COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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疑惑のハローワーク/NAsty works

 奪われた。

 スクラッシュドライバーを、いとも簡単にあの女に。

 

 

 よりによって、紅守黒湖に。

 

 

 この、人皮を被った怪物に。

 

 

「意外とズッシリしてんだねぇ〜。鈍器にも使えるなぁ」

 

「返せぇ!!」

 

 

 再び立ち上がろうとしたが、足が動かない。

 いつの間にか両足がワイヤーのような物で、太腿からアキレス腱まできつく縛られていた。ワイヤーの先には、拳銃がある。

 

 

「い、いつの間に……!?」

 

「背中蹴った時。あれれ? 意外と鈍感さん?」

 

「……クソッ!!」

 

 

 次元が違い過ぎる。全てが規格外。生身ではとても無理だ。

 芋虫のように這いながら、彼女を睨むしか出来なくなった。

 

 

「怖い怖い! 大丈夫だってば! こっちの条件を飲めば良い訳だわさ!」

 

「……は?」

 

「今後、氷室さんは、あたしの紹介するお仕事で働いて貰いまーす。その傍らで、あたしの仕事も手伝ってよ」

 

 

 幻徳の顔に嫌悪感が表れた。

 自分が人殺しに加担するなど、ごめんだ。

 

 

「お仕事を手伝う時のみ! これを返します! どう言う原理か分からないけど、これが紫のヒーロー最大の秘密なんショ?」

 

「断る……!! お前の下に付くものか……!」

 

「じゃあ、凛子ちゃん殺そっか」

 

 

 分かりやすい動揺。黒湖は舌舐めずりをして笑う。

 

 

「凛子ちゃんだけじゃないよ。八葉ちゃんに浮菜ちゃんも、人質って事ね」

 

「冗談だろ……!?」

 

「ドッコイ、大マジ」

 

 

 目の奥に、一切の慈愛がない。情けがない。本当に殺すつもりだ。

 

 

 

「これを返した時に襲いかかっても無駄だからねん。ダーッと逃げてサーッと殺しちゃうから」

 

「……嘘だろ……」

 

(嘘ですけど)

 

 

 内心、黒湖はそうほくそ笑んだ。

 彼女が意味も無しに、大切な女の子たちを殺すつもりなんて毛頭もない。

 嘘も演技も手玉取りも、黒湖の得意分野だ。

 

 

 

 

 

 

 幻徳は信じる他ない。

 いや、嘘だとしても信じるしかない。

 

 

 紅守黒湖は、そう信じさせるのに、十分な『狂気』を持っている。

 凛子なんて、比にならないほどの狂気を持っている。

「この女なら、しでかさない」と思わせる、『殺意の狂気』だ。

 

 

 それにドライバーがなくては、黒湖に対抗する以前の問題になる。

 

 

 

 

「……それを破る以外だったら。家も用意してあげるし、凛子ちゃんを手元に置いても構わないけど? あ。生活費、家賃、光熱費諸々は自分で稼いでねん」

 

「……………………」

 

「簡単っしょ? 変身して、あたしを襲わなければ良いだけなんだから。飼い犬が噛むなら、口グルグル巻きにして開かないようにするじゃん?」

 

「…………………………」

 

「あっ。それともあたしが変身してヒーローになるのも手か!? そうなると氷室さんは、死んじゃっても構わないかな〜?」

 

 

 それは出来ない。その点では余裕がある。

『ネビュラガス』の注入を含め、ライダーシステムに耐えうる『ハザードレベル』の獲得……もっと言えば、ポケットの中にある『クロコダイルクラックフルボトル』のスリーステップがなければ絶対に変身出来ない。

 

 

 スカイウォールがないこの世界において、ネビュラガスは存在しない。ネビュラガスは生物に対し、特殊な細胞分裂を促す。その細胞分裂が正に向くのか負に向かうのかが、ハザードレベルに寄る。そして仮面ライダーに変身するには、ただネビュラガスと適合するだけではなく、そのハザードレベルが最低限四レベル以上なければならない。

 

 

 端的に言えば、この世界に於いてドライバーを使用出来るのは、自分だけ。悪用される心配はまずない。

 これは盗られると捉えるよりも、預けておくと考えた方が良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………分かった」

 

 

 悔しさ、怒りを、一旦飲み込んだ。

 開いた左手の傷より流れる、己の血を見れば、冷静になっていた。

 憤怒に煮えた血が、蒸発し尽くしたかのようだ。

 

 

 

 

「……乗る」

 

 

 全ては、自分の償いの為。

 血で塗れたこの手で、全てを救う為。

 この血を通わせ続ける為。

 

 

 

 

(だが、決して屈服しない……いつか覚えていろ……)

 

 

 ここで彼は明確にした。

 紅守黒湖。この女を、必ず倒すと。

 

 

 

 

 

 

(……クロコダイルの口を……そう簡単に塞げると思うな……)

 

 

 スクラッシュドライバーを弄る彼女の前で、決意を改めた。

 

 

 

 

「従うしかないよねぇ? 変身しなきゃ、ただのおじさんだもんねぇ?」

 

「……一つ聞く」

 

「ん? なに?」

 

「……俺を手伝わせる理由はなんだ?」

 

 

 冷静になればなるほど、疑問が現れる。

 彼女のバックには……信じたくはないが、警察がいる。そして病院とも手引き出来ると言う事は、それなりの人脈もある。協力者に恵まれているだろう。

 それなのに何故、抵抗する力を奪ったとは言え、自身に敵意を持つ相手を懐柔しようとするのか。いつか自身に危害を加えんとする人間に、何故協力を求めるのか。

 

 

 

 

「理由?」

 

 

 ドライバーをポンポン投げては受けてを繰り返しながら、幻徳の前に来る。もう少し丁重に扱えと思った。

 

 

「ストレートに言うのは味気ないから隠すけど」

 

「………………」

 

「……『人はみな仮面を被っている』」

 

「……?」

 

 

 訳が分からないと、顰め面になる幻徳。

 

 

「そう言う事っす」

 

「どう言う事だ?」

 

「じゃ。言質取ったからねん。約束破ったら切り刻んじゃうみょ〜ん」

 

 

 掴めない言動のまま、ドライバーを弄りながら部屋を出ようとする。

 

 

「おっ? このスパナみたいな所! 押し込めた! 面白い!」

 

「おい! 精密機械だぞ! もっと丁寧にあつか……それよりもこのワイヤーを解け!!」

 

「ワイヤーの先の銃はあげる。護身用にどうぞ。可愛いJCちゃんたちとドライブに行って参りまーす……むふふ♡」

 

「貴様ぁぁぁぁぁ!! 覚えていろぉぉぉぉ!!」

 

 

 幻徳の叫びも虚しく、診察室の扉は閉められた。

 廊下を歩く心地の良い音は、暫くすれば止んだ。

 

 

「……クソッ!」

 

 

 床に手を叩きつけ、幻徳は痛恨の声を吐いた。

 黒湖の手に渡る事を良しとはしたが、アレが手元を離れた点は痛い。もしもの時、身を守る術が無くなってしまうではないか。

 だが、スクラッシュドライバーの件は後回しだ。湧き水のようにドクドク溢れる、左手の血を止めなければ、黒湖へ復讐する前に死んでしまう。何か圧迫出来る物はないかと、辺りを必死に見渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼の事情を察してくれたかのように、診察室に誰かが入って来る。医者かと思い身体を捻らせ、振り返る。

 

 

 

 

 

 鼻を突く強いアルコール臭。薬品とかの類ではなく、もっと下卑た、酒の臭い。

 そして次にタバコの臭い。酒とタバコ、居酒屋ならまだしも、病院にはまず無縁な臭い。

 

 その臭いの根源こそ、入って来た人物。薄紫色の髪の、眼鏡をかけた女性。酔って紅潮した顔と覚束ない足取り、やけに挑発的な服装の、羽織った白衣以外で医者だと断定出来る要素は全くない人物。

 

 

 

 見覚えがあり、すぐに思い出した。人間は不思議な事に、不快と思った人間の顔は瞬時に思い出せる生物だ。男も女も関係ない。

 

 

 

「あ!! あん時のヒゲ!!」

 

「あ、あの時の飲兵衛ッ!?」

 

 

 一週間前、ひな子へ財布を届ける途中でぶつかった女性。酔って絡まれ、何とか逃げ切った女性。

 まさか医者だったとは。それもよりによって、この病院の。

 

 

「黒湖に頼まれ来てみりゃ、まさか童貞ヒゲ男と再会とは!」

 

「誰が童貞ヒゲ男だ!!」

 

「あー……あーなるほど。黒湖も派手にやったもんだわ」

 

 

 足をきつく縛られ、左手の傷からはこんこんと血が流れている。

 傷は縫われていたようだが、また開かれていた。しかも縫い口を無理やり開いた為、抉れてもいた。

 

 

「こんなちゃっちいクソヒゲ治すのは気が引けるわねぇ……」

 

「言わせておけばこのアル中女……!」

 

「あ? 患者がそんな態度で良い訳?」

 

「医者がそんな態度で良い訳かッ!?」

 

 

 女性は面倒臭そうな表情を見せてから、手に持っていた缶チューハイをあおる。

 

 

「……プハッ。黒湖に頼まれたなら仕方ないっか。ほら、私が治してやるわよ短小ヒゲ」

 

「このバッドドクターが……! お前のような酔っ払いに任せられるか! 他の医者を呼べ!」

 

「勤務時間は過ぎたわよ。んで、残ってんのは当直の私。仕事ぐらいはキチンとするわよ、ヘタレヒゲ」

 

「ヘタレだのヒゲだの、このヤブ医者が……」

 

「座らせるわよ……うわっ、おもっ。太ってんじゃない? ヒゲデブ中年男」

 

 

 女性に起こされながら、不満げにぼやく幻徳。

 

 

「デブでもヒゲでもない! 氷室幻徳だ! 覚えておけ、厚皮女!」

 

 

 彼の名前を聞いた瞬間、女性は少し驚いた顔をした後、ニタッと笑う。黒湖ほどではないが、おぞましさを感じる。

 

 

「へぇ! あんたが黒湖の言ってた!」

 

「なに?……あの女、何と?」

 

「てか氷室幻徳って、『ひ』むろ『げ』んとくでやっぱ『ヒゲ』じゃん」

 

「ぐっ……! 暴飲女が……」

 

「あと、飲兵衛とかヤブ医者って名前じゃないから」

 

 

 幻徳を椅子に座らせ、タバコを咥え火を付ける。

 

 

 

 

「『藤浪 ユリア』。多分、今後ともよろしくすると思うわ」

 

 

 藤浪の言い草に、違和感がある。

 

 

「どういう事だ?」

 

「黒湖から聞いてないって事は、あいつ勝手に決めたのか。かわいそ〜同情するわ〜」

 

「なんの話だ……うぶっ!?」

 

 

 タバコを離し、紫煙を吹きかけた。

 

 

 

 

「この病院、『柳岡会』って所の傘下なの」

 

 

 煙で噎せる彼に藤浪は言う。

 

 

「あんた。その柳岡組の『若い衆』にされたわよ。てかなにそのTシャツ?」

 

 

 

 

 会と言う表現と、若い衆の言葉のニュアンス。幻徳はすぐに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺が?『ヤクザ』の構成員?」

 

 

 間抜けな顔で、藤浪が左手の応急処置をする様を見るしかなかった。

 そして思考が戻った頃には、展開の速さに笑うしかなかった。

 

 

(おのれ紅守黒湖ぉ……!!)

 

 

 足を緊縛され、藤浪にチクチク左手を縫われながら、幻徳は黒湖への恨み節を心で唱え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクラッシュドライバーを奪った黒湖。ご満悦と言った表情で院内の休憩所へ向かって歩いていた。

 

 

「これは何の装置かなぁ? オモチャにしか見えないし……あたし、騙されていたり?」

 

 

 それはないかと、すぐに納得する。幻徳の挙動からして、演技には見えなかった。

 

 

「しかし……あの筋肉怪獣と凛子ちゃんを止めたほどだから……ふーむ。なかなかのテクノロジーな事に間違いはないんだけどねぇ」

 

 

 スーツは飾りで、この装置一つが人体を強化させるデバイス……と言うのが彼女の予想だ。

 尤も、黒湖はローグの身体が銃弾や刃を通さない鎧の上、その鎧が身体強化をかけている事は知らなかった。スクラッシュドライバーはあくまで、変身デバイス。変身装置以外では、すこぶる頑丈なだけの物でしかない。

 

 

 とは言え、これがなければローグになれない事も事実。奪っておいた黒湖の判断は、総体的には正しかった訳だ。

 

 

「『サキちゃん』なら解析してくれるかな〜……かなりのオーバーテクノロジーよ」

 

 

 スクラッシュドライバーの、レバー部分を押し込む。連動して窪みの両サイドから棒が伸びる。それが中央でガチッと嵌り……それだけだ。

 

 

「ここ、何かありそう。もしかして、決定的な何かが足りない……とか?」

 

 

 そう考えながら、「物は試し」とドライバーを腰に当ててみた。

 

 

 

『スクラッシュゥドライバー!!』

 

「うひぃ!?」

 

 

 起動音声と共に、ベルトが射出され腰を固定する。しかも自身のウェストとピッタリサイズ。

 

 

「え? これ凄くない? うわ良いな! こっからどうすんの?」

 

 

 興奮気味にレバーをガチャガチャ押し込むが、何も起こらない。中央で棒同士がガチガチ当たるのみで、身体が強化された気がしない。

 

 

「……やっぱ、何か足りないか……氷室幻徳、その何かは別に隠していたか」

 

 

 診察室に戻って問い詰めようとも考えたが、彼の焦り様を見て、このスクラッシュドライバーが九十五パーセントを占めていると気付いた。彼は残りの五パーセントを握っているに過ぎない。

 このままでも言う事は聞いてくれるようだし、あまり細かい物まで預かれば無くしてしまいかねない。最後の五パーセントについては、泳がしてやる事にした。

 

 

「でもこれ何か良いなぁ……同じ原理の物、サキちゃん作ってくれないかなぁ。ベルト付けるのスッゴイ楽だし」

 

 

 外そうとするが、外し方が分からない。

 

 

「……アレ? 外せ、外れな、ハズ、外れない……?」

 

 

 ベルトやドライバーを色々弄り、何とか外す術を探す。

 

 

 

 

 

「くーちゃん! 遅過ぎ!!」

 

「え?」

 

「うん?」

 

 

 待ちくたびれたひな子が、角から現れた。

 彼女の目線の先には、見覚えのあるベルトを嵌めた黒湖の姿。

 憧れのヒーローの、ベルトを巻いた黒湖の姿。

 

 

「あ、外れた……」

 

 

 側面にあるボタンを押せば、カチッと外れ、掃除機のコンセントのようにスルスル収納される。

 あまりひな子に気を留めていなかった黒湖だが、ひな子の目がキラキラ輝いている事に気付き嫌な予感が巡る。

 

 

「えー……ひな子、帰」

 

「そ、そ、それは、ろ、ロープの……!」

 

「へ? ロープ? 縄がなんて」

 

「まさか……! くーちゃんが……ロープ!?」

 

 

 ロープはあの紫のヒーローの事だと分かった。だが、それはないだろと黒湖は思った。

 そもそも初めて見た時、一緒に車に乗っていたではないか。

 

 

「いや、ひな子? その……ロープ? がいた時、あたし普通だったよね?」

 

「ロープぅぅ!! このひな子めを、弟子にしておくんなまし!!」

 

「ひな子、言葉遣いがおかしいから! あとロープじゃないから!」

 

 

彼女を説得し、八葉らと共に帰るまで、余計に時間がかかってしまった。

 スクラッシュドライバーは、入念に隠す事に決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイプ椅子の上で眠る、警官の前をこっそり抜け、病室に入る。

 その病室は、幾つものベッドがあるのに、使用してあるのは一つだけだった。

 

 

 月光が差し込む暗い病室。機械的な音と、穏やかな寝息。

 浅葱凛子が眠る手前、幻徳が立っていた。

 左手はしっかり縫い直されている。最初よりも、かなり上手く。

 

 

「……司法は、お前を見放したようだ」

 

 

 近くに立ててあった椅子に腰掛ける。

 

 

「……不思議なモンだ。殺されかけたと言うのに、情けを感じるとはな」

 

 

 月光が映す彼の目は、優しかった。

 

 

「多分、俺とお前が似ているからだろう」

 

 

 懺悔するように、吐く。

 

 

「……俺も同じ、『ヒトゴロシ』だ」

 

 

 一緒、声が震えていた。

 

 

「…………傷が癒えたら……目が覚めたら、また会いに来る」

 

 

 彼は立ち上がり、またこっそりと病室を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が眠る傍らのテーブルに、何かが置かれていた。

 彼の買った、往復券の帰りの切符。病院で泊まる事になり、使いそびれた切符。

 彼の思いが込められていた。

 

 

 

 

「戻ろう…………」

 

 

 そう呟き、院内の仮眠室へと向かう。

 彼はまだ、死ねない。




本日は二本立て。
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