COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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ローグと呼ばれた男/Are you Ready?

 正午。

 御剣、君原、紅守の三人はある、一軒の家へ向かっていた。

 

 

「ねぇ〜、ちゃっちゃん、何処行くのぉ? てかお腹すかない?」

 

「変なあだ名で呼ばないでください……!」

 

 

 神妙な面持ちの御剣に反し、君原をナンパする紅守。執拗な彼女の口説き文句に、君原は苛つきから顔を引き攣らせている。

 

 

「……数十分前の通報者だ。おつかいに出した娘が、一時間経っても帰らないそうだ」

 

 

 紅守へ説明をしたのは御剣。

 

 

「恐らく、現時点で新しい不明者……となれば、死体が出る前に動くしかねぇ。詳しい話を聞きに行く」

 

「ふーん」

 

 

 紅守は興味がないらしい。

 君原へのアタックを止めず、ヘラヘラとした態度でフラフラ歩く。動作が大きい割に服が濡れていない辺り、傘の動かし方が上手い。

 

 

 

 暫く歩き、通報者の家へ到着。名前は『北上』。

 

 

「静かにしろ。ここだ」

 

 

 御剣はインターホンを押す。

 雨音が鳴り止まない中、甲高い呼び出し音が一際大きく木霊した。

 

 

 

 

「そら!?」

 

 

 激しく扉を開け放ち、女性が飛び出す。

 ずっと泣いていたのか、涙は流れたまま。懇望を宿した表情と、靴すら履くことを忘れるほどの狼狽。

 帰らない娘が帰って来たと思い込んでいた彼女は、頭を下げるスーツ姿の二人を見て、我に帰る。

 

 

「……警視庁から派遣されました。詳しく、当時の様子をお聞かせください」

 

 

 後ろめたさを感じながら、淡々と御剣は述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ローグと呼ばれた男』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通されたのは広い和室。ここがこの家のリビングのようだ。

 テーブルを挟み、『北上 ひばり』は娘の写真を見せる。

 

 

「……十一時からおつかいに行かせたのですが……一向に帰らなく……黄色い傘と、青い長靴で出掛けました……」

 

 

 涙は止まらず、悲しみを押し殺すように声が震えている。

 居た堪れなさを感じ、思わず君原は下唇を噛んだ。

 

 

 

(……黄色い傘と、青い長靴)

 

 

 御剣は、空が青い長靴と黄色い傘で出掛けた事に着目していた。

 今までの被害者の特徴の一つだ。よって同一犯だとまずは確信する。

 

 

 

 

(……ヌフフ♡)

 

 

 一方で紅守。

 写真で笑う、消えた少女『北上 空』を見ながら、場違いに「可愛い」とニヤついていた。

 次にひばりの顔から身体まで余すことなく眺め、煩悩を滾らせる。

 今の彼女は密着性の高い黒いシャツを着ており、ボディーラインが分かる。紅守の興奮させるには十分だった。

 

 

「おつかいの道筋は、教えていましたか?」

 

「はい……この辺りは少し入り組んでますので……出来るだけ、人の多い大通りを使うように言っておりますから……」

 

 

 紅守は周辺地図を思い出す。

 少し歩けばビル街があり、少し歩けば商店街、少し歩けば工業地帯と、やや複雑な位置にこの住宅街はある。

 様々な施設が密集し、空いたスペースに何とか建物を突っ込もうとした結果、路地裏だけで迷路のような構図が出来上がってしまっていた。

 

 つまりこれは、人目を避けられる道が多い事を指す。

 犯人が誘拐から死体遺棄まで姿を見られないのは、雨天時のみの犯行と言う要因と、この土地の条件があるのだろう。

 所謂、『起きるべくして起きた』とも言える。

 

 

 

 

「……誘拐、なんですね?」

 

 

 空のおつかいルートを見ながら考察していた紅守らに、沈んだ声でひばりが質問した。

 

 

「はい?」

 

「……それくらい想像がつきます……連絡先のメモを持たせているので……事故ならすぐ連絡が来るハズです……」

 

 

 御剣は敢えて誘拐とは言わず、質問する。

 

 

「では犯人からの連絡は?」

 

「……来ていません……どうしてウチの子が……!」

 

 

 耐え切れなくなったひばりは、手の平で抱えながら一層多く涙を流す。

 声を殺そうとする彼女の嗚咽が場に満ちる。君原はそんな彼女の様子を辛く感じ、目を伏せた。

 

 

「……夫が死んで、あの子だけが私の支えなんです……」

 

(ウッヒョ! 未亡人!! エッッロい!!!)

 

 

 紅守だけが垂涎状態で楽しんでいた。

 言うのは、彼女は御剣の呼び出しで同行はしていたが、この聴取自体には意味を見出していない。

 彼女が待っているのは、警察側の情報と『もう一つの情報』。

 

 

 

 

 携帯のバイブレーション。

 御剣は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、一言断ってから部屋の外で応対する。

 次に戻った時、君原にタブレットの操作を命じた。

 

 

「神奈川県警からメールが届いているハズだ」

 

「神奈川県警ですか……? は、はい、開きます」

 

 

 開いた新着メールは、隣県の『行方不明情報』。

 この町自体、東京と神奈川の県境に位置しており、特にこの地域は丁度その際目。

 

 

 メールに添付されたデータを見て、君原は愕然とする。

 

 

「こ、こんなに……!?」

 

 

 町で起きた三件の事件。

 その同様の事件が、県境を越した先の神奈川県側に何件も存在していた。

 

 

「それも……三年も前から……」

 

「あ、やっぱ初じゃないのねん」

 

「あっ!?」

 

 

 君原からタブレットをひったくる紅守。神奈川側の同一事件の調査は、彼女からの提案だった。

 

 

「警視庁と言っても、所詮はイチ地方警察だからねぇ。県境さえ越えれば、捜査資料は共有されないんだから」

 

 

 最近見たドラマで、死体が丁度県境に存在しており、どっちの県の管轄が調査するかで揉める一コマがあった。

 紅守としては昔からよく聞く、調査の撹乱方法。県境に死体があれば、どっちの県で犯行が行われたのか分からなくなるからだ。

 管轄外の調査は両県出来ず、情報の共有にしても認可が必要で時間がかかる。両県が共通の捜査本部を設置するなら、通常の倍の費用が嵩む……など、面倒事が何かと多い。

 

 

 

 それはそれとして紅守は、流々家町と神奈川県側の事件で、一番遠く離れた物を直線にし、結んだ線を中心に円を作る。

 彼女の作った円の中こそが、重視すべき捜査網だ。

 

 

「分かっているだけで、古いのが三年前って事。少なくとも倍はやっているかな〜?」

 

 

 包み隠さず不穏な事を連発する紅守。君原が止まる前に、ボソリとひばりは質問する。

 

 

 

 

「他にも……同じ、事件が……? 他は、どうなったんですか……!?」

 

 

 

 押し黙る君原を他所に、御剣は話す。最早、隠す事は出来ない。

 

 

 

「何人かは未だ行方不明。内、何人かは亡くなりました」

 

 

 ひばりは目を見開き、絶句する。

 開かれたその目より、更に多くの涙が滴り落ちた。

 少し俯いた彼女は次に顔を上げる時、激しい怒りが滲み出ていた。

 

 

「どうして!? どうして早く捕まえなかったのよ!?」

 

 

 穏やかそうな彼女からは予想も出来ない、悲痛な叫びだ。

 

 

「あなた達警察がもっとしっかりしていれば、空はッ!!」

 

 

 どう声をかけるべきか迷う君原の隣で、御剣が頭を下げた。

 興奮状態の彼女を落ち着かせるには、弁解は邪だ。

 

 

「……我々の力不足です。申し訳ありません……」

 

 

 真摯な態度で謝罪をする御剣の姿で落ち着きを取り戻した彼女は、また自責の念より押し黙ってしまう。

 それからは怒りと理性、消えた娘の安否と悲しみが一気に混線し、どんな感情を抱けば良いのか分からなくなった。ただ、泣くしかない。

 

 

 

「……大丈夫ですよ、北上さん」

 

 

 そんな彼女を紅守は、優しい声で抱き締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、幻徳は傘を差しながら紅守より指定された場所まで来ていた。

 北上家の前だ。彼自身が得た情報を纏めたメモを携えて。

 

 

「……中間報告する暇もないだろ」

 

 

 ブツブツボヤいていると、家の扉が開かれる。

 中から出て来たのは、御剣と君原だ。

 

 

「警察……!?」

 

 

 幻徳は二人の姿にギョッとし、瞬時にその場から離れ、電柱裏に隠れた。

 

 

 

 

「……良く良く考えてれば隠れる必要はないよな……何やってんだ俺」

 

 

 ヤクザと認め始めた自分が悲しくなってくる。

 気を取り直して出て行こうとするが、その間に二人はさっさと行ってしまった。向こうも切羽詰まっているらしい。

 

 

「しかし警察がいるって事は、紅守もここか?」

 

 

 再び家の前に戻り、今度はインターホンを押す。

 暫くして、紅守黒湖本人が出て来た。胸元と背中の開いた、刺激的な恰好だ。

 警察と言うより、モデルか何かだろと心で愚痴る。

 

 

「なんだその恰好?」

 

「イヤ〜ン、げんとくん。何処見てんのん〜?」

 

「…………俺なりに調査した。言われた通り、纏めて渡す」

 

 

 持っていたメモを渡す。

 全て彼の手書きの字だが、育ちの良さの伺える綺麗な字で判読には支障はない。管理職だった事を伺わせるように、要点だけを書き上げていた。

 

 

「へぇ! げんとくん、何でも出来そうだねぇ?」

 

「言ってろ。内容を説明する」

 

 

 少し濡れて湿ったメモを、彼は指で示しながら紅守に解説。

 

 

「犯人は古い建物を根城にしている。被害者の肺から出たアスベストからして、築二十年以上前だろう」

 

「ほぉほぉ」

 

「となると挙げられるのは、商店街側だ。この辺は古い建物が多く、中にはシャッターの降りたまま買い手のない店もある。東の方に行けば、廃墟同然の場所さえ存在する」

 

「商店街……こっから南下した所だねぇ」

 

「……非常に入り組んだ場所だ。場合によっては、一切人に見られずに行動できる。そうなると大通りに隣接した場所は除外され……」

 

 

 

 

 

 幻徳は今、『嘘』を付いている。

 彼が目星をつけている工業地帯とは逆の場所を示していた。

 そうだ、彼は紅守に犯人を殺させない為だ。敢えて、撹乱。

 

 

 本当の場所は、もう分かっていた。だがこうして紅守に会いに来たのには、理由がある。

 

 

 

「以上だ。この近辺を散策すべきだろう」

 

「たった一時間半なのに、良く調べたねげんとくん。アタシも鼻が高いですぜ」

 

「……おい。約束だ」

 

 

 幻徳は右手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 紅守はその意味を分かっている。ニヤリと笑うと、谷間に指を突っ込み、「例の物」を出した。

 

 

『紅守の仕事を手伝う時のみ、返す』。それが約束だ。

 

 

 彼女が取り出し、幻徳の右手に乗せたのは『スクラッシュドライバー』。

 実に、十日ぶりの帰還。握り締める己の手が震えている事に、彼自身が気付かない。

 

 

「……嬉しそうじゃん、げんとくん?」

 

「……なんか生暖かいな」

 

「そりゃそりゃ、信長の草履を温めてあげた秀吉よろしく、アタシもげんとくんの為に温めてあげたから〜」

 

 

 今日は一段とウザい。雨の日はウザくなる人間なんだろうかと、幻徳は訝しんだ。

 

 

「……俺も調べる。お前は?」

 

「調べたい事がこっちもあるから、別行動になるかな」

 

 

 同行と言われたら隙を見て離れなければならなかったが、その手間はなくなった。

 幻徳は心中でほくそ笑む。この瞬間、喜びに満ち溢れていた。

 

 

「……早速動こう。また誰かが消えたらしいからな」

 

「その通り! しかも今し方通報されたばかりだから……時間はないよねぇ?」

 

 

 ドライバーを懐に入れ、幻徳は離れようとする。

 

 

 

 

「げんとく〜ん」

 

 

 彼を呼び止めた。

 振り返ろうとした時には、紅守は隣に立っている。

 

 

 

 

「……死んだ子どもたちの写真、見た?」

 

「……それがなんだ」

 

「かわいそうだよねぇ、辛そうだよねぇ? 一生お家にもお母さんにも会えないんだ……永遠に、闇の中さ」

 

「……………………」

 

 

 彼女の顔が耳元にまで近付く。

 生暖かい息が、かかる。

 

 

 

 

「……苦しめて未来の光を潰した犯人へは、死ぬしか贖罪にならないよねぇ?」

 

 

 

 腕を動かし、紅守を離そうとする。そうするまでもなく、彼女は一瞬早く幻徳から離れた。

 

 

「……俺はお前とは違う」

 

「……イヒヒ♡ お互い頑張ろうねぇ〜」

 

 

 折れるんじゃないかと思うほど身体を反らし、不気味な笑みを浮かべながら幻徳を挑発する。

 手をフリフリ揺らし、真っ黒な傘を回しながら雨の中へ行く。彼女より先に動くつもりが、彼女の先制を譲ってしまった。

 

 

 

「…………やっと奴を出し抜けそうだ」

 

 

 しかし幻徳には一本のルートしかない。

 彼は既に、ここが神奈川県との県境と言う点に着目し、隣県の行方不明者を調べ上げていた。

 

 

 一つ壁の向こうは、こちらからは分からない……元の世界で嫌でも思い知らされた考え。

 捜査の情報は隣県警察と共有されない事は、幻徳は知っていた。

 

 

 

 

 その範囲内で、金属加工を請け負っている工場は十ヶ所。

 内、三ヶ所は廃墟。

 その内、築二十年以上の物は一ヶ所のみ。

 

 

 

『鍵村鉄工所』

 随分昔に、破綻している。

 

 

 

 

「……俺がやる」

 

 

 自分用のメモ帳に書かれた施設名と、行き先までの簡易的な地図を見ながら、彼も雨の街へ歩き出した。

 

 

 背後で視線を感じ、振り向いた。

 家の中から、ひばりが出て来ている。

 

 

「……こ、こんにちは」

 

「……黒湖さん……」

 

「……何処見てるんですか?」

 

 

 自分に向けられている視線ではないと知り、彼女の見ている先を眺める。

 紅守が行った先だが。

 

 

「…………とんだ人誑しだな」

 

 

 幻徳は気を取り直し、街に駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く、寒く、臭く、汚く、息苦しい。

 燦々と降り注ぐ雨の音が屋根や窓枠を叩き、不気味なアンサンブルを奏でていた。

 

 

「君の名前は、なんて言うんだい?」

 

 

 老人は鉄骨の横で座り込む空へ、語りかけた。

 恐怖で震え、母親を思って涙を流していた。

 

 

「あの時聞きそびれちゃったからさ」

 

「……き、北上……空、です……」

 

 

 老人の語気に宿る狂気を、幼いながらに感じ取った空は、震えながら名前を言う。

 名前を聞けた老人は、嬉しそうに手を組んだ。

 

 

「そらちゃんか。良い名前だね」

 

「その……人違いじゃ……」

 

「忘れちゃったのかい? ほら、手を出して」

 

 

 恐る恐る出した彼女の小さな掌に、老人は飴玉を落とした。

 空も母親も好きな、『ステキ玉』と言うキャンディーだ。

 

 

「ね? 一緒だろ? 君はあの時、同じ物をくれたんだ」

 

 

 老人は大きな手で、空の頭を撫でた。

 冷たく、ゴワゴワとした手だ。

 

 

 

 

 

「もう僕には君しかいない」

 

 

 汚れた口元が開く。長い髭が揺れた。

 

 

「裏切られ、全てを失った僕に、君だけが優しくしてくれた」

 

 

 電気の止まった建物内。足元にある小さな蝋燭だけが中を照らす。

 

 

 

 

「何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……ハズレを引いて」

 

 

 背後にある戸棚には、夥しい数の青い長靴が、並べられていた。

 

 

「ずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……君一人を探してた」

 

 

 戸棚の下のパイプには、夥しい数の黄色い傘が、立てられていた。

 

 

 

「そしてようやく巡り会えた、そらちゃん。君だけは僕を裏切ったりしないよね?」

 

 

 

 彼の目には、怯えを見せる空の姿は見えていない。

 しかし笑っていないとは気付いていた。

 

 

 

 

「……笑ってくれないね」

 

 

 頭を撫でていた老人の手は離れる。

 止め処なく溢れる空の涙だが、彼がその涙には気付く事は一切ない。

 

 

「どうして笑ってくれないんだい? 僕に至らない所があるなら直すから」

 

「………………」

 

「ほら。笑っておくれ、そらちゃん」

 

 

 怖い、怖い、怖い、帰りたい、助けて、助けて…………

 空は頭の中でそうずっと、懇願していた。だが、助けなどは一切来ない……彼女は愚直なまでに助けを願っているが、この近辺は寂れた工業地帯。建物も少なく、人も少ない。

 

 

 

 だがそんな事情、今の彼女には分かるまい。

 目の前にいる巨大で恐ろしい男の醸す威圧に、耐え切れなくなった空は、泣きながらも必死に笑顔を作った。

 

 

 

「おぉ……ッ!」

 

 

 老人は背筋を伸ばし、喜びに少し震えた。伸びた老人の身長は更に大きくなり、空からすれば怪獣のようにしか見えない。

 

 

「よかった。あぁ、ありがとう……ありがとう……」

 

 

 また背筋を曲げ、空と目線を合わせながら、彼女の手を己の両手で包んだ。

 嬉しそうな声をあげ、感謝を繰り返す。

 

 

「君の笑顔がまた見れて、満足だよ」

 

 

 老人は立ち上がる。

 

 

 

 

 

「もうこれで、思い残すことはない」

 

 

 

……空の手を握ったまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の中、立入禁止看板を蹴っ飛ばし、幻徳は鍵村鉄工所に辿り着く。

 また新たな行方不明者が現れたと聞き、急いで現場に到着した。

 

 

「ここか……ここで合っていて欲しいが……!」

 

 

 割れた窓、錆びたトタン屋根、置かれたままの鉄骨。ここが当の昔に捨てられた事を妙実に語っていた。

 

 

「何処だ……何処にいる……!」

 

 

 傘を煩わしく感じた幻徳は、傘を放棄した。

 雨風に晒されながら鉄工所の作業場に向かう。

 

 

 重そうな扉だが、施錠はされていない。幻徳は扉の窪みに手を入れ、力を込めて開いた。

 

 

 

 

 

 

 ビンゴだ、彼の予想通りだ。犯人と、攫われた子どもがいた。

 

 

 

 

 

 男が、少女の首に手をかけ、絞め殺そうとしている様を。

 

 

「お前……!? やめろぉぉぉぉッ!!」

 

 

 足元に転がっていたパイプを手に取り、幻徳は立ち向かう。

 老人は泣きながら、何かをブツブツ呟きながら、喘ぐ少女の頸椎を折らんばかりに絞めていた。

 

 だがそれが幸運だ。幻徳に気付く事はなく、彼の接近を許したからだ。

 

 

 

「ぬぁあッ!!」

 

 

 飛び上がり、老人の腕を殴りつける。

 そこで彼は初めて乱入者の存在に気付く。

 

 

 しかしそれでは遅過ぎる。

 痛む腕に気を取られていた隙に幻徳は懐に潜り込み、パイプで腹部を突いた。

 

 

「ぉぐぅッ!?」

 

 

 濁った悲鳴をあげ、とうとう手を離し倒れ込む。

 持ち上げられていた少女は地面に落っこちるが、幻徳がパイプを捨てて抱き留めた。

 

 

「大丈夫か!? 無事か!?」

 

 

 首には赤く、男の手形が付いていた。

 少女は目を開けないが、急激な酸素不足により、気絶しただけだと分かる。ホッと、一息ついた。

 

 

 

 

「ああああぁあぁあああぁあああッッッ!!!!」

 

 

 幻徳が咄嗟に捨てたパイプを拾い、老人が襲いかかる。

 

 

「ッ……! 正気じゃないのか、こいつもッ!?」

 

 

 鳩尾を突いたのに、復帰が早い。痛覚が鈍いのか。

 

 

「あぁあッ!!!!」

 

「チィッ!!」

 

 

 頭部目掛けて振り下ろされたパイプを、寸前で横へ避ける。

 歳を取った老人の割に、腕力が強い。地面に叩きつけたパイプが、大きくひしゃげた。

 

 

「ぞらぢゃんをぉ……ぞらぢゃんをがえぜぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 錯乱したようにパイプを、彼へ向ける。

 何とか避けている幻徳だが、子ども一人を抱えていては自由度が低い。

 

 

「くぅ……! 変身するまでもないと思っていたが……これは……ッ!!」

 

 

 猛烈に浴びせられる鉄パイプによる攻撃。

 縦に来れば横へ、横に来れば飛んでと、何とか回避を続けていた幻徳。

 

 

 

「……うぉっ!?」

 

 

 何か、柔い物を踏みつけた。

 避ける最中にそれを踏んでしまい、態勢が崩れる。

 

 

 

 

 

「があああああぁぁああぁあぁッッッ!!!!」

 

 

 無慈悲に注がれる、鉄パイプ。

 回避出来ない事を悟った幻徳は、多少手荒だが彼女を背後に放り投げ受け身を取る事に。

 

 

 

「ぉッ……!?」

 

 

 放り投げる過程が、隙だった。

 腕でガードをする頃には、パイプは脇腹に命中。

 

 肋骨が軋む様を感じながら、彼は工場の奥へと吹っ飛ぶ。

 

 

「がはあッ!?」

 

 

 ゴミや壊れたおもちゃを巻き込みながら、彼はコンクリートの上を転がる。

 かなりのダメージを負う。常人ならばまず、立ち上がれまい。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 しかし幻徳は何とか受け身を取り、上半身を起こす。

 手には、『クロコダイルクラックフルボトル』。回避が出来ないと踏んだ彼は、ボトルの効果で防御する事を選んだ。

 

 その選択は吉だった。

 エレメントが浸透する前に受けた為、衝撃を無効化しきれなかった。しかし肋骨が複雑骨折する重傷は免れる。

 

 

「はぁぁ……だ、だから、汚いんだ……この、世界ばぁぁあ!!」

 

 

 手を伸ばし、彼女の元へ行こうとする老人。

 

 すぐに阻止しなければ。幻徳は立ち上がろうと地面に手を当てた。

 

 

 また、柔い物を触る。

 幻徳は、自分が座っている場所から、工場内全部を見渡せた。

 

 

 

「空ぢゃん……! 僕といっじょに、逝こうッ!!」

 

 

 自分の隣も、自分の目の前も、自分の後ろも。

 

 

 

 

 

「『ともだち』も、待っているよぉぉぉぉお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死体。

 死体。

 屍の山。

 

 

 死後何年も経過したであろう、乾涸びた死体が転がっていた。

 首がどれも曲げられ、パサパサに渇いた髪が垂れ下がる。

 

 目玉は腐り眼窩が覗けるのか、死蝋化し角膜の浮いた目がこっちを覗くのか。

 

 

 

 

 

 戸棚に並べられた青い長靴と、立てられた黄色い傘。

 その一つ一つの持ち主である、消えた子どもたちがこの場にいた。

 

 

 残酷に腐った、死体となって。

 

 

 

 

 

 幻徳が踏んだのは、ゴミ同然に転がされた、子どもの死体だった。

 幻徳が触ったのは、苦悶に歪んだ死に顔の、子どもの死体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………許さん……」

 

 

『カッパを来た、小さな女の子。

 生気のない目が、幻徳に向く。

 

 そして水彩画のように、濡れた道端にじんわりと血が広がる。

 広く広く、赤く赤く……』

 

 

 

 

 

「……許さんぞ…………」

 

 

 

 

『三人とも、涙の痕がある。

 表情は苦悶と恐怖で歪み、未来を奪われた光のない目。

 

 そして頸椎を折るほど、強い力で首を絞められジワジワと…………』

 

 

 

 

 

「許さんぞ……」

 

 

 

 

 

『かわいそうだよねぇ、

 辛そうだよねぇ? 

 一生お家にもお母さんにも会えないんだ

 

……永遠に、闇の中さ』

 

 

 

 

 

「許さんぞぉぉ……!」

 

 

 

 

『苦しめて未来の光を潰した犯人へは、

 

 

 

 

 

 死ぬしか贖罪にならないよねぇ?』

 

 

 

 

 

 彼の中で、何かが切れた。

 

 

 

 

 

「貴様だけは、絶対にぃぃッ!!!!」

 

 

 スクラッシュドライバーを腰に巻き、フルボトルを挿す。

 ドライバーの音声を無視し、一気にスパナの押し込みまで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『割れるッ! 食われるッ!! 砕け散るッ!!!!』

 

 

 ビーカーが割れた、理性が割れた。

 

 

 

 

 

 

 

『クロコダイル・イン・ローグッ!! オォォォウラァァァァアッッ!!!!』

 

『KYAAAAAAAAA!!!!』

 

 

 工場内を。

 そして雨の音全てを割いた、スクラッシュドライバーの悲鳴。

 

 

 

 幻徳……仮面ライダーローグの復活だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『Are you Ready?』

 

 

 

 

 正義、信条、誓い、贖罪、懺悔、罪悪。

 全てを、怒りの炎で焼き尽くした。

 

 

 

「俺はロォオォォグだぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 

 

 

 彼は、老人目掛けて飛びかかる。

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