My Dear Loneliness   作:黒樹

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気に入られたいなら、まずは胃袋を掴め

 

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

巨大な銃の銃口から閃光のような弾丸が発射される。その弾丸は真っ直ぐに魔女を貫き倒した。すぐに結界は解除されて現実世界へと戻ってくる。ほっと一息ついたのも束の間、闇夜の中からぬっと姿を現したのは、ジーンズにパーカーの男の子。十条君だった。

 

「毎日毎日ご苦労様だね。お疲れ。はい、ドリンク」

「えぇ、ありがとう」

 

今月はこれで十件目。十件中、十件。そのどの魔女を倒した時も十条君は出て来た。流石にそこまで出会すと会話することもあり、今ではこんな風に会話する仲で、学校でも割と話す男子生徒になってしまった。そして、最初の余所余所しい態度も少し緩和して彼なりの砕けた口調で話してくれるようになった。

 

「でも、女の子がこんな時間まで出歩いていて大丈夫なのか?」

 

自分の分のドリンクを開けて彼は指摘した。

まぁ、確かにこんな時間まで女子中学生が出歩いてるなんて知れたら、夜遊びだとか思われるかもしれない。

私の身の危険とか心配してくれているんだろう。彼は割といい人だった。

 

「大丈夫って何が?」

「親御さんとか。何か言われたりしない?」

「その話、ね……」

 

私は話すべきか話さないべきか悩む。特に隠す事でもないけれど。特に親密でもない彼に話していいものかどうか……魔法少女、という秘密を知られておいて、他の人よりは私について理解ある人だと思うけれど。

彼はどうなんだろうか。

 

「あなたこそどうなの?」

「僕は一人暮らしだよ。妹とか諸々いるけど、別居中」

「そう。じゃ、お互い独りぼっちってわけね」

 

ふふふっ。と微笑んで見せると何故か怪訝な顔をされた。

 

「巴さんは寂しいんだ」

「……まぁね。私も人並みに寂しくなってしまうこともあるわ」

「……ふーん」

「あなたはそうならないの?」

「別に一人の方が楽だから……といっても、寂しくなるってのは少しだけ分かる気がするかな」

 

強がっているわけでもなく、共感された。

十条君はカラカラと笑いながら、さも笑い話のように私に告げる。

 

「たまにこうして巴さんと話すことは密かに僕の楽しみになっているからね」

「ふふっ。ありがとう」

 

とても恥ずかしい事を言っていることに気づいているのだろうか。その私も彼と話すことが毎日の楽しみになっている時点で人のことは言えないのだけど。

 

「極稀に僕も人とのつながりを欲しているとは思うよ。まったく、人間ってのは不便で嫌だな」

「十条君はもっと人と関わらないと」

「嫌だよ。面倒くさい」

 

確かに面倒な関係だと思う。それでも、一人で大丈夫だなんて、虚勢を張っているだけ。要らないと思いながらも、本当は私達は必要としている。

 

「さて、帰ろうか。送ってくよ」

「私、魔法少女よ。怖いものなんてないわ」

「一人で帰すと僕が眠れなくなるんだ」

「……まったくもう、心配性ね」

 

帰り道は少し寂しい感じが嫌いだった。

私はクスリと微笑んで、彼の厚意に甘えた。

 

 

 

「……此処?」

「そうよ。十条君もあまり遅くならないうちに帰りなさい」

「そうは言うんだけどさ、巴さん」

 

マンションを見上げた十条君が引き攣った笑みを浮かべる。

その意味は、数秒後に明かされた。

 

「僕の家も同じマンションなんだけど……」

 

 

 

 

 

 

いつからか私はこんなアクションを起こすようになった。

 

「十条君、一緒に帰りましょう」

 

知り合って一月程。正確には、仲良くなってだけど。

私の誘いに彼は怪訝な顔をした。だけど、少し頰が赤くなっている。と、くれば少し照れているのか目を逸らして首に手を当てながら考え込むような仕草をした。

私も私で一人の帰路は寂しかったから、というのと。

実は、十条君の家は私が住むマンションの隣の部屋だった。という理由がある。

 

どうして気づかなかったんだろ。

 

それは十条君が人見知りし過ぎて、近所付き合いとか苦手で、しかも表札もないものだから住んでいる人の検討どころか住んでいるのかさえ知らなかったから。

私も隣については深く知ろうとしなかったし、問題はなかったのだけど。

縁があるとは、思う。そんな縁を露骨に信じた私が取った行動といえば、同じ帰り道を歩くということくらい。

 

「……一緒に?」

「なぁに?嫌なの?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、帰りましょう」

 

半ば強引に彼を連れ立って教室を出て行く。誰かと一緒に帰る、なんて事を今まで考えてこなかった私は少し浮き足立っていたのかもしれない。なんだか最近、十条君と巴さんが付き合っている、なんて噂を耳にするけどまったくの無実だ。

家は同じマンションだし、魔女探索に出れば必ず会うし、放って置けないしで特別なことなんて何もない。

そう、何もないはず。気づいたら近くにいる、ってだけで。

 

「ところで、十条君は甘い物好き?」

 

見滝原市で今話題の移動型クレープ屋の前に差し掛かったところで、私はこんな質問をしてみた。

 

「そうだね。よく作るよ」

 

何故か不明瞭な答えが返ってきた。この場合はどう捉えたらいいのだろうか。好き?嫌い?わからない。私もたまにはクッキーくらい作るものだけど。そういうことなのだろうか。

 

「作るって……」

「好きな食べ物はもっと美味しいものが食べたいだろ。僕は、その限界を作り出すのが趣味。配合を少し変えるだけで味が変わるから、これがなかなか面白くて」

「例えば、何を作るの?」

「クッキー、ケーキ、プリン、ゼリー、パンケーキ、マフィン、この前はマカロンとかスコーンを作ったよ」

 

指折り数えていく十条君の趣味は見た目に似合わず。

 

「特に色んな紅茶の茶葉を混ぜると市販の紅茶クッキーとは味が変わってまた面白いんだ。あと、漫画やアニメの真似をして紅茶コロッケなんて作ったけど。中々興味深い味だった。美味かったなぁ」

 

うぅ、聞いていたら食べたくなってきた。食欲が沸きそう。もう私の視線はクレープ屋などではなく、十条君の作るお菓子にロックオンされている。

 

「……ジー」

 

だからと言って、作ってなんて言えるはずもなく。

思えば、睨むようにして彼を見ていた。

そんな私の視線には幸か不幸か気づくこともなく、十条君は鞄を漁り始める。

何事かと見守っていると、鞄から出た手には一つの小包が。

 

「クッキー焼いたんだけど……」

「ちょうだい!」

「……別に変な薬とか、入ってな…い…」

 

ガラにもなく、はしたなく十条君が差し出した小包に手を伸ばしてしまった。

 

「あっ、ごめんね。君が話すからなんか食べたくなっちゃって」

「いや、いいんだけどさ……好きなの?」

「ふふっ。女の子だもの、みんな甘いものは好きよ」

 

ガラにもなくはしたなく催促してしまった私は頰を赤らめて、十条君の手作りクッキーを受け取る。

さて、こうなるとこのまま「サヨナラバイバイ」じゃ私も格好がつかない。何よりこんなものを貰っておいて、何かお返しをしなくてはいけない。となると、どうしたものか。

家の中に上げてお茶、なんてハードルが高過ぎる。私の今までの男性経験は殆ど皆無に等しく(男性教員や男子生徒と会話しただけ)、また男子を一人暮らしの部屋に上げるというのも何か抵抗がある。

 

「……!」

 

味見程度に一口貰って、小包の中のクッキーを齧るとこれまで食べたことのないような甘味の美味しさが口いっぱいに広がって私は驚きのあまり硬直。

 

「それなら、家に紅茶とよく合うマフィンがあるけど……」

「ねぇ、十条君、速攻で帰って今から私の家でお茶しない?」

 

……心変わりが早いか、私の覚悟はこんなものでした。

 

言い訳をするなら、十条君は良い子だし害悪はないように見える。こんな優しい彼を疑うというのが失礼な気もする。何よりこのクッキーの味が証明している。甘いものが好きな人間に悪い人はいない。

 

「僕はいいけど、巴さんはいいの?」

「何かしら?全然オーケーよ」

「いや、普通男女でお茶だなんて恋人同士じゃないとしないでしょ……噂もあるし」

 

その噂とは、巴と十条両名は恋人説。

あぁ、そっか。私は少し深読みし過ぎたのかもしれない。

何より、この人、まったく二人きりになってしまうという状況に気づいていない。

それはそれでショックだけど、少し安心してしまう。彼には少なくとも、そういう意図はないらしい。

今の状況も二人きりみたいなものだけど。

 

「別に言わせておけばいいのよ。それとも私が十条君の恋人じゃ不満?」

「……巴さんが恋人なら、毎日がもっと楽しくなるんだろうな」

 

今更、言った後に思い返してみればお互いに酷く恥ずかしいことを言っていた。お互いに放った言葉で頰を赤くして、目も合わせられなくなり、家までの道のりを無言で歩く。

照れ隠すように、十条君から貰ったクッキーを齧って、悪くないかもなんて思って、さらに赤面していると、

 

「じゅ、十条君、あのね–––」

 

景色がぐにゃりと歪んだ。

魔女の結界に侵入してしまった、と気づくのに数秒掛かって、十条君の一言で我に帰る。

 

「……また新しい魔女かな」

「……速攻で片付けて帰ったら、お茶だからね」

 

今日は来ない日だと思っていたのに。

気合の入れ具合は、いつもの五割り増しだった。

 

 

 

 

 

魔女討伐を果たして私は一度、十条君と別れた。彼がマフィンを取って来る間に少しでも掃除をと思って掃除機に手を伸ばす。普段から掃除はしているから特別片付けるような所はないのが救いだけど、私としては着替えもしたいしシャワーも浴びたい。魔女討伐で動き回ったせいで臭くないか気になって嗅いでみるものの、自分ではあまりわからなかった。

取り敢えず、隣の部屋の十条君に一応、「シャワー浴びるから勝手に入ってて」と声を掛けてからシャワーを浴びてみたものの、上がると十条君はまだ来ていないようだった。

その、数秒後……。

 

「巴さーん?」

 

玄関から、恐る恐るといった声を掛けて来る彼の声。まだ服を着ていなかった私は脱衣所から返事をする。

 

「ごめん、リビング行ってて」

「……わかりました」

 

妙に硬くなった様子の十条君。

部屋の構造は大体一緒だから、迷うことはないと思って通した。

脱衣所の前を通り過ぎていく彼の足音を聞いて内心ホッとしていると、今度は彼とはまた違ったキューティクルな声がリビングの方からした。

 

「ボクの名前はキュゥべえ–––」

 

ちょっと待って。なんであなたまでいるの?

いや、そもそも誰と話しているの?

キュゥべえは魔法少女かその素質のある少女にしか見えないはずで、今リビングにいる十条君には関係ないはずじゃ……と考えたところで魔女のキスマークを付けられたあの男子にそういう心配とかは無駄かと思い出す。

慌てて身支度を整えてリビングへ行くと、正座して珍妙な小動物と向かい合っている十条君の姿があった。制服を脱いだ彼は、パーカーにジーンズ姿。いつものスタイルである。

 

「やぁ、マミ。お邪魔してるよ。それより、キミは中々面白い少年と知り合ったんだね」

「ねぇ、巴さん、この小動物、君のペット?それとも魔法少女につきものの変身契約生物?」

 

何故だろう。キュゥべえのことは一度も話したことはないのに、大凡のキュゥべえの正体を言い当ててしまう彼は興味深そうに一瞥した後、私に助けを求めてきた。

 

「ごめんなさいね、十条君。その子は私の大切なお友達なの。ついでに言うとね、その子と契約したお蔭で私は魔法少女になることができたのよ」

「だよね。喋る動物なんていないよね」

 

ともあれ、なんでキュゥべえが此処にいるのだろうか。

 

「キュゥべえ、今日はどうしたの?」

「今日はマミじゃなく、この少年に興味があって来たんだよ」

 

そういえば、私も彼について聞きたいことがあったのだ。

 

「十条君って何か特別な存在なの?」

「さぁ、ボクにもよくわからないよ。なにせこんな事例は初めてだ。魔女にこれほど魅入られた人間がいるだなんて、見たこともないし聞いたこともないからね。……まぁ、彼の存在がどうあろうと、ボクらには未知の何か特別な力があるんだろうね」

「……結局のところ、何も知らないってこと?」

 

キュゥべえにもわからないなら、私にもわからない。

十条君がこれほど魔女に好かれている理由は釈然としないものがあるけど、一旦保留だ。

 

「でも、一つ言うとしたら、魔法少女が願いによって生まれるなら魔女は呪いによって生まれる。そんな呪いに魅入られた彼は普通の人生は送れないだろう」

 

そんな宣告を受けて、大丈夫かと思って十条君を心配になって見てみれば、表情一つ変えない彼の姿がそこにあった。

 

「退屈な人生を無作為に過ごすくらいなら、それでいい。少なくとも僕は、そのお蔭で巴さんと出会えたんだから」

「……こんな変わったニンゲンは初めてだよ。まったく、訳がわからないよ」

「そ、それはそうと十条君、早くお茶にしましょう」

 

つい、十条君の一言にドキッとして私は誤魔化すように二人の間に割り込む。彼の作ったマフィンは、とても優しい味がした。

 

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