アイシャは激怒した。必ず、かの盗賊団の過多な魔石をパクらなければならぬと決意した。
アイシャには盗賊団の意図がわからぬ。アイシャは、単独の盗賊である。だからこそ
「このロープそのまま持ち帰るだけでも、しばらくは
照明としては贅沢が過ぎる石切場中央のロープの輝きは、アイシャの両目には既に金貨として映り込んでいた。
今吊り下がっている燭光石を上手く換金出来れば、これまでの倹約的な食事――硬いパンとスープ、安酒に軽く肴を添えた程度だった――に彩りと肉物を入れたとして、尚お釣りが出る事は間違いない。
そんな打算を真っ先に思い浮かべながらも、アイシャは一つの疑問を捨てられずにいた。
「……でも、なんでこんなものを使ってるんですかね」
明かりを点けたり道順を示すだけなら、わざわざ高純度の魔石を使わずとも松明やランタンを道の真ん中に間隔をおいて設置しておけばいい。
燃料や松明の消費を考えたとしても、盗賊が運び出している燭光石の中からそれなりの純度のものを選び、明かりを灯す為に魔力を込める役割の人間を交代制で常駐させれば済む話だ。
これまで耳にした盗賊団の会話から、所属する人員の人柄はそれ程道義的という訳でも無い。自分と同じく、値打ちの物をこっそり抜き取る・或いは持ち帰ろうとする人間もいる筈だ。
(というか、そうじゃないとあたしがここの盗賊団以下のモラルって事になっちゃうじゃないですか)
冒険の場に於いて
この燭光石の価値について誰もわからない、という事は有り得ない。全くの素人であればまだしも、アイシャと同業の者が目利きも出来ないという事は無いだろう。
石の価値がわかりつつも、すぐに手が出せる位置にあるこれらを盗まない理由。考えられ得る大きな可能性としては、
「――もっと金になる事がある……?」
自然と自身の口から零れたその仮定に、アイシャは目を見開く。
先程見かけた男の背負い袋から溢れ出るほど運び出されている燭光石。自身の左手に持っている低純度のものの集まりであれば、袋一つに詰め込んだとしても高純度のもの一つの価値にすら劣るだろう。
だが、
または、盗賊団にとってロープに吊るされた石が大した純度のものでは無いとしたら。もっと高純度なものが確認されていて、それらを運び出す為に今この遺跡に潜っているのだとしたら――
「ゆ、ゆるせんっ……!!」
あたしの発見した遺跡でよくも好き勝手を。そんな身勝手な思いを抱く程、アイシャの怒りが再燃する。
この遺跡は盗賊団が先に見つけていた物であるし、自身はそこに潜んでいるだけという事実をも右手で潰す様に、ロープから引き抜いた燭光石を強く握り締める。
当然アイシャとしてもこの思考が明らかな八つ当たりである事は理性でわかってはいるが、それはそれとして遺跡の宝を独り占めしようとしている盗賊団を許す事は出来なかった。
先に到着出来ていれば、全部あたしのものだったんだ。たぶん。きっとそう。
「……むしれるだけむしる……!……バレない程度にッ……!!」
そうなれば、ロープに付いている石だけを奪って帰るなどみみっちい真似など出来る筈も無い。
取って帰るだけならいつでも出来る。だが、ここの明かりが無くなれば間違いなく犯人探しに盗賊団が動き出す。そうなれば、さらに奥に眠っているかもしれないお宝には会えず仕舞いだ。
アイシャは右手に持っていた燭光石を自身の荷物袋の中に、左手の小石は物陰に置いて、再び立ち上がる。
より奥を目指すとなると、やはり例によって地面に敷かれたレールを辿っていくのが一番だろう。アイシャは石切場にあるレール群が枝分かれした先を見渡せば、その行先は五つに分かれている。
先程の盗賊が歩いて来た、燭光石に照らされた中央のレール群の先の下り勾配。アイシャがこの石切場まで駆け抜けてきた通路。そして、松明の明かりの届かない残りの三つの通路。
(あっちは多分あのサボリの人がいる道ですかね)
不明な通路のうち、方向的にはアイシャがやってきた通路の逆側に開いている通路を見て、此処へ来る前にわざわざ迂回する羽目になった原因の男を思い浮かべる。
そちらは後回しにするとし、アイシャはまず盗賊の男が歩いて来た中央の道の先を確認することにした。
「地図が欲しいトコです……」
他と比べて何回りも大きく、松明で照らされた通路の先へ十分に意識を向けて警戒しながら、アイシャは呟く。
今の所、見てきた道は迷う程の複雑さを見せてこそいないが、上の階層から急に広がりを見せたこの遺跡の全体像は未だに大まかな予測すら付いておらず、この先記憶出来る程の広さに収まるかどうかはわからない。
また今の行動方針である、レール・明かりの有無・人の流れなどを判断材料に進むという動きは、下手を踏めば隠れ様の無い通路の前後で敵に挟まれる危険性を孕んでいる。
地理を把握するという事は自身の行先を知る事であり、いざという時の逃走経路の確保でもある。そういった理由もあり、存在するものならこの坑道の地図は欲しい所だった。
「――、――……」
(……っと、ストップ)
そんな無いものねだりをしていると、通路の先に人の気配を感じてアイシャは立ち止まる。
直ぐ様半身を今来た道へと向けていつでも戻れるようにしながらも全神経を研ぎ澄まし、先の気配を探る。また上の階層へ鉱石を運搬中の盗賊だろうか。自然と重心が気配の逆側へと傾くものの、一向に足音は聞こえてこない。
(――来ない。歩いていない。……気配はふたつ)
感じた気配がこちらへ向かってこない事がわかり、その場でより耳を澄ませて気配の数を確かめる。
そのまま五・六秒足を止めて奥の様子に意識を向けても、聞こえてくるのは洞窟の反響で僅かな空気の揺れと化した人の声や息遣い程度しか無い。自身の結論に確証を得たアイシャは、静かに通路を戻り始めた。
(この通路には見張りアリ、か。結構人員に余裕があるようで)
出来ればさっさと奥に行きたい身としては厄介極まりない見張りに対し、心の中で毒づく。
配置を考えれば入口の見張りの様な外敵への警戒では無く、鉱石の運搬をする盗賊の監視といった所か。どちらにした所でアイシャにとっては通行を阻む障害でしか無い。
ええいあっちこっちで邪魔ばかりしよってからに。アイシャは唇を尖らせながらも石切場まで戻り、自身に残された二つの通路に目を配った。
「まぁ、また迂回するだけ、として。今度はどっちに行きますかね」
石切場のホールの左右にそれぞれある未開の通路のどちらを選択するか、少しアイシャは悩む。
こういう場合、どちらも平等な条件であれば変に悩んだ所で時間ばかりが過ぎていく為、わざわざ悩む必要性は薄い。そうはわかっていても心理的には、早く正解の道を当てて進んでしまいたいというのが心情だ。
うーん、と腕組みをしながら首を右側へ下ろしてアイシャは考える。右か、左か。
「……よし、左で」
結局どちらが正解かを確かめる判断材料が無い現状、どちらを選んでも差は無い。ひとまずは直感のままに選んだ方の通路へとアイシャは進む事にした。
大事なのは自分の判断に疑問を持たない事だ。仮に間違いであっても、それが自分の思いに反する事で無ければ納得は行く。そういう意味では、直感というのは優れた判断材料とも言える。
「って、ありゃ。消えちゃってる」
通路に入って暗闇を照らそうとした所で、アイシャはランタンに灯した火が消えている事に気付く。
燃料が切れたのか、または先程男から隠れるべく焦って動いた時に火が揺れて消えてしまったのか。何はともあれ、明かりを付け直す必要がある。
そうして荷物袋の中から燃料と火口箱を取り出そうと背負っていた袋を体の前に持ってきた所で、アイシャの頭に一つの考えが浮かぶ。
「……さっきの石使えばいいんじゃないですかね?」
そう思ったアイシャは、先程しまった燭光石を再び取り出す。しまう前よりは心なしか光が弱まった様子だったが、少なくともランタンの火よりかは強い輝きを放ち続けている。
光が弱まったならば魔力を込め直せばそれで済むし、明かりとしては十分だろう。何より、毎回火口箱を取り出してランタンに火を付け直すのは面倒だし、燃料もケチれるものならケチっておきたい。
「うーん、そのまま手に持つにはちょっと怖いですね……ランタンの中に入れる……だけじゃ、動いたらカチカチ音鳴るでしょうし」
問題は光の方向を絞れないという事だ。今アイシャが持っているランタンは前方以外を照らさない様に囲んだ構造になっており、シャッターを閉めれば簡単に自身の持つ明かりを周囲に見せなくする事が出来る。
燭光石をそのまま手に持つのでは、周囲を照らしすぎる。火やランタンの明かりと違い任意に消せる訳ではない以上、いざ盗賊と出くわして隠れるとなった時に光を隠せないのは文字通り致命的だ。
「仕方ない、予備の袋に突っ込んどきますか。見た目あんまり良くないですけど、背に腹は変えられないです」
良い案が思いつかなかったアイシャは予備として持ち歩いている革袋を取り出し、その中に燭光石を入れて袋の口から明かりを出す事で、ひとまずのランタン代わりとした。
袋の口を締めたとしても光は僅かに漏れてこそいるが、手で塞ぐなり向きに十分に注意すれば問題は無いだろう。見た目については趣味レベルではあるし、問題は明かりとして使えるかどうかの一点だ。
アイシャ自身は魔法を使えない事もあり、それ程魔力を持ち合わせている方では無いが、それでも今手に持つ燭光石の純度であればそう簡単にバテる心配も無いだろう。
「さーて、それじゃ行きますよー」
それまで使っていたランタンを仕舞い、燭光石による簡易ランタンを手にしてアイシャは左手側の通路へ改めて足を踏み入れ直す。
透明かつ安定した光を放つ燭光石は、これまでのランタンの明かりより鮮明に通路を照らしている。先程の中央通路よりかは幾分狭めだが、それでもそれなりに広いと言えるだろう通路は、勾配も無く真っ直ぐに続いていた。
アイシャは少し袋の口を狭くする事で明かりを狭く調節し、地面へ向けるようにしながら先へ進んでいく。火の心配をせず、見える範囲も広いというのは良い事だが、明かりが強すぎるのも良くない。
明かりの微妙な反射によりアイシャの見えない位置にまで自身の存在を示す可能性や、いざ隠れるという時に暗闇に眼が付いていかない事も考えられる。どれだけ便利なものを手に入れようと、結局はランタンのぼんやりとした明かり程度が自分の身の丈に合っているという事だろう。
「なんか考え方が貧乏になってる気がしませんかね、あたし」
身を隠している事もあってどうにも思考までせせこましくなっている事に、アイシャは小さく目を伏せる。
隠密性を考えれば派手な事など出来よう筈も無いが、それで気分まで落ち込ませるのは良くない。そう自戒しながらも確実に歩は進み、気付けば通路の側面の壁の終わりが見えてきていた。
「……む、ここも石切場……というよりは、採石場、ですかね……?」
通路の先にはここに来る直前の石切場同様に開いた空間がアイシャを待っていたが、その様相はかなり異なる。
広さに関して言えば先程よりも格段に劣り、同様の手段によって切り出されただろう壁面は中途半端に切り出されただけで留まっており、自然の岩特有の凹凸を色濃く残していた。
明かりを左右に向けて空間全体を確認すれば、あちこちに壁面から切り出しただろう鉱石が積んで残されており、抉られた様な壁面の近くには放棄されたツルハシが転がっている。
ホールの様にほぼ均等に拓かれていた先程の石切場と違い、ここは壁面が見えていても奥行きまでは見通せていない事から、歪だが概ね長方形状に空間が広がっているらしい。
全体的に整えられずに掘り出されたままという様子からして、この坑道が使われていた頃はこちらで掘り出した鉱石を中央の石切場へと運び出していたのかも知れない。
(ハズレ、かなぁ)
地面に明かりを落として見れば、石切場からここまで伸びていた運搬用のレールがこの場所の中央で止まり、どこにも伸びていない事を確認出来た。
それは自然と、この空間が鉱石の行き来の無い行き止まりである事を示す。直感でただこちらに来ただけなので仕方の無い事ではあったが、求める道はここには無かったらしい。
少々の落胆からアイシャは肩を落とし、鼻から息を小さく吐いた。
「――ん、誰か居るのか?」
(ふぉっ!?)
その瞬間、アイシャから見て左奥の壁側から唐突に男の声が聞こえて来る。
距離からすれば明かりの届く範囲からせいぜい十歩外といった所だろう。アイシャが気配を察知出来る範囲の
アイシャは反射的に燭光石の入った革袋の口を締めながら、明かりが消える一瞬前に見えていた範囲を目に焼き付ける。声のした距離と歩く速度を踏まえると、すぐに体を隠せる場所は――無い。
苦い顔を浮かべながら、アイシャはその場に身を伏せつつ、腕を伸ばして革袋をその場に置いた。
◆ ◆ ◆
「……気のせい、か?てっきりアレックスが時間だから来たもんだと思ったんだけど――って、何あれ」
松明を持った男は僅かな物音と気配を感じた場所で、友人の姿を探す。
ブライアン――この盗賊の男の名――は、やる気も体力も奪う鉱石の運搬などというしみったれた仕事に対し、一人の同僚と結託してサボリに当たっていた。
決まった休憩時間から次の休憩までの半ばほどで、既に探索済みで人気の無いこの空間に逃げ込み、勝手に小休止を取る。お互いがお互いに”あいつなら少しトイレでも行きました”などと適当なアリバイをでっち上げる事で監視の目を誤魔化す、完璧な作戦(当事者目線)。
首を軽く回しながら、ブライアンが目をうっすらと開けて地面を見れば、一筋の光が漏れている小さな革袋が見つかった。
「……来る時、こんなんあったっけ……?」
寝ぼけ眼を左手で擦り、地面に落ちている袋の正体を確かめようとブライアンが体を屈める。
その瞬間、斜め後ろから地を擦る音が鳴ると共に、体に何かがぶつかった。
「――カ、ぁ゛?」
体に衝撃を感じると同時に、脇腹の辺りに異物感を覚える。
何も考えずに手をその感覚に向けて伸ばせば、鉄の感触に阻まれる。表面を撫でれば、ぬるりとした液体が掌に付いた。
心臓の鼓動が、妙に強く高鳴る。体を動かそうとすると、脇腹から胸にかけてに熱い芯の様なものが感じられた。
こみ上げる嘔吐感に従い口を開くと、胃から何かが逆流してきた様にそれは溢れ出した。手が震え、握力を失った左手の松明がその場にぽとりと落ちる。
瞳の焦点が合わない。何が起きたのかを把握するべく、理性が両眼のピントを合わせる。
地に落ちて未だ火の消えていない松明が、地面の真っ黒な液体を照らす。いや、それは正確に言えば黒ではない。
「――ツイてないですね」
それが、最後に聴こえた声だった。
◆ ◆ ◆
返り血が服に付着していないことを確認し、アイシャはグラディウスの刀身の血を使い捨ての羊毛で拭う。
燭光石の袋を地面に置いた後、男のやってくる方向から影が生まれる岩の影に屈んだアイシャは、男の意識と体勢が地面に向いた一瞬を見計らい、影から飛び出す勢いのまま男の体を自分自身をぶつける様に剣を下方から突き出して貫いた。
金属製の防具があればさすがに体を貫き通す事はアイシャの力では不可能だっただろうが、これまで目にした盗賊団の男達の服装は胸部だけ覆う
「……あ゛ーっ、ホンットツイてないです……。血には土でも被せるとして、ホトケさんはどうしましょう……どっか隠せる場所探さないと……」
誰かが居なくなった事は後々になれば確実に判明する為、出来る事なら隠れ動くだけで済ませたかったアイシャとしてはとんだ災難である。とはいえ、上手く一突きで
下手に仕留め損なえばその時点で不利な白兵戦に持ち込まれかねない。不意を打てた時点でその場の勝敗は決まったも同然ではあるが、抵抗されれば不要な体力を使うし、大声など出されればそれこそ一巻の終わりだ。
「最初の斜坑の人といい、なんでこの盗賊団のサボリはこう気配を消すのが巧いんですかね……」
過ぎた事とはいえ後悔ばかりが浮かび上がり、再び溜息がアイシャの口から零れ落ちた。
『ブライアン』能力:音も出さずどこでも快眠できる ――
ドスは体でぶつかれ。情ケ無用、玉砕。