「指揮官に話がある!」
青年が叫びながらサラマンダーの一団に向かっていくのを、一度下がりながら観察する。黒い髪に黒いコート、低くはないその体をすっぽり隠してしまうような巨大な剣を背負っている。
そこまで観察したところで、ケットシーの陣営に戻り・・・背中から仲間二人分のパンチを食らった。
「ったぁ!?何ですか二人とも?」
「何ですかじゃないですよ。何突撃してるんですか。」
「もう!食らいすぎて体力すっからかんじゃん!早く回復して!!」
「あぁ・・・はい、わかりました。」
とパーティメンバー二人から押し付けられた回復ポーションを飲んでいると。アリシャ、サクヤの二名と、先ほどまでは見てない人物が近づくのが見えた。
「三人の事情は聴いたよ」サクヤが話す「すまなかったな、こちらのわがままで迷惑をかけてしまって。」
どうやらアリシャがサクヤにこちらの事情を話したようだ。道理で、ケットシーではないとわかったはずなのに騒がれなかった。
「せんp・・・スクナさんが許したんですよね?それならいいですよ」
謝罪を手早く終わらせてもらうと、彼女たちの後ろーー正確には、サクヤの後ろに近いーーにいる人物に目を向けた。
シルフアバターに多い金髪を長く伸ばし、蝶を模した飾りでポニーテールにしている、凛々しい眼が特徴的な少女だった。緑を基調とした服に軽装の鎧を重ね、直剣を腰に差した姿から、スピード型の剣士であることがわかる。
「あ、えっと、あの・・・」その人ーー少女とした方がいいかもしれないーーは、見られていることを感じたのか慌てた後、一つ深呼吸して、自己紹介を始めた
「初めまして、リーファといいます、よろしくお願いします。」
「スクナです」えらく他人行儀な挨拶にすぐに返したのは彼女だった「言いづらいのなら、敬語なしでもいいですよ。僕はこれが地ですけど。・・・それで、彼はいったい・・・?」
「今聞き耳を使ってみたんだけど」ヒミコが質問に答えた。「あの子、ウンディーネとスプリガンの同盟の大使だって。」
彼女の言う『聞き耳』とは、スキルの一つ【聞き耳】のことである。キャラクターの聴覚を強化したり、壁ごしに話を盗み聞きしたりーーこのゲームでは、壁の向こうの声が聞こえるのは、熟練の【聞き耳】スキル持ちだけであるーーいろいろと悪さできるスキルだ。
ウンディーネは水に関することが得意な妖精、スプリガンは遺跡やダンジョンの探索を得意とする妖精だ。この二つは確かに領地が隣で、同盟を組んでいたと言われててもおかしくはない。飛行速度はスプリガンの方が高いため、大使として選ばれるのもおかしくはない
「サクヤさん、ウンディーネとスプリガンは、同盟を組んでいたんですか?」
「いや、そんな話は上がって来ていないぞ。」
そもそも同盟を組んでいれば、ではあるが。
「この対談に向けて急ごしらえで同盟を組んだ・・・そんな簡単に組めるものなのでしょうか・・・」
「スクナくん、考えるの後!あの二人、戦うみたいだよ!」
ヒミコの声に全員が顔をあげる。そこには先ほどの大剣のスプリガン、そして同じく大剣を持つサラマンダーが距離を取って構えていた。
そのたたずまいは、どちらも異様であった。スプリガンはその背の大剣を片手で構えている、スプリガンではありえない筋力値である。対するサラマンダーは、たった一人、暗く赤く輝く刀を手に、全ての兵を下がらせていた。大群の戦術としてはまず悪手である。
「まずいな・・・」その武器を見たサクヤが言う「あのサラマンダーの武器、レジェンダリィの紹介サイトにあった。非実体化のエクストラ効果を持つ両手剣《魔剣グラム》だ。あれを持っているということは、彼が『ユージーン』将軍で間違いないだろう。」
「“武の弟”ユージーン。」サクヤの解説に補足を入れる。「サラマンダー最強、つまりはこのALO最強のプレイヤーですね。純粋戦闘力は領主の『モーティマー』を越してるって噂です。」
「非実体化、ですか?」だが、スクナが気にしたのは、その武器の性能だったようだ。
「正式名《エセリアルシフト》」アリシャが言った「剣も盾もすり抜けて、受けさせてすら貰えないんだヨ」
言い終わるの待ってたかのようなタイミングでーーもちろん、偶然ではあるがーー二人の妖精が激突した。
先に振りおろしたのはユージーン。最強を名高い彼の攻撃は、強烈な鋭さを持って遅いかかる。それを少年が剣の腹で防ごうとしたとき。
ユージーンの剣が、少年の剣をすり抜けた。
「防御力貫通・・・ですかね」と、探偵がつぶやくと
「どちらかというとガード無視だな。」と答えたのはサクヤだった。「盾を構えてもあの通りだ。」
「確かに強力だけど、玄人向きの武器ですよ。下手したら相手の体を無視するんですから。」
「逆に言えば」ヒミコが言う「さっきからいちども非実体化のタイミングを間違えないあたり、ほんとに強いね。」
「『キリト』くん、大丈夫かな」
リーファのその呟きを、スクナさんは聞き逃していなかった
「キリト?彼はキリトという名前なんですか?」
「あ、うん・・・キャラクターネームも『Kirito』だし・・・」
「どうしたのスクナ?」
「いえ・・・なんでもありません。」
ヒミコからの問いかけをはぐらかすと、探偵はあごに手を当て黙り込んでしまった。彼女が何か考えているときのしぐさだと知らない人にその説明をーー主にヒミコがーーしていると、周囲を黒い霧が覆っていった。
「これは、【幻惑魔法】!さっきのスプリガンのものか!?」最初に反応したのはサクヤだった。
【幻惑魔法】は、このゲームに存在する魔法の一種であり、文字通り幻覚を見せて周囲を惑わすものだ。基本的には目くらましにしか使うことが出来ず、それゆえこれを得意とするスプリガンの不人気さに拍車をかけてしまっている。
「なめるな!」掛けられた側の男が叫んだ「時間稼ぎのつもりか!」
叫びのあと、すぐさま詠唱が響く。【ディスペル】・・・それぞれの属性に一つはある魔法無効化の魔法が放たれ、火属性特有の赤い光によって煙幕がはがされる。
しかし、そこに彼はいなかった。
逃げた・・・?という誰かが発した呟きが聞こえるほどの静寂を切り裂いたのは、
「・・・上か!」
ほかでもないユージーンだった。
その声につられるように見上げると、確かに黒い影が突撃を行っていた。しかし、その手に持つものが変わっている。いや、変わっているというよりも、増えているといった府が正しいか。その右手には、先ほどまで持っていた、身の丈ほどはある大剣。そして左手に、細見の直剣が新たに握られていた。
そのあと少年の攻撃は華麗の一言だった。ユージーンの魔剣の【エセリアルシフト】を、片方の剣を透過させ、実体に戻した瞬間にもう片方の剣で弾くという達人芸で防ぎ、両手で別々の剣を緻密に操作し、振り回されることなく切りつけ続ける。その華麗にして苛烈な剣戟に、ユージーンの攻撃は全てつぶされていた。
「ぬ、おおおおおお!」超近接状態での不利を悟ったか、ユージーンが咆哮と共に炎の衝撃波を放つ。それは少年をわずかに押し戻し、互いに突撃の姿勢を取らせた。
「決まるネ!」言ったのはアリシャだった。「ここが正念場ってヤツだヨ!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!キリトくん!」
リーファの健気な応援を背に受けた青年ーーキリトは、大上段から振り下ろされるユージーンの剣を、その体を通させまいと長刀ではじき出し。大剣をサラマンダーの体につきこんだ。
「決まった。」その声は誰の声だったか。
追撃に叩き込まれたキリトの垂直四連撃が、ユージーンの体力を削り切り、赤く輝く灯火へと変貌させた。