COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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死神はポリス服で来る/New comEr

「何が起きてんだ?」

 

 

 目を疑う他はない。

 謎の男を追ってジェットコースター前までくれば、無惨に脱線し大破したそれが三回転レールの真ん中に横たわっていたのだから。

 

 

 責任者の男は何故か地上三十メートル上空の整備士用通路で気絶していた。何から何まで理解が至らない状況だった。

 

 

 

 

 ただ、何よりも驚愕させたのは、浅葱凛子が、身体中に打撲痕が付いた状態で発見された事だろう。

 彼女は眠るように、しょごたんコースター前のベンチに寝かされていた。気絶状態の上、前述の全身打撲もあり、まず抵抗されるリスクが皆無だった為、すぐに救急隊に保護された。

 

 

 

 

 

 

 誰が何をしたのかは分からないが……彼は、御剣橙悟には確信がある。またあの謎の男、『紫のヒーロー』がやったのだと。

 紫のヒーローについては、園内での銃乱射が取り上げられた。その上、行方を見失ったと同時にジェットコースターの破損は事故ではないと発覚した事で…………祭り上げられたヒーローは『容疑者』として警察に追われる身となる。

 

 

「……浅葱の件は隠し、こっちは晒すのか」

 

 

 閉園後のテケリリランド。既に警察の見聞が開始されており、明かりはまだ灯されていた。

 勿論、マスコミは食い付いた。そのマスコミに浅葱の事件を悟られぬよう、紫のヒーローが起こした事件を立てた。つまりは『スケープゴート』だ。

 

 

 

 

 

「……ツルさん。紅守さんから報告です」

 

「………………」

 

「『浅葱 尊』は、処理されました。今回の被害者たちの皮膚で出来たマスクを押収したとの事です」

 

 

 結論から言えば、今回の事件は『親子の共同犯行』となる。

 八件の事件の内、三件は父親、五件が娘の犯行だ。紅守の報告によれば、父親が妻を殺したらしい。

 それを皮切りに尊はまた『仮面蒐集家』となり、母親の殺害現場を見た凛子が衝動に目覚めたと言えば、合点が行くだろう……証拠も根拠も何もない、あやふやな憶測だが。

 

 

 

「……屠桜は? 帰ったか?」

 

「同行者が怪我をしたそうで……病院まで付き添いです」

 

「…………そうか」

 

「……………………」

 

 

 虚しい事件でもあり、虚しいままに終わった。

 過去の殺人犯はまた殺人に手を染め、本人は死んだが受け継ぐ者も現れてしまった。ストレートにマスコミに伝われば、日本警察は一貫の終わりだろう。

 

 

 犯人に一切の同情はない。だが、秘匿されたまま消える犯人へ一種の悲しみは感じていた。

 間違っているハズなのに、罷り通る現状へも、同じ悲しみを抱く。

 

 

 

 

 こうした後ほど、自分へ無力感が突き付けられる時はない。向けられている内に撃たれる気分だ……結局は徒労だったと。

 

 

 

 

「……君原。先に戻って、報告書を作っておけ。立ち会いや聴取は俺が受けておく」

 

「わ、分かりました」

 

 

 君原は忙しなく、駐車場へ走って行った。

 

 

 

 

 停止された観覧車が、全てを俯瞰する。こいつは全てを見ていたかもしれないが、何も言わない。

 物も死者も、口は無い。死ねばそこらの、石と同じだ。尊厳も意思も思い出も無駄となる。

 そう考えると、自分と同じように覚醒した娘を残せた犯人は、勝ち逃げられたのかもしれない。

 

 

 少なくとも、御剣よりは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人が組む訳か」

 

 

 駐車場へ向かう君原。脳裏には、遊園地へ急行する際に聞かされた話がリピートされる。

 

 

 

 

 

 

「屠桜の体内にあるマイクロチップからは衛星経由で、絶えずバイタルデータが警視庁に送信される」

 

「それは何故……?」

 

「屠桜が死亡した場合、『紅守が即座に処刑が執行される』流れだ。紅守の関係無関係、他殺自殺問わず。最悪、学校帰りの屠桜が交通事故で死んだとしても執行だ」

 

「彼女は人質……と言う訳、ですか?」

 

「いや。紅守は承認している。屠桜だけだ、知らないのは……自分の身体にそんな物があるとは、夢にも思ってないだろう」

 

「手綱の代わりですか……」

 

 

 だとすれば疑問が発生する。

 自分の命に関わる人間を、何故好きに行動させるのか。

 その疑問は勿論、御剣に話した。彼の表情に強い不快感が現れた事を覚えている。

 

 

 

「アイツの考えなんざ、一ミリも分からねぇ。ただ言えるのは、アイツにとってみりゃ、『自分の命すらその程度の価値』なんだろうな」

 

 

 無意識だろうか、ハンドルを握る御剣の手が強張っている。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は恐ろしいよ。本当ならあんな奴、この世にいない方が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君原は、正義感の強い刑事だ。世の悪を憎み、不正を許さない人間だった。

 だからこそ、紅守の蛮行が許される今の警察に失望していた上、その紅守を監視する部署にいる己にさえも絶望していた。

 

 

 彼女にとって、悪は無くさねばならない存在。

 悪は許されない存在。

 現状への失望は、怒りに変わっていた。

 

 

 だからこそ彼女は期待していた。

 狂人に打ち勝った、正義のヒーローを。

 強盗から市民を守った、正義のヒーローを。

 紅守に勝るとも劣らない能力を持つ、正義のヒーローを。

 

 

『紫のヒーロー』を初めて見た時……彼が浅葱凛子を追っていると知った時は衝撃を受けた。自分の信じる『正義』を守る存在が、まだいてくれた事に。

 銃の乱射は道を開く為だと後で分かった。負傷者が一人もいない事実もある。

 

 

 だが警察は、ヒーローを『悪』と見做した。

 本当の悪を匿い、正義を悪とした。

 

 

 

 

 

 許さない。許せない。許されない。

 彼女は紫のヒーローが、自分の求める正義の使者だと信じ初めていた。

 何処から現れ、何処へ消えたのか。彼には会わねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 愛すべきこの町の為に。『己の正義の為に』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く痛かった」

 

 

 病院に連れて行かれた幻徳は、治療を受けていた最中だ。

 

 

 

 

 ピッ。

 ガタン。

 ゴっトン。

 

 

 

『死神はポリス服で来る/New comEr』

 

 

 

 

 

 

 

 斬られた左手は五針縫うハメになり、浅いとは言え怪我は怪我である喉の傷には包帯が巻かれていた。

 

 

 事が終わり、変身解除した彼は凛子から食らった怪我に悶えた。そんな所を、凛子を探し回っていた八葉と浮菜が見つけてくれ、医務室に運ばれる。怪我の度合いが酷かった為、丁度来ていた救急隊に病院へ運んで貰ったのが、ここまでの流れだ。

 

 

「氷室さん、強盗に襲われたって本当なんですか?」

 

 

 術後、建前では傷害事件として報告し、警察が来るまで診察室で待機していた幻徳ら。付き添いには八葉、浮菜、ひな子の三人もいた。

 ひな子と八葉はジュースを買いに行き、浮菜と二人だ。

 

 

「本当だ。金も盗られた」

 

「あの後、警察が来たとかですし、逮捕されたんですかね」

 

「だろうな。お金を返して欲しいが」

 

「しかし酷い犯人ですね。首を切るとか、殺しにかかっていますよ!」

 

「あぁ。痛かったな」

 

「……氷室さん、妙に淡々としていますね?」

 

 

 それは表面上の彼だ。内面は焦燥の嵐。

 

 

(診察料やらどうなるのだろうか……保険もないし、初診だから高くなる……が、金は一銭もない……そもそも、警察が来ればどうしようか……身分を証明する物は一切ないぞ……)

 

 

 残りの金は、凛子との戦闘時に散らした。無一文に逆戻りだ。

 

 

「折角の遊園地なのに酷い目に遭いましたね。凛子ちゃんも何故か倒れていたそうで……大事には至らずに良かったですけど」

 

「やっぱりカラオケが良いな」

 

「氷室さん。話噛み合っているようで噛み合ってない気がするんですが?」

 

 

 幻徳は金の工面をどうするか考えていた。黒湖の所に行けばどうにかなりそうな物だが、病院に拘束されている現状、今日中には行けないだろう。

 いや、お金云々の話より、黒湖へ物申さなければ気が済まない。

 

 

(あのオンナぁ……浅葱凛子の正体を知っていたなァ……)

 

 

 保護者を頼まれた時に耳打ちされた、「今日はみんなに、『お父さん』のように振舞ってねぇ」の言葉。

 凛子が誰かの父親或いは父性のある人間を標的としていた所を見れば、あの発言は彼女の正体を知っていた上の物だと思わざるを得ない。

 

 

(俺を利用したのか……クソッ)

 

 

 名前は『蝙蝠』だが、その性格は『蛇』のような女だ。思い出したくもない二つが合体しているような女だ。虫酸が走る。

 

 

 

 

「……浅葱凛子は? この病院か?」

 

「みたいですね。面会は止められていますけど。何があったんですかね?」

 

「……ただの貧血なら良いが」

 

 

 凛子の父親が来れば、彼はその父親を殴りつける気でいた。抵抗するなら、再変身も辞さない。

 現在、スクラッシュドライバーは園内で捨てられていた紙袋に入れている。ずっと幻徳の手元から離れていない。

 

 

「氷室さん、それなんですか?」

 

「……荷物を、咄嗟に入れて来た。襲われた時にバッグが斬られてな」

 

「襲われたにしては冷静過ぎませんか?」

 

「……まぁ……人間、特別恐ろしい状況に陥ったら冷静になるもんだ。いずれ分かる」

 

「いやいやいや……」

 

 

 あまりに嘘が下手な幻徳。

 浮菜にはまだ疑問があるだろう。「アイス買いに行ったのに何で真逆の場所のトイレにいたのか」や、「いなくなってから発見されるまでの空白の一時間はなにしていたのか」や、関係ない話題なら「その『最強の秘密兵器、補欠』ってTシャツはなんなのか」とか。彼には疑惑しかない。

 

 

 怪我状態で発見され、そのまま搬送。怪我の治療を受けて診察室で安静と言う流れだったので、全く聞く機会がなかった。

 追及してやろうかとした所で、八葉とひな子が帰って来る。自販機で購入したオレンジジュースと、一番高いお茶を持って。

 

 

「幻徳さん、怪我は痛む?」

 

「おじさん切られたんだって!? 切った犯人はくーちゃんにやっつけて貰えるよ!」

 

「麻酔のお陰で今は痛くない。あと紅守黒湖には知らせるな」

 

 

 左手側面が大きな怪我だった。あとは喉の怪我と、右手の打撲。喉を切られかけたが、左手でガードし、右手で防衛したと言うのが幻徳の答えだ。

 

 

「はい、ウッキーナ。オレンジジュースで良かった?」

 

「あ。ありがとう」

 

「一番高いお茶をくれ」

 

 

 左手が麻酔で不能の為、キチンとキャップを取ってから渡す。

 

 

「遅くなりそうだ。みんなは帰って構わないが……」

 

「迎えが来るらしいんで、それまでは大丈夫ですよ〜」

 

「そうか」

 

 

 一思いにお茶を飲む。

 何だかんだ、休憩も無しに突っ切った感がある。喉は酷く渇いていた。飲む時の動きで喉の怪我が疼くが、御構いなし。

 

 

 

 

 

「所で迎えって」

 

「はーい!!」

 

「ブゥゥ!?」

 

 

 

 陽気な声で入って来たのは、幻徳が会いたくて会いたくない相手、紅守黒湖だった。

 何故か警官の制服での登場。

 驚きのあまり、口に含んだお茶を吐いた。

 

 

「うわ! きたな!」

 

「ゴフッ、ゴフッ!! な、なんで……!?」

 

「可愛いみんなを迎えに来てあげたのよん。あと、傷害事件の被害者がいるとかで、聴取にも?」

 

 

 警察手帳を見せる。本物のようだが、名前が『小森 倉子』と偽名ではないか。

 

 

「は、早かったですね、ちちゆり……黒湖さん……」

 

「ランボルギーニでビューンよ、ビューン!」

 

「え? ランボルギーニって、二人乗りじゃあ……」

 

「平気平気! お膝に一人ずつ座ったら乗れる乗れる!」

 

 

 つまりそうなると。

 

 

 

 

「悪いけどこの車、四人乗りザンス」

 

「俺を置いて行くのか!?」

 

 

 幻徳は換算されない事は明白だ。

 

 

「く、黒湖さん……流石にそれは……」

 

 

 八葉が苦言を呈してくれる。

 

 

「なかなかバイタリティ溢れているサバイバー気質だし、大丈夫そうだけど?」

 

「そう言う問題じゃないかと……」

 

「あー、分かった。警察の人にパトカー手配してあげるからさぁ」

 

 

 絶対しない。幻徳には分かる。八葉らを降ろした後、そのまま帰る気だ。

 

 

 

 

「まぁ、今は被害者の聴取だから。お仕事に来たから、ちょっとみんな席外してくれる?」

 

 彼女の一声で、八葉ら中学生組は診察室の外に出る。

 この女と同じ空間で二人きりとは、幻徳にとって地獄の時間だ。

 

 

「派手にやられちゃったねぇ。強かった?」

 

 

 幻徳と向かい合わせに腰を掛ける。この言動からして、やはり凛子の正体を知っていた。

 

 

「……貴様ぁ……分かっていて俺に託した訳だな……」

 

「だってひな子たちもいるし、スケープゴートが欲しかったもんで」

 

 

 嫌な笑みを浮かべながら、手を叩いた。

 

 

「しっかしまぁ! 病院って聞いた時にゃ、霊安室かな?って思っていたけど、全然軽傷じゃない? 顔面の皮膚剥がされた氷室さん見るかと心の準備してましたからぁ〜、ワテクシ!」

 

「いけしゃあしゃあと……!」

 

 

 怒りのあまり幻徳は立ち上がった。良い様に利用されるのは、一番嫌な事だ。

 

 

「待った待った。生き残った氷室さんには、警察の知らない事を教えてあげるから。凛子ちゃんの事よ」

 

「……ッ!」

 

「警察は父親が妻を殺害する様を見て、模倣した哀れな子って思っているらしいけど」

 

 

 立った彼と目を合わせる為、彼女も立つ。

 

 

 

 

「……違うね。殺したのは『凛子ちゃん』」

 

 

 ポケットから、『一九九二』とだけ書かれたDVDを取り出す。

 

 

「悪趣味な事に、あの子の父親は自分の過去の殺人を映像記録にしていたのよ。多分、これでも観て、殺人衝動を抑えていたんだろうけど……それを凛子ちゃんが観たって訳」

 

「………………」

 

「分かる? 父親の模倣っちゃ模倣だけど……悪夢を再開させたのは凛子ちゃん。今回の事件の元凶は凛子ちゃんであって、父親じゃないって事ヨ!」

 

「……その父親は何処だ?」

 

 

 何故、そのDVDを持っている。何故、そんな事を知っている。その答えは、幻徳には薄々理解はしていた。

 

 

 

「地獄ぞな?」

 

 

 

 凍えるような、笑み。

 やはり、死んだ。殺された……この、目の前の悪魔に。

 

 

 

「……あの娘はどうなる……キチンと、警察の保護下に敷かれるんだろうな……?」

 

 

 適切なカウンセリングと対応をすれば、また染まる前の無害な少女に戻れるハズ。

 

 

「そりゃ勿論。保護下さ」

 

 

 そう希望していたハズなのに。

 

 

 

 

「『ア・タ・シ・の』っ!」

 

 

 こんな女に、全てを委ねるのか。

 

 

 幻徳は我慢の限界だった。生身のまま摑みかかろうとする。

 

 

「あらよっと!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 

 だが腕は受け流され、逆にその腕を掴まれ後ろに組まれた。一瞬だった、目で追えなかった。

 

 

(なんて速さだ!? 浅葱凛子よりも……コイツ!?)

 

 

 抵抗しようが、腕は完全に拘束されている。

 足を動かそうにも、膝裏を蹴られ、崩れ落ちた。

 

 

「がぁッ……!」

 

 

 彼はとうとう、屈服する。

 

 

「うーん……軟弱? 良く生き延びたねぇ〜氷室さぁん?」

 

「貴様ぁ……!」

 

「あー。変な事しない方が良いよ。この病院、あたしの息がかかっている所だからさ」

 

 

 それを聞き、幻徳は愕然となる。

 遊園地で凛子に襲われる事も、搬送される事も、この女は計画していた。先回りし、凛子も自分もこの病院に来るように根回ししていた。

 

 

 忸怩たる思いだ。自分は今日一日、この女の手の平の上にいたのか。苦痛の表情のまま、顔を下げる。

 

 

 

 

「で。質問だけど……てか、今分かったから解答編なんだけど」

 

 

 黒湖は体重をかけながらも、幻徳の耳元に口を寄せた。

 

 

「遊園地で発砲事件があって、ジェットコースターの損害事件があったんだってぇ」

 

 

 身体中が凍り付いた感覚がした。

 

 

「んで、その敵意マシマシな声、聞き覚えあるんだよねぇ」

 

 

 彼女は一回咳き込み、質の悪い声真似をする。

 

 

 

 

 

「……『何故、殺した!』」

 

「………………」

 

「『人が、死んだんだぞー!』」

 

「…………ッ」

 

 

 

 

 

 生唾を飲む音さえ、鮮明に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……初めまして?『紫のヒーロー』さん?」

 

 

 幻徳を突き飛ばし、解放する。

 そして彼が立ち上がる前に懐からナイフを出す。

 

 

 刺す為ではない、白日の下に晒す為。

 ナイフを投げた先には、置いてあった紙袋。

 

 

 

 

 破られた袋の中から幻徳の秘密……スクラッシュドライバーが現れ、床に落ちた。

 

 

 

「確か、腰に巻いていたっけ? あれれ? てっきりスーツが入っていたと思ったけど?」

 

「貴様ぁぁぁ……!!」

 

 

 再び飛びかかろうと振り返る前に、施術後の左手を踏み付けられる。

 傷が開き、脳を焦がすほどの痛みが突き上がった。麻酔は解けていた。

 

 

「ッッッ……あぁッ……!?」

 

 

 彼の鋭い悲鳴が廊下に響く。

 しかし誰も助けに来ない。彼女の息がかかっているとは本当のようだ。

 

 

「ハイハーイ、落ち着きましょうね〜」

 

「ぐあぁ……ッ!?」

 

 

 グリグリとハイヒールの爪先で押し付けるほどに、縫われた糸が紐解する。開いた傷より、血が溢れた。

 

 

「凛子ちゃんの件は、お父さんからの遺言だし。死ぬ間際に娘を託されたのよん」

 

「あの娘は……あの娘はまだ、戻れる……!!」

 

「……へぇ。殺されかけたのに庇護するの。そんな所が『お父さんっぽかった』のかぁ」

 

 

 足が離される。

 赤黒い、粘ついた血が、彼女のハイヒールに絡む。

 

 再び立ち上がろうと闘志を見せる幻徳だが、左手を踏んでいた足で腰を蹴る。ハイヒールのピンは人間の全体重を一点のみで支える、その一発の威力は計り知れない。

 

 

 

 悶絶し、床を這う彼を余所に、黒湖は床からスクラッシュドライバーを拾い上げた。

 

 

「か……返せ……!」

 

「やっぱこのアイテムが重要っぽい? ほーん……」

 

 

 這いつくばった状態で、黒湖を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 幻覚を見た。

 黒湖の背後に、鎌を持った骸骨がいた。

 眼窩から血涙を流し、腕は黒湖を守護するように何本も生えていた。

 

 

 誰かの死を……幻徳の死を待ち望んでいるかのように、長い舌を舐めずりさせて。

 

 

 

 

 

 

 

「没収♡」

 

 

 気が付けば、幻覚は消えていた。

 目の前にいるのは、邪悪な笑みを浮かべる……死神だけだ。




『ムルシエラゴ』『将来的に死んでくれ』と『ワンダと巨像』を行ったり来たりしています。
時間が少なくなったので、趣味に時間を回したい所であります。
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