俺がダンジョンに行くのは間違っている 作:shon
きょうは ぼくらの エレシュキガル記念日
いっけなーい、殺意殺意!私普通の男子高校生!オタク趣味が大好きで毎日ゲームやアニメを見て人生楽しんでたの!だけど神様が勘違いで寿命を終わらせてきたからさあ大変!神様をぼこぼこにしたかったけど笑いながら謝られて一言いう暇もなくチートももらえないまま次の生にぶち込まれちゃった!異世界でチートがないなんて、これから私どうなっちゃうの!?
次回、『神様滅殺殴殺大虐殺!』。デュエル、スタンバイっ!
「…はあ…これからどうしよう」
俺の名前は士道友紀。親しい人からはユキって呼ばれてる、しがないただの男子高校生だ。成績は力を入れている訳じゃなかったから中の下、運動神経は平均並みで、彼女いない歴=年齢のクラス内モテない系男子の末席を汚していた凡人。それが俺だ。
そんな俺は今、名も知らぬ森の中でただ一人突っ立っている。端から見なくてもただの遭難だ。しかもサバイバル道具なぞ一つも持っていない、ほぼ手ぶら状態での遭難である。ぶっちゃけ森全体が死亡フラグにしか見えないのは俺がサバイバル知識に明るくないからだろうか。
何故こんな事になったのか。その原因ははっきりしていた。
それは俺の体感時間でだが、昨日までさかのぼる。
夜。誰だって眠くなる時間帯だろう?何か予定がなければ普通にベッドに入って寝る時間だ。俺もその例にもれず、その日は体育の授業で多少疲労感が残っていたのもあってはやめに寝る事にした。
何事もなければ俺は何事もなく朝日を拝めていた事だろう。だが、何故だろう。俺は朝日を拝めなかった。
かのノストラダムスもこんな事予言できなかっただろう。俺は死んだ。
死後、俺は白い世界で神に出会った。そして死因を聞いて愕然とした。心臓発作とか脳の病気とか関係なく、俺は寿命で死亡した。死因は老衰だった。
16歳の俺が老衰?馬鹿も休み休み言ってほしいものだったが、神は…あの野郎はこうも続けやがった。
『ちょっと失敗しちゃってねぇ。まあ人間ごときが一匹潰れようがどうでもいいのだけれど、ちょうど最近娯楽に飽きてきて新しい事始めようと思ってたんだ。どうも神様転生ってのが流行ってるらしいじゃん?それしてみたいんだよねぇ』
文句を言う暇もなく俺は穴に落っことされて、そして今に至るという訳だ。
「投げやりすぎるだろ…転生するなら、チートとか…もっとこうなかったのか?」
いや、文句を付ける所はそこじゃない訳だが。とにかく身勝手すぎる神の気まぐれで人生が終わって、さらに無理やり見知らぬ場所で人生をリスタートさせられるなぞ、怒りを通り越して呆れかえってしまう。
神は救いようのない馬鹿野郎である。俺は神に対する辞書―――この場合は聖書と形容しよう。もちろん皮肉だ。それに上の文字をでかでかと刻むことにしたのだった。むしろそれだけで完結にしてもいい。
はあ…こんな事しても現状は変わらない。今は神と書いて屑と読むあの野郎に割いてやる時間は一時もない。そうしないと俺がまた死ぬ羽目になるのだ。
もう死ぬのはごめんだ。一度死んだときは眠っていた時だったので苦しみはなかったが―――それでも死ぬのは嫌だ。当たり前の感情だろう?
とはいえ…。
「どうすりゃいいんだろう…」
森を前にしてつぶやく。こんな大自然を前に、ただの男子高校生である俺に何が出来ようか。
「…とにかく、森を脱出しよう」
森でサバイバル生活なんて到底できそうにないので、脱出するのを念頭に置いて俺は歩き出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「はあ、はあ…ん?」
あれからざっと2時間はかかっただろうか。ひたすら歩いていると、ふと木々の隙間からちらりと何かが見えた。俺は慌ててそれがよく見える位置まで移動した。俺の見間違いじゃなけりゃそれは…。
「…人工物だ…」
細長く天を突く巨塔の姿がそこにはあった。
「よしよし…後は人がいればいいんだが」
遺跡なんかじゃ目も当てられないだろう。そうじゃない事を祈るばかりだ。
ともあれまずは移動するしかない。俺はかすかに見えた希望を信じて、その塔に向かって歩き始めた。
それからさらに1時間は経っただろうか。木々を抜けると壁が見えてきた。どうやら塔の足元の周囲をぐるりと囲んでいるらしく、ずいぶんと堅牢な外壁である。
外周を辿るように歩いていると、しばらくすると門が見えた。そして人もいた。馬車や旅人の風貌をした人が出入りしているのが見えた。
「やった!」
人がいた。そのことに安堵しつつ、俺は気を引き締める。ここからが正念場だからだ。
そこに近づくと門番の一人が話しかけてきた。
「見ない顔だな。それに見た事もない服装だ。今日は何の用でここに来た?」
「どうも。実はちょっと迷子っていうか、遭難してしまいまして。近くにあった街に来たんですが…」
「ああ?なんだそりゃあ」
最初は怪訝な顔をしていた門番だったが、俺が嘘をついていないというのが伝わったのか、面倒だと思ったのか、とりあえず警戒を解いてくれた。
「まあいい。知ってはいるだろうが、ここは迷宮都市オラリオ。ようこそ、冒険者とダンジョンの街へ」
…迷宮都市?冒険者とダンジョン?
「なんだその顔は。まさか知らないでここまで来たってんじゃないだろうな」
「いやあ…遠くから来たもので、この辺りの地理に疎くて」
「はあ、田舎もんかあんた…仕方ないな。あのバベルが見えるか?あれがダンジョンの蓋。その地下にダンジョンと呼ばれる、モンスターを生み続ける奇妙なものが延々と広がっている。冒険者はそこを探索する物好き共の事さ」
「へえ…」
ライトノベルやゲームでよくある冒険者やダンジョンと考えていいだろう。まさに『異世界』って感じだ。
「その…冒険者になるにはどうすれば?」
「おいおい。そんな華奢な身体で冒険者志望か?とやかく言うつもりはないが、やめといた方がいいぞ」
「いや、しばらくここを拠点にせざるを得ないので。金稼ぎの手段の一つとして聞いておきたいなと」
「それならいいが。そうだな、冒険者になるにはファミリアに入る必要がある。神の眷属にしてもらうってわけだ。神の存在くらいは…知らなそうな顔だな」
「はあ。神、ですか…?」
「数百年も前に降りてきた本物の神様がここには大勢いるんだよ。まあオラリオ以外にいる神なんて数少ないし、知らなくても無理ねえが。で、神の眷属になるのがファミリアに入るって
事。ファミリアに入ったら、次はギルドで冒険者登録をする。そうする事で冒険者になれる…ってわけだ」
「ファミリアに入る。で、次に冒険者登録…分かりました。色々と教えてもらちゃってすみません」
「なあに。俺も田舎の出だからな。似たような奴がいると助けたくなっちまうだけだよ」
気のいい門番に礼を言って、俺は街の中へと入った。
数歩歩いて、俺は一呼吸おいて立ち止まった。
(…いや、神ってなに?)
流石に予想の埒外な存在に頭がこんがらがる。何だろう、この世界…いや、この街には神が大量にいるのだろうか。どういう事なんだ。
冒険者になるには神のファミリアに入らなければいけないらしい。そういえば異世界に転生してきた主人公は大抵冒険者になって俺TUEEEするのだが…。
「うーん、正直わからんよなぁ…」
そもそもチート能力貰った覚えないし。いや、もしかしたら知らない間に力を押し付けられてる可能性も無きにしも非ずだが、あいつ性格悪そうだったしなぁ。なさそうだ。
「とりあえず、働き口を探すか…」
高校生の俺とて、働かないと生きていけないのは知っている。
俺は初めて来た異世界の街の中、たった一人、歩き出したのだった。
―――――――――――――――
「帰れ帰れ。経験ねえ奴なんざいらねえよ」
「…ここもダメか…」
ぱたん、と音を立ててしまった扉を眺めて、俺は小さくつぶやいた。今ので何件目だっただろうか。飲食店を中心にバイトとして雇ってもらえないか頼みこんだがその全ての返事がノーだった。
ここなんて、料理長を名乗るおっさんが俺の手のひらを一瞥しただけでド素人だとバレて追い払われてしまった。
「ちくしょう、どうするかなぁ…っと?」
「あたっ!」
完全に路頭に迷ってしまった。思わずその場でため息を吐き出したその瞬間、背中に軽い衝撃が走った。思わず振り返ってみると、人が尻もちをついているのが見えた。
そしてそれと同時に腕の中に何やら柔らかいものが入り込んできた。咄嗟に抱きかかえ腕の中を見てみると、そこには黒い子猫が一匹収まっていた。
「なんだお前?」
「にゃー」
首をかしげる黒猫は、口に魚をくわえているようだ。
っと、猫は良いとして、ぶつかってきた人だ。腰まで届く長い金髪。それに華奢な肩。どうやら女性らしい。
「ご、ごめんなさいなのだわ…前を見てなくて…」
「いや、こっちこそ立ち止まってたんで―――」
俺が最後まで言うが早いか、女性は目を見開いて立ち上がった。
「って、あー!泥棒猫ー!」
「うおっ?!」
「返しなさいよ、私の夕ご飯!」
「にゃあん」
手を伸ばしてきた女性に身体を固まらせるが、どうやら狙いは猫の様だ。しかし猫の方が一枚上手なようで、するりと俺の腕から肩まで登ってきてその手を回避する。また手を伸ばし、猫は俺の身体を伝ってそれを避ける。そんな奇妙な攻防が俺を中心に巻き起こった。
「ちょ、あの、そろそろいい加減にしてもらってもいいですかね!」
「にゃっ」
流石に目が回りそうだったので猫を抱きとめて、それと同時に女性の手首を取る。
「な、なによ…そ、その黒猫の味方をするつもり?言っておくけど、そいつは極悪人…いえ、極悪猫なのだわ。そんな奴の味方をするなんて、自分も同類だといってるようなものよ!」
「極悪ねえ…具体的には?」
「私の夕ご飯をかっさらっていったのよ!」
「はあ…」
猫相手にここまでムキになるか普通…と思ったが、無一文な今の俺も同じような事が起きたら同じようなことをするだろうな、とふと考えて言葉にはしなかった。
「まあ、事情は分かりましたけど…猫が口に咥えて、地面すれすれを走り回ったこの魚を取り返したところで食べれるとは思えないんですが」
「ふん!神の威厳を守るために、神にあだ名した者は天誅を与える…それが神としての当然の責務じゃない!」
「神?」
俺が目を丸くすると、その女性はそんな俺を見て、何を思ったのか誇らしげな表情を浮かべてにやりと笑った。
「ええそうよ。私は死と腐敗を司る女神、エレシュキガル。冥界の女主人とは私の事なのだわ…さあ、畏れ敬いなさい?」
ふんす。そんな擬音が聞こえてきそうなほどのドヤ顔であった。
「にゃ」
猫が鼻で笑うかのように一声鳴いた。
しかし、神か…。今朝門番から聞いた話を思い出す。ファミリアに入れば冒険者になれる。あまり気が進まないが、宿どころか働き口すらない俺にとっては選択肢などないに等しい。
ならば、このチャンス、逃すわけにはいくまい。
「エレシュキガル…聞いたことないけど、本物の神様なんですね?」
「ええ、そうよ?わかったら猫を渡しなさいな。神の夕餉を奪った罰を与えなければならないのだわ」
「いや、その前に一つ頼み事があるんですが」
「あら、卑しいわね。まあ聞くだけ聞いてあげるわ」
俺は姿勢を正して、頭を下げた。
「俺を、あなたのファミリアに入れてもらえませんか?」
「…へ?」
女神エレシュキガルは、目をぱちくりさせて首を傾げた。
「へ?」
――――――――――――――
「なるほどね…まああなたの話は分かったわ…まあ、多少聞きたい事とかもあるけど…」
場所は変わって、エレシュキガルが「場所を代えましょう」と案内してくれた拠点――ここではホームというんだったか―――である。
女神がいる場所なのだから神殿か何かに連れていかれるのかと思ったが、結構なあばら家だった。庭無し二階建ての小さな家だ。キッチンに多数の調理器具があったり、布団が干してあったりと生活感が漂ってくる。
俺は今エレシュキガルと机を挟んで座っている。出されたお茶はずいぶん前にもう冷め切ったみたいで、湯気はもう出ていない。足元にはあの黒猫がまだいた。何故か俺についてくるのだ。理由は知らない。猫語知らないし。
最初は「実は遭難しちゃって…」と話し出したのだが、なんでも神はうそを見抜く力があるらしい。すぐにダウトを突き付けられて、エレシュキガルには本当のことを話した。
嘘ではないと分かる神だからこそ、俺の言葉に嘘偽りがない事を理解して辛うじてだが納得してくれた。
「で…そ、その…うちの…ファミリアに入りたいって言葉は…ほ、本当…なのかしら?冗談でしたなんて…その、言えるのは今のうちなのだけれど…?」
「本当です。どうしても神様のファミリアに入りたいです」
「そ、そう!そっか、よかったぁ…」
咳払いをしたエレシュキガルは、すぐに立ち上がって俺の手を取ってきた。
「なら!歓迎するわ!喜ぶといいのだわ、あなたは私の眷属第一号!なのだから!」
「あれ、そうなんですか?」
「ふふ、ふふふ…冥界の女主人だからって嫌忌されてきた私だけど…今日、ついに!ついに眷属が…家族が…!もうこの寂しい一人暮らしもついに終わるのだわ…!神様ありがとう!」
あれ今女神が神様に感謝をしなかった?
いや、まあ下界に降りてきた時点で権能や身体は普通の人間と同じようになるらしいし、おかしなことではない…のだろうか。まあいい。
「それで、眷属になるためにはどうすればいいんですか?」
「あ、そうね…(早く眷属にしないと逃げられちゃうし…)。ごほんっ…そうね、とりあえずこっちに来てくれるかしら」
そういって、エレシュキガルは二階の一室に俺を通した。そこは寝室の様だ。
最初辺り小声で聞こえなかったのだが…まあ、重要な事ではないだろう。
「上着を脱いでこちらに背を向けてちょうだい。すぐに『神の恩恵(ファルナ)』を刻むから」
「ファルナ?なんですかそれ」
「私の眷属だっていう証なのだわ。ほら、早く脱ぎなさいよ。刻めないじゃない」
「…あの、それって痛みとかないですよね?」
入れ墨みたいに痛みが伴うようなものだったら、流石に心の準備が必要なのだが。
「そんなのある訳ないじゃない。身体に刻むんじゃなくて、魂に刻むんだし。割とすぐに終わる…はずよ」
「はず…?」
「な、なによ。『神の恩恵』を刻むのはこれが初めてなんだから、そこまで詳しく知ってるわけないじゃない」
そういえばそんなことを言っていたような気が。
しかし俺が眷属の一人目か。あれ、本当にここで大丈夫だったのだろうか。一人だけのファミリアとか…人数が多いファミリアの方がいいだろうし…ちょっと早計だったか?
とはいえ今から探しに行くのも面倒だな。うん、やっぱりここでいいや。とりあえず冒険者になれば最低限食っていける金は稼げるはず…だと思いたい。
喧嘩とかしたことない一般人だが…是非もないね、うん。
「…そういえば名前を聞くのを忘れていたわね」
「あ、そういえば…俺の名前は士道友紀です。えっと、友紀が名前で士道が名字なんですけど」
「じゃあここではユウキ・シドーね。よしっ、ステイタスもできたし…って、えええええ!?」
「うおっ!?ど、どうしたんですか!?」
「な、なんでもうスキルが出てきてるのだわ!?それにこの内容…これって、どうみても…」
「え、え?なんかまずい事しましたかね俺?」
「…神の恩恵の内容で、自分の能力が数値化するのは知ってるわよね?」
え?そうなのか?初めて知ったが…しかしそうは言えない空気だ。俺はとりあえず神妙にうなずいた。
「これがあなたのステイタスよ」
ユウキ・シドー
LV1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I40
《魔法》
【】
《スキル》
【転生者特権】
・あらゆる言語・文字を理解
「…このスキルって」
「はあ…さっきユウキが語ってくれたの…あれ、本当だったのね。嘘はついてないって分かってたけど、改めて実感させられたのだわ」
言葉を理解できるだけ、か。インベントリやチート能力は一切なく、最低でも言葉だけはどうにかしてくれた、という感じか。まあ言葉が通じなかったら初めから詰むしな。それはあの娯楽を求めるクソ野郎にとってしてみれば望む事ではなかったのだろうが…。
「本当にチート無しかよ…」
いや、これもある意味チートなのだろうが。あまりにも戦闘に向かなさすぎるスキルに、俺はため息を吐き出した。
「チートって、よくそんな言葉…って、そういえば異世界人だったわね。まあいいじゃない。普通はスキルなんて初めから持つものじゃないのよ?それに戦闘向きじゃないのがネックだけど、冒険者以外にもいくらでもやりようはあるのだわ。例えば商業系のファミリアとかだったら、ものすごく優秀よこのスキル」
「まあ、そういう見方もできるか…って、あれ?ファミリアって冒険者以外になんかあるんですか?」
「そりゃもちろんあるわよ。戦闘系ファミリアが多いのは否定しないけど」
へえ。じゃあ、冒険者にならなくても生きてはいけるってことか。それは良い事を聞いた。
「それじゃあ、改めて…これからよろしく頼むのだわ、ユウキ!」
「はい、こちらこそ」
俺はこの日、エレシュキガルファミリアの一員となったのだった。