言い訳はしない、事実だもの。
謝罪はするけど反省はしないぜ。
趣味は優劣をつけられないし。
真っ暗な部屋の中、開け放たれた窓から月明かりが差し込む。カーテンは風に揺れてゆらゆらと部屋に出たり入ったりと静かに音を立てていた。その部屋の中、僕はベッドに座り鏡を見つめる。電気もつけないで、とマミがいたなら怒りそうだが生憎と最近は顔を合わせても会話すらしてくれない。接近すると逃げるように走って行く。朝も会わなければ魔女探索で会ってもスルー。空気のような扱いだ。もっとも、空気のように扱うのなら、もっと上手くやれと言いたいが、悪いのは僕だ。
鏡の中、そこには一人きりの僕。首筋には魔女の口付け。それは暗闇でも、色濃くはっきりと浮き出ていた。
『……いい加減認めたらどうだ?』
鏡の中の僕が呆れたように言う。死んだような目をしているのはお互い様。その言葉が何に対してかもわかっているくせに、僕はまったくわからないフリをする。
「何のことだよ」
『巴マミを好きだってこと』
核心を突く言葉に今度は呆れたように僕が息を吐く。呆れたのは、それが僅かながらに気づいていて気づかないフリをしていた僕にだ。
『言っておくが、後悔してからじゃ遅いんだ。いや、いつか後悔する。想いを伝えられなかったことも、傍にいられなかったことも、そしてこの先も……』
何か言いたげだった。鏡の中の僕は、泣いている。僕の頰に涙はない。だというのに、鏡の中の僕は涙を流しながら鏡に手を当てていた。
『驚かないのか?』
「君が僕なら知っているだろう。僕はそんな超常現象、信じないわけがない」
『話が早いな、僕』
「君は僕だからね」
『あぁ、そうさ。君は僕で、僕は君で、そしてどちらでもない』
曖昧だ。言わんとしていることはわかるけども。
「つまり君は、一秒前、十秒前、一日前、もしくは未来、それか今、ありえたかもしれない僕」
『平行世界、ってやつだな。さすが僕、理解が早い。だけど、現実にありえているよ。後悔した僕が言うんだから間違いない。それに、今君が見ている僕は、複数の僕だ』
「……複数の可能性か。たとえば?」
『巴マミと付き合っていた僕。鹿目まどかと付き合っていた僕。美樹さやかと付き合っていた僕。暁美ほむらと付き合っていた僕。佐倉杏子と付き合っていた僕。妹と付き合っていた僕』
待て。聞き捨てならない可能性の話が聞こえたぞ。それに、知らない名前も。
『君がいずれ出会う人達さ。それよりだ、まず僕は君に話さなければいけない事がある。でも、実際、見た方が早いし君ならその光景を理解できるだろう。魔女の口付けに手を当てて、呼んでやれ。蝶の魔女の名前を』
「……魔女の名前なんて、知らないけど」
『それでも僕は知っている。認識すれば簡単なことさ』
言われた通り、手を首筋に当てた。魔女の口付けがある右の首筋を。そうすれば名前が浮かんだ。知らないはずの、魔女の名前が。
「……クルル?」
魔女の口付けが刻印された箇所が妙に疼き、熱を放ち、焼けるような激痛が発生する。触れた指先が熱を感じているが、焼けるほどの痛みじゃない、むしろ温かい。座っていたベッドから転げ落ちて床で激痛に悶えていると、その間に幾つもの光景、いや記憶が脳裏をよぎり過ぎ去って行く。
魔法少女の末路、ワルプルギスの夜、ソウルジェムの正体、キュゥべえの正体、変えられない幾つもの悲劇。全てを見終わった頃には、床に這い蹲りながら鏡の僕と同じように涙を流していた。何時間も転がっていたようだ。時計の針はもう既に頂点を通り過ぎていた。
『気分はどうだい?』
「……最悪だ」
だろうね。と、鏡の僕は口を噤んだ。
そして、僕の中に知りもしない少女達に関する感情が溢れる。
愛したはずの者達へ。
もう一度、会いたいという思いが……。
虚無感と、絶望と、いろんなもので掻き混ぜられた心で、僕は鏡の僕を見た。
「……道理で旨い話なわけだ」
『インキュベーター。それが彼の正式名称だ。もっとも呼称なんて些細なことでしかない。だけど、これでわかったろう。僕ならこう思うはずだ』
鏡に映る僕と僕の動作は寸分違わず、同じ言葉を発した。
『「宇宙の延命のために少女の命を代償にするなんて馬鹿げてる」』
いつかの僕が経験した、キュゥべえの言葉。彼らが人間の少女を犠牲にするのは、人間が家畜を喰らうのと一緒だという。彼らにとってはそうなのだろう。そうかもしれない、だけど……。彼女達は生きている。僕なんかよりもずっと、懸命に、毎日を……。それを騙すような形で未来を奪うなんて。
不甲斐なさに僕は、思考を止めた。
「……そんな世界、なくなればいいのに」
『同感だ。救う力のない僕達は、その事にずっと嘆いていた』
「今の僕も無力だよ」
『確かに。僕達は失敗した。悲しい事に誰も生き残らなかった。……仮に彼女は生きていても、すぐ別の世界へと旅立ってしまった』
「それが、あの娘か……僕はまだ知らないけれど」
『見せた……という表現は正しくないのかもしれないけど、僕とほむらが結ばれた世界もある。だけど、彼女は結局、立ち上がり、別れを告げた。大切な友達を救う約束をしたから、一緒にはいられないと』
時間遡行。そんな特殊で強力な魔法を持った少女がいるという。幾つもの世界を渡り歩く彼女はたった一人の友達を救う為に何度も同じ時間を繰り返している。その度に、僕が今見た絶望を突きつけられ、戦っている。
「……僕は本当に面倒な性格してるよな」
『僕が経験として渡したそれは、僕には関係ないのだろう。だけど、それを願わずにはいられない』
「誰かを愛した僕が、愛された僕が、それを望むなら。いいだろう。請け負った」
『ありがとう。という言葉は要らないのかな、苦手だろ』
「……まぁね」
乾いた笑いが響いた。どうやら僕は上手く笑えないらしい。
「……いつか救えない事に後悔する時が来るのだとしても、今だけは」
『頑張れよ。少年』
鏡に映る僕の背後にはクロアゲハのような羽を持った少女が立っている。ふわふわと浮かび、三日月の形に唇を釣り上げ、ケタケタと笑っているかのよう。首筋の魔女の口付けを撫でるとそいつは嬉しそうに消えていくのだった。後に残ったのはいつも通りの鏡だけ、暗い部屋の中で目を閉じ僕は夢想する。
◇
しかしまぁ、あれだ。いくらそのような事実を突きつけられたとはいえ、ヘタレな僕にマミをどうこうできるわけもなく、魔女探索を一人行う事になってしまった。一体全体どうしてこうなったのか、話しかけることすら躊躇った僕はどうにもマミに接する方法がわからなくなってきていて、偶然を装って魔女探索に顔を出すという暴挙。実際問題、魔女の結界に高確率で侵入(誘い込まれるともいう)できる僕は、マミの行動範囲を特定するのも無理はない。そして、それがわかっていてマミも近辺は避けるだろう。つまり僕からそう簡単には逃げられない。
自分で言ってて残念なことにストーカーみたいだ。
そして更に残念なことに、今日はある意味で見たくない顔を見てしまうことになった。
魔女探索に向かう途中、CDショップにどこかで見たような少女達が音楽に耳を傾けていた。僕はそれをスルーして魔女探索へと向かう。見なかったことにした。
そんな僕の頭の中に、自問自答をするように少女の声が響いた。
『なんで無視したの?』
「僕は彼女達を知らない設定だ。話しかける理由がないよ」
『他の世界では彼女だったのに?ざーんねん』
「今の僕は無関係なんだよ」
独白は哀しきかな、己の心を否定しているようであった。経験として引き継がれた“僕”の記憶は感情にさえ左右する。話しかけたいという衝動が意味もわからず駆け巡った。
誘惑を無視してCDショップを通り過ぎて行こうとすれば、突然、背中にドンという衝撃がはしった。うおっと思わず息を吐き出し一歩踏み出した足で耐えると、背中越しに振り返る。見れば、鹿目まどか、彼女が尻餅をつき、そしてその友人が早口に「ごめんなさい」と謝罪を口にする。ふむ、よくできた後輩だ。
「大丈夫かな?」
手を差し伸べると少女、鹿目まどかは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて見上げながらに手を取る。
「ご、ごめんなさい……えっと、先輩?」
首を傾げて初対面なのにそう詮索されるもんだから何が起きたのかこちらも不可思議に眉根を寄せる。助け起こしながら、まるで他人事のように俯瞰した推測と結果を伝える。
「確かに僕は君達と同じ学校で三年生だ。そして、君達は同じ学年に見たことはない。僕の交友関係も殆どないことを考えても同じ学年のものとなれば三年もいるんだから大体は把握しているが、やはり精査しても君達とは初対面のはずだ。よく先輩だとわかったね」
「そ、その……なんて言ったらいいか、どこかで会ったような……」
「つーか、それ言ったら先輩の観察力とかも凄いと思いますよ」
「いや、同学年に見たことないし、ただの推測だ。僕は最上級だしね」
嘘です。事前知識で知ってました。いや、見たことないのは本当だけども。
「ごめんなさい。急いでて、前見てなくて本当に申し訳ないです」
「いや、いいよ。急いでるんなら、早く行きな」
「おっ、先輩いいやつですね」
おだてるような美樹さやかの声に僕は苦笑いを返す。
「でも、今度は気をつけてね。世の中良い人ばかりとは限らないから」
「はい、ありがとうございました!」
元気よくぺこりとお辞儀をする少女達に手を振って返す。そうして走り去っていく彼女達を眺めながら、僕は独り言のように呟いた。
「……本当に気をつけて」
運命とは、時に酷なものだと思う。
別れを告げた少女達との小さな邂逅を後に、向かった先で運悪く必然的に魔女の結界に引き込まれた。まぁ確かに探していたものだが、マミと会えるかもという淡い期待に添っただけのその行動で魔女を倒す術などあるはずもなく、辿り着いた先で少女達は運悪くも魔女の結界に囚われていた。そんな彼女達との、二度目のこんにちわ。
「あ、また会ったね、鹿目まどかと美樹さやか」
「せ、先輩!?」
「よかった……」
しかし、その言葉は最後まで紡がれなかった。チラリと浮遊する魔女の手下に視線を向けて、結界に目を向けて、もう一度こちらを見る。
「……先輩にはこれが見えないんですか?」
慌てる様子のない僕に焦燥する彼女達は問い掛ける。いや、驚愕とか、そういった混乱と困惑をぶつけたかったのだろう。不安を露わに年上に助けを素直に求めた。
「いや、見えてる見えてる」
「どうしてそんな平然としているんですか!?」
「どうしてって言われても……日常茶飯事だし」
「先輩パネェ!」
美樹さやかはまだ突っ込む余力を残しているようだ。
そんな元気っ子を尻目に、鹿目まどかの腕に抱かれた生き物に目を向ける。
「それは君が説明してあげたら?キュゥべえ」
「こんな状況でも君は平然と……マミが近くにいるのかい?」
「いや、最近喧嘩してね、そうでなくとも君が念話で呼んでいるのだろう?」
「……君、何か雰囲気変わったかい?」
「そうかな?僕は至って普通だけど」
僕は僕だ。別の世界線の感情にのっとられてやしない。僕の体も、心も、魂も、僕だ。そういう自覚はある。
ともあれはぐらかされた救援に諦めをつける。知ったところで意味はないし、ここで隠したところでマミから直接聞けば良い話だ。
そう考えていたところで、銃声と共に僕の鼻先を何かが掠めた。
四散する、左の魔女の手下。僕はなんともなしに銃撃の発生源を辿る。そこには、何故か膨れっ面のマミが銃口を僕に向けていた。
「……そう。年下の方が好きだったのね。このロリコン」
「……いや待って。誤解だ。誤解じゃないような気もするけど、誤解だ。マミ、僕は君と話をするために–––」
ズドン。今度は僕の髪をかすめて後頭部に浮遊していた魔女の手下が四散する。
そして、幽鬼のような覇気でふふふと笑いを漏らす。
何故だか悪寒を覚えた僕は鳥肌が立ち、肌が粟立つのを感じた。その証拠に魔女の結界が解かれ、一目散に魔女の手下が逃げていく。相当怖いらしい。彼女には魔女も裸足で逃げ出す怒気が……。
「……ふぅ。さて、と。そこに隠れてるあなた、今回は譲ってあげる。魔女もあまり遠くには逃げていないようだし。今なら追いつけるんじゃない?さぁ、こんなロリコンは放っておいて行きましょう、説明と一緒に美味しいケーキと紅茶をご馳走するわ」
腕を引かれていく鹿目まどかと美樹さやか。有無を言わせず、引き剥がすように連れ去っていく。そのどこに気に触る要素があったのか、物陰に隠れて様子を伺っていた気配がその姿を現した。暗色を基調としたどこかの制服を彷彿とさせる服装の、マミと似た力を感じる黒髪の少女の腕には丸い何かの機械。コスプレ、といえばそれまでの妙な姿の彼女が、ガッと僕の腕を掴む。
「あらそう、この人は要らないのね。じゃあ、遠慮なく。行きましょ、十条君?」
「ちょっ、そういう意味じゃ–––」
マミの言葉が最後まで紡がれることはなかった。別にマミが消えたとか、そういう意味ではない。マミが口を開けたまま、時が止まったように停止したのだ。
いや、停止したのは世界の方だ。
本来なら、僕にこんな力が……!
感動したいところではあるが、トリックは知己のもの。
故に僕は腕を掴んでいる、否、組んでいる彼女に向ける。
「あら、驚かないのね」
「まぁね」
「ちょうど良かったから、拉致るわよ」
「うん。僕も少し話がしたかったから」
「ふふっ、私もよ」
そうして、突然現れた彼女は僕を引き摺るように拉致していった。
最近始めたマギアレコードで忙しかった。
……100回回してやっとアルティメットまどか手に入れたけど、魔力開放フルでやってる人のガチ度が怖い。まぁ、お迎え出来ただけでもハッピーだが。