先ほども言ったが明日菜さんの病室は突き当り手前にあり、ちょうどその突き当りのところにベンチがあったのでそこで話を聞くことにした。
「和人君は直斗さんに何か用があったのか?」
そう切り出すと、和人君も視線をこちらに向けながら言う。
「あんたたちは・・・」といった後、少し考えるように声を詰まらせてから。「あなたたちはアスナを助けるために動いてるのか?・・・ですか?」と言い直し交じりに聞いた。どうやら敬語を使う事には慣れていないようだ。
「言いづらいなら敬語使わなくていいよ。そうだな。直斗さんは明日菜さんの昏睡状態について調べてる。詳しいことは言えないけどね。」
と和人君は少し考えるように口に軽い握りこぶしをあてうつむく。
ちょっといいかい、と声をかけて和人君の興味を引くと、つづけてこう言った
「和人君は明日菜さんとはどんな関係だったんだ?」
「あ、ああ。アスナとは・・・恋人、だった。SAOの中では結婚もしてた」
「ほう、結婚」
言っている間に和人君の顔が赤くなってきている。直斗さんがさらっと見抜いていたが、彼はおそらく年齢的には15,6、自分の色恋沙汰(その手のこと)を話すのには抵抗があるのだろう。結婚という単語が気にもなったが、そこはゲームの話、何か方法があったのだろう。
「SAOに結婚システムってのがあって、それを使ってたんだ。」
「なるほど、和人君から見た明日菜さんの印象は?」
そう問いかけると和人君は少し考え込んだ後、続けた、どうやら最初に明日菜さんを助ける事が目的なのを伝えたからか、彼には信用されているようだ。
「アスナの印象か・・・強い人、かな。」
「強い人?」
「あぁ、攻略組のリーダーで“閃光”って呼ばれてたくらいだ、ボス戦の作戦を練ったり前線の指揮をしたりもしていた。一回勝負したこともあるけど、攻撃が目に見えないくらいのスピードで迫って来た。」
「なるほど、“閃光”のごとき攻撃速度って事か。」
ソードアートオンラインの被害者で、一番多かった年齢層が十代後半なことを考えると、あだ名が厨二チックなのは仕方ないだろうか。しかし、新たにわからない単語が出てきた、せっかく英雄(ハイプレイヤー)が目の前にいるのだ、すべて教えてもらおう。
「攻略組というのは、SAO内での一種のチームのようなもの?」
「チームというよりグループかな。SAOの脱出条件については茅場が外にも公表してるって言っていたけど・・・」
「『ナーヴギアの分解・コードの切断等による強制脱出はできない、行った場合プレイヤーは死亡する』『ゲーム内での死亡した場合も同等、プレイヤーも死亡する』『脱出するには全百層のステージをすべて攻略し、最終ボスを撃破することのみ』ってやつだね?」
そう、これがソードアートオンラインを狂気のゲームたらしめていたルール、ナーヴギアそのものを凶器にしたシステムによって生き残れなかった4000人以上の使用者を電子レンジよろしく脳死させた悪魔のルールだ。ナーヴギアそのものに組み込まれた正常な機構の一部だったがゆえに現実(こちら)からは一切対処できなかった。
「ああ、俺もアスナもゲームを攻略して自力で脱出することを選んだんだ。他にも俺たちをサポートする人たちや、安全エリア・・・敵が来ない所で過ごすことを選んだ人、安全マージンを大きくとれる場所で狩りをして過ごす人もいた。」
“マージン”は英語の余裕、限界の意味を持つ単語、とすれば“安全マージン”は安全に戦える余裕のあるという意味であることだろう。
「なるほど、ゲーム攻略を中心にすることを選んだ組(グループ)で攻略組か。で、彼女はそこのリーダー。・・・ってことは彼女が自分の意思で仮想世界に残っていることはあり得ないって事か。」
仮想世界から出るために行動している少女が、仮想世界に残ろうとすることは矛盾している。
「あり得ない、そもそも茅場はSAOからの全員ログアウトを確認して、ゲームそのものをデリートしてる。残り続けるのは不可能だ。」
「ふむ・・・ん?なんで茅場明彦がゲームをデリートしたのを知ってるんだ?」
茅場明彦があそこにいて、デリートを生き残った者に伝えたのか?・・・いや、ログアウトという言葉の意味がゲームからの帰還(本来の意味通り)であるならば、そもそも茅場が消去したことそのものが和人君が起きた後の話のはず。絶対に消去したという確信は持てないはずだ。
「・・・俺がラスボス、茅場明彦を倒したことは聞いてるよな?」
ソードアートオンラインのラスボス、最終関門が茅場明彦本人だという事に内心驚きながら頷くと、和人君は話を続ける。
「俺が茅場を倒したってはなっているけど、正確には相討ちだったんだ。あの時はヒースクリフ・・・茅場と俺はお互いに剣を相手に突き刺して、同時にライフがゼロになった。そのあと何があったかわからないけど、ヒースクリフは俺のナーヴギアが脳を破壊する前に、俺たちを現実に返したんだ。その時に、ソードアートオンラインのすべてのデータを消去するって、自分で言ってたよ。なんだかんだ、約束は守るヤツだったからな。」
ヒースクリフというのは、茅場明彦のゲーム内の名前、つまりはキャラネームだろう。茅場明彦がソードアートオンラインを削除したことはわかったが、それによってさらにわからないことが増えてしまった
「俺たち?和人君のほかにも誰かいたのか?」
「アスナもいっしょにいた、俺よりも先に死んだはずなのに・・・」
・・・彼女の脳に障害が残ってないか心配になってきた。心臓は動いてるし、脳死していないことは確認してだろうけど。
「なんで茅場明彦は和人君と明日菜さんを生かしたんだ?」
「わからない、あいつは話をしたかったって言ってたけど・・・」
「彩君!」
疑問を解消しようとしていた所で向こうの話を終えた直斗さんが声をかけてきた、残りの二人はどうやら帰ったのかそこにはいなかった
「こちらは終わりました」
「あ、じゃあ終わりにしましょうか、時間取らせてゴメンネ。」
「いや、ありがとうございました。あの、アスナのこと、よろしくお願いします。」
和人君は直斗さんと軽く挨拶し、そう言い残して帰っていった、直斗さんはそれを見送りながら同じく見送っていた俺に声をかけた
「それで、話を聞けましたか。」
「彼と明日菜さんの関係、それとソードアートオンライン内での明日菜さんについて、後ソードアートオンラインの現状、ついでに茅場明彦についてってとこですね。・・・そういえば明日菜さんのキャラクターネーム聞いてなかったな。」
和人君から聞いた話を全て教えると、直斗さんは窓の外を眺めながら、不意に口を開いた
「彼は、茅場さんのことを『ヒースクリフ』と呼んでいたんですよね?」
「はい、最初は訂正してたんですけど、途中から普通にヒースクリフ呼びでした」
「なるほど・・・そうなると、」
「おそらく彼女のキャラクターネームは『アスナ』、彼女の本名でしょう。」
どうやら唐突だが、名探偵白鐘直斗の推理ショーが始まったようだ。
「・・・なんでそう思ったんですか。」
「結城彰三さんによると、明日菜さんは本来ソードアートオンラインはおろか、ゲームそのものに興味がなかったそうです。あのゲームに巻き込まれたのも、彼女の兄の出張中に、ナーブギアごと借りて遊んだため。つまり、彼女はゲーム初心者という事になります」
「・・・そうなりますね」
「彩君、前に行ってましたよね。『ゲーム初心者はキャラクターの名前に自分の名前を付けることが多い』って。」
「確かに言いましたね、でも明日菜さんがそうだとはわからないんじゃ」
「彼は茅場さんのことを『ヒースクリフ』と呼んでいた、彩君が言っていたことです。それに対して自分の・・・こ・・・恋人である明日菜さんのことを向こうの、呼び慣れている方で呼んでいないんです。」
「・・・恋人の部分でどもるのどうにかしましょうよ、顔赤いですよ。」
「黙ってください。・・・二年間の内どれほどの時間を過ごしたのかは分かりませんが、システム上とは言え、・・・け、結婚まで行った相手の名前がそうそう抜けるものでもないはずです」
「なるほど、それで明日菜さんのキャラクターネームが本名であると考えたんですね。彼の中ではキャラクターネームの方のアスナさんだったと。珍しく、証拠も何もない推測だけですね。」
「・・・頭のいい助手を持って幸運ですよ、僕は」
「そりゃどーも・・・最後まで言えなかったくらいでむくれないでくださいよ、子供ですか貴女。」
納得しながらーーーもしくは彼女の頭の回転速度と初心さに感嘆しながらーーー頬を膨らませてすねる探偵から目線を外し窓の外に視線を移すと、そこに二人の人影が見えた。斜め上からだが、その後ろ姿には覚えがあった。
「あれ。」
「・・・彩君?どうしました?」
「あそこにいるの、和人君と信之氏ですよね?」
そう、そこにいるのは黒いコートとダークブラウンのスーツの二人組、先ほど見た桐ケ谷和人君と須郷信之氏に違いなかった。どうやら須郷氏が和人君に顔を近づけ、何かを話しているようだ。
「やはり、そうなのでしょうか・・・」
「やはり、とは?」
「先ほど須郷さんが結城さんに声をかけたのは、僕たちへの依頼を取りやめてほしかったからだそうです」
「依頼の取りやめ?なんでまたそんなことを。」
直斗さんが受けた依頼は『明日菜さんの昏睡状態の原因究明、可能なら対処』。それを取りやめてほしいという事は。彼は彼女に起きてほしくないという事になるのだが・・・。
「詳しい経緯は教えてくれませんでしたが、しかし、彼との会話で大体の利用は察せました。彼は、明日菜さんの婚約者という立ち位置で彼女の家に、結城家に取り入るつもりなんです。」
「婚約者?それがこの依頼に関係あるんですか?」
「明日菜さん本人がこの婚約に反対していたそうです。しかし、その明日菜さんが現在昏睡状態。この場合、法的には須郷さんが結城家の養子に入る形になります。それでも、彼が結城家の一員になることに代わりはありません。・・・ここに来る前に調べたのですが、結城家は由緒正しい名家で、多くの分野にその影響力を持っています。」
「その影響力を欲しがった・・・って事ですかね?」
「今考えられることは、という前提になりますけどね。」
結城家に取り入ることにかなりのメリットがあることは分かった。だが、それが彼の目的なのかどうかはわからない。
結局、須郷氏が彼女の婚約者となるーーーつまり彼女と結婚するーーーために彼女が昏睡状態である事が重要だった、という事だけが分かったようにしか思えなかった。
やはり彼女のような頭の回転速度など持つことはできない。彼女の立ち位置には彼女しか立つことはできない。なら、元の立ち位置に立つしかないのだろう。
つまり、彼女の助手としての立ち位置に。
「さて、それじゃあそろそろ帰りましょうか。車もありますし、どっか寄って行きますか?」
「そうですね・・・そういえば、彩君が良くいくカフェにソードアートオンラインの生還者がいると言っていましたよね。腹ごしらえのついでに情報を集めましょう。推測しか出来ない程度では足りません」
「仕事熱心ですね。」
「当然です、受けた依頼は完遂させます、白鐘の名に懸けて。」
「分かりました、それじゃあ行きつけの、“ダイシー・カフェ”に行きますか。」
次の行き先を決めながら、直斗さんと共に車へとその足を進めた。