コードギアス R2 Blinded by love 作:ヒナトマト
彼が美しい緑色の髪を持つ女と学園を後にした時、盲目の少女からのお願いを受けた従者は彼の部屋のドアに一通の封筒を挟み込んだ。
『本日夜、礼拝堂にきてください。二人だけで、会って話したいことがあります』
学園に伝わるブルームーンの伝説を信じて盲目の少女が精一杯の勇気を出して綴った手紙。
綺麗に書けているかどうか、字を間違えていないかどうか、何度も何度も側にいるメイドに尋ねて書いた手紙。
彼は来てくれるのだろうか、兄は何て言うのだろうか、生徒会のみんなはどのようにからかってくるのだろうか、そんな事を考えながら書いた手紙。
そして、彼はなんて応えてくれるのだろうかと胸を高鳴らせながら封筒の封をした。
その封を破るべき彼はもう部屋にいないとは知らずに。
「未練はある。だから、未練はない」
彼が魔女に答えたその“未練”に盲目の少女のことがあったのかどうかは本人しか知らない。
しかし、彼が望んだのは少女の小さな願いとは相反する願いだった。
---忘れますように
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「咲世子さん、ライさんはいましたか?」
私は部屋に戻ってきた咲世子さんに尋ねた。
緊張で何度も字を間違えてしまい、やっとの想いで完成させた手紙を咲世子さんに渡し、彼に渡すように頼みました。
ライさんが手紙を受け取った時、どんな反応をしたのか気になります。
「いいえ、外出中でしたので、ドアに挟んでおきました」
咲世子さんは少し残念そうな声で答えてくれました。
それを聞いた私は少しだけ胸の高まりが治った気がします。
咲世子さんからの手紙なんて私しか出す人が思い当たらないでしょうから、少しだけ鈍いライさんならきっと夜を待たずに私を訪ねてきます。
そうなったら私はライさん触れられただけで倒れてしまうかもしれないから。
「ですが、ルルーシュ様にはお伝えしなくてよろしかったのでしょうか?」
「本来ならば先に相談すべきだとは思います。ですが、お兄様には後でキチンと私からお話しします。叶うならばライさんと一緒に……」
ブルームーンの夜。
その事をミレイさんから聞いたのは今朝でした。
ライさん宛てに手紙を書くので封筒と便箋を下さいとペンを片手にお願いした時、咲世子さんは私の両手を優しく包み込み「急いで用意いたします」とだけ答えてくれました。
今日しかないと私は思いました。
お兄様もきっと祝福してくれるはず。
最初に書いた手紙はひどく乱れていたでしょう、咲世子さんが一呼吸置いてから「もう一度書いてみましょう」と言っていましたので。
でも、それはきっと、急いでいた事が理由だけでなくて。
「少し時間があります。お茶にいたしましょう」
そう言って咲世子さんが淹れてくれたお茶はとても温かくて、私の心を少しだけ落ち着かせてくれました。
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「おやすみ」
彼の願いは神の島を中心に世界を覆った。
本来、彼のギアスはそこまでの力は持っていなかった。
だが、その願いは、緑の魔女と彼の眠りを見届けた少年を除いて、確かに叶った。
それは礼拝堂で彼を待つ盲目の少女も例外ではなかった。
「咲世子さん?」
盲目の少女はすぐそばにいるであろう従者の名を呼ぶ。
何故、自分が礼拝堂にいるのだろうか、その問いに答えてくれる事を期待して。
「ナナリー様、お部屋に戻りましょう。ここは少し冷えます」
問われた従者も何故自分がここにいるのかを分からず、主人を連れて部屋に戻るため、車椅子を押す。
日も落ち、薄暗い礼拝堂の近くには二人以外の人影は見えない。
「誰かを、待っていたのでしょうか?」
少女はまた問う。
誰か、忘れてはいけない人を忘れてしまった気がして。
「本日はブルームーンの夜です。ナナリー様が待ちわびるような人がいたのでしょうか?」
ブルームーンという単語を聞いた少女はにわかに頬を赤く染める。
そんな、自分にはまだ早いと言い聞かせるかのように身を小さくして悶える。
「私、まだ恋とかよくわかりません」
「いずれ、分かります」
従者は優しい声で答える。
クラブハウスの扉を開け、主人を自室へと案内する。
「あら?」
「どうしたのですか?」
従者の目に入ったのはゴミ箱に入ったなにか書きかけの便箋や机の端に置いてある白紙の便箋。
まるで直前まで誰かへ手紙を書いていたかの様子であった。
「いえ、なんでもありません。もう夜も遅いので就寝の準備をいたしましょう」
そう言った従者は静かに便箋を全て回収した。
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折り紙は楽しいです。
正方形の紙が色々な形に指先一つで変わっていくのは目に見えなくても楽しいです。
そんな私の指先に折ったことのない折り紙が触れました。
「これは……?」
何枚かの紙を使って折られたそれは花びらのようでした。
私はその形を確かめるように指を這わせました。
「…………」
丁寧に折られている事はすぐに分かりました。
でも、私にはその折り方は分かりません。
咲世子さんでしょうか?
その時、私は何故か涙が止まらなくなりました。
この折り紙がすごく大切なもののような気がして、でも大切なのに思い出せなくて。
「それは桜だ」
ふと声をかけられます。
私は涙をこらえて声の主の名を呼びます。
「C.C.さん?」
「その折り紙で作られている花の名だ。桜という」
不意に現れたC.C.さんは折り紙の名を教えてくれました。
「これはC.C.さんが折ったのでしょうか?」
私は尋ねます。
「……あぁ、私だ」
少しの沈黙の後、答えが返ってきました。
「だからそれは私の物だ。返してくれるか?」
「はい、わかり……」
私は返還を求められたそれ、桜をC.C.さんに渡そうとします。
でも、こらえたはずの涙がまた溢れてきて。
「あの、この折り紙、もう少しだけ預けていただけないでしょうか?」
喉の奥から涙に負けないように声を出す。
私は一度伸ばした手を戻し、桜を愛おしいもののように胸に抱えます。
「……その折り紙が未練か?」
「はい」
「そうか。それなら大切にしてくれ。その方が喜ぶ」
まるで他人事かのようにC.C.さんは言います。
「ふふ、言った通り未練があるのだな。面倒なやつだ」
「え?」
聞き返したはずの私のつぶやきはC.C.さんには届かなかった様子で、そのまま去って行きました。