また来て三角   作:参号館

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この数か月何をしていたかって?
仕事してた(死んだ目)


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白狐は、私との会話の後「何事も早い方がええやろ。」と、すぐさま出発した。

 

まあ、目的遂行のためにはそうなのかもしれないが…

飛雷神がある限り、普通の旅よりかは楽が出来るし、速さにあまり波がなく、最終的に普通に船で行くよりか早く着く事は分かっているので、実はそこまで速さは求めて無かったりする…。

 

そもそもこの策は、白狐をこの大陸に戻さないための策であり

『予定より早よう着いたし、暇やった。』とこっちの問題に顔を突っ込まれても困る。

 

とは流石に言えないので、曖昧に笑って置いた。

 

 

海上に飛雷神した白狐は、スコールの中、北へ走り出した。

これから私の耳に入ってくる白狐の情報は、分裂体のドンだけが頼りとなる。

 

 

 

―――

――

 

白狐が出て行ったあと、サクヤとドンは、蔵の片づけをしていた。

 

サクヤには初っ端、沈む蔵に慌てて飛雷神した時、

散らかった書物により、ダイナミックに転び、棚に突っ込み

常日頃から散らかっている蔵を、更に散らかした自覚があった。

 

更には、白狐の為に色々調べ上げたため、(ドンが)そこそこ片づけてはいたものの、全くもって収拾がついていなかった。

大げさでもなく、真実をそのまま言って、蔵は『書と物のジャングル』と化していた。

 

なのでサクヤは、このジャングルを、どうにか荒野レベルに戻すため(序に、白狐と喧嘩した際、床にひびを入れてしまったため、一応不備がないか見るために)

太い根が張った腰を持ち上げたのだ。

 

 

しかし、思わぬところでその根は、また太く深く張ることになる。

 

 

「………ん?」

 

「どうされましたか?」

 

ドンの声に、サクヤは適当に返事を返し

上を見上げ、手元の巻物を見る。

そしてまた柱に沿って、視線を動かした。

 

「……ここに、結界が付いていなかったか?」

 

「ええっと…すみません。

分かりません……。」

 

ドンがとても申し訳なさそうに謝った。

サクヤは気にすんなとばかりに手を振って、何の警戒も無く、手に持った巻物をするりと開く。

 

そして数秒、眉間にしわを寄せて

唸り、首を傾げ、いったん床に腰を落ち着け

また、するすると巻物を読み始めた。

 

サクヤの足が、行儀悪くも近くの行燈を引き寄せる。

ドンは、こうなっては片づけも進まないだろうと、サクヤの手を止める事を諦めた。

座布団も引かず直に床に座り、薄暗い照明に眉をひそめて、するすると巻物を広げる蔵の持ち主を放置して、ドンは近くに落ちていたよく解からない装置から片づける。

 

 

 

 

 

 

―――

――

 

42週5日

夜も更けた丑三つ時

サキの陣痛が始まった。

大雨の中、病院に運び込まれたらしい。

私も仕事場から急いで病院に駆け付けたが、その頃には随分と時間が経っていた。

 

やはりあのバカは間に合っていない。

木の葉に送り込んだ刺客が軒並み潰されるので敵側は一小隊送ってきたらしく、おおきな戦闘に入ってしまったらしい。

だから程々にしろと忠告したのに…

あのバカには、ほとほと呆れる。

応援は行ったはずだが、間に合うか怪しい。

 

 

 

 

午前3時

痛みを堪える、壮絶な声が病室には響き渡っている。

数時間おきに痛みが治まるので、それに合わせて水分や、栄養をとり、次の波に堪えるための備えをする。

男である私はただ、その様子を見て、うろたえるばかりで、何もしてやることは出来ない。

両親は夫婦共にいないものだから、弟であるサザミがサキにつきっきりで

私は、背中をさすったり、時間を測る指示をされた時だけしか動けない事がもどかしい。

指示をよこす看護婦の存在がありがたい。

妊娠の資料だけで、出産に関してあまり勉強してこなかったのが仇となった。

 

 

 

 

明け方近く

陣痛の間隔が短くなってきた。

一昨日から降り続けている雨は止まず、風がしきりに窓を叩いている。

あ奴が無事着くか心配だ。

 

集中治療室に入ったサキに、付き添いで私が入ることになった。

サザミは、急な任務に出るらしく、いつの間にか暗部服に着替えていた。

こんな時に任務を入れたのは誰だと調べようとしたら、さっさと行けとサザミにICUに蹴り込まれた。

あとで覚えていろ。

 

私がこんな貴重な体験をしてもいいのだろうかと少し怖くもある。

 

 

 

 

陣痛が途切れない。

赤ん坊の頭まで見えているのであと一息だとは思うが

痛みを感じているのも、これから赤ん坊を生むのも、私では無く、サキである

私がせかしても何にもならない事は分かっているので、手を握って、現状を言葉短く、正確に、報告する事しかできない。

産婆曰く、この様子だとまだ時間がかかるそうだ。

 

 

男である己が恨めしい。

男という、痛みに強い体に生まれてきた。

強くなり、地位も手に入れた。

しかし、それを変わってやることも出来なければ意味が無い。

何でも守れると思った人の背中はまだ遠い。

守りたいものは目の前にいるのに、何もできない

あの時もそうだった…

己の存在の、何と小さきことか

私は無力だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨明けの朝日と共に、赤ん坊の産声が響いた。

真っ赤な顔をして、一生懸命泣いていた。

産婆が体に着いた羊膜を、ガーゼで拭ってやると少し落ち着いたようだった。

しかし、へその緒を切ったらまた声を上げた。

 

やはり胎盤と切り離された感覚や、へその緒にも痛覚があるのだろうか…?

神経は通っていないと聞くが、いやしかし、これだけ泣き叫ばれれば気になるものだ…。

産婆に無理やり渡された、首も座っていない赤ん坊を、泣きやむまで抱いてやったが、気を抜いたらごろりと、頭が千切れそうな位ふにゃふにゃで、気が気でなかった。

首が座るまで、絶対に持ち上げない事を決意した。

 

皺皺の産婆が2代目様にそっくりな元気な女の子ですよ、とサキに声をかけるが、体力を消衰したサキはその言葉に笑顔を見せて眠ってしまった。

流石に疲かれたのだろう。

危険なお産になるのは百も承知だった。

張りつめていた緊張も解けはする。

しかしここで死んでしまっては意味が無いので、サキの手を握ると、ゆっくりと

弱弱しくだが、握り返された。

 

 

一通り落ち着いた後

ふと、集中治療室にある窓から外を眺めたら

昨夜の雨が嘘みたいに晴れ、見るも鮮やかに朝日を覗かせていた。

 

何をかもを照らすこの光は、とても眩しく、美しいものだと思う。

しかし

 

この赤ん坊が生まれるまでに費やしたいくつもの試みも

サキの痛みも、苦労もすべてが本当で、得難く、忘れて良いものでは無い。

 

 

この赤ん坊が、希望の太陽だとして、

私達は、必死に祈った昨夜の嵐を、忘れることが出来ようか?

 

あの、嵐は嘘では無い。

嘘にはさせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼、あ奴が帰って来た。

ドロドロになりながら病室に転がるように入ってきたあ奴に、看護師が怒鳴るが、あ奴は、手を振るサキを見て、安堵したようにその場で腰を抜かした。

そして空気が変わって、泣き出した赤ん坊の声を聴いて、終には大の大人がみっともなく、嗚咽を上げて泣きだした。

 

あまりの情けない姿に、叱咤し、起き上がらせるが

しきりに負けちゃったと泣き、その顔はとても

嬉しそうであった。

 

 

 

この小さい、息も満足に出来なさそうな生き物が、忍びや、大工や、人になって行くのだと思うと、ありきたりな言葉だが、感慨深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サクヤ』

と呼んだら、まだ輪郭もつかめないであろう目を必死に瞬く。

己の名前がわかるのだろうか?

赤ん坊が、瞬きを繰り返す内に、この出来事も、小さな、些細なことになって昨夜の嵐に変わって行くのだろう。

それでいい。

我々の苦労を知らず大きく育てばいい。

そして、しかるべき時、知りたい時に知ることが出来ればいいのだ。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 

あーはーーん?

ほぉーーーん……?

 

 

いい感じに終わらせてあるが

多分と言うか、絶対、(サクヤ)が生まれる時の日記?なのだろう。

つか、サキ(母)とサザミ(叔父)が出ている時点で結構な確率で私だし、『サクヤ』と書かれているので、確実に私なのだろうが…

 

なんだかしょっちゅう出てくる「あ奴」が誰なのかさっぱり分からん。

 

筆跡は父さんと似ているので、この書物の筆者は、父である『作間』なのだろうけれど

サキ、サザミ、父(筆者)、と来て、これ以上誰が増えるのが自然かと考えるが、今の所『棟梁』ぐらいしか出てこない。

しかし『あ奴』が棟梁なら普通に『棟梁』と書くだろうし…

そもそも、あの棟梁がメソメソ泣く姿が想像がつかない…

一応、巻物の一人称が『私』で、確か父さんは一人称『僕』だったはずだから――

 

書いたのが棟梁で、メソっていたのが父の方がしっくりくる…

 

 

いやでも、書物に出てくる一人称は基本『私』で統一していたから、そこは問題ではないのか…?

 

それに棟梁の筆跡にしては、筆に力が無いし

お手本の様に綺麗とは言い難いが、そろそろと綴られる字は、棟梁の力強い文字とは雰囲気が違い過ぎる。

やはり、一番近い筆跡は父だな…

 

 

数分ごにょごにょと考えたが、何の糸口も見つからないので

何とも言い難いこの日記のようなものを、もう一度よく見直した。

そこで、私は在ることに気付く。

 

 

 

「ほーー…なるほど……。」

 

無意識のうちに零れた言葉に、ドンが気付いて、棚の向こうから声をかける

 

「何かわかりましたか?」

 

「いや、この巻物、どうやら何か他の巻物から芯を変えて持ってきたみたいでな…。

ほら、ここ。

分かりにくいが、継いだ跡がある。」

 

どれどれとばかりに、ドンが本が抜かれて空いた棚の隙間から、こちらにやってくると、私の手元を覗く。

 

「あ、本当ですね。

分かりにくいですけど、紙の色が若干違います。」

 

「この、巻物の表紙も多分後から付けたものだろうな…

とすると、これ以前の巻物もこの蔵に在るのかもしれないな…。」

 

紙や糊の成分やら探せば、比較的すぐ見つかりそうではある…。

 

写輪眼で見ると分かるが、『四赤陽陣』以外にも、いくつもの結界やカラクリが仕掛けてあり、どれが何に作用するのかは、パッと見では解からないようになっている。

今迄面倒くさいからと、無駄に仕掛けてある結界やカラクリに、あまり目を向けなかったが、これはもう一度、解けそうな結界を試してみる価値は有りそうだ。

しかし、これは陸に戻ってからの方が良いだろう。

ここで何かして、今なお安定して張られている四赤陽陣が緩みでもしたら、私たちは死ぬ。

マジで死ぬ。

圧死する。

 

また、面倒な物を見つけてしまったな…

だが今生の『名付け親』が誰か、探る暇位はあるかな…?

 

感慨にふける時間はあまりないが、これぐらいは良いだろう。


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