COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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仮面ライダー鎧武とまどかマギカのクロス、『縢れ運命!叫べ勝鬨!魔鎧戦線まどか☆ガイム』も宜しくお願い致します。



君色スカイ/Call Less

 ザァァァ…………

 

 ザァァァァァ…………

 

 ザァァァァァァ…………

 

 ザァァァァァァァァ…………

 

 

 ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………

 

 

 

 

 

 

「あの時はありがとう」

 

 

 

 

 

 

『君色スカイ/Call Less』

 

 

 ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………

 

『君 スカ /C ll Les 』

 

 

 ザァァァァァァァァ…………

 

『君  カ /C L  』

 

 

 ザァァァァァァ…………

 

『君

 

 

 ザァァァ…………

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後七時に迫ろうとしていた。

 雨は止まず、夜に沈んだ街を濡らす。

 泣くように、流すように、消すように、叫ぶように。

 

 

 

「……ご職業は?」

 

「…………自営業です」

 

「お勤め先は?」

 

「…………すみません、お手洗いいいですか?」

 

「正直に答えてください」

 

 

 幻徳は、取調室にいた。

 二つの死体の第一発見者として、身元を確認されている最中だった。一つは銃殺死体、もう一つは絞殺死体。

 一度に二度の現場を発見した彼が何かしら疑われても仕方ないだろう。

 

 しかも彼は、なかなか自分の職を話さない。疑いは深まるばかりだ。

 

 

「あなたは二人の死体を発見しました。一方は路上ですが、もう一方は人通りのない路地裏。そんな場所で何していたのですか?」

 

「いや、何もやましい事はしていません」

 

「何を? されて? いたんですか?」

 

「……あの、お手洗い」

 

「だから質問に答えてください!!」

 

 

 取り調べを担当するのは、君原茶々。

 美人の部類に当たる、やや童顔気味の顔を鬼のように引き攣らせる。なかなか怖い。

 

 

「あの、そろそろ帰していただきたいんですが……」

 

「聴取は済んでいませんよ! 正直に答えたならすぐに帰します!」

 

「しょ、職業はちょっと」

 

「なんでご職業は言えないんですか! アレですか、ヤクザですか!?」

 

「ふっ、い、いや、いいやぁ!? このご時世にや、や、ヤクザはないですよぉ!?」

 

「動揺してるじゃないですか……」

 

 

 

 取調室に、もう一人入って来る。御剣だった。

 

 

「君原。その人の身元引受人が来た」

 

「あ、ご家族の誰かがいらっしゃったんですね」

 

「…………驚くなよ」

 

 

 彼の後ろからニュッと顔を出したのは、紅守。

 ギョッと君原の表情が変わる。

 

 

「こ、紅守さん!?」

 

「ヤッホー、茶々ちゃ〜ん。昨日ぶり〜♡」

 

「だから下の名前で……って、身元引受人!?」

 

 

 やけに敵意の篭った目で幻徳を睨む。

 俺はそいつと無関係だぞと言いたいが、無関係とは言い切れないので黙るしかなかった。

 

 

「どう、げんとくん? 初取調室は? 楽しめたぁ?」

 

「楽しめるかッ!……それより、俺は出られるんだろうな」

 

「出られる出られる。てか、げんとくんは無罪だってのは判明したからさ」

 

 

 紅守の説明によると、一つ目の男性……薬の売人の殺害は狙撃銃による物だった。

 現場にはそんな物は存在しなかった上、銃弾が死体内に残留していた点を鑑みると、ある程度の距離があったと分かる。近くに立っていた幻徳ではない。

 

 

 二つ目の殺害に関しては、死亡推定時刻が分かった事でアリバイが証明された。

 比較的新しい死体であり、時刻は正午……今日は祝日で、友達の家に遊びに行く途中だったらしい。その時間帯の幻徳は凛子らと遊びに回っていた最中であり、殺人は不可能だ。

 

 

「よって、げんとくんは無罪!」

 

「……無罪なら無罪で、正直に職業を仰れば良かったのに」

 

「そりゃげんとくん、ヤク」

 

「言うなッ! 止めろッ!!……余計に怪しまれるだろ」

 

 

 しかし紅守の報告に、出入口付近に立っていた御剣が口を挟んだ。

 

 

「待て。その男性が正午に出掛けていたって証言は誰が……」

 

 

 

 

 もう一人、取調室に入る影。

 立っていたのは、凛子だった。

 

 

「う……ッ!」

 

「……この子は……ッ!?」

 

 

 君原と御剣は動揺を隠せないでいた。

 遊園地の時、自分たちが追っていた『仮面蒐集家』の娘。連続殺人の『真』犯人。

 

 

「氷室さん、大丈夫だった?」

 

「来てたのか、凛子……もう七時か」

 

 

 やけに親しげな二人の様子にまた驚きつつも、紅守、凛子、幻徳の三人は取調室を後にしようと出入口へ向かう。

 

 

「そんじゃ、あたし御用事が御座いますからドロンいたしますぅ〜」

 

「こ、紅守さん!『例の件』、くれぐれも迅速に……!」

 

「だ〜か〜ら〜それはそっちの仕事っしょ? 死体が見つかったらまた呼んでねぇ〜ん」

 

「くッ……!」

 

 

 君原と紅守の会話が気になった幻徳は、こっそり御剣に聞く。

 

 

「……なにか、あったのですか?」

 

「……一般の方にはお話致しかねます」

 

「………………」

 

 

 聞けるハズもない。

 君原もそうだが、この男も、紅守の仲間であるだけで幻徳を警戒していた。

 別に仲間ではないと言いたいが、信じられるものなのか。

 

 

「……あの、殺された女の子の件でしょうか」

 

「……だから話す事は」

 

「必ず、止めてみせますから……自分が」

 

 

 驚きから幻徳を凝視する御剣を抜け、紅守に続いて外に出る。

 廊下を進み、家路につこうと歩く彼らの背中は、取調室からは見えない。響く足音が消えるまで、御剣は待機する。

 

 

 足音がなくなったタイミングで、君原が声をかけた。

 

 

「……あの男性は、何者なんです? 紅守さんの傘下……にしては、従順に見えませんでしたが」

 

 

 彼女も幻徳が、ただの紅守の取り巻きではない事に気付いたようだ。

 紅守の言動に突っかかる彼が、自分と重なりでもしたのか。

 

 

「……そもそも、あの紅守が男に入れ込んでいる時点で異常事態だろ」

 

「それは……妙に思いますが……浅葱凛子と親しそうでしたし、彼女の遠縁ですか?」

 

「……いいや、分からん。名前とかは控えただろ、身元を特定しておけ」

 

 

 君原が書いた、聴取書を見る。

 

 

『氷室幻徳。三十五歳。流々家在住。元公務員、自営業』

 

 

 紙の一行にも満たない。

 

 

「……おい、少な過ぎる。出生地、学歴や家族関係は聞いたのか?」

 

「聞いたんですが、ゴニョゴニョ隠されまして……職業を追求していた時に、紅守さんが来て……」

 

「……後ろめたい経歴がある事は確かか」

 

 

 これでは特定しようがないと、またの機会にしようと諦めた。

 今自分たちがする事は、別にある。

 

 

 

 

「…………しかしあの男」

 

 

 別れ際に言った「止めてみせる」。

 彼にそんな力があるのかと、御剣は勘繰る。

 

 

 あるとすれば、それこそ紅守が入れ込む理由ではないかと推測。どちらにせよ、『零課』としても注視しておくべき人間である事に変わりはなさそうだ。

 

 

 

 

 だが、二人の認識を潰す出来事が、近いうちに来るとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りは紅守の車。幻徳のレンタカーはとっくに返している。

 彼女の車は二人乗りのスポーツカーである為、凛子を幻徳が膝に乗せる形となった。

 運転も勿論、紅守。幻徳はランボルギーニなんて運転した事がなく、任せるのは不安だからだ。

 

 

「スポーツカーなんて運転した事ないっしょ?」

 

「車には全く興味がなかったもんでな。税金もかかるし……」

 

「元公務員の癖にケチ臭いねぇ」

 

「公務員だから金にはうるさくなるんだ」

 

 

 カラオケ料金を「研究費」として経費で落とした事を思い出したが、アレはまずかったなと今更ながら後悔する。

 また車に金はかけず、ファッションに金をかけていたが、それは口が裂けても言いたくなかった。この紅守には。

 

 

 

 

「……一週間近くいなかったそうだが。何処で何やっていた?」

 

「何やってたかなんて勝手でしょぉ? まぁ、ウハウハしてたのよん」

 

「……千代が心配していた」

 

「そのチヨちゃんが……あー、やめとこ」

 

 

 嫌な事でも思い出したのか、紅守は溜め息吐き困り顔を見せた。

 幻徳にとっては初めて見た表情だったので、少し驚く。

 

 

 

 

「……それで紅守」

 

「んあ?」

 

「俺を迎えに来たって事は、何か『仕事』があるって訳だな」

 

 

 凛子は幻徳の膝の上で眠っていた。この姿だけならば、年相応に見えるのだが。

 

 

「凛子ちゃんスッゴイ懐いてんねぇ」

 

「おい、本題を言え。用がないなら俺の身元引受人を名乗らずほっぽっていただろ」

 

「勘は良いね。アタシと比べちゃまだまだだけど?」

 

「………………」

 

「はいはい、拗ねない拗ねない!」

 

 

 会話するだけで神経がすり減る人物と言う点で、彼の仇と似ている。さっさと帰りたいと思っていた。

 

 

 

 

「げんとくんが今朝見つけた死体……子どもの方ね。アレ、今月に入って三人目よ。しかも年齢層も同じ」

 

「……なんだと?」

 

 

 あんな子どもを三人も殺しているのか。怒りから、顔を顰めた。

 

 

「雨の日に消えて、次の雨の日に死体が見つかるってのを繰り返してんね。今日は殺して捨てるまでが早かったけど」

 

「……詳しく教えろ」

 

「お? やる気になった?」

 

「……俺が止めてやる。お前より先に」

 

「ちょっとそれは自意識過剰じゃなぁい?」

 

 

 紅守は片手間に、透明なA四サイズファイルを手渡した。

 

 

「三人の死体の監察記録に、行方不明の日時、プロフィール、家族関係、エトセトラエトセトラ」

 

「……また探偵紛いの仕事か……まぁ、今回は真剣にさせてもらう」

 

「聞いたけど、一人で麻薬の売人特定したそうじゃん? しかも一週間足らず! 期待してるみょん」

 

 

 お前に期待されても嬉しくないとは思いながら、外の景色を眺めた。

 街灯が照っている。雨雲が月を消して、街は深い黒に覆われていた。

 静まり返る夜だが、慟哭のような雨はずっと止まない。永遠の雨の世界に行き着いたかのようだ。

 

 

 

 

「……お前は、今日は仕事上がりか?」

 

「ホントは非番なんだけどさ。ウヒヒ♡ これから『姉妹丼』なのん♡」

 

「姉妹丼? 美味いのか?」

 

「そりゃウマいウマい。極上極上!」

 

「親子丼と他人丼の他にあるのか……」

 

「親子丼とかマニアックだねぇ、アタシもいつか食べたいよ」

 

「食べた事ないのか? 親子丼を? トロトロで美味いぞ……いや、姉妹丼とやらよりメジャーだろ?」

 

「まぁ、他人丼も姉妹丼もトロトロで……ウヒヒヒヒ♡」

 

「…………なんだ、話が噛み合っていないような……」

 

 

 時刻は午後八時を過ぎた。雨は明日へと持ち越しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日の朝。折角の休日も、雨だと台無しだ。

 しかしたまに、雨を心待ちにしていた者もいたりはするだろう。

 

 

「修理に出していた長靴が返ってきたわよ」

 

 

 配送で届けられた箱を開けると、ピカピカに磨かれた青い長靴が入っていた。

 母親の声を聞き、小学生くらいの少女が意気揚々と玄関口まで走って来る。

 

 

「ホント!?」

 

「ほら。凄いわね、とっても綺麗よ」

 

「わぁ! ホントだ、綺麗!」

 

 

 少女は目を輝かせながら長靴を取り、それを腕いっぱいに抱えながら下足場に持って行く。

 相当楽しみにしていたようで、すぐに履いていた。

 

 

「ねぇ! これでおでかけしていい? 雨降ってるから!」

 

「今から?……そうね、じゃあおつかいに行ってきてもらおうかしら?」

 

「やった!」

 

 

 ここ最近は梅雨入りの為、どんよりした雲と絶え間ない雨が恒例となりつつある。

 だが、今の彼女にとっては、梅雨の残りの日程は楽しみにしか他ならない。

 お気に入りの長靴が返って来た。傘に雨が当たる音を聞きながら、水溜りを踏む。子どもらしい、雨を楽しむ方法だ。

 

 

 

 

「でも、本当にママのお古でいいの? なら、もっと可愛いの買ってあげるわよ?」

 

「やーっ。ママと一緒がいいの!」

 

 

 子どもらしく、大好きな親の真似事をしたがる。

 今日も雨は止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、氷室さん……」

 

「あぁ……おはよう、凛子」

 

「ごめんなさい……寝ちゃってた」

 

「気にするな。それより風呂に入りそびれただろ? 着替えも置いてあるし、朝風呂でも入ったら良い」

 

 

 凛子は幻徳の家に預けられていた。

 彼の膝の上で眠った際にそのまま夜を越してしまい、寝惚け眼のままベッドから出て来る。

 

 

 この部屋はワンルーム、見渡せば何があるのかが分かる。

 幻徳の部屋はテーブル、ゴミ箱、ベッド、冷蔵庫と、生活に必要な物だけだった。

 整理整頓され、無駄な物は置かれていない、几帳面な部屋。眠ってから初めて彼の部屋を見たので、少し困惑する。

 

 

 

 幻徳はまたスーツ姿で出ようとしていた。仕事だろうか。

 

 

「……お仕事? 土曜日なのに」

 

「休日出勤は慣れている……夕方には帰るから、ひな子に連絡しておくし、紅守の家で待ってたら良い。昨日は『姉妹丼』とやらで預かってくれなかったからな……」

 

 

 

 靴を履き、立ち上がる。

 

 

「それじゃ、行って来る」

 

「……行ってらっしゃい」

 

 

 幻徳は雨の街へ出て行く。

 凶悪犯を……未来ある子どもを殺害する大罪人を裁く為。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅守から貰った資料によると、殺され遺棄された子どもたちには、一定の共通点があった。

 

 

「八、九歳の女児、絞殺……そして黄色い傘と青い長靴か……」

 

 

 見つかった三人の被害者は、身に付けていた物が一部消失していた。

 一人目は黄色い傘と青い長靴。

 

 二人目は黄色い傘のみ。履いていた赤い長靴は残っていた。

 

 三人目も……幻徳が第一発見者だった子だが、黄色い傘と青い長靴が消えていた。

 

 

「同一犯で間違いはないか。しかし何故、女児と傘や長靴を……」

 

 

 しかしこれで、犯人のターゲットは把握出来た。

 彼の役目としては、これらの特徴を持つ子どもを守る事だろうが。

 

 

 

 

 

「…………多いな」

 

 

 意外と同様の見た目をした女児は、良く見かける。

 それに長靴の色は兎も角、学校指定の黄色い傘は小学生は必ず持つ。

 本日は土曜日、同様の特徴でおでかけしている子どもは、幻徳が見た人数で十人はいた。

 

 

「これじゃ、一人一人見守るのは無理だ」

 

 

 なので彼の役目は、別の行程にシフトする。資料の二ページ目をめくった。

 

 

 

 

 

「……鉄粒。なんでこんな物が」

 

 

 全ての遺体の肺から、鉄粒が発見された。次いで古いコンクリートの破片と、少量のアスベスト。

 

 

「アスベストか……こっちの世界でも、既に製造は中止されているな。という事は……二十年は前の建物、それも廃墟か」

 

 

 アスベストを吸い込むと、肺の繊維を壊し、癌の誘発や呼吸困難を招く。一時期は耐火材として使用されていたが、前述の被害が問題視され一気に衰退化し、日本では輸入どころか製造や使用も禁止されている。

 

 とは言え、日本全部でアスベストが使われた建築物が完全撤去された訳はなく、今でも監査の目を抜けた建物は現存している。

 例えば法規制までに運用を停止した場所とか。

 

 

 

 

「鉄粒……何処かの工場かもしれんな」

 

 

『ガーディアン』導入の際に、製造工場を視察した時を思い出した。

 カッティングによって飛沫した鉄の破片で、コンベアが白く濁っていた。

 

『難波重工』では全行程をロボットによる自動化にした事で、高性能ガーディアンの量産化ならびに、人件費の削減を実現したと声高らかに自慢していた研究員を覚えている。

 

 カッティングの際の鉄粒は、吸い込めば肺に溜まり、肺を壊す要因となる。工場勤務の職業病とも言っていた。

 難波重工は絶対に許さないが、この点を見れば健康被害の問題を解決していたと評価出来るだろう……視察当時も、同じ事を言っていた気がするが。

 

 

 

 

 

「工場……それも製鉄、鉄工、加工系。犯人はそこを根城にしているのか?」

 

 

 幻徳はそう推理し、資料を閉じる。

 そうと決まれば、鉄工系の工場の廃墟を虱潰しに当たってみるのみ。

 

 

「………………」

 

 

 鞄にしまいかけた透明ファイル越しに、資料をチラリと見る。

 なんの必要があるのか、遺体の顔写真が載せられていた。

 

 

 三人とも、涙の痕がある。表情は苦悶と恐怖で歪み、未来を奪われた光のない目。そして頸椎を折るほど、強い力で首を絞められジワジワと…………

 

 

 

 

 怖かっただろう、苦しかっただろう、死にたくなかっただろう。

 

 幻徳は絶対に許す事が出来ない。怒りで、狂気に陥りそうになる。

 だが、決して、殺しやしない。そうなれば自分はまた、転落する。

 罪を償わしてやる。

 

 

 

 

「……雨は止まんな」

 

 

 黒い傘を携え、幻徳は雨の街を行く。

 守る為に、涙を止める為にだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の数メートル後ろで、そこを通りかかる小さな影。

 黄色い傘と、青い長靴で上機嫌に雨の中を歩く。

 手元には買い物鞄。おつかいの帰りだ。

 

 

「カレーの材料と、ステキ玉……あっ、福神漬け忘れちゃった」

 

 

 買い忘れに気付き、少女はパッと振り返る。

 

 ドンっと、ぶつかった。後ろに誰か立っていたようだ。

 

 

「あ、ごめんなさい……」

 

 

 オロオロと謝罪する。

 しかし、ゆっくりとぶつかった対象を見て驚いた。小さな彼女にとって、まるで巨人のような、黒尽くめの老人が立っていたからだ。

 

 

 胸まで長い白髭は雨に濡れ、黒い中でかけている眼鏡だけが不気味に光を反射させている。

 

 

 

「やっと見つけた」

 

 

 嗄れた声で、話しかけた。その目はジッと、少女を捉えて。

 

 

「あの時は本当に、ありがとう」

 

 

 

 少女は怖くなり、横にあった路地裏へ飛び込んだ。人通りがなく、母親からも入らないようにと言われた近道。

 逃げた彼女を、老人は水溜りを踏み抜き慌てて追う。雨雲の、僅かな太陽光では、路地裏は薄暗い。

 

 

 

 

 

 

 

「…………うん?」

 

 

 幻徳は、ピチャッと響いた水溜りの音で振り返った。

 誰も、何もいない。気のせいかと、再び歩き出す。

 

 

 雨は止まない。まだまだ止まない。




次回:ローグと呼ばれた男/Are you Ready?

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