俺がダンジョンに行くのは間違っている 作:shon
ダンジョンは現在、判明している範囲を上層、中層、下層、深層という4つの区分に分けている。
1階層から12階層までが上層。13階層から24階層までが中層。それより下が下層。その後深層となる。下に行くにつれてモンスターが残忍になり、また狡猾なトラップ、険しい環境などが冒険者に襲い掛かるようになるらしいが…正直俺やベルのような駆け出し冒険者にとってはまだ縁遠い話ではある。
冒険者は駆け出し期間の時、少なくとも半年は上層や中層の上部で経験を積むべきだといわれることが多い。これは何故かというと、ステイタスの平均的な上昇値も勿論関係するが、それ以上に戦闘経験やダンジョンそのものに慣れる事が必要なのだ。
だからこそ、駆け出し冒険者のアドバイザーは初心者を先に行かせることに慎重だ。まあエイナやエウレアレベルの世話焼きは珍しい部類だが、そういう傾向にあるのは事実だ。
エウレアは度々仕事の範囲以外の事まで口を出してくる。それはひとえに俺を心配してくれている証拠に他ならないし、前日のベルとのパーティー結成の件だって俺が下に進み下手を踏まないようにする策なのだろう。
だからこそ、エウレアの言葉は聞かなくてはならない。本当に心配してくれている人の注意を聞かずにいる事ほど愚かな事はないのだ。
「…ねえ、ユキ君…」
「…なに、ベル…」
「…ここ、何階層だっけ?」
「…6階層」
「…そっか…」
俺とベルは目配せをした。
「俺はお前がもっと強い奴と戦いたいっていうから」
「ユキ君が最初にもっと稼げる所まで行きたいって言いだしたんじゃ…」
「何人の所為にしようとしてんだよベル」
「ユキ君だって」
エイナはともかくエウレアにバレたら今度こそまずいな。三日間はダンジョンに行くことを止められそうだ。
「なあ、ベル。俺に良い考えがあってだな」
「なに?」
「いいか?こういうのはな…黙ってれば、犯罪じゃないんだよ」
「!…で、でも…それは…」
ベルが良心の呵責に苛まれる。確かに、心配してくれているエイナに嘘をつくのはあまりにも心苦しい事だろう。
だが、心配してくれているとはいえ、だ。いつまでもそれに甘え続けている訳にはいかない。俺たちは冒険者なんだ。だったらもっと強くなって、エイナやエウレアを高級レストランに連れて行ってやれるくらいの冒険者になった方がずっといい恩返しになるはずだろ?
俺の説得に、ベルは揺らぎそうだ。
「まあまあ。黙ってるだけ。たったこれだけで、ベルはもっと強くなれて、俺は金が稼げる。ウィンウィンじゃないか」
「うっ…そ、それは…そう、だね」
「よし、決まりだな。行こうぜ、ベル!6階層での戦い方ってやつをお前に教えてやる!」
「う…うー…分かった、行く、行くから!おいていかないで、ユキ君!」
こうして俺は改めて、そしてベルは初となる6階層進出を記録したのだった。
―――――――――――――
あの後、結局嘘が付ききれなかったベルと、俺のパーフェクト演技を一瞬にして見抜いたエウレアさんのコンボで6階層に行った事がバレてお叱りを受けた俺とベルは、一緒に飯を食いに来ていた。
ついでに俺の主神のエレシュキガルと、ベルの主神のヘスティアも来ている。
パーティーを組んだことで俺とベルはソロの時と比べて大分稼げるようになったので、同じような境遇にいるファミリア同士、主神を交えての飲み会と相成ったわけである。
「ユキ君って嘘が苦手なんだね。僕凄くびっくりしたよ…」
「何言ってんだベル。今回はただ相手が悪かっただけだって。エウレアさんがあそこまで嘘を見抜けるとは計算外だったんだが…まあ、次はうまくやれる自信がある」
「その自信はどこから出てくるんだろう…?」
心底不思議そうな顔をするベル。自分に自信がないのがベルの欠点だな。今回は失敗したが、次はきちんと対策を練って行う。勝率はある。幸いダンジョン禁止令はぎりぎり出なかったから今回はちょっと叱られただけで済んだしな。
「おいしい!おいしいのだわ!」
「ちょ、それボクの!エレシュキガル君、少しは自重したらどうなんだい!」
女神様とヘスティアは仲良く同じ皿をつついて食べている。なんでも天界ではずっと冥界にいたのでこういった店(庶民ご用達のレストラン)に来るのが初めてで目を輝かせているエレシュキガルと、貧乏暮らしから微かな進展を見せるヘスティアは両名が機嫌がよろしいらしく、二人ですっかり意気投合しては料理を食べていた。
お行儀よく食べるエレシュキガルと、元気よくおいしそうに食べるヘスティアの姿を見て、ベルも嬉しそうだ。
「エウレアさんの癖もすっかり見抜いたしな。次は負けないさ」
「僕、ユキ君のそういう所尊敬できる気がする…いや、やっぱり気のせいかも…」
しばらくベルと話をしていると、エレシュキガルとヘスティアの会話がふと耳に入ってきた。
「いけない…いけないよエレシュキガル君。借金はすぐに返さないと…」
「でも、可愛い眷属が折角貯めてくれたお金をこんな事には使いたくないのだわ…」
「確かに気持ちはよくわかる。だけどファミリアに入ったからには家族同然なんだ。隠し事は後に響くよ。僕はそういう所はきちんとできているし、バイトももうベテランだ。だからこそ分かるのさ。借金なんてするもんじゃないってね」
「うう…こんな事ならもう少し安いのを貰っておけば…」
「後悔先に立たずだよ。ほら、今日はお酒を飲んで忘れよう?」
「ヘスティア…」
…今借金って言ったか?
「どうしたの、ユキ君」
「…いや、何でもない」
本人がしゃべっていないのだから、俺から行くのもあれだろう。いや、だが、しかし。
女神様は俺がそんなに頼りないのだろうか。そんなことを思った飲み会だった。
――――――――――――
「ふっ…!」
ダンジョン特有のひんやりとした湿り気のある空気をナイフで裂きながら、コボルトの首を寸断する。向こうではベルがゴブリン二体とやり合っているのが見えた。ベルならもうすぐ決着を付けるだろう。
「それにしても、大分強くなってきたな」
「え?そう?」
思った通り一瞬のスキを突いてゴブリン二体を灰に変えたベルに、俺はふとつぶやいた。
「まあ最初のうちは成長も早いらしいが…ベルの場合はあれだな。敏捷が結構上がってるな」
「あはは、うん。敏捷だけは上昇値が他よりも大きくて」
俺はうんうんと頷いてベルにサムズアップした。
「師匠として弟子の成長は喜ばしい事だぞ。これからももっと精進せよ」
「ははー」
乗ってくれたベルを小突いて辞めさせ、俺はベルの肩に手を置いて顔を寄せた。
「そういう訳で、今日も6階層行っとくか」
「やめたほうがいいと思うけど…今度こそ殺されちゃうよ?」
「大丈夫だって。最近エイナさんもエウレアさんも忙しそうだから、ささっと魔石を換金してささっと帰れば――――」
そこまで言葉を紡いだ、その瞬間だった。
ダンジョンの声が、大きくこだました。
『殺せ――――殺せ殺せ殺せ。人間を殺せ。冒険者を殺せ。ファミリアの眷属を殺せ――――忌々しいあの神々を、殺せ!』
明確なる意思に俺のスキルが反応して、頭の中で言葉を紡ぎだす。それはほんの数秒の事で、それ以降ダンジョンは沈黙に入った。
「…」
「ユキ君…?ど、どうしたの…?」
「…なんか、嫌な予感がする…」
俺が小さくつぶやくと、ベルは呆れた顔を浮かべた。
「そりゃ…だって、エウレアさん絶対怒るし…そうなったら僕も怒られるんだから、今日の所は6階層で我慢しようよ。ね?」
「…そう、だな。うん、そうしよう」
声はここよりもずっと下の方から聞こえた。つまり上層にいる限り、問題は起こらないはずだ。
それでも一応7階層には下りないようにしよう。いや、もっと上がいいだろうか。
「今日は5階層で周回するか」
「え」
ベルが動きを止めて俺の顔をまじまじと見てきた。
「…なに?」
「いや…なんかユキ君らしくないっていうか…確かにエイナさんとエウレアさんは5階層までって言ってたけど…」
「いいじゃねえか。たまには二人の顔も立ててあげないとな」
「うーん…そうだね。よし、それじゃあ早速出発だね!」
俺はうなずいて、ベルと一緒に5階層へ向けて歩き出したのだった。
嫌な予感は、まだ胸の奥に残っていた。
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追記
指摘があった部分のダンジョンの区分を直しました。