『サクヤは、肥大した妄想に影を隠して、侮れば侮るほど道化を演じる。
忍びの基本と言うべき行動理念だが、それを維持するのは難しい。
何故なら虚言は虚言を呼び、最後には背中を預けるべき仲間に対しても、吐かなければならないからだ。
虚言は信用を無くす。切羽詰っても、仲間にそれだけはするなよ。』
癖と言うべきそれに、シカマルが気付いたのは、上忍のサクヤと、いくつか任務をするようになってからだった。
良く見れば『サクヤの癖』は、私生活にも徹底されていて
シカマルやシカク相手に、手を隠すのはもちろん、里の仲間にまで、出来る術や、実力を隠す姿を見て、
シカマルは、サクヤの本質を垣間見た気がした。
「あんた、何をそんな警戒してるんだ…同じ里の、仲間だろ…」
「……そう見えるなら、そうなんだろうな
…私はいつもこうだよ、敵でも、味方でも。」
それはサクヤの強さで、弱さでもあった。
しかしシカマルには、シカクが忠告する様に、仲間との信頼関係が崩壊している様には見えなかった。
シカマルはその後中忍になってしばらく、潔くサクヤに追いつく。
諳でもなく、まやかしの実力でもなく、サクヤの勝率を追い抜かした。
将棋で勝ち越してはいるものの、サクヤはシカクと相対する時の様に
ただ直向きに、シカマルの将棋に答える。
それはサクヤがそうしたと言う部分もあったし、シカマルがそう望んだ部分もあった。
シカマルはサクヤの力の一端を把握してはいたものの、理解してはいなかった。
将棋はコマがすべてそろって、相対してやるものだと、思っていた。
シカマルは、サクヤから囲碁を直接教えてもらって、やっと同じ土俵に上れたと、じわじわと実感して来ていた。
飛び上がるほどの喜びはないものの、サクヤと盤を挟んで向かい合う約束をする度に、その日が楽しみで、夜しか寝れなくなるほどではあった。
やっとライバルになれたと思っていた。
「おい、久々に多面打ちすっぞ。」
「えーあれ嫌なんだよな…逸らすの結構大変だし…」
「そう言って囲碁だけめちゃくちゃ早く終わらせんじゃねェか…」
「だって将棋で死ぬし、まだ得意分野をチョッパヤで終わらせる方が楽じゃないっすか…」
サクヤが奈良家の夕飯に、任務の序に誘われることは間々あり、その後囲碁将棋となるのはサクヤとシカクの間では多々あった。
そして多面打ちを久しぶりにしようと声をかけるのも、いつもの事だった。
問題は、それが誰の前で発せられたかと言う事だ。
「多面打ち…?」
「「あっ」」
シカマルは、サクヤとシカクの勝負を何度も見てきたが、二人が多面打ちをしている姿を見た事が無かった。
何故なら、サクヤとシカクはシカマルに多面打ちする姿を見せた事が無いからで
その多面と言うのは、囲碁と将棋での『多面』であり、『他面』であった。
シカクとサクヤが、初めて他面打ちをしたのはシカマルが将棋を始めてからである。
そのとき二人は思った
「「(これは、シカマルには見せられねェ…。)」」
流石に囲碁将棋、どちらも嗜んでいる2人でも
違う面で、違うゲームで、意識逸らしあうのは難しかったし
更に言うならば
他の事に意識を割くのが得意なサクヤであっても、相手はシカク
シカクの優秀な頭脳を持ってしても、相手はあのサクヤである
ある意味で実力が拮抗している2人は、面の上は辛うじて形になっているものの、勝負にはなっていなかった。
「…っとゆう間にすぐに沸く、てぃふぁーる。と言う事で用事思い出したんで今日はこれで失礼します。」
そそくさと、今日の晩御飯のメインである天ぷらを口に入れ、立ち去ろうとするサクヤを、止めたのはシカクであった。
「おいおいおい、待てよ。夜はこれからだぜ?
テメェまさか晩飯だけ食って帰るなんてこたぁ、しねえだろうな……あぁ゛ん゛?」
『俺だけ置いて逃げられると思うなよ…』と言う幻聴が聞こえたサクヤは、
目つきと、柄の悪さを全面に出した牽制に
「イヤダナ~ソンナ事スルワケナイジャナイデスカ~」
折れた。
その日、シカマルの前で披露された囲碁と将棋の多面打ちはシカマルの「へぇ…。」と言う言葉で終わり、サクヤは家に帰された。
後日シカマルによって提案された多面打ちは、開き直ったシカクによって魔改造され
3人で6面使うと言う、地獄絵図必須な鬼畜ゲームと化していた。
サクヤの必死の説得により
『シカクでは無く、アスマ。』『6面では無く、将棋3面。』
に変更する事ができ、サクヤは一命を取り留めるが
そこまで読んでいたシカクの、囲碁乱入により、囲碁将棋の2面打ちとなり
6分まで行っていた囲碁の勝率は5分に引き戻された。
「おのれシカマル…買収されたか…」
「いや、流石にシカクさんもそこまで暇じゃねぇよ。」
奈良家の門からでるゾンビこと、猿飛アスマの予想に反して、シカクは暇であった。
そして、シカクは計略が好きで、さらに勝利が大好きであった。
シカマルがサクヤを侮らなくなった所為か、多面打ちを見せてしまった所為か
サクヤは、その手の内から、諸々を零さずにはいられない状況に追い込まれていき
シカマルのその手は、シカクの将棋に似て来ていた。
―――
――
シカマルは中枢がやっと機能してきたのか、巡って来た情報に
すぐさま近くにいた下忍を集め、班行動をするように他の下忍に言ってくれと伝えた。
そして、班長を一人決めて、綱手によって一人一人に付いたカツユを利用して自分に連絡を取るよう全体に指示を出す。
下忍の支度が整う間にシカマルはカツユを通して綱手と連絡を取る。
「カツユさん。綱手様に、下忍の指示を一通り俺に任せてもらえないか、聞いてもらえますか?」
「えっ…些かそれには無理があるんじゃ…?
一人で全員に指示を出すには私がいるとしても難しいですよ?」
「いや。やらなきゃこの混乱は収まらねェ。
敵の位置情報と、一般人のシェルターの位置、全て俺によこしてくれ。
俺一人じゃどうにもならねーが、下忍がいたらどうにかなる。
いや、どうにかする。その間、中忍以上は一般人に構う必要が無くなって余裕ができるはずだ。」
「…そうですね。機能していない部分を動かす事には一理あります。
今は、そちらの方が先決かもしれません。
ですが私の方から連絡を取りますが、期待しない方がいいとも、言っておきますね…。今他の指示で気が立ってるので…」
「あの人も火影だ、今がどういう状況で、何が必要かぐらいもう見当がついてるだろう。」
そう言うとシカマルは班長の決まった下忍の群れに走って行き担当地域を決めて、援護がほしい場合シカマルに連絡をよこすように言った。
「何?シカマルが下忍を束ねるだと?」
火影邸屋上で綱手はカツユの報告を聞いて一考、後答えを出した。
「……分かったシカマルに下忍の全権を任せる。
ただし、もう何人か中忍を付けろ。一般人の避難が終ったら次は若い忍をシェルターに入れる。その時、説得役に成る顔の広い者がいい…そうだな…今暇しているはずの暗号解読部隊の中忍から…イズモとコテツを付ける。いいな?」
「はい!了解しました!!」
そう言ってカツユは急いで情報をカツユ体、全体に共有させ、下忍、シカマル、イズモとコテツと連絡を取った。
イズモとコテツは建物の下敷きになっていた一般人を抱え、病院に行く途中であった。
「了解。」
この負傷者を置いてから向かうと返事を返し、足を速める。
「シカマルも出世したもんだな…」
「しょうがないだろ、サクヤの後釜に入るやつが居ないんだから…コテツは出来るってか?」
「…ぜってー無理だな。」
「だろ?俺も無理だ。」
シカマルの下に付く事に文句がない事は無いが、二人は一応大人であった。
奇しくも綱手は、サクヤの行動の一端を理解していて、命に逆らう事なく、シカマルと任務を遂行してくれる、ある意味一番信頼しうる者を送っていた。
「イズモさん、コテツさん、来てくれてありがとうございます。とりあえず地域をいくつか分けたので、これから戦闘の有った場所と、崩壊している建物の位置、を確認していきます。」
シカマルがいた場所は、戦闘から少し外れた場所であった。
戦闘に近くもないが、もし遠距離の攻撃が飛んできたら一発で終わってしまう。
イズモは本拠位置は決めているのかと口を挿んだがシカマルはそれには答えない。
「下忍は3~5人の班に分かれて3班ずつで行動させ、負傷者を発見したら1班が連絡、1班が救護、1班が敵索をしてもらっています。これで木の葉崩しの時と変わらない配置には戻っていますが、敵の位置が中心に向かっているので、避難は木の葉の中心から外に向かってもらいます。」
「おい、じゃあそしたらアカデミーにいる一般人も動かすのか?」
「最終的には動いてもらう事になります。敵は西口、イのB地点と言う中途半端な場所から侵入しました。そこから中心に向かっている。
と言う事は敵は中心で何かを仕掛けるつもりです。
これだけ大きな被害を出す攻撃、木の葉の里内に収まる攻撃だけではないだろうと予測を立てました。外れていても、問題はない、取りこし苦労なだけです。多くの人は死なない。」
「まあ、そうか…」
そこでやっと、シカマルはイズモの質問に答えを返す。
「今俺たちは5代目の口寄せであるカツユ様の能力を借りて連絡を取っています。
これは5代目のチャクラが使われている事と言う事です。
5代目は他に救護者を治療する役も担っている。これ以上チャクラを使うわけにもいかないので、ここで独自の連絡方法を決めておきます。
その為に、
本拠地は作らない。」
「「ハ?!」」
シカマルの言葉にイズモとコテツは揃って声を返す。
「本拠地を作らなきゃ下忍はどこに報告を上げりゃあ良いんだよ!!」
「俺たちだって、シカマルとコンタクトとれないと困るんじゃないのか?!」
わあわあとまくし立てる二人にシカマルは簡潔に言葉を返した。
「俺は歩く司令塔になる。
指揮を執る人間が、敵に見つかることが一番の厄介だからだ。
本拠地作って、人が入れ代わり立ち代わりしていたら流石に気付かれる。
そこで、真の目棟梁に手を借りて、ある口寄せを借りた。」
「大工の管狐が何できるってんだよ…」
コテツは頭に手を添えて空を仰ぐが、イズモはサクヤの管狐を思い出していた。
「いやまて、真の目の大工は管狐を伝令に使うと聞いてる…。」
イズモの返答にシカマルは頷く。
「はい、もうすべての下忍に管狐を付けてあります。何人かの中忍にも。
あいつらは宿主のチャクラを吸って、化けたり、火を噴いたり、増えたりする。
今回借りたのは増える狐。
カツユ様の様に、同時進行で連絡を取る物じゃないですが、これで下忍の統率は取れるし、ある程度細かい指示も送れる。
イズモさんとコテツさんには敵と遭遇した班に援護に行ってほしい。
一応優先順位として逃げる、捕まらない、時間稼ぎをするように全体に連絡は行っている。イズモさんとコテツさんの足なら可能だと俺は考えている。」
ここまでひといきで言うとシカマルはイズモとコテツに目を向ける。
「できますか?」
班3つ分の人数は10人を超す、それはもう小隊に入る。敵の遭遇を小隊で引き延ばして、足止めしてくれている所に助けに向かうのだ。
只の中忍には荷が重い…。
それももしかしたら1か所だけでなく2か所3か所同時にヘルプが来る可能性もある。
「俺たちも敵の意識を一瞬下忍から引きはがすぐらいしかできねェが、それでいいんだな?」
「ええ。十分です。一瞬でも引きはがしてくれたら中上忍がワラワラと集まりますよ。
そこで抜けてもらって構いません。」
イズモとコテツには何故、直接中上忍達に助けに行かせず、自分達を挟む必要があるのかが分からなかったが、今はシカマルの言う事を聞こうと二人で頷きあった。
あのシカマルが夜しか寝れないのである…
その喜びは推して知るべし。