「まさかこのようなことになるとはね。」
俺のペルソナ『カラカサ』が消え、周囲の霧が何時の間にか晴れたーーよく見ると、そこは塔の屋上のような場所だったーーことを確認していると、唐突に聞き覚えのない声が聞こえた。振り向いた先には、白衣を着た学者のような男がそこにいた。
「いや、これが本来の形なのかもしれないな・・・なんにせよ、君達を危険にさらしたことを謝ろう、すまなかった。」
男はそう言って頭を下げる。
顔を上げた男の顔を俺は覚えていた。
その男は茅場明彦、SAOの製作者、つまりSAO事件の黒幕である。
「茅場明彦・・・!?なんでこんなところにいるんだ?」
思わずそういうと、茅場は頷いた。
「正確に言えば、私は茅場明彦本人ではない、茅場明彦の人格を持つAIだ。
ソードアートオンラインの終了時、私は脳波スキャンを行い、人格と知識をAIに落とし込んでいる。私がここにいるということは、現実の私は死んでいるだろう。人間で耐えきれる強さではなかったからね。」
「・・・このマヨナカオンラインは、あなたが仕組んだものなんですか?」
当然のように自分の死を語った茅場に、直斗さんが質問した。
「そうとも言えるし、そうとも言えないともいえるね、おそらくこのマヨナカオンラインは、今からおおよそ3年前、SAO開発の時点で発生していたものを再利用したものだろう。」
「三年前って・・・マヨナカテレビの前かよ!?」
「その年って無気力症の騒ぎが収まった年じゃなかったっけ?」
「ええ・・・そして、影時間が終わった年でもあります。」
茅場明彦の答えににジライヤーー花村さんーーが驚き、ヒミコーー久慈川さんーーが思い出し、そして直斗さんが結論を付ける。
その結論を聞き、茅場は驚いたような顔をして言う。
「影時間・・・緑の月が上る時間のことを知っているのか?」
「・・・伝聞でのみですが。3年前、一日と一日の間にあった時間のことですよね。」
直斗さんの話は少し聞いたことがある。3年前まで、一日は24時間ではなかった、それを知っているのは、その時点でペルソナを使う適正があった人間のみだという。
「それなら話が速い。私は君達が影時間と呼ぶ時間を過ごしていた。」
「マジかよ・・・!」
茅場のカミングアウトに驚いたミカヅチの言葉は、その場にいた茅場以外の全員の内心を示していた。
「私にとっては考える事に使える時間が増えただけだったがね。本題はこれからだ。
“マヨナカオンライン”は、先ほども言った通りSAOを開発している時、ある影時間の後に発生していた原因不明のバグだ。」
「・・・?バグが原因不明ってどういうことです?ゲーム・・・いやプログラムにおけるバグって、故意にしろ偶然にしろ人為的なミスでしょ?キチンと調査すれば修正できるんじゃ・・・。」
俺が思わずしたその指摘に対し、茅場は表情を変えずに言った。
「
「えぇ・・・」
つまり勝手にできたプログラムだったということだ。ありえない、なんて思うのは俺だけだろうか。
「仕方なく私は、そのプログラムを直接圧縮し、封印することにした。」
「あ・・・あっしゅく?」
「巽君、圧縮というのは、プログラムが動かない状態に書き換えておくことです。」
「お、おぅ。サンキュー直斗」
茅場の説明に直斗さんが補足をする。
ちなみに、圧縮ソフトを利用すると、元のプログラムと圧縮したプログラムの二つが出来るはずである。
・・・今の発言だと、茅場は正体不明のプログラムを直接圧縮した状態まで書き換えてる事になる。ほんとになんなんだこの人。
「その後、そのデータを残したままSAOを起動、2年前に空の城が出来あがった。」
「待ってくれ。・・・そのSAOで封印した奴が、なんで今になって現れたんだ?」
「花村先輩。このALOは、SAOのコピーサーバーで出来上がっています。」
花村さんの質問は、直斗さんの補足ではっきりとした。
サーバーのコピーは簡単にはすることが出来ない。はっきり言えばデータが大きすぎるのだ。
少しずつコピーしては時間がかかりすぎるそれを短時間で終わらせるために、データの意味を書き換えずに、ギリギリまで大きさを小さくする技術を。
エンジニアは
「そう、このサーバーはSAOのコピーだ、おそらく、いくつかの圧縮データにしてコピーし、それを別のサーバーで解凍・・・元の状態に戻したんだろう。」
「その時に
茅場の解答に、久慈川さんが言う。
つまり、解凍の際にマヨナカオンラインの封印を解いてしまったのだ。
「そして今回、ALOにいた私がマヨナカオンラインの起動を感知しここにやってきたというわけだ。何か質問はあるかい?」
茅場の言葉に俺は手を上げた。
「ALOにいた・・・てのは、なんか用があったってことです?」
「いや、プログラムとして覚醒したのが先ほど、このサーバーでだったというだけだ。先ほどキリト君の手助けをしてきた帰りでね。」
「キリト君・・・というかアスナさんは大丈夫なんですか?」
「問題ない、先ほどキリト君、アスナ君のALOからのログアウトを確認した。二人は無事だ。」
俺の質問に返した茅場の言葉に直斗さんが質問した。
そして帰ってきた答えを聞き、探偵は深くうなずく。
この時点で、探偵の仕事はすでに完了した。
「君達も帰るといい、私の権限で君達をログアウトしよう。」
「待ってください。」
茅場が言うとともに手元にメニューウィンドウを呼び出し操作しようとするのを、直斗さんが止める。
「このマヨナカオンラインはどうなりますか?同じような事故が起きる可能性も・・・」
「問題ない、ここは私が責任をもって処理しよう。プログラム上からは削除できなかったが、空間内から直接手を加えられるのなら話は別だ。」
「そうですか・・・分かりました。」
直斗さんが茅場の答えに納得をーー若干渋々といったようにーーすると、茅場はその手にあるウィンドウを操作する。
「それでは、ログアウトだ、こちらの事は任せたまえ。
ーー行くぞ、ピーター・パン」
強制的なログアウトの感覚の中、そんな声が聞こえた気がした。
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現実でのソファで意識を目覚めた俺はアミュスフィアを頭から外して起き上がった。
「彩君、すぐに出かけますよ。車を出してください」
同じく椅子に座った状態でアミュスフィアを机に置いた直斗さんは立ちながら言った。
「ん、分かりました、どこ行くんですか?」
「病院です、明日奈さんのいる。」
俺もテーブルにアミュスフィアを置き、テーブルの上の車のキーを掴む。
事務所を出ると、月のない夜空から雪が降っていた。
運転席に乗り込み各機種の動作を確かめた後、直斗さんが助手席に乗ったのを確認して車を発進させる。
「・・・で、なんで今から向かうんです?べつに明日でもいいでしょうに」
「明日ではダメなんです、須郷信之がもう病院に向かっている可能性があります。」
「マジすか」
赤信号に引っ掛かったタイミングで直斗さんに聞けば、それは未来予知とも思える返答となって帰ってきた。
信号が青に変わったのを確認し、車を走らせながら続ける。
「・・・なんでそう思ったんです?」
「昨日追跡した高田太郎さんを覚えていますか」
「地下駐車場に白鐘探偵が乗り込んでいったやつ時のですよね。須郷信之とつながってたっていう」
「そうです。彼と須郷の会話の中に、外国への不正渡航を示唆するものがありました。」
「・・・実験が終わったら、もしくは都合が悪くなったら高飛びする気だったと。」
「その通りです。」
「それと病院に向かうのが何の関係が?」
「・・・彼女を一人だけログアウト出来ない状態にした彼が、一度手放した程度で素直にあきらめるとも思えないから、ですね。」
「・・・もしかして、さっきあの人が叫んでいたログアウト出来ていない一人って・・・!」
「十中八九、明日奈さんのことでしょう。そして彼のことだ、明日奈さんを拉致して高飛びをする可能性も捨てきれない。」
直斗さんはノートPCを繰りながら言う。
「もしそうなった場合、依頼の達成どころの話ではなくなります。そうなることは防ぎたい。」
「それで病院へ、ですか。分かりました、一気に向かいましょう」
言いながらアクセルを軽く踏み込むと、直斗さんは少し強い口調で言った。
「制限速度は守ってくださいよ。・・・僕たちがつかまっては意味が無いですからね。」