、アイシャは素早く自分の身を岩陰や横転したトロッコ、採掘用に掘られただろう小さな横道など、誰かが接近して来た時に身を潜ませられる場所の近くを通りながら、大坑道への道を移動していく。

 移動中に定期的に足を止めて物陰で耳を澄ますも、アイシャの周囲に盗賊団の男達が近付く気配、動く気配、話し声は一切無い。

 それを確認する度にアイシャは歩くペースを上げる。この場の音の響き方、地面の状況はここまでの移動で概ねわかった。

 それを踏まえて、どこまで足を早めても良いか、どこまで物音を立ててもいいか、自分の中の尺度を少しずつ上げていく。そうしてアイシャは、レールの合流する大坑道にまで戻ってきた。

 

「……よし、イケそうですね」

 

 壁が崩れ落ちて出来ただろう土砂の山に体を屈め、一度息を整え直す。この場に合わせた歩法の調整も済ませた。誰も居ない今の間に、余計な緊張は(ほぐ)しておく必要がある。

 自分達以外の者がいるとは考えていない盗賊団の男達は、侵入者への警戒も注意もしていない。その為、物音の響くこの廃坑内において男達の動く気配は自然と筒抜けになる。

 さすがに真っ暗な場所でサボりながら音も無く眠り続けるような輩を察知する事は出来ないものの、気配を一方的に把握出来るというのはアイシャに与えられた大きなアドバンテージだった。

 

(だからって楽なこた無いですけど)

 

 大きくこそあるが、組織立った相手にはちっぽけすぎるただ一つの優位性への心許なさに、思わず目と口を真一文字に結んで眉間を寄せる。

 それでも不利な事しか無いよりは遥かに気が楽だ。そう考え、せめてもの自分への慰めとする。

 

「さて、と。……そういえばこのレール、ちょっと気になりますね」

 

 一休みを終えた所で、次に向かう場所の算段を立てる。アイシャが真っ先に気になったのは、大坑道の地面に並んで敷かれた五本のレールだ。

 一つは先程の小坑道の方へ、一つはそれとは真逆の方向へ、そして残った三本は並行したまま大坑道の空間の中央を示すかの様に真っ直ぐ、奥へと敷かれている。

 最も気になるのは、中央の三本のレールだ。並列して敷かれているという事はそれだけ必要とされているという事であり、通行も多かったという証左でもある。

 だが、先程見かけた男達はこの中央のレールでは無く、小坑道へ繋がるレールへ逸れて入口まで歩いていった。普通に考えれば、この規模の廃坑が一本のレールのみを使って入口を行き来するものだろうか。

 

「まだ入口があるとかじゃないですよねー……?」

 

 嫌な想像が頭を過る。それと同時に、アイシャは中央のレールがどこへ通じているのかを確かめる為に歩き始めた。

 他にも入口があるとすれば、人の出入りを警戒する場所が増えるだけじゃなく他の侵入者がやってくる可能性もある。というか自分が盗賊団の把握していない入口から侵入してきた張本人だ。

 地図も無い現状、この廃坑全ての入口を把握する事はまず不可能だが、明らかにこの廃坑において最も使われていただろうこの中央のレール群の道がどこへ通じているのかを確認するのは重要な事だと判断した。

 が、アイシャの足はすぐに止められる事になる。

 

「……行き止まり?」

 

 レールの行先には、岩の混じった大量の土砂が山の様に積もり、通路を塞いでいる光景が待っていた。

 土砂に触れて横に払ってみるものの、一向にその山は削れる事なく奥から奥へと新たな土砂が顔を覗かせる。土砂に埋もれた岩も、アイシャの細腕では動かすのに手間な重さだった。

 

「上は……通れそうにない、ですね。でも、篭ってる感じはしない……?」

 

 土砂の山は手前へ流れ込んだ様になだらかに天井近くまで積み上がっており、上の方には僅かに隙間こそあるも、人が通れる程のスペースは空いていない。

 ただ、肌で感じる空気はこの場で留まる事無く、僅かに天井から風が降りてくるのを感じた。土砂の先に外へ繋がる入口があるのは確かなのだろうが、これだけの土砂をどかすのは人手があったとしても丸三日は確実にかかるだろう。

 

「まぁ、気にする手間が省けたって事で」

 

 盗賊団がわざわざ小坑道の入口を使う理由がわかった所で、アイシャは踵を返す。

 注意するべき場所が減った事は素直に有難い。わざわざ小坑道の方の入口まで男達が歩いていった事を考えれば、大坑道に他に入口は無いという事だろう。

 それさえわかれば、この場に用は無い。当初の目的通り、下の階層へ続く迂回路を探す。ここまでの情報だけでも既にアイシャの頭には当てはついている、問題は――

 

「――おせぇよお前ら、どんだけ時間かけてんだ。おかげで呼びに行けって俺まで駆り出される羽目になったじゃねえか。サボってんじゃねっつの」

「いやいや、連日こんな調子で疲れてんだって。それにほら、ちゃんと戻ってきただろ。つまりサボリじゃない」

(うぇっ)

 

 五本のレールが集まる場所までアイシャが戻ってくると、その場所では先程見かけた盗賊団の男二人と、新たな男が話していた。

 声に気付いたアイシャはその方向から、自身が死角となる場所を考えて体を屈める。片膝を立てていつでも引き返せるようにしながら、手鏡を目立たぬよう地面近くに影から出して男達の姿を確認する。

 

「実際、お前も結構疲れてんだろ。だからわざわざ現場から離れて来たんじゃねーの?」

「む……」

「図星かい。……まぁ、皆考える事は同じだよなぁ。どうだ、お前も外でゆっくりしてもいいんじゃないか」

「……いや、さすがにバレりゃ厄介だ。遠慮しとく」

 

 そう言って男二人の誘いを断った男は、腕組みをして少し逡巡すると近くの壁に背を預け、目を瞑った。

 

「……けどまぁ、ここでなら誰か来ても”戻る途中だった”って言えるな」

「んだよ、結局お前も俺らと同じって事じゃねーか」

「……カシラにはお互い内緒にしろよ」

 

 そのまま戻ってきた男達二人はそれぞれ土砂を椅子代わりにし、呼びに来た男と一緒に現状に対する愚痴や陰口などで談笑モードに入った。

 暫く音も出さずに三人の様子を見ていたアイシャだったが、完全にこの場でゆっくりするつもり満々で一向に元に場所に戻ろうとしない三人の姿に次第に焦りを覚え始めた。

 

(いや、そんなトコで話してないでさっさと帰ってくださいって……!せめてあっち向いて話して下さいよ……!)

 

 アイシャとしては一刻も早くこの場を離れ、下層へ向かいたい。が、間違いなく下層へ通じているだろう中央のレールの道付近に三人が陣取り、向き合って談笑している事でその道は使えない。

 また、道以前に大坑道の中央付近に居座られている事で、物陰から出て移動すれば間違いなく男達の目に止まってしまう。アイシャがどれだけ物音や気配を消したとしても、姿そのものを消せる訳ではない。

 

(……待ってらんないですねコレ)

 

 話の内容が身内特有の暴露大会になりつつある所で、男達三人の話が当分終わらないと判断したアイシャは、手鏡を袋へと戻して地面に視線を向けた。

 そして親指ほどの大きさの小石を摘み上げ、感触を確かめる。その小石をアイシャは下手で、小坑道へ通じる道の方へとなるべく遠くへ、高く放った。

 同時にアイシャは膝を浮かせ中腰の態勢を取る。二秒すると投げた小石が道に落ち、地面が石を弾く音がそこから響いた。

 

「ん、なんだ?」

(今!)

 

 男達がその音に反応する一拍を置いて、アイシャは物陰から飛び出し小坑道から反対側の壁際近くを駆け、土砂の山や倒れたトロッコなど、身を隠せる場所が多い位置へと早足で移動した。

 物陰を出て一、二秒程で移動を終え、再び足を止める。足音は、立っていない。

 

「……?天井から小石でも落ちたんかね」

「おいおい、洒落にならんぞそれ。いつの時代の廃坑か知らんけど、いきなり崩れるとか無いだろな?」

「流石にそりゃねーだろ」

 

 男達の会話から姿を見られなかった事を確認したアイシャは、小さく安堵の息を吐く。ほんの短い間とは言え、一切影にもならない場所に姿を現すのは心臓に悪い。

 とはいえ、上手くいった。松明が照らしている箇所は大坑道の中央のレールがある道から小坑道までの道であり、そこから逆側の今アイシャがいる位置は光が遠く、暗くなっている。

 一呼吸したアイシャは物陰に隠れながら、明かりから遠く離れる様にゆっくりと壁際を歩いていく。物音さえ立てなければ暗がりになっているこの場に視線を向けられる事も無い。

 そのままアイシャは男達に気付かれる事無く、小坑道へ通じているものと反対側に敷かれているレールの先にある通路へと入っていった。

 

「……オッケーですね。ふふん、こちとらコソコソするのは慣れてるんですよ」

 

 十分に大坑道から離れ、完全に周囲が暗闇に包まれかけた所でアイシャはランタンを使って今いる通路を照らし、上手く男達の目から逃れられた自分を小さく褒める。

 たまに「斥候は敵からただ逃げ回っているというだけ」という意見を持つ冒険者もいるのだが、アイシャとしては避けられる戦いを避けているだけで、無闇矢鱈に戦いを挑むよりは賢明な生き方をしていると思っている。実力が誤魔化せない白兵戦が嫌いというのもあるのだが。

 

「さて、と。ここも同じなら、多分こっちの方に……」

 

 そんな思考を途中で打ち切り、アイシャはレールに沿って通路を歩いていく。

 小坑道で見たレールが入口、大坑道、下層へ通じていた事から、アイシャは逆側のレールもまた同じく下層へ繋がっているものと想像していた。実際、今目にしている通路は小坑道のものとほぼ同じである。

 こちら側に松明が取り付けられていないという事は、この道は別の入口に通じているという事は無いのだろう。だが、運搬用のレールがあり、通路が先程と同様のものであるなら――

 

「やたっ、予想通り」

 

 小坑道とほぼ同じ道順を辿り移動していけば、その先は斜坑となっていた。

 この通路は小坑道のものと対称に造られたものなのだろう。であるならば、こちらのレールもまた下層へと通じている筈。

 流石にこの先にまた昼寝してるヤツとかいないですよね、と思いながらもアイシャは少しずつ坂道を下っていく。こんな場所でサボっている様な人間がそう何人もいないとは思うが、警戒するに越した事は無い。

 奥から物音が聞こえてこないか、何者かの気配が潜んでいないか、最大限警戒しながら暗闇に満ちた斜坑を降りていく。今度は何者かに遭遇する事も無く斜坑を下り切った所で、通路は平坦な立地の少広間になった。

 

「……?平坦、過ぎません?」

 

 恐らくは下層に着いたのだろうという事以上に、まるで整備された道路の様に平らに(なら)された地面に違和感を覚える。

 通路の壁面や天井もまた、まるでそこだけが切り出された様に真っ平らになっており、地面と合わせると今いる通路は真四角の箱の中の様に綺麗な造りになっている。その均一な造りは、逆に不気味さを覚えさせた。

 何よりも前の階層の通路との決定的な違いとして、通路を支えて固定する為の木材の数が異常に少なかった。前の階層では腕一本分の間隔で通路にアーチをかけていた木材が、今いる通路では五、六メートル程に一つしか見受けられない。

 人の手で地中を掘って出来た坑道というのは不安定なものであり、急な落盤事故を防ぐ為にも通路の支保は重要だ。だが、この通路は異様にその支えが少なくおざなりになっている。

 

「……これ、ただの廃坑じゃなさそうですね」

 

 ランタンを前に翳せば、異様なまでに変化を見せない目の前の通路を見やり、アイシャはそんな感想を抱く。

 真四角に整えられた通路は、支保材を除けば見える範囲で凹凸も無く、真っ直ぐに続いている。人の手でただ掘るのでは有り得ないその様子の原因には、いくつか思い当たる節が無い訳ではない。

 一部の妖精や精霊などは土を操って自らの思い通りの形にしたまま固定する術を持っているし、そういった精霊の魔法を模倣して出来た穴を掘る為のアイテムや魔法書なども存在する。

 問題は、そのどちらもただの炭鉱には縁がないという事だ。妖精や精霊は自身のテリトリーに侵入する人間があれば即座に襲いかかる為に、そういった地中は炭鉱の場には不向きとして敬遠される事が多い。

 穴を掘る為のマジックアイテムにしても、その実態は「指定した空間の土を消し飛ばす」「土を内側から外側へ強引に寄せる事で道を固める」などといったもので、概ねの場合そこにあったかもしれない鉱石ごと掘削・除去してしまう弊害がある。

 少ない時間で綺麗に穴や道を作る事が出来るため冒険者としては有用な魔法なのだが、採掘の事を考えると手間をかけてでも人の手で掘り進んで道を作ることが良い。そういった意味合いで、今いるこの通路は坑道らしくないのだ。

 

「思ったより、()()のかもしれませんねー」

 

 少しの間アイシャは通路の非人為的な造りの理由についてその場で考えたが、今の時点でわかる事などまず無い。

 どんな理由がこの暗闇の先にあったとしても、進む以外の選択肢は無い。先にいるだろう盗賊団と同様に、アイシャは今自分が立っている場所自体に対しての警戒を深めた。

 




失踪にはまだ早い

小説の相談として友人に「シュリンケージ採掘法ってめっちゃ危なくない?」という話をしたら「お前本当にファンタジー小説書いてるの?」と突っ込まれました。
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