「…………タラタラしている内に、やっといた」
彼女はポツリと呟くと、銃口を上し、手慣れた様子でもう片方の肩にかけていたケースに仕舞い込む。
フードの男はその意味を理解し、血が滴る左頬を拭いつつ彼女の方へ向かう。
「……お前かぁ……女を撃ったのは……!」
必然的に男は幻徳の横を抜ける。
クロコダイルクラックフルボトルを振り、幻徳は彼へ足払いをかける。予備動作がなく、避けようのない一手。
「……ふんッ」
すぐ側を通ると言うのに、無警戒な訳がない。
男は片足を上げ足払いを難無く反応し、回避。超人的な反射神経と戦闘センス。
「ウガァァッ!!」
だが、幻徳の攻撃は終わらない。
強力な足払いで身体を旋回させ、軸足を入れ替え飛び回し蹴り。
これさえも男は腕一つで凌ぐが、彼は幻徳の持つ謎の力を恐れていた。
案の定だ。幻徳の足からまた、紫のオーラが発生し、強烈な一撃によりノックバックさせる。
「……!……馬鹿な……!!」
彼は一瞬、見た。視認した。
オーラがまるで、ワニの口のように開き、噛み付いて来たのを。
フードの男から距離を離させた幻徳は、追撃をしない。
彼の標的は彼ではなく、後ろのスナイパーだったからだ。
「俺は嫌いなんだッ!!」
フルボトルを握る腕を振り上げ、スナイパーに迫る。
その間の彼の叫びは、嘆きのようでもあった。
「命をッ!! 悪戯に屠る奴がッ!!」
男は彼女を助けようと、幻徳を追う。
当の本人は、興味なさそうな冷めた目。
「『悪戯』でやってるんじゃない」
銃声。弾は、幻徳の振り上げた拳にある、フルボトルへ的確に直撃する。
宙を舞う、薬莢とボトル。
まるで西部劇のガンマンの早撃ちのように、ケースからの取り出し、発砲。神速世界の域だった。
「『ビジネス』よ」
エレメントの効果が消失し、隙を見せた幻徳の顔面へと、銃口と銃床を持ち替えた上でぶん殴る。
5キログラムの、一撃。
「ぐぉ……ッ!!」
視界がチカチカ、明滅。
バランスを取ろうとするも、それは思考内での話に過ぎない。
身体は命令を無視し、重力に屈服。
もはや痛みを感じる暇もない。あるのは、切った口が舌を濡らした事による、苦い鉄味。
「ぁ…………ッ」
冷たく硬いコンクリートの地面へと、無様で憐れな姿を晒し、倒れた。
ドタァ……
『あの日のレイニーブルー/Performer arts』
ァン…………。
「……やり過ぎじゃないのか、ボス」
「…………銃創ないだけマシ」
「………………」
「……それより誰? コレ」
「俺にも分からない……妙な力を持っている」
スナイパーは、瞬時に吹っ飛ばした物の近くへ行く。
攻撃する前に何か振っていたのを見て、何かは分からないが狙い撃った。それが無ければ、足を撃つつもりだ。
転がっていたのは、濃い紫の小さな物体。ワニが下から口を開けて喰らい付いているかのような意匠。
何処と無く、ワインボトルに見えなくもない。
「………………」
しゃがみ込み、拾い上げる。
ツルリとした触感で、内部が異様に暖かい。
幻徳を真似して振ってみる。低血圧気味の身体に、何故か力が漲る。
「……『桃』」
「ん? なんだ?」
男をチョイチョイと手招きし、近くまで呼ぶ。
何か見つけたのかと訝しげな顔でやって来た、無警戒の彼の腹目掛け、いきなりのパンチ。
紫のオーラが発生、細い腕から放たれるにしては異常な、鳩尾まで響く重厚な一撃。
「ゴフォッ!?」
鋼の身体を持つ男が、両膝を突く。
「……これが秘密ね」
「か、ガハッ……! あ、あんた、いきなりは……ッ!!」
「仕事ほっぽって遊んでいた罰よ。無駄な事はしないで」
ボトルの効果を確信した彼女は、何を思ったのかそれをポケットに忍ばせた。
不思議な代物だ、そして危険な物。純粋な好奇から、ボトルを手にした。
「………………」
そのまま彼女は倉庫を出て行こうとする。
悶えていた『桃』と呼ばれる男も、何とか立て直して追い付く。
空はいつの間にか、不吉な曇天になっていた。
予感を的中させる銃声。
「………………」
「………………」
振り返ると、口元に酷い痣を作った幻徳が、拳銃を天井へ発砲していた。
ライフルの銃床による一撃だ、歯は折れ、脳震盪で気絶していても良いハズ。
僅かに残った、クロコダイルのエレメントのお陰だ。意識喪失の危機を、クロコダイルの硬度でギリギリ回避。
そして黒湖から待たされた拳銃を使った。柳岡会に入ってからも一度も使用していなかった銃を。
「…………ボトルを返してもらおうか」
殺意のこもった、低く濁った鴉のような声。
二人は全く動揺する素振りを見せず、スナイパーに至っては冷めた目のまま。
「……良く立っていられる……コレのお陰……?」
銃口を、彼女へ向ける。
「黙れ。俺のボトルだ、返せ」
幻徳の様子を、瞬時に判断する。
引き金には指はかかっていない上、銃口上の標準に効き目を合わせている。銃の扱いは心得ているようだ。
次に目を見た。その目を通して、彼の真意を覗こうとするかのように。
「…………コソ泥は私の主義じゃない」
ポケットに入れたフルボトルを、彼の足元へ投げた。
それでも彼は拾おうとはしない。決して、油断ならない二人へ一刻も目を離さない。
「………………」
「……フンッ」
二人は背中を見せて出て行く。曇天、鈍色の空になる町へと消えて行くかのように。雨が降る前に屋根を探して行くかのように。
幻徳は背後から撃たなかった。
拳銃を握る手は、二人が消えた瞬間に震え出し、手から落ちた。
脳裏には、忌まわしい記憶が蘇っている。
自分の秘書を全ての元凶に仕立て上げ、不意を突き引き金を引いた。
非情なあの感触が、指に残って仕方がない。
「……内海……」
それから自分は、あの『男』の全てを変えてしまった。数え切れない幻徳の罪の一つ。
「…………俺は……」
雨が降る。
倉庫の搬入口より、激しい雨音が響く。景色が霞み、地面が濡れる。
濡れた地面はコンクリートの為、水を吸う訳がない。タラッと水溜りを作り、外れた線が倉庫の中へ入って行く。
死んだ者らの血に合流し、無色の雨は真紅を帯びた。
どんどんと線は中に入り、血を流そうとするかのように。
「……俺は………………」
死体と拳銃を置き去りに、幻徳は雨の中へ敢えて入って行く。
倉庫の外れで、もう一人倒れている人間を見つけた。逃したハズの俊秀だ、あのスナイパーにやられたようだ。
髪はしとどに濡れ、スーツの裾から染み込み切れない水が吐き出される。髪は重く、身体も重く、引き摺るように彼は歩き出した。
「……ボトルを失うのが怖かった」
水溜りを踏み抜く。
「銃を握るのが怖かった」
水溜りを踏み抜く。
「…………俺は、何をしているんだ……! 変身しなければ、何も出来やしないのか……!!」
見ろ、後ろの惨事を。死体の山を。ドライバーが無ければ何も出来ないではないか。
だが彼は振り向けない。恐れていたからだ、罪に向き合う事を無意識の内に。
「…………………………」
クロコダイルクラックフルボトル。
彼はそれだけは、手に入れていた。
それにだけは、執着を抱いていた。
真横にある海に捨ててやろうかと。
ふと思った考えさえも実行できない。
これを手放せば、自分は何も出来ない。だからだ。
「それじゃ。黒湖の所までよろしく、ゲンさん!」
「了解」
一夜明け、幻徳の今日の仕事は千代の護衛役兼、運転手。
濡れたスーツは乾かなかった為、先輩から借りた。少しタバコ臭いが、着れるだけマシだ。
今日も雨が降る。ここ一週間は天気が不安定になるらしい。
小雨だが、走る車の窓は余計に濡れる。ワイパーを低速で動かしながら、黒湖の家まで走らせる。
「……紅守の奴は仕事じゃないのか?」
「衛星電話待たせたのに全然連絡しないし……ずっと帰って来ないし……」
「だから仕事じゃあ、ないのか?」
千代は少し考え込む素ぶりを見せた後、何かを決めたようで彼に話し出した。
「大学の友達の、妹さんを連れ戻しに行ったのよ」
「……なに? 誘拐か?」
「誘拐じゃないけど……宗教にハマって帰らなくなったそうなの」
「おい、それはマズくないか。あいつ一人じゃ無理だろ」
無理ではなさそうとも思うが、少し対抗心を立たせた。
「……実際、もう五日経ってんのよ」
「宗教団体系は何かと面倒だからな。俺が行こうか?」
「ゲンさんには手を煩わせないわ。それに……色々頑張っているみたいだし」
千代は後部座席から、バックミラーを見る。
そこに写る彼の顔。頰に、大きなガーゼが当てられていた。反対の頰にも、何かで斬られたのか、絆創膏。
聞いた話によれば、単身で麻薬売人のアジトに殴り込み、情報を得て帰って来たらしい。
幻徳がこんなに強かった事も驚きだが、そのポテンシャルとバイタリティの高さも賞賛に値する。柳岡会に入ってから、ずっと動いていると聞くし、会長息女の自分も鼻が高い。
それだけに、自分の勝手なお願いを聞かせる訳にはいかない。
「噂、聞いているわよ? なんか凄い頑張っているみたいじゃない!」
幻徳の表情は、渋面のまま。
「……まぁな。仕事をする以上、真剣にやるのが俺だ」
「へぇ! ゲンさんって、ハードボイルドね!」
ハードでは済まない人生を送っている最中だがと、内心自嘲した。
「……まぁ、黒湖ならやってくれるわよ。遅れているのは……なんかその宗教団体、女性が多いそうだし」
「ん? 女性が多くて、何か問題があったのか?」
「あー……まぁ、女の癖に女に弱いのよ、あいつ」
変な言い方だなとは思いながら、気に留めない。
「まぁ、何かあれば言ってくれ。いつでも力になる」
「………………」
心強く、頼りになる。
しかしそんな自分の感情とは別に、彼の横顔から伺える切ない印象が心残り。
生き急いでいるような、懺悔のような。悲しんでいるような、呆れているような。
彼は優しい。優しいあまり、背負い過ぎているのではないか。
誰のせいにも出来ず、考え過ぎて、生き辛くなっているのではないか。
彼の過去は分からない。尤も、柳岡会の人間は他者に言えない経歴の者ばかりだ。
しかし幻徳には、『生者』として一線を引いた、深くどんよりとした物があるように感じる。
ちょうど、この空のようだ。厚い雲は、空を見せない。
「……着いたぞ」
「ねぇ、ゲンさん」
幻徳の座席に凭れ、笑顔の千代。
「……なにかあったら言ってね」
それだけ告げると車を出て行き、黒湖のマンションへ走る。
残った幻徳は顔を触った。もしや、表情に出ていたかと。
「……………………」
そう言えば、黒湖はいないそうだ。
今なら彼女の部屋に侵入し、ドライバーを取り返せるのではないか。
脳によぎったが、彼は行わない。
自分は、エントランスの承認キーが分からないからだ。
翌日は病院にいた。約束通り、凛子のお見舞いだ。
「ほら、フルーツだ。リンゴジュースが好きだったろ? 林檎と梨、葡萄だ」
スーパーのビニール袋からフルーツを取り出し、一緒に買って来た百均の皿に乗せる。
ユリア経由で手に入れた、宿直室のナイフで、カッティング。
不器用なのか、皮付きのザク切り。フォークはないので、爪楊枝で食べる。
「……あの花、飾っていたんだな」
前に幻徳が持って来た、シネラリア。マロウピンクを保ったまま、綺麗に花が揃っていた。
「……流石に捨てられないから」
「水もやれたのか」
「もう歩けるよ。ある程度動いた方が、身体が鈍らなくて良いって」
「そう言えば明日で退院だったな」
凛子の怪我は順調に回復。退院の御達しが来た。
「約束通り、ファミレスだな。ひな子らと一緒にどうだ? 職場で認められてな、財布に余裕が出来たんだ」
そのせいか知らないが、彼の服装もバージョンアップしていた。
赤と白のボーダー色パーカーで、インナーも赤。穿いているチノパンも赤で、スニーカーまで赤い。
チノパンの裾は膝下までたくし上げ、パーカーと同色の長靴下が見せ付けられていた。
分かっていた事だが、インナーには白文字で『漢の中の漢』。
この格好で来られた時は頭が真っ白になった凛子。雨で薄暗い中、目立っただろうなとも。
ただ、やはり優しい幻徳だ。
「ほら。食べろ食べろ。林檎は皮ごと食べるのが良いって聞いた」
「ありがと、氷室さん」
いつも通りの彼だ。
「……葡萄、皮ごと食べるのか……!?」
「葡萄の皮には老化を抑える成分があるらしいって聞いた」
「…………知らなかった」
いつも通り。
「氷室さんだけ梨食べてる……」
「ん?……あっ」
「……梨、好きなんだ。私、葡萄食べるから」
「すまない本当にすまない是非食べてくれ梨を」
しかし、時折切ない顔を見せる。空のように曇った顔。
「……氷室さん」
意を決して、凛子は切り出した。
「……二日前の、続きが聞きたいな」
二度目の訪問の時に言った言葉。
「俺はヒーローなんかじゃない。俺と君は似ている」
その意味を、続きを知りたい。
厚い雲に隠れた彼の素顔を見てみたい。
切ない顔の正体はそれじゃないのかな。
凛子も驚きだった。
いつの間にか自分は、『氷室幻徳という男』を知りたがっている。
「………………」
「………………」
「……約束だったからな」
濁した自分の言葉。二日前に自分の口から放った物なのに、まるで他人の言葉のように思えた。
あの時の自分は、その他人の代弁者だっただけだと。
しかし、それはない。過去も今も、紛れもなく自分だった。逃げる事は出来ないだろう。
「……君は賢い。気付いているだろうが」
口を開き、止まる。そして閉じ、顔を落とす。また上がると、また口を開いた。
「…………俺は人を殺めた。何人もだ。今は後悔と償いの日々だ……いや。償いは、止められているか」
凛子に向けているようで、独白のようだ。
「…………父親も亡くした」
「……ッ!」
「…………まぁ。実際殺したような物だ」
あの光景は忘れない。血を吐き、崩れる父親の姿を。
「……俺が逆らっていれば、親父の元に帰っていれば……親父は死なずに済んだかもしれない」
手を組み、項垂れる。
涙を見せない……いや、涙さえも枯れている。恥からなのかもしれない。
「……とんだ無能だ。最初も最後も」
暫く、沈黙が続いた。幻徳も、凛子も、互いの顔が分からない。
奇妙な時間だ。
病室のように、真っ白な時間。
雨空のように、どんよりした時間。
だが、それを綺麗なマロウピンクが染め上げた。凛子の声だ。
「お父さんや、お母さんが大切だってこと」
優しい声。
「私は……出来なかったけど」
その顔には、笑み。
「…………分かるよ。お父さんを守りたかったんだよね」
邪悪な笑みだった。
「…………私たち、そっくりだね」
見つけたようだ。
新たなる『矛先』。
新たなる『父親の像』。
新たなる『拠り所』。
「お父さんの事、氷室さんは悪くないよ……だから」
跳ねそうになる声を抑え、愉悦と幸福感を抑え、続ける。
「『お父さん』の『意志』を、『継がなきゃ駄目だよ』」
この人は絶対に離れない、『最高』だ。
「……親父の意志……か」
幻徳は顔をやっと上げた。
凛子は笑みを浮かべていた。優しげで、少し困り顔の微笑み。
「……親父は皆の為に戦っていた」
心に少し、光が射す。
「そうだな。戦い続けなければ……俺の役目は終わっちゃいない」
幻徳もまた微笑みを見せる。
心から笑っているんだと、分かるような清々しい笑みだ。
「……消えない罪だとしても、背負って戦うんだ。償う為に……親父に近付く為にな」
パッと、表情が変わる。
「君は親父のようにはなるなよ!」
「う、うん。私も、償って行く……色々あったけど、お父さん、私の事を大事にしていたから。私がした事を、お父さんのせいにしちゃ駄目だもんね」
「あぁ。その意気だ……お互いな」
励ますように凛子の背中を優しく叩く。
そしてそのまま彼は、ゆっくり立ち上がった。
「明日、十時に迎えに来る。夕方には出なきゃならないが、それまでは楽しもう」
皿や葡萄の茎、林檎や梨の芯や切れカスをビニール袋に纏め、背を向け歩き出す。
「じゃあ、また明日」
「うん! またね、氷室さん!」
幻徳は突然、上着の背を下ろした。
『為せば成る』
困惑していた今までだったが、凛子には笑えていた。
「それじゃあな。凛子」
病室を出る時、彼はずっと思っていた。
変身出来なくても、過去がのしかかろうとも、今の自分は過去とは違う。
違うからこそ、償いは出来る。もう戻らない、戻る必要がないんだと。
幻徳は進むだけだ。平和な世界を……父親が望んだ世界を創る為。
「……『エボルト』。そして『紅守黒湖』……貴様らは俺が倒す……『大義』の為に」
その為に引き金を引く覚悟は出来た。
無力とも思える自分の拳も、いつかは礎となるのだから。
幻徳が出て行った後、病室の中。
凛子はニタッと笑う。
「……バイバイ、『お父さん』」
週末は雨続きだそうだ。
別作品たる仮面ライダークロス作品、『555EDITIØN「 PARADISE・BLOOD 」 』もお願いします。