ころした。
己の野心で、己さえ消し去った。
ころした。ころした。
命を、尊厳を、実験と言う名義で使い捨てた。
ころした。ころした。ころした。
何十人何万人さえ、死地へ追いやった。
ころした。ころした。ころした。ころした…………
暴風吹き荒む赤い光の中、実質的な特攻を開始した。
攻撃は躱され避けられ受け止められ、嘲笑うような『奴』の声が響く。
「お前の罪は決して消えない!!」
心の底で、意思に揺らめきを与えられた。
その一瞬の隙を、奴は巧妙に縫って入る。自身のモチーフらしく、蛇のように狡猾な存在だ。
『
煌々、そして赤々と燃え盛る拳が、超衝撃を纏い胸に打ち付けられた。
『
高威力の一撃はこの身体を容易く吹き飛ばし、遥か天空まで舞い上げられた。
罪の意識と懺悔、そして己と言う矮小な存在を呪いながら…………途切れかけの意識の最後、赤い光を前に、希望を一人の青年へ託す。
ピキ、
『MURCIELAGO』
「お、おい! おっさん! 何があったんだ、ここで!」
「あっ、あいつ!」
ピキピキピキ、
「ぐぇ!?」
「ぎゃあああ!?」
「おごぉ!?」
ピキッ。
「あ〜……やっちゃった。つい全員ボコっちゃった……ん?」
ガラガラガラガラ……
「あら? 比較的軽傷な人がいるじゃん。運が良かったねぇ」
まるで爆撃でも行われたかのように、辺り一面の道路や壁にクレーターとヒビだらけの路地裏。時刻は既に二十時を越し、満月が妖艶にもおどろしく空に浮かぶ。
雲のない夜空、月明かりはビルの谷間さえ照らす。月光の中に立つ女性の目線の先には倒れ伏す、黒いロングコートの男がいた。
「ちょっとおじさぁ〜ん、生きてるぅ? 話聞きたいんだけど〜」
『COCODRILO』
男の意識は戻らず。女性は背中を叩くなり揺するなりするが、見た目以上にダメージがあるようで、全く目を覚ます事はない。
「んー? 無事過ぎる?」
女性は辺りを見渡した。
荒廃した路地裏には、彼の他に倒れている人間がいた。
先ほど女性が倒した若者らとは別に、下半身と上半身が無残に千切られた凄惨な死体が一つ。強い圧で壁にでも叩きつけられたのか、目玉は飛び出し、骨が胸を突き破っている。普通ではない殺され方の、残酷な死だ。
比べればその男、傷だらけとは言え人間としての原型は完璧に残されている。いや、そもそも、この有様の中では浮いて見えるほどにこの男は綺麗過ぎるのだ。
「やっつけた奴ら……じゃ、ないか。それに他の連中と比べてソコソコ歳食っているし、浮き過ぎない?」
女性は男に興味を抱いた。うつ向けの顔を確認し、知人かどうか判別しようと顔へ手を伸ばす。
「……んでもまぁ、今回の仕事にゃ関係なさそうか」
今回の『ターゲット』はこんな小柄ではないし、怪我して気絶しているのならば危害を加えて来る危険性はない。この興味は単なる好奇心だと割り切る。
与えられた『仕事』と好奇心とを天秤にかけ、伸ばした手を引っ込めた。今の彼女には時間がない。
「大方、二次被害で気絶したお陰で『免れた』ってクチか。こんだけやっても起きないなら時間の無駄無駄」
女性はのっそり、立ち上がった。立てばその身の丈は非常に高く、二メートルに迫らんばかりの高身長だ。女性はその、枯木のような身体をのらりくらりと揺らしながら、路地裏の奥へ奥へと進み始める。
「…………しっかしぃ、この路地むこうまでボロボロだねぇ」
ぼやきながら、女性は月光さえ届かない闇へ身を溶かした。
そのすぐ一分後だった、男が呻き声と共に目を覚ましたのは。
乱れた黒髪を手で撫で付けつつ、依然として痛む身体を無理矢理に起こした。上半身を動かした拍子に怪我に触れたか、男は一瞬だけ顔を歪めるも、すぐに状況の把握を実行する。
「……………………」
酷く荒廃した路地裏で、空には月。男は全てを見渡した途端に、表情が曇り始めた。
「……『塔』がない……?『壁』も……しかも、夜だと……!?」
次に目線には、倒れた若者たちと、あの無残な死体に向けられる。この光景に驚くと同時に、彼の思考は理解を止めた。
「何が……ここは、何処だ……!?」
月光が男の顔を照らす。
口髭を蓄え、汚れて窶れた顔……しかしその目は眩い信念に輝いている。
『氷室幻徳』は「この世界」にて最初の覚醒をした。
パラパラパラ、リ。
『第一話 ミスマッチな奴ら/Hard jumper』
幻徳は鉄火を当てられたような、忌々しい痛みに耐えつつ立ち上がる。
次いで、彼の注目は惨殺死体に当てられた。生臭い血と肉の匂いが充満し、目を背けたくなる悍ましい苦痛の表情が、今際に見た恐怖を表現している、
「……ここが何処かも重要だが……何が起きたのかも重要か」
死体を半身を喪失している。切断面を見れば皮膚が最大限まで伸びきり、なけなしの耐久性の限界点で千切れていた。このような死体を少し見た事はあるが、冷静を保てるほどに慣れている訳ではない。どくどくと漏れる腑と、胃粘液と混じった黒い血を眺めた時に嗚咽がこみ上げた。
「…………ッ。き、斬られた訳ではないらしいが……人間の所業ではないな……『スマッシュ』か、或いは……」
幻徳は懐に手を入れ、中身を一瞥する。指の先には青い蛍光色が目立つ、妙な機械があった。彼はその機械が手中にある事に、まずは安心を得た。
「……俺は何処まで飛ばされたんだ……」
場所の確認をしたい。目の前の死体とは別に、倒れ伏す数人の若者に目を向ける。鼻や口や頭部から流血しているものの、気絶で済んでいるらしい。怪我による覚束ない足取りで彼らに近寄り、肩を叩いて引き起こす。
「おい、大丈夫か? 何があった」
幻徳の問い掛けに応じるように、青年は目を覚ました。何か強い物で殴られ、鼻が折れている。
「は、はにゃが、はにゃが……!」
「酷いな……生憎、手当て出来る物がないんだ。案内してくれ、病院に行こう」
「ふぁ、ふぁのほんにゃぁ……」
「……『あの女』? 女にやられたのか?」
色々と聞きたい事はあるが、怪我人に鞭打つ気はない。ボタボタ花粉症患者の鼻水が如く滴り落ちる血を、取り敢えず鼻を摘んで止めておき、ゆっくりと立ち上がらせる。四肢は丈夫のようだ。
「………………ん?」
立ち上がらせた時、青年のポケットから零れ落ちた物に気が付く。ビニールの小袋に入った、白い雪塩のような粉。
人目を憚るような路地裏、ただの塩にしては極端に小さい包装、そしてアウトローな服装の若者……全ての要因においてそれが何なのかは、すぐに悟る事が出来る。
「…………お前、『麻薬の売人』か……」
苦痛に歪む青年の顔が、驚愕に変わった。同時に幻徳を突き飛ばし、大きく距離を取る。
飛ばされた幻徳は、死体から溢れる、まだ温い血溜まりに転ばされた。赤黒い粘液は服や皮膚にまとわり付き、まるで内臓を触ったかのような不快感を催させる。
「お、おっふぁん、け、け、けいしゃつか!?」
鼻を折られて酷い鼻濁音ではあるが、彼は幻徳を警察だと勘違いしている事は聞き取れる。
「俺は警察ではない!」
……とは弁解したものの、麻薬取り引きの証拠を見た自分をみすみす見逃すものなのか。
その通りだが、青年は元から聞く耳を持たない。怯えと殺意を目に宿し、足元にあった鉄パイプを手に取った。
奇妙な事だが、青年の好戦的な気質も去る事ながら、彼はもう鼻の痛みを気にしていない様子に見える。
幻徳はその異常性に気付き、戦闘は免れないと知り、血溜まりから立ち上がった。
「……敢えて言う。罪を償え……まだ後戻りは出来るだろ」
「うるひぇ! んにゃ綺麗事でにゃびくかひょ(んな綺麗事で靡くかよ)」
「……こんな事している場合ではない。人が死んでいるんだぞ!」
説得も虚しく、青年と共に倒れていた連中ものっそり起き始めた。
目を開け、仲間が幻徳と相対している様子を見ただけで、彼らも各々ナイフやパイプと、武器を取り出し構える。幻徳を事情も知らずに敵と見なしたのだ。
数は六人、しかも気絶から覚めたばかりなのに足取りがしっかりし始めている。痛みも気にしていない。
その様子を見て幻徳は確信した、「やはり麻薬を使用している」と。
(……しかし、ただの麻薬でここまでなる物か……?)
疑問が思考を掠めたが、熟考する時間は与えて貰えないようだ。六人の内の一人が、幻徳に向かって襲いかかる。
ウカウカしていた彼ではない。彼は何度か修羅場を超えてきた身だ。
一直線に向かう青年を寸でで回避すると、次々と強襲する仲間も同じく避けて行く。気付けば六人組がいた場所と、幻徳のいた場所とが入れ替わっていた。
「ちょ、ちょこまかと! 素早いおっさんだ!」
「……まだ三十五だが……」
青年たちはまた武器を構える。
説得と弁明……錯乱者に話し合いの余地は不可能だと判断した彼は、懐から『奥の手』を取り出す。
けばけばしい青の蛍光色に、レンチのようなレバーの付いた『オモチャにしか見えない何か』だ。
ナイフか警棒かを取り出すと思われたが、存外にヘンテコな物を取り出した為に青年らは拍子抜けの声をあげる。
「オモチャぁ!? んなもんで戦うのかよ!?」
「……これが分からないのか? 都民にある程度の公表はされているが……」
やはり、何処か状況に整合性がない。自分が最後までいた光景と、この目の前の光景があまりにも違い過ぎた。
幻徳は確かに動揺を抱いていたが、襲いかかる一人を避けた後に横腹へ蹴りを入れた後、オモチャを掲げる。
しかしその刹那、轟音が鳴り響く。
「……なに?」
視線の先、イカした外車がヘッドライトを見せつけ、甲高いエンジン音を吐き出している。
驚いたのはその後だ。外車はまるで幻徳たちをいない者として扱っているが如く、容赦のない時速140キロ越えで突っ込んで来た。
「馬鹿か!?」
幻徳はオモチャを再び仕舞い込み、大急ぎで真横へ飛び込んだ。そのすぐ横を、外車は暴風巻き上げ突っ切る。
「わ!?」
「なんだ!?」
「うおおお!?」
驚きは止まらない。外車は呆然と立っていた青年たちを、この狭く限られた通路上で、しっかり回避したのだ。左の前輪後輪をビルの壁に乗り上げさせ、車体を斜めにしながら平然と走る。ドライブテクニック云々の話ではない、まるで車自体が意思を持っているかのようだ。
「………………」
これには幻徳も青年らも、敵対している事を忘れて眺めるしかない。
事態はそれまでに留まらなかった。次は青年らの真横の壁が破壊され、そこから巨人が雄叫びをあげながら出現したのだ。
「どうなってるんだ!?」
次から次へと起こる災難。幻徳の思考はまたも停止する。
その巨人は長い黒髪を振り乱し、異様に発達し膨張した筋肉に禍々しく血管を浮き出させ、目は爛々と光っていた。人間の姿をしてはいるが、一切の理性を思わせない狂気が空気に漏れ出している。
「こいつ……!?」
散るコンクリート片やガラスに注意しながら、土煙の中から姿を現わす現す怪物を前に、幻徳は戦慄した。
しかし怪物は幻徳らを無視し、先ほどの外車を追い掛ける。恐るべき脚力で地面を蹴り上げ進み、一歩一歩のたびに辺り一面に地震を感じさせたほどだ。
青年らは怪物の登場の際に衝撃で吹き飛び、壁に打ち付けられ気絶している。
幻徳は何とも言えない気持ちを抱くものの、この尋常ではない事態を見過ごす気は毛頭もなかった。
「何だか知らんが……!」
懐からオモチャらしき物を再度掲げ、下腹部に当てる。その行動が起動条件なのか、機械からやけに癖の強い音声が流れた。
『スクラッシュゥドライバー!!』
彼はこの日より、『流々家町』の都市伝説として謳われる。
『仮面ライダー』として。同時に『正義のヒーロー』として。
To NEXT……
幻徳が紅守ハーレムをヒィウィゴー覚悟乗っ取りゴースト展開は微塵も考えていない