3度目は文字を読めるようになった頃
イタチは公園の石碑の文字を読破し、あの日少年が何を読んでいたのか分かり始めた。
内容はご察しの通りかたっ苦しい文章で木の葉の成り立ちを書かれているだけのただの石碑だった。
イタチは少し、がっかりした。
この話は何度も母や父から聞いていたのでイタチは良く知っていたし、有名な話だったのだ。
しかし、イタチは石碑と言う物を読み始めてから、石碑と言う物がいたるところに存在することに気付く。
あそこにも、ここにもある。
それに気付けば、イタチは、木の葉に散らばる石碑を巡るようになった。
もしかしたら、あの白い少年も読んでいたかもしれない。そう思ったら止まらなかった。
白い少年の後を追うように
そこに、白い少年の心が書いてあるかのように
一生懸命勉強したイタチは、持ち前の賢さからすぐに、習う文字と、ある石碑の文字が全く違うことに気付く。
その文字は、古代文字に近く、暗号とも、何とも言えないモノで
ある一定の石碑がどうしても読めないことを確信したイタチは『これは如何にか読めるようになりたい、是非このアルゴリズムを解明したい』
と思うようになり足繁くその石碑に通っていた。
そこでイタチはあることに気付く。
石碑には自分と同じように誰かが通っているらしく、時々何かしらの気配をイタチは感じて居た。
公開されている場でなので、そういう事もままあるだろうと考えていたが、それはどうやら同一人物のようで
日影に置いてかれた水筒しかり、踏んで折れた草しかり、時々聞こえる囁くような話し声しかり、様々な所にその気配は見て取れた。
そしてそれは一貫して、姿を現さないのである。
囁き声を頼りに進んだりもしてみたが、相手は人の気配に敏いのか、イタチが藪から顔を出すと、まるで誰も居なかったかのように、ひたりと静まり返る。
最初は忍びか、幽霊の類かとイタチはおびえていたが、次の日持って帰られた水筒、足跡はイタチより少し大きい位の子供の足、囁くような話し声は良く聞けば石碑の内容で、その話声から推測するに、イタチよりさらに奥、文字を読むだけでは無く、意訳の方まで進んでいるようだった。
図書館で調べても、父さんに聞いても分からなかったこの文字を、この人は知っている!!
驚きと共に、イタチの胸には『もしかしたらあの日の少年かもしれない。』という期待が募っていた。
イタチの両親は、毎日の様に一人でどこかに通うようになった姿を見て、「よく分からない子」などと称すが実際は、目の前に落とされた手掛かりを、必死で追いかけていただけである。
姿かたちも分からないまま、そんな攻防を一月ほど続けたある日
そこで会ったが百年目、ついにイタチの目に映ったのは
あの日の白い少年だった。
木枯らしがよく吹く日だった、あの日見た透き通る白は、さらに白さを増して、秋晴れの真っ青な空にくっきりと浮かんでいた。
少年はまだ自分に気付いていないのか一生懸命に石碑の文字を目で追い、あの囁くような声で何かを話している。
何年も月日がたった遺跡跡は、草が良く伸び、風や雨による浸蝕がひどく
しかし、辛うじて読める範囲であったのが少年の不幸で、イタチの幸福であった。
「あの!!僕の師匠になってください!!」
「あ、拙者弟子は取らない主義何で。」
テンションが上がりすぎて、イタチは自分でも何を言ってるか分かって無かった。
でも、ここで何とか繋ぎとめておかなければ、この少年には一生相手にされないだろう。
あの日の様に、イタチがそこに無いように、赤い瞳に映ってしまう。
そう、イタチは思ったのである。
粘りに粘って、どうにかこうにか交渉のテーブルに着く事が出来たイタチだったが、その交渉は、『平等でないとならない』という妙なテーブルであった。
「等価交換?」
「そう、同じ価値どうしを交換する
林檎を買うのにお金を払うのと同じように、林檎と林檎を交換できるように…
私はお前に古代言語、暗号の解き方を教えよう。
代わりにお前は何を教えてくれる?
私に何をくれる?」
まるで悪魔の契約だった。
イタチには、この人に何かを教える程のものは無い。
文字だって、忍術だって、なんだって、この人に追いつけるようなものは、思いつかなかった。
そして、この交渉のテーブルは、少年に主導権を握られ、少年にそれは値しないと言われればすぐに流れてしまうクソゲーでもあった。
ただ、イタチが知っていて、この人が知らない事が一つだけある。
イタチはこの時、皮肉にも『もしかしたらこのレートには足りないかもしれない』などと思っていた。
しかし
「僕は貴方に、うちは固有忍術を教える!!」
この交渉は逆方向に危機に瀕したが、粘りに粘った結果少年はついに折れ
条件付きで関係を結ぶこととなった。
名前も知らない、素性も知らない少年の心内を知ることはできなかったが、
イタチは少し近付けた気がした。
「一つ!!」
「等価交換の期間は僕がアカデミーに入学するまで!!」
「二つ!!」
「どちらかの不利になる情報は渡さない!!」
「三つ!!」
「この関係は生涯口にしない事!!」
「以上を厳守することでこの関係は成立する!!」
「了解であります!!」
この条件があらゆる意味を含み、
サクラが咲き乱れるころ
コマの髪は、光のどけき春の、薄水色の空に混じって溶けて、消えそうで
テンはその髪が溶けてしまわないようじっと見つめるのが日課となっていた。
コードネームや、ポンの声による誘導にも慣れてきた二人は、まだ肌寒い木陰の中、会話をしながら視線誘導をしあっていた。
何かを話すごとに、聞いているふりをしながら視線を方々に投げたり、手を振ったり、指を刺したりと様々な方法で相手の視線を自分の思う方向にそらさせる。
イタチが、幻術を習得するに当たって、一番最初にサクヤから習った事だった。
しかし、テンはコマがあまりひっかからないので少しこの遊びに飽きて来ていた。
時代は第3次忍界大戦が終わって、半年ぐらいだった。
一人歩きはまだ推奨されない時期だったが、テンは父に連れ添い、見た戦場を忘れられず、一人で様々な場所に行っては物思いにふけることを繰り返していた。
しかし、一番落ち着くのはこの不定期で行われるコマの授業であった。
テンは戦争を体験して、コマの物知りが、只の物知りではない事をうっすらと理解してきていた。
「コマさんは、なんでそんなにいろんなことを知ってるんですか?」
「…?
そんなに知ってるように見えるか?」
「…空がなんで青いとか、氷が気発するとか、僕の幼馴染みに同じ質問したけど、まだ習ってないって言います。
大人に聞いても、話をはぐらかされる。父さんは、知っているのはプロフェッサー位だろうって言います。」
この時コマは冷や汗をかいていた。
忍びは科学と非常識(チャクラの法則)を混ぜて出来ていると考えていたが
成る程。
馬鹿でも忍が務まる訳である。
銃が、なぜあんなに早く弾を発射できるかを知らなくても、生きていけるし、原理を知らずとも発砲できる
忍びの術とは『そういうモノ』になっていた。
「私は…
色んな事を知っているんじゃなくて、知ったんだ。
これは知らなくても、生きて行ける知識だ。
だけど、知っているとそれは大きなアドバンテージになる…」
テンはコマの話に度々出てくる横文字があまり好きではなかった。
コマがまるで違う世界にいるように感じるからだ。
テンの解かっていない様子に気付いたコマが質問をする。
「『遺跡』という言葉の意味を知ってるか?」
「…確か、『過去に建造物や戦いがあった場所』って意味かと。」
「じゃあそこに立っている石碑は?」
「これは、先人が過去の出来事を綴った石。遺跡とは少し違う。」
サクヤの脈絡の無い質問がイタチは好きであった
こういう話をするときは大体長くなるからだ。
普段のサクヤの口数は多くないが、サクヤの長い話は
まるで母が話すおとぎ話の様に面白く、父の話のように難しかった。
「石碑の意味を少し訂正する。
遺跡に石碑は付き物だ。だから石碑だけで存在するものはあまりない。
大体近くに遺跡又はそれに準ずる文明があった事を示唆する。ここの場合西の遺跡だな。」
コマが西の遺跡の方向に視線を向けるので、テンは西の遺跡の方を見てしまう。
おでこを付かれた。
視線誘導に引っかかった合図だ。
「話を元に戻す。
この石碑に書いてあることは普通の人でも、忍びでも、知って何になるもんじゃない知識だ。
太陽が東から上がって、右下からから消えてった話し
良くある話だ、よくある日食観測の記念石碑。」
さっきの今で、『東から』という言葉は我慢できたが、コマの立てた人差し指に目を取られ、またおでこを付かれる。
「でも、この石碑があったから、このデータがあったから、今の日食の計算式につながる。
各地で観測された日食のケースや、日取り、時間、時代、から日食ってもんは計算されてきた。
地球が丸いのも、太陽が東から登るのも、地球が太陽の周りを回るのも
全て、様々な場所から発見された石碑、文献、口伝、から予測、観測、分析を繰り返した、膨大なデータから成る事実だ。
私はそれの答えだけを切り取ったに過ぎない。
だが、その答えを持っているだけで、その何世紀かの時間だけ下駄を履く事が出来る。」
「…でも、コマさんがいうように、それを知って何になるってものじゃないでしょ?」
それ、っと言って石碑を指すがコマの視線は釣られない。
「そうだな。
多少下駄を履いていても日食が起こるのを止められはしないし、止める必要はないかもしれん。
だがこれら知識は先駆者からのメッセージで、失敗の
「失敗のでーた…?」
人は物を考えるとき自然と左上を見るようになるらしい。
テンは疑問を呈すように首をもたげ、コマが一瞬でも思案するように仕向けるが
コマは考える時左下を見る人だった。外れる。
「そうだな…簡単に言うと
土遁に水遁で勝てた資料があったとしよう。
霧隠れの文献にはこう記される
『先の戦争にて、岩の忍びの土遁壁を水牙弾で突破し、名を上げた。』
そして、
岩隠れの文献にはこう記される。
『先の戦争にて、霧の忍びの水遁が土流壁に穴をあけ、貫通させ3名の犠牲を出した。水につけた回転の勢いで削ったようである。気を付けたし。』」
「そうか、水遁が成功した資料があれば、土遁が失敗した資料がある…。」
「だが、失敗というものは余り後世に伝わらん。
誰も自分の失敗を残したいとは思わないからな。特にこうゆう石碑を残す事が出来る金持ちはプライドが高いし、繁栄を極めた成功しか書かん。
データとしては未完成だ。
だから後世の奴らが苦労する。
ココに乗っている計算式は、計算式自体が間違っている。これも一つの失敗のデータだ。」
そう言ってコマは石碑をポンポン叩いた。
テンは石碑の方に視線を向けてしまい、おでこを付かれる
だがテンはやっと解いた石碑の情報が間違っていることの方がショックだった。
恨めしそうに石碑を見るテンを、コマは励ます。
「そう落ち込むな。情報は使いようだ。
この石碑を読んだ敵が、日食の影を使った結界術を使用してきたら
そもそも時間と場所を間違えて術に失敗する。」
「なるほど。わざと読ませて隙を突くんですね。」
「…そう言う方法もある。
だが、そう上手くもいかないのが世の中だ。
相手が賢ければ情報を持ち帰って精査してから使うだろうし
味方の中には敵の言う情報の方を信じる奴もいる
忍びは裏の裏を読めと言うが、それは正しくないと私は思っている。
余談だが、戦いというものは、なるべく予測を多く立てて、それに対処できる手が多ければ多いほど勝てる。
戦いは物量だ。
補給ないし、人材ないし、予測ないし、経験ないし、後悔ないし。
量がモノを言う。
物事を多方面から見れる者が生き残る。
もし、日食の影を使った結界術では無く封印術だったら?
もし、幻術に光の性質を使われたら?
もし、氷遁使いと相対したら?
その時正確なデータがあったら、敵の思惑を阻止する事が出来る。
たとえ間違った情報だったとしても、データと言う下駄をはいたうえで予測、観測、分析ができるから、総じて何も知らないより解決が早くなる。
そして、仲間を犠牲にして
その法則を発見、修正するなんてことは無かったかもしれない…
どういうことか分かるよな?」
『犠牲』
それがどういうモノかイタチは知っていた。
そこかしこから上がる煙と、うめき声、人が焦げる臭い
あの日見た戦場は、未だイタチをとらえて離さなかった。
「ただの想像でしかないが
未来、『知っておけば』と思う時が必ず来る。
その後悔をしないために私は知っていたい。
先駆者から受け取ってきたバトンを次に渡せるように。
私は物知りなんじゃない。
ただ、私はもらったバトンを次の世代に渡しているだけだ。
それをどう使うかはお前が考えろ。」
命は死ぬ。命は軽く、重い。命は死にたくない。
命に、意味はない。
戦争というものを見てから、この意味のない堂々巡りの答えをイタチは探していた。
「コマさんは…命って、なんだと思いますか?」
突拍子もない質問にコマはきょとんとするが、その答えは思いの外早く帰って来た
「…私なりに答えを言うならば
『命は守られていくもの』だと思っている。」
「その命に意味が無くてもですか?」
「ああ、意味のない命でも、誰でも、どこでも。」
「…どこでも?」
「私を守っているものは、知識として今、テンに残っている。
テンが生きている限り、私がお前に渡した知識なり何なりは一生お前と共にいる。
お前を守り続ける。
そしてテンがそれを誰かに渡せば、今度はテンの代わりとなって、その誰かを守る。」
テンは父から『忍びたるもの里の為に、一族の為にあれ』と常々言われてきた。
理想の忍びはずっと父親だった。
だが、憧れた人は
どうしようもなく焦がれた人は
「命は守られるべきで、誰かを守る命だ。」
賢く、優しい人であった。
こんな人に自分はなれるだろうか
こんな人の隣に並べるようになるのだろうか
こんな人を越えられるのだろうか
テンは不安に視線が下がる、コマは只笑って
「テン、お前もいつか分かるさ。」
テンのおでこをついただけだった。