COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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ヤクザのお仕事/MeaninGful

 翌日。幻徳の『就職先』に、藤浪と共に向かう。

 彼女の車を運転し、案内通りに到着したが、すぐに面食らう。

 

 

「あー、ココここ。止めて止めて」

 

「……マジか。本物じゃねぇか」

 

「贋物な訳ないじゃない」

 

 

 通るだけで威圧を与える、厳しく尊大な門構えの、和風建築物。

 表札は木製で、墨による達筆で『柳岡』。

 そして門の前に立つ、黒服の屈強な男二人。

 間違いなく『ヤクザ』な雰囲気だ。

 

 

 

 

「柳岡……成る程な……」

 

 

 柳岡会と聞いた時、一瞬で合点が行く。

 黒湖の家で会った赤毛の女性が確か、『柳岡千代』と言う名だった。

 恐らくあの娘は、この柳岡会トップの『娘』かそれに準ずる者だろう。黒湖に懐いているように見えた為、彼女経由で幻徳の就任が決められたと考えるべきか。

 

 

「…………俺はもっと、合法な仕事がしたいが……」

 

「柳岡会も合法な仕事はしてるわよ。病院の経営だってやってるし、一大企業と繋がりあるし」

 

「いやだって……ヤクザ……」

 

「ゴタゴタ言うな! ほら、路肩に停めて行け!」

 

 

 藤浪にムチ入れられ、渋々車を停める。

 

 

 

 

 

 車を出た幻徳の姿は、昨日までのステテコとTシャツスタイルではなかった。

 シャツもスーツも革靴も全て黒く、ネクタイのみがワインレッドの、『その道の人スタイル』となっていた。

 全て、黒湖の用意だ。今朝、藤浪経由で渡された物だ。

 

 

 綺麗な革財布も付けられていた。中には十四万円と鍵と、黒湖からの手紙。

 

 

『凛子ちゃんの件の支払いで〜す。あと幻徳さんの家はココ。職場から近い方が良いでしょ』

 

 

 ムカつくほどに綺麗な字だ。そして要領を得た簡易地図。バツ印の場所が、自分の家となる場所だろうか。財布の中の鍵は、家の鍵だ。

 

 

 

 

「……どうしてこうなったのやら」

 

 

 昨日から全てを狂わされている感じがしてならない。一週間、六万円で気ままに過ごしていた先週が既に愛おしい。

 

 

「あんたの事は知らされていると思うし、門番に聞けばすぐ通してくれるわよ」

 

「あぁ……いや、俺は良いが、お前はどうするんだ?」

 

「なにが?」

 

「なにがって、帰りだよ」

 

 

 車内でワンカップを嗜んでいた。

 

 

「帰りだって、車でしょ」

 

「飲酒運転させられるか……」

 

「私じゃないわよ。弟にさせるわ。弟も柳岡会でさ」

 

「……弟さんが送った後は? お前の車だろコレ」

 

「走って帰らせるから」

 

「………………」

 

 

 不憫でしかならない。藤浪の弟に同情しながら別れを告げ、門へ向かう。

 

 

 

 

 ヤクザはその仕事柄、数多の人物より恨みを買われやすい。故に、この家は要塞だ。入口を守る者は、強靭な人物でなくてはならない。

 門番の二人は、かなり大柄な男性だった。そのままSPとして雇われても平気なほどだ。

 

 

「…………何用だ」

 

 

 ドスの効いた、低い声。常人ならば怖気付き、怯えを見せるだろうが、場数をこなして来た幻徳は全く臆しなかった。

 

 

「今日からここで働く事になった、氷室幻徳です。話は通っているハズですが」

 

 

 紛いにも自分の勤め先だ。先輩には丁寧な態度を取る。

 二人の門番も、幻徳が普通の人間ではない事を察知し、中に招き入れた。案外、アッサリしている。

 

 

「コウモリの案内だってな」

 

「え? まぁ、そうですが」

 

「……珍しい事もあるもんだ」

 

 

 妙な含みを持たせた言葉に懐疑を持ちながらも、開かれた門の中へ一歩、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 ギィィィィ…………

 

 

 

 バタァァァン。

 

 

 

『ヤクザのお仕事/MeaninGful』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 侘び寂びとは良く言う。

 決して飾りはしていない。何処までも質素で、簡素で自然のまま。

 だが何故かそこには広大なスケールがあり、目を奪われる物がある。白砂の庭も、歪に曲がった松の木も、彩色豊かな椿の花も、それら全てが調和を保ち、決定的な衝撃を見る者の情動とする。

 自然であるままの流れが、我々の心にある回帰への願望が、本能として美意識を刺激しているようだ。

 

 

 見事だ。

 そんな感想が出て来るほど、柳岡邸の庭は美しい。

 ヤクザの家でなければ、落ち着けただろうが。そこだけが残念だ。

 

 

「………………」

 

「どう? ウチの庭は」

 

「……あぁ。確か、千代ぉ……さん?」

 

 

 絹の白い着物に身を包んだ千代が、縁側の向かいより現れた。

 前はぶつかられた手前、大人らしく振舞っていたが、上司の娘となりそうな為、言葉遣いに困る。

 彼のそんな複雑な心情を察してか、彼女はカラカラと鈴のように笑う。

 

 

「良いわよ、砕けて貰って! 黒湖に無理やり入れられたんだから。まぁ、他の人がいる時はちゃんとして欲しいけど」

 

「そ、そうか……あぁ、庭だったな。とても良い庭だ」

 

「フフフ! ありがとね。パパに言ったら喜ぶと思うわ」

 

「やっぱり、会長さんの娘だったか」

 

「隠していた訳じゃないけどね。ほら、案内してあげるわ」

 

 

 彼女に案内され、会長のいる居間へと行く。

 何処かで鹿威しが、カコンと落ちた。

 

 

 

 

「紅守はココと、どう言う関係なんだ?」

 

「元々、パパの仕事なんかを手伝っていたのよ。今は専ら、情報とかを聞きに来るくらいだけど」

 

「成る程。そのツテで友人と言う訳か」

 

「………………………………まぁ、そうね」

 

 

 なんだ今の間はと、訝しげる。

 

 

「それでゲンさんって、身体は丈夫な方?」

 

「ゲンさん……」

 

「そっちの方が呼びやすくって! 悪かった?」

 

「いや、構わない。身体はまぁ……丈夫だろうな」

 

 

 ネビュラガスによる影響か、素の身体能力も上がっている。尤も、ローグになれば更に上がるのだが。

 兎にも角にも、一般的な人間相手ならのめす事が出来る程度は、素の能力も高まったハズだ。

 

 

「元会計士って聞いていたから心配だったのよ。仕事柄、体力を使う物が多いしさ」

 

「それなら大丈夫だ。公務員としてホームレスとして、社会を生き延びたからな」

 

「アハハ! そう言えばそうだったわね!」

 

 

 本当は戦争さえ生き延びてこれたが、言っても仕方ない。今だって地球を懸けた戦いに身を投じている。

 

 

 

 

「着いたわ」

 

 

 到着した、襖の前。今一度、ネクタイを良く締めて構える。

 

 

「パパー! 黒湖が言ってた人が来たわよ!」

 

「……来たか。入れなさい」

 

 

 千代が襖を開く。

 

 座椅子に腰掛け、葉巻を吸う男がこちらを見やる。

 影がかかり据わった目に、闇を見て来た人間らしいニヒルな顔立ち……それよりも額の左側にビシリとついた傷痕が、堅気の人間ではない事を早々に察知させる。

 この男が、柳岡会会長だ。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ナイフを刺すような眼差し。だが、幻徳は臆しない。

 

 

「……紅守黒湖の紹介に有られました。氷室幻徳と申し上げます。初にお目にかかります」

 

「ほぉ。元公務員とは聞いとったが、本当らしいな。キッチリした男のようだ」

 

「いえ、恐縮です」

 

「まぁ座れ。立っていられちゃあ、首が痛い……千代、悪かったな。下がってくれい」

 

 

 会長に言われ、千代は軽くお辞儀した後に襖を閉め、出て行った。凄いニコニコ笑顔であったが、幻徳は緊張の真っ只中だ。

 

 

 

 会長とテーブルを挟み、向かい側に置かれた座布団に座る。肩を無闇に上下させず、腕は随時股関節辺りに固定、忙しなさも遅鈍さも感じさせない、キッチリした動作で正座をする。

 

 

「最近の公務員は正座さえ指導されとるようだな」

 

「両親の教育の賜物です」

 

「その位出来るなら他の職に就けただろうに。何があって家無しに?」

 

 

 面接でもされているのかと幻徳は感じた。要は、試されている訳だ。

 

 

「税金を不正に使用しまして。発覚後は済し崩しに首を切られ、闇金融に手を出したばかりに家も家具も押収され、取り立てから逃げ続けた結果、この有り様です」

 

「……ドラマのような転落劇だな」

 

 

 当たり前だ。ネットカフェで見たドラマの焼き増しで作った話だ。

 

 

「在任中は交渉、会計、管理、運営を担当していました……不祥事を起こした身ですが、お役に立てればと思います」

 

「その点は気にするな。クロは何でか知らんが、お前さんをいたく推してきよった。アレが言うなら大丈夫だろ」

 

「……紅守、黒湖がですか」

 

 

 あの女は何を考えているのか掴めない。不気味に思い、むず痒くなる。

 そんな彼の気持ちを察したのか、会長は苦笑いを零す。

 

 

「気持ちは分かるぞ。気味が悪い女だろ?」

 

「……ええ。昨日は酷い目に遭いましたから」

 

「その左手の傷か?」

 

「これは……まぁ、そうです。とんでもない女性でした」

 

「アレは得体が知れん。ワシらさえも手を出そうとは思わんのに……知ってか知らんが、意外と豪胆だな」

 

「……軽くのされましたが」

 

 

 思い出せば思い出すほど腹が立って来る。今すぐにでも単身マンションに乗り込み、ドライバーを奪い返したい気分だ。

 

 

 

 

「………………お前さん、『人を殺した事』は?」

 

 

 突然の質問に、幻徳は軽く驚く。思えばここはヤクザだ、『そう言う仕事』もある。

 尤も、そんな仕事を任されたならば、すぐに立ち去る気でいるが。

 

 

 

 

「……いえ、ありません」

 

「…………そうか」

 

 

 話はそれだけだった。

 それからは仕事に関する覚悟のほどや、仕事の時間について、給与について等を聞かされる。問題なく、ここで雇われるようだ。

 

 

 引っかかる点と言えば、時折会長は幻徳を睨むように見る事だ。まるで彼を、測りかねているかのように。

 

 

 

 

 

「……クロからは、お前さんには自分の仕事も手伝わせると聞かされた」

 

「……ええ」

 

「……どう言う訳か知らんが、クロは入れ込んどるようだな。何かしたか?」

 

「そこの辺りは、私にも理解に至れません」

 

「……まぁ、そうか」

 

 

 またあの目をした。

 

 

「……以上だ。ワシらのシマの上納金回収、ある種の密偵調査、千代の護衛。大まかな仕事はこうなるだろ」

 

(千代の護衛て……)

 

「要領は他の者に倣えば良い。また、明日から頼む」

 

 

 話は終わったようだ。幻徳は恭しくお辞儀をし、部屋を立ち去った。

 一人になった彼は、葉巻を吸う。

 

 

 

 

 

 そのタイミングで、幻徳と行き違いに襖が開かれる。丸刈りの男がヨレヨレの形相で入って来た。

 

 

「ゼヒィ……ゼヒィ……! か、会長、戻りました……!」

 

「何しとった『寛二』。姉に呼ばれただけで」

 

「び、病院まで送ったと思ったら……走って帰され……」

 

「はぁ……お前は本当に姉に弱いな」

 

「それを言ったら会長だってお嬢によわ……うごぉ!?」

 

 

 灰皿が寛二の顔面に当たる。その場で膝をつき、プルプル震えていた。

 

 

「そ、それより……さっきすれ違った男が……例の?」

 

「クロの推薦だ」

 

「堅気にしか見えないッスけど……」

 

「あぁ。ワシもそう思う」

 

 

 煙を吐く。

 

 

 

 

「……思っとった」

 

 

 

 表情は一気に、厳しくなった。

 

 

「……堅気じゃなかったんですか?」

 

「良く良く考えてみろ。あの『紅守黒湖』の推薦だぞ。今までそんな事はなかった」

 

 

 当然、あの男をヤクザの世界に入れて困惑させたいと言う思惑もある。

 しかし、『自分の仕事も手伝わせる』と言う入れ込み具合は、彼にとってみれば異常な事に思えた。

 

 

「……そして、ワシの目は誤魔化せん」

 

 

 葉巻の紫煙が、天へ真っ直ぐ燻る。

 

 

 

 

「……アレは殺しとる。それも、何人も何十人も」

 

「……え? あの男が?」

 

「寛二、あの氷室幻徳には気を付けろ」

 

 

 そして、手をひょいひょいと振る。

 

 

 

 

 

 

「灰皿持って来い。葉巻が戻せん」

 

(会長が投げた癖に……)

 

 

 渋々寛二は、灰皿を彼に献上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を見に行こうと、彼は柳岡邸を後にする。

 偶然軒先きにいた千代に、背後から話しかけられた。

 

 

「ゲンさんお疲れ。やっていけそう?」

 

 

 彼の目がキラッと光った気がした。

 何事かと思う前に、彼は振り返り、スーツの前を開く。

 

 

 

 

『やれやれだ』

 

 

 

 

 シャツの下にTシャツを着ており、そう文字がプリントされていた。

 彼はこのTシャツが使える状況を探しており、今使ったようだが、少し返答としてはズレている気がする。

 

 

「…………え?」

 

 

 困惑する千代。当たり前だろう。

 

 

「……まぁ。楽しむさ」

 

 

 そう言ってイソイソとボタンを留め、何食わぬ顔で家を後にする。

 真面目で堅実な人と言う彼女のイメージも、少しズレ始めて来た。

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