トゥエイル洞穴の小天蓋   作:灰の熊猫

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オンナは度胸です

「しっかし、どっから出てきたんですかね」

 

 動かなくなった男を見下ろし、一人で姿を見せた事や、今度こそ何の気配も周囲に感じられない事を踏まえ、アイシャの思考は目の前の男が何処に居たのかという問題へと移行した。

 男はアイシャの仕掛けた即席の視線誘導に()()()()()()。それはアイシャの所在を明かりでは無く、気配や物音によって知った事を確定させている。

 今居る採石場の奥に居たのだとしたら、いかに居眠りしていたとしてもアイシャが明かり袋を閉じて光の量を絞る前にそれを目にする。この場所を照らしながら歩いていた以上、近くに居れば真っ先に光に目がいく筈だ。

 にも関わらず、男は明かり袋の誘導に引っかかった。これ自体はアイシャとしては幸運な事であったが、こちらの光が見えない位置に潜んでいた、というのは奇妙に思える。

 

「こっちから、でしたっけ」

 

 燭光石の袋口を大きく開き、前方を照らし出す。周囲の暗闇は輝きに打ち払われ、今いる空間全体が見渡せる様になる。

 男の来た方向にアイシャが目を向ければ、そこには小さな木製のアーチによって支えられた、人二人分程の幅の風穴が見えた。

 

「……道――じゃない。部屋……?」

 

 男の後処理は後回しにして、アイシャは一旦男がやって来た場所を確認する事にした。

 アーチを潜り数歩程度の僅かな道を抜ければ、そこには木製のテーブルや椅子、大型のロッカーなどの調度品があり、壁際付近には直方体の石と錆びた小さな台、そこに添えられる様に上部が空いた木箱が並べられた部屋があった。

 

「休憩所……とも違う。砥石ですか、これ」

 

 見た以上のものは無さそうな無い家具類を無視し、アイシャは壁際の物を確認する。

 付近の床には削り出しに使うようなピック・糸鋸が落ちており、平滑な石と台を見ればそれらは石材の研磨に用いられる一式であるとすぐに分かった。

 箱の中には粉末が溜まっており、指で一掬いすればざらついた感覚が指先に(まと)わる。研磨剤か、或いは研磨時の石粉を貯め込んでいるのだろう。

 

「ふぅーむ……ココの人達、こんなトコで研磨までやってたんですかね。外でやりゃいいだろうに……」

 

 アイシャの見立てからすれば然程本格的という程でも無いが、それでも確かに鉱石を加工するという意志を遥か昔より遺し続けたこの場へ向け、独り呟く。

 空気の流れが悪い地下鉱山で、採石と加工を一緒くたにこなすメリットは少ない。そもそも必要な人材が全く異なるその二つの仕事は、本来分けられて然るべきである。

 燭光石の純度を確かめる為に、原石の結晶部が見えるまで研磨をしていたのだろうか。そんな仮定を一先ずの答えとし、アイシャは立ち上がる。

 

「さーて。まぁ、好都合な事に容れ物もありますし。匂い立つ前に早いとこ片しちゃいましょ」

 

 そう言いながら丁度自分一人が入れそうな大きさで並ぶロッカーを見て、アイシャは先程の男が横たわる場所へと戻る。

 脇腹の傷から出る血が自分の服に付かない様に注意しつつ、アイシャは男の脇下に両腕を通し、体を引きずって研磨部屋の中まで連れ込んだ。

 

「ぬぎぎぎ……!……っはー。……んごお゛お゛……!」

 

 ロッカーまでの距離はそう遠いという訳でも無かったが、冒険者の中でも特に非力と言えるアイシャでは成人の男を一息で運び込むという事は出来なかった。

 部屋の中まで引きずった所で大きく息を直し、残りの距離を唸り声を上げながらも詰めていく。誰も見ていない事を良い事に、女性としての尊厳をかなぐり捨てた様な声を漏らしながらも、なんとかアイシャはロッカーの前に男の体を運び終えた。

 

「……くそう、なんて重さですか。手間賃もらわんとやってられんです」

 

 そう言ってアイシャは仰向けになった男の服をまさぐり、何か使えるものや金目の物が無いかを探し始める。

 やっている事がもはや完全にならず者レベルの行為である事には少々の抵抗を覚えるが、遺跡を独占しようとしている盗賊団にかける情けなど必要無い。

 二度と起き上がらない者に抱えられ続けるよりも、生きた者が使う方がモノとしても冥利に尽きるだろう。そんな理屈を以て、アイシャは盗賊からの追い剥ぎを正当化した。

 

「――銀貨四枚。くそうシケてる。獲物は……うーん、ベイダナはちょっと使いづらいですね。ダークだけパクっていきましょっか」

 

 懐にある金貨袋の中身を確認し終えて、盗賊の武器を確認する。腰に差された鉈の様な剣は腕力で叩き斬る為の剣であり、基本的に急所だけを狙うアイシャのスタンスとは合う様には見えない。

 渋々アイシャは懐にあった片刃の短剣を自身のベルトに付けるだけに留める。自身の携帯している投げナイフよりは重量があり、刃を鞘から抜いて見ればよく研がれた刃が光を返す。これならば使い物になるだろう。

 盗賊の懐からめぼしい物を回収し終え、今度こそ用済みとなった男を隠すべくアイシャは一番奥側のロッカーを開く。すると、ロッカーの中にある一つの紙が目についた。

 

「んっ?これ……やった、地図じゃないですか!」

 

 落ちていた羊皮紙を手に取り、表面の埃を軽く払って見てみれば、そこに描かれていたのはこの廃坑の地図だった。

 内容を確認する前に地図と一緒に中に入っていた小物をまとめて離れた机の上に並べて置き、空になったロッカーにアイシャは男の体を強引に押し込む。

 再び息を切らせたもののなんとかロッカーの中に収納を終えて、今度は地面に遺った血痕の処理をする。不意討ちした場所から部屋の中まで点々と続く痕に土を被せ、特に出血が激しく見られる場所は念入りに隠蔽した。

 これでロッカーの中まで探し出されるまでは問題を先送りに出来る。気付かれれば盗賊団も騒ぎ立てるだろうが、それまでは今と変わる事は無い。

 やれる事はやった。出来る事は、これ以上のボロを出さず先を急ぐ事のみだ。

 

「さぁて、地図地図。……む……んげぇっ……!?」

 

 気分を切り替え、アイシャは発見した地図に目を通し始める。

 自身の通ってきたルートと把握している地形を、古く掠れた地図の中身と照らし合わせ、現在地点を割り出す。

 アイシャの手に入れた古エルスタン語の宝の地図よりは劣化が少ない、一世代前程度の言語で書かれたその坑内地図には、三つの階層が書かれていた。

 やはり盗賊達はさらに奥の階層にいると見て間違いないだろう。問題は、そこへ至る道だった。アイシャが目を通した限り、次の階層へ至る道は地図には一つしか書かれていない。

 

「……か、書いてない……真ん中のあの道しかっ……」

 

 アイシャがこの場までやって来た原因である、見張りが二人駐留している中央通路。地図に記されている道らしい道は、それだけだった。

 そんな筈は、そう思って何度も見直し地図の表面の端までを指でなぞっていくも、様々な行き止まりに阻まれ、最終的には中央の道に集約する。

 意識の外で頬に熱を持たない汗が一筋流れていく。いかに気配を消して近付いたとしても、身を隠す場所の少ない通路で気を張っている相手の視界を潜り抜ける事は不可能だし、同様に姿を隠せなければ不意討ちも出来ない。

 

「マジですか……う、うう……こんなしょっぱい稼ぎで帰れと……?」

 

 奥へ進めなければ宝も何もない。このままでは、見つかる前に石切場の燭光石を全て回収し、帰るぐらいの事しか出来ない。

 差し引きで言えば十分にプラスと言えるのだが、ここまでかけた労力や精神的負担、何よりも絶対に盗賊団を出し抜いてやろうというここまでの気概が無駄になってしまう。

 引き際を弁えるというのは大事な事だが、まだ姿も割れていない状況でさっさと引き上げるというのはあまりに勿体ないし、諦めも付かない。そんな思いが、アイシャに地図を見続けさせた。

 

「――いや……待て、よ……?」

 

 その視線が、ある一点に留まる。正確には地図の左右に書かれてある、二本の縦線に。

 この廃坑の西と東の端にある、地表から最奥の階層までを貫く線。坑道の通気を司っていただろう、この坑内で最も垂直に穿たれたもの。

 

「……立坑……!」

 

 その存在に気付いた時、アイシャの脳内に一つの”道”が見える。

 地表から坑内最奥までを貫き結ぶ立坑は、物によってはワイヤーによる巻上機(ウィンチ)を備え鉱石を地上まで直接運搬するものもある。

 この廃坑が既に放棄されて長い以上、そういったものがあったとしてもワイヤーが切れていたり、巻上機が壊れている事は考えられる。が、そこはどちらでもいい。

 あれば辿()()やすいだろうが、無ければ無いでいい。アイシャの頭の中に浮かんだ道は、そういった不確定なものに頼らない。自分が通れるだけの空間があれば、あとは自分の力でどうにか出来る。

 

「……ここ降りれば、イケるんじゃないですかね……!」

 

 自分の所持する鈎付きロープや予備のロープ・楔などを使い、立坑を懸垂下降する。それがアイシャの考えついた道だった。

 地図を見る限り、この階層にも奥の階層にも立坑に繋がる道がある。上手く立坑を降りられれば盗賊の目に一切映る事無く、奥へと忍び込む事が出来る。

 無論、途中でロープが足りなくなればそこまでだ。ただ今回は探索用の装備で来た為、予備のロープは少し長めに持っている。ロープが足りさえすれば、あとは自分の腕次第だ。

 

「……試してみる価値ぐらいあるでしょう。オンナは度胸です、なんだってやってやりますよ……!」

 

 あれ、愛嬌だっけ?と記憶が自身へ訂正をかけてくるが、今の状況で欲しいのは度胸で間違いは無いし、言葉を直す必要は無いと判断した。

 二つある立坑の内、近い方はこの採石場の奥へ進めばそのまま繋がっているらしい。アイシャは地図を確認し終えると、いつでも取り出せる様に矢の入っていない矢筒へ丸めて仕込んだ。

 部屋を出る直前、男の入ったロッカーへ向けて手を立て、目を瞑り申し訳程度の祈りを捧げておく。許しを乞うつもりは一切無い。ただそこに居合わせただけの不運な男が、今度はちょっとはマシな場所に行ける事を小さく願う。

 

「えーと、この奥ですよ――ね?」

 

 部屋から出てアイシャは採石場の奥へ明かりを向け、立坑への道を見る。が、その道は途中で側面の壁が大きく崩れ、土石により塞がれていた。

 道を塞ぐ土石は人どころかネズミ一匹通らぬ程に隙間を見せず、アイシャの侵入をただそこに在るだけで拒んでいる。地図により道があるとわかっていなければ、最初から行き止まりだったと勘違いしていた所だ。

 

「……うへぇ。今日のあたし、近道にとことん嫌われてる気がします」

 

 嫌な顔を隠し切れず、アイシャは愚痴を漏らす。

 迂回に次ぐ迂回、通せんぼの次には行き止まり。地図を手に入れこそしたが、どうにも簡単な道はアイシャの前に用意されず、(ことごと)く歩みは止められる。

 とはいえ、道が無ければ仕方無い。逆側にあるもう一つの立坑へ向け、アイシャは歩き出す。先程位置は確認した為、今回の様に道そのものが塞がっていなければ問題無いだろう。

 

(石切場の逆の方――右側の通路の先、ですね。……後回しにしてたあの辺りかぁ)

 

 明かり袋の光を再度調節し直し、石切場への通路を静かに引き返しながら、アイシャは逆側にある立坑とそこへ通じる道の位置関係を考える。

 地図をよれば、今目指している立坑への道はアイシャがこの階層に下りてきた直後、分岐したレールの先にあるらしい。石切場の通路からもそちらへ繋がっているらしく、迷う要素は無い。

 やはり道がわかっているというのは良いものだ。迷わずに進む事が出来る、ただそれだけの事をどれだけの冒険者が望んでいるのか。っていうかあたしはいつでも望んでる。最速で最短で一直線でラクラク目的地に着きたい。

 地図によればその通路から枝の様に複数の採掘用経路が伸びているようだが、一刻を争う状況でそれら全てを確認する余裕は無い。目指すはただ一つ、奥の階層への立坑のみ。

 一つへ絞られた意識が足を早め、見知った道が迷いを無くす。警戒をしながらもアイシャの足は走っている時と同じ程まで回り、すぐに石切場の明かりが前に見えてきた。

 

(――居る。……歩いてる?なら、ここでやり過ごす)

 

 通路を抜けた先から感じられる僅かな気配がアイシャの足を通路の半ばで止め、明かりを消して感覚を尖らせる。呼吸を三つ挟んだ後、アイシャが感じた通りに石切場から何者かの足音が響いてくる。

 上の階層から下の階層へと歩いてくる複数人の足音は、アイシャの居る通路にまで聞こえる程の声で話しかけ合っている。聞き覚えのあるその声は、上の階層――大坑道で駄弁っていた男達のものだった。

 

(……アイツらまだ上でサボってたんですか。こんなんで大丈夫なんですこの盗賊団)

 

 思わず心配する程にサボる盗賊と遭遇する事が多いこの現状に、アイシャは目を細める。

 気配を消してアイシャは男達が歩き去るのを待つ。念の為男達の会話にも耳を傾けたが、相も変わらず今の仕事に対する愚痴が飛び交っているだけだった。

 上であれだけ話していてもまだネタが尽きていないのか。よくぞまぁそれだけ会話を繋げられるものだと一周して感心してしまう。

 そんな事を考えている内に、男達の声は石切場から離れて足音は中央の通路へと遠ざかっていく。途中で引き返してくる事態なども警戒しながらも、アイシャは通路の出口付近へ忍び歩いていった。

 

(――気配無し。……行く!)

 

 自身の感覚の範囲から出た気配が戻ってこない事を十分に確認すると、アイシャは通路から飛び出て一気に反対側にある通路へと一息で駆け抜けた。

 石切場の明かりが届かない場所の直前で速度を緩め、すかさず明かり袋を開いて周囲を照らす。燭光石による明かり袋はどうも見た目がチープなのもあって少々不安があったが、こうして使ってみると思ったよりずっと便利だ。

 ランタンと異なり燃料の心配をせずに済むし、嵩張らず重みも無いから移動を妨げない。何より、火が消えるのを気にしなくて良いのならば本気で走れる。

 身のこなしには元々自信があるアイシャにとって、少しでも身軽に動けるというのはそれだけで大きな利点だ。帰った後もこれ加工して使おっかな、と考えるぐらいにはアイシャは燭光石を気に入っていた。

 

「お、この先がさっきの道、ですかね」

 

 思案しながら道を歩いていれば地面のレールが分岐し、片方はなだらかな上りの坂道の道へと続く光景が目に入った。

 既視感のあるその光景から、先程後回しにした小広間先の分岐点が坂の上にあるとアイシャは確信し、迷い無くもう片方の平坦な道へと足を踏み入れる。

 そこから先の通路はレールの脇にいくつかの穴が開けられていたが、地図を見た時に思った通り採掘用に掘り出されたものである事は、半端な長さで不均等に凹凸を残しているその様子から一目でわかった。

 

「む、扉。……錠付きですか」

 

 それらの脇道の一切を無視し、アイシャは通路の最奥へ着く。そこで待っていたのは、鉄製の格子扉だった。

 その向こうには風が反響する音が深い場所から聞こえて来ており、立坑がそこにまだ残っている事を示していた。これで立坑まで崩れていたり塞がっていたら完全にお手上げだったので、一安心する。

 先へ進むべく格子扉に手をかければ備え付けの錠がかかっており、固く閉ざされた扉は押しても引いても動く事は無い。

 

「ふふん、あたしを誰だと思ってるんですかね」

 

 だが、物理的な錠前であればこちらのものだ。シーブスツールの入った袋より鍵開け用のロッドを二本取り出し、両方を鍵穴へ通す。

 内側に存在する突起一つ一つをロッドで押し込み、自身の経験と指先に伝わる僅かな違和感から正しい加減を鼻歌交じりに導き出していく。

 そうしてロッドを挿れてから十秒がかかるかどうかという所で、アイシャは中央へ差し込んだロッドを回した。

 

「いっちょあーがりっ!」

 

 解錠された扉を引けば、僅かに軋む音を鳴らしながら開く。

 錠前破りは盗賊の基本であり、今し方の扉の様にごく簡単なものであれば苦戦する事も無い。変に時間を食う事も無くスムーズに解錠出来た事で、釣られてアイシャの顔に笑いが浮かんだ。

 

「……さて。まぁ、さすがに無いですね」

 

 格子扉の内側に入って扉を閉じ、その先の立坑を燭光石の明かりで照らし出す。

 上を見ても明かり一つ落ちてこない空洞は、どこまで続いているかもわからない程深くまで続いており、空気の僅かな反響音と暗闇だけが其処に在る。

 欲を言えば鉱石運搬用のリフトとか無いかなーとか思っていたが、さすがにそんな事は無く、石に囲まれた縦穴だけがその場の全てだった。

 とはいえ悪い事ばかりでもなく、立坑はアイシャ一人どころか成人の男が何人か並べるぐらいには広く開けられている。降りることだけを考えればもう少し狭い方が楽に降りられるだろうが、全く隙間が無いよりはずっとマシだった。

 

「……っし!それじゃ、気合入れてやってみましょっか!」

 

 自身の両頬を小さく叩き、これからやる事に伴う恐怖に決意を上書きする。

 頬を弾く音と自身の声が、目の前の深淵に跳ね返り響き渡った。

 




立坑は付近の石の滑落のせいでめっちゃ滑るからよいこはまねしないでね!できるか!!

ちょっとこの先のダンジョンマップを一度見直し・修正するので次は遅れるやもしれません。
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