COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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お待たせしました。


怒りのムーンサルト/Kill heat

 雨の中、走っていたスポーツカーが停まる。

 助手席からふらりと降りた人物は、眼前にある廃工場を眺めた。

 黒い傘をさして雨を避け、不敵な笑み。

 

 工場の名前は『鍵村鉄工所』。

 

 

「こ〜こねぇ。げ〜んとくん」

 

 

 彼女が、幻徳の嘘を見抜けない訳がなかった。

 いや、見抜く必要すらない。

 

 

「ひなこぉ。ここにいるんだよね」

 

「うん! この……ピコピコしてるのがここだよ!」

 

 

 運転手のひな子が、周辺地図が映されたスマートフォンの画面を見せ付ける。

 

 

 幻徳のいる場所に、アイコンが明滅していた。

 彼女は彼を監視する為、スクラッシュドライバーにGPSを設置。これで変身可能状態の彼の動向を伺う事が出来た。

 

 

 彼が何かを隠しているとは薄々気付いており、GPS情報に注目したら案の定、言われた場所とは違う場所に彼は向かったと言う訳か。

 

 

「サキちゃん特製GPS。雨なんかじゃ壊れないなぁ」

 

 

 関心しながら雨の中、傘をさしもて立っている。

 暫くすると、一台のパトカーがやって来た。乗っているのは零課の二人……御剣と君原。

 

 

「いきなり呼び出して……なんだ? ここか?」

 

「確かにここは近場に建物も少ないし、打ってつけかな?」

 

 

 犯人がいる確信はあり、紅守も納得している。

 連続殺人犯の根城だと合点し、君原は焦燥感を露わに突入を進言。

 

 

「ならすぐに行きましょう! 空ちゃんが危険です!」

 

「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」

 

「落ち着いていられますか!? 人命がかかって……」

 

「無闇に突入しても逆上されるだけだよぉ? 安心しなよちゃっちゃん、先陣はいるからさ♡」

 

 

 首をカクリと回しながら、君原の頰を触ろうとする。彼女はその指から離れ、拒絶を見せた。

 唇を尖らせいじける紅守だが、すぐに助手席にいたもう一人を降ろそうとする。

 

 

「ほら、『凛子ちゃん』も降りなよ」

 

 

 現れたのは、浅葱凛子。

 彼女は幻徳に、ひな子と遊ぶように取りはかってもらっていた。

 紅守の家で家庭菜園を手伝っていた所、ひな子と共に出動。良く分からず、ずっと紅守の膝に座らされていた。

 

 

 困惑したような表情だ。ニヤッと笑いながら、紅守は耳打ちする。

 

 

 

「……幻徳さんの勇姿を見に行こっか?」

 

 

 凛子の目が、驚愕で開く。

 

 

 

 

 

 

 

 バタンッ。

 

 

『そうだ! 氷室幻徳ッ!!』

 

 

 ドタンッ、ガガガ。

 

 

『それがお前の正体だッ!!』

 

 

 ガキッ、ドスンッ。

 

 

『お前が変えてやるんだッ!!』

 

 

 ドグッ。

 

 

 

『お前だけが、正義だッ!!』

 

 

 

 

 

 

【 怒りのムーンサルト/Kill heat 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅守らは工場の前まで来る。

 雨は一向に止まず、寧ろ激しさを伴い始めた。遠くに見える山々が雲に霞がかり、落ちた気温が鳥肌を立てる。

 

 

「おい。お前の言った通り、近辺の廃工場は包囲させたが……犯人がいる確証はあるのか?」

 

「あたしにはないね。あたしじゃなくて、もう一人が確信あんのよん、ツルさん」

 

「協力者か? あまり一般人を巻き込むな……」

 

「一般じゃないからセーフセーフ」

 

 

 だってヤクザだから、と内心で嘲笑う。

 御剣はチラリと、凛子を見た後に声を潜め、話しかける。

 

 

「それより紅守……なんで浅葱の娘を連れて来た」

 

「そりゃ、逆授業参観みたいな? パパの晴れ舞台だからねぇ」

 

「……父親はお前が既に」

 

「違う違う。お髭がチャーミングな二代目パパだから」

 

 

 御剣の脳裏に、取り調べをしたあの男……氷室幻徳が過る。

 紅守と親交がある上に、確か凛子も来ていた。あの男が、現在の凛子の身元引受人だろうか。

 

 

「……紅守、答えろ。あの男は何者だ? 身元不詳の人間は関わらせられんぞ」

 

「あたしにも分かんないっす」

 

「だからなぁ……」

 

「ヘーキだって! 完全にあたしの管轄内だし?」

 

 

 手をヒラヒラさせながら、御剣より離れる。車から出る時に少し濡れてしまった彼とは違い、一切雨に当たられていない彼女は浮いて見える。

 

 

 自身の車の前に戻り、凛子とひな子を誘導して工場内へ歩き始めた。御剣も君原もその後に続く。

 タブレットを持ったままのひな子は傘をさせないので、凛子と相合傘となっている。ジィーっと液晶を凝視している先には、以前としてアイコンが明滅を繰り返していた。

 

 

「ひな子ぉ、どの建物?」

 

「えっとね……あの一番大きなトコ!」

 

 

 ひな子が指差した、雨曝しの工場本棟。

 半開きになっている扉へ向かおうとした時、タブレットを見ていたひな子から声が漏れる。

 

 

「あ。ピコピコなくなっちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 続き、雨音を破壊した衝撃音。

 五人の目前にある工場の壁が破れ、何かが突き抜け現れた。

 

 

「な……ッ!?」

 

「おぉ〜……」

 

 

 

 

 降り頻る雨粒に、揺れる水溜りの水面。

 雨模様を蹂躙するかのように現れたそれは、巨漢の老人だ。

 

 

「ガフッ……!」

 

 

 赤黒い血を吐き、伸び切った髭が染まる。

 老人は一、二度泥の上を転がったものの、態勢が安定したと同時にふらり立ち上がる。

 

 

「おい、なんだ!?」

 

「なんで吹っ飛んで来て……!?」

 

「……へぇ〜?」

 

 

 困惑する御剣と君原。

 紅守だけが、全てを察したかのように笑っている。老人に注目する各々とは違い、一点、空けられた壁の穴を注視する。

 

 

 明かりのない工場の中から、曇天の鈍い陽光と雨を浴びる。

 青い目を光らせた、禍々しい姿の異形。

 御剣らにすれば『紫のヒーロー』……紅守らにすれば『仮面ライダーローグ』が、その身を晒した。

 

 

「ロープっ!?」

 

「……こりゃ予想外だわ」

 

「紫のヒーロー……ッ!? まさか、紅守……!?」

 

 

 全てを悟った御剣は紅守を睨み付けた。

 だが、ローグを眺める彼女の表情を見てしまい、二の句が継げない。

 

 

 先の割れた、蛇のような長い舌。

 耳まで迫らんばかりに引き上がる口角。

 

 傘が目より離れてを隠し、口元が強調され見えた。

 悪魔の笑み。凡そ、『常人』の自分には決して見せない、『同類への笑み』。

 

 

 

 

「……ッ!」

 

「……予想外だわ……あっはあ♡」

 

 

 暫し目を離せなかった彼だが、君原の呼ぶ声で現実に引き戻される。

 ローグは老人に一気に近付き、腹部を殴った。

 

 

 

「あの老人が、事件の犯人なんですね!?」

 

「恐らく……いや、そうなんだろうな!」

 

 

 傘を投げ捨て、拳銃を握りながら急行する二人。

 しかし、状況は難解だ。

 

 

「こ、これ、どうしたら良いんですか!?」

 

 

 犯人と思われる男を暴行する、紫のヒーロー。どう対応すべきか。

 

 

「…………」

 

 

 紅守のあの笑みを思い出す。

 そして次に、取調室を出ようとした時の彼の言葉を。

 

 

 遊園地で見た時の、輝きを感じた姿を。

 初めて見た時に感じた、あの輝きを。

 

 

 思い返し、正体を知った今、御剣は彼が『善人』である事に気付かされる。

 同時に狂気により、今の彼は後戻りの出来なくなる位置まで来てしまった事に気付かされる。そうなれば、彼は『獣』に堕ちる。

 

 

 

 

「……止めるに決まってんだろ」

 

「え!? ツルさん!?」

 

 

 彼に『人殺し』をさせてはならない。そう判断した彼は、二人の間に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 装甲越しに伝わる、鈍い肉の感覚。

 脳に焼き付き離れない、子供たちの死体。

 感情全てを支配した、憎悪と明確なる殺意。

 

 

 何度も何度も、この男を殴った。倒れたならば、蹴飛ばした。

 マスクのモニターは正常に動作しているのに、目の前が真っ赤になっていた。

 ただ機械的に殴り、蹴り、殴り、蹴り、殴り、蹴り。

 

 

 楽には死なさない、トドメは後だ。心の底で、そんなサディスティックな声が轟く。

 罪は死で以て償わせろ、法では無理だ。殺せ殺せ。

 俺はヒーローなんかじゃない。ローグだ。

 

 

 

 

 

 胸倉を掴み、何度目かの拳を顔面へ。

 老人は大きく倒れ、天を仰ぐ。

 それでも尚、蹴りかかろうとするローグだが、目の前に腕を広げた御剣が立ち塞がる。

 

 

「止まれッ!! 殺人は容認出来ないッ!!」

 

「どけぇぇぇ……ッ!!」

 

「うッ!?」

 

 

 御剣の肩を掴み、思い切り横へ放り投げる。

 ローグのパワーは人間を遥かに超えている。警察と言えど止められない。

 

 

「ぐぅ……! なんつぅ力だ……!?」

 

 

 スーツを泥塗れにしながら、急いで御剣はローグに縋り付く。

 

 

「待てッ!! あんたは殺しちゃ駄目だッ!!」

 

「どけぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 腕を振るい、張り付く彼を剥がす。

 それでも御剣は、立ち上がりローグを止めようとした。

 

 

「あんたはヒーローのハズだろッ!?」

 

「俺はローグだッ!!」

 

「違うッ!! 目を覚ませッ!?」

 

 

 あまりに鬼気迫る状況。君原は完全に自分の動き方を見失い、オロオロと傍観するしかなかった。

 

 

 

「おぉー! 流石ロープ……! 走る機関車(?)だ……!!」

 

 

 興奮し、顛末を見守るひな子。

 

 

「あーあ。ツルさんも熱くなっちゃって。琴線に触れちゃったかな?……それより」

 

 

 その横、傘を持っていた凛子に、紅守は囁く。

 

 

 

 

「どぉ? あれがげんさんの正体だよぉ?」

 

「………………」

 

「暴力的で、衝動的で、感情的で、不器用なほどに単純な、化けの皮さ」

 

「……………………」

 

「あれってさ、『ヒーロー』って呼べる? 最低だよねぇ?」

 

 

 ここまで押し黙っていた凛子。

 次にはその口が、ゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

 

「……最高」

 

 

 

 

 

 父親の部屋で鑑賞した、殺害現場の映像。

 そうだ、自分はあの時確かに、心の底から悦楽を感じていた。

 

 ローグが、殺意を以て、攻撃している。

 あの悦楽が、好奇心が、快楽が、全身を巡る。

 

 

 

 傘が隠し、紅守は見えない。

 憧れのロー()に興奮し、ひな子は見てない。

 ローグを止めようと、御剣と君原は見れない。

 

 

 足元の水溜りに映り、他ならぬ彼女自身が見られた。

 邪悪な笑みだった。我ながらそう思う。

 

 

 

「しかし美しくないねぇ……あたしがお膳立てしてあげよっか」

 

 

 紅守は身を翻し、何処かへ行く。

 

 

 

 

 

 

 

 御剣の邪魔を排除し、尚も老人に殴りかかるローグ。

 いつものスーツはドロドロになり、クリーニング屋もお手上げ状態だろう。だが、今の彼にはスーツの一着ぐらい一縷も考えやしなかった。

 

 

「落ち着けと言っているだろッ!! お前の仕事ではないんだッ!!」

 

「こいつは殺さないと駄目だ……ッ!!」

 

「後戻り出来なくなるんだぞッ!?」

 

「知った事かぁぁぁあッ!!」

 

 

 再度、御剣を引き剥がす。今度は老人の首に手をかけ、締めようと始めていた。

 

「ヒーローじゃないなら……ッ」

 

 怒りで我を忘れている。これほどの感情を露わにするほど、工場内で凄惨な光景を見たからだ。

 もう声は届かないのか。泥を掴み、立ち上がり、叫ぶ。

 

 

「……あんた何の為に戦ってたんだッ!?」

 

 

 拳銃を持つ。しかし、撃つ為ではない。

 銃口と銃床の位置を逆に握り、ローグに駆け寄る。

 

 

 

 

 

 

「『ヒーロー気取り』だったのかッ!!??」

 

 

 

 ローグの背中を、銃床で殴った。彼の防御力を知っての行動だ。

 割れたのは、銃の方だった。ローグにさして、ダメージはない。

 

 

 しかし彼の言葉は、殴った事による衝撃と共に、やっと幻徳に響く。

『ヒーロー気取り』の声。

 

 

 

『今更、ヒーロー気取りか!!』

 

『お前の罪は決して消えないッ!!』

 

 

 

 

 

 ローグの動作が止まる。

 全ての感情を抜けて現れた、一つの声。憎むべき真の敵の、声。

 

 奴を倒す事。そして国を立て直し、自らの罪を、償い続ける事。それが彼の、戦う理由。

 

 

 

「………………」

 

 

 自分の手が、冷静になって眺められた。

 

 拳は、血で塗れていた。

 

 目の前には首を締め上げ、顔は腫れ上がり、もう意識のない老人。

 

 

 

「…………俺は?」

 

 

 首にかけていた手を離す。老人は泥の中へ、倒れて動かなくなった。

 

 

 

 血だらけの拳は、雨では流しきれないほどこびり付いている。

 その手を見た時、思い出した。自分はこの手を血で染め、力を手に入れた事を。

 殴り、怒り、恍惚し……絶望を味わった事を。

 

 

 

 

 

「……俺の……手、なのか?」

 

 

 

 氷室幻徳の手は、また血で塗れていた。

 狂気に陥っていた、あの頃と同じように。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 眼前に倒れている、老人。最悪の殺人鬼だ。絶対に許されない。

 だがそれよりも許せないのは、自分だろう。彼は己で否定し、正義を定義し、『あの頃の氷室幻徳』に戻ってしまった。

 

 

「正気に……!?」

 

 

 期待をする御剣の手前、彼はスクラッシュドライバーのレバーを押した。

 ボトルからエネルギーを搾り出し、それは脚部に集中。

 

 

 

 

CRACK UP・FINISH(クラック・アップ・フィニッシュ)ッ!!』

 

「ッ!? おい、まだやるのか!?」

 

 

 右脚が、紫色のエネルギーで光り出す。

 破壊力を帯び、当てられた者を完全に消滅させる、一撃必殺。

 御剣はそんな攻撃が成される事は知らない。だが、彼から発せられる空気を間近で浴び、一瞬で危険と察知した。

 

 

 

「待てッ!! やめろッ!!」

 

「つ、ツルさん!! 離れて!!」

 

 

 危険と判断した君原が、必死に御剣を引き剥がす。

 二人にとっては目を疑う光景だろう。蓄積したエネルギーが発光し、嵐が来る前のような緊張感が張り詰める。

 

 

 

 

「おおお! 必殺ワザッ!!」

 

「……………………」

 

 

 何かが来る予兆に大興奮するひな子の隣、凛子は待ち望んでいた。

 彼の一撃が、全てを破壊する事を。堕ちる彼を見る事を。

 

 

 

 

「待て…………!」

 

 

 御剣の声は、一気に降り出した雨が搔き消した。

 ローグを腰を一瞬落とし、跳ぶ。

 

 

 

 彼はそこでバック転を行なった。紫光を放つ右脚が曲線を描き、三日月型の軌跡を辿る。

 雨粒を刹那に蒸発させ、彼の周りだけ雨が止んだようにも見えた。

 

 曇天に見える、紫炎の月。ローグの、怒りと無情のムーンサルト。

 

 

 

 

 

 彼の右脚は天と地を逆転させ、老人に落ちようとしていた鉄骨を蹴る。

 工場の上に積まれて放置されていた、錆びた鉄骨。それが、動けない彼を串刺しにしようと落下していた。

 ローグはそれを蹴っ飛ばし、防ぐ。

 

 

 

 

 直撃した鉄骨は落下を止め、ローグの蹴りによってエネルギーの方向を変える。

 真っ直ぐだったそれは大きく、くの字にひしゃげ、廃工場目掛けて吹き飛んだ。

『鍵村鉄工場』の看板を巻き込み、鉄骨は工場の上部を破壊し、ぶっ刺さる。

 

 激しい音とインパクトが、雨を裂いた……ようにも思える一瞬だった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 ローグは着地する。再び雨に塗れ、ひっそりと佇む。

 そんな彼の横に、紅守が傘をさして立っていた。ローグと違い、全く濡れていない。

 

 

「ありゃ? こっちを蹴るの?」

 

「………………」

 

 

 鉄骨を落とした張本人は、紅守だ。工場の上から壁の穴を利用し、無傷で降りて来たようだ。

 

 

「さっさとトドメさしちゃいなよぅ。悪を根絶すべきがヒーローでしょ?」

 

「…………紅守。もう終わった」

 

「え? 終わってないっすよ? 死んでないし?」

 

 

 老人は仰向けのまま、雨曝しになって動いていない。

 しかし口をパクパク開けている所を見るに、生存している。

 

 呆然とする御剣と君原の前、ローグは倒れている老人に近付く。

 

 

「死んだも同然だ」

 

「あの〜、話聞いています?」

 

「……延髄と脊骨を折った」

 

 

 彼は淡々と説明。

 

 

 ローグの暴行を受け続けた老人が、無事な訳がない。脊骨と延髄の損傷により神経は断裂し、不能となった。

 今の老人は、首から下を一生動かせない。

 

 

「殺す必要はない。こいつはもう、死ぬまでこの様だ。二度と立つ事も、殺す事も出来ん」

 

 

 紅守は分かりやすいほどにオーバーな表情と動作で、呆れを表現した。

 

 

「そいつの人権は剥奪されたんでっせ、ゲンさん。政府公認」

 

「だから人間以下の状態にしただろ」

 

「ノンノンノンっ! 死ななきゃ駄目駄目!」

 

「死んだら駄目なんだ」

 

「ん?」

 

 

 ローグの藍晶石のような目が、紅守に向く。

 

 

 

 

 

 

「こいつは『証人』……痛覚に対し、異常な鈍感度……『チェザーレ』をやっている可能性がある。麻薬の流通者に近い」

 

 

 紅守の呆れ顔が、「おっ?」と興味を含めたものとなる。

 

 

「口頭の意思疎通は可能だ。尋問を取った方が有益だろ」

 

「錯乱状態で話にならんって事もあんじゃないの?」

 

「時間はある……この男が死ぬまでだ」

 

 

 ローグは……幻徳は、フルボトルを抜く。

 身体が光ったとおもえば、粒子を散らすようにスーツは消えた。

 

 その下からは、影のかかった表情の、彼の真の姿を現わす。

 気付いていたとは言え、直接変身解除のシーンを見た御剣と君原は驚愕した。

 

 

「…………ほら」

 

 

 雨に濡れ、乱れた黒髪。廃れた容姿のまま彼は、スクラッシュドライバーを投げ渡す。

 

 

「あっれぇ? あれほど嫌がってたのにぃ?」

 

「……発信機かなんか付けてただろ。四六時中見られるよりはマシだ」

 

「バレてーら」

 

 

 それだけ言い残し、幻徳はそこを後にしようとする。

 御剣らを一瞥し、懺悔を込めた渋面。紅守の隣を抜けた。

 

 

 

 

「げんとくん、なんだかんだ理由付けてるけどさあ」

 

「………………」

 

「…………あは♡ やっぱ良いや♡」

 

 

 不気味に笑いながら、睨み出て行く幻徳を見送る。

 歩き去ろうとする彼の傍を、ひな子が目を輝かせながら近付いた。ネコミミのついた、可愛らしいカッパ姿だ。

 

 

「ま、まさか、優しいおじさんがロープだったなんて……!」

 

「……ロープ?」

 

「やっぱおじさんは優しいおじさんだった! ねぇねぇロープ! ひな子めを弟子にしてくださいっ!!」

 

「弟子って……」

 

「おじさんのような、悪い人をやっつける『ヒーロー』になりたいんですっ!!」

 

 

 

 幻徳は暗い声で呟く。

 

 

 

「俺はヒーローなんかじゃない……ヒーローですらない」

 

 

 引き止めようとする彼女を離し、再び歩く。

 

 

 

 

 

「ヒーロー気取りの……殺人鬼だ」

 

 

 

 雨に打たれ、心を打たれ、自分を愚かに思いながら幻徳は、工場を後にする。

 

 

 

 

 全てが終わり、応援のパトカーのサイレンが響く。

 御剣はその間、動けない老人を見下す紅守に問う。

 

 

「……おい。あの男の事、嫌でも話してもらうぞ」

 

「だったらさっきのげんとくんを捕まえたら良かったんじゃん?」

 

「それは…………」

 

 

 何故か言い淀む御剣。代弁するかのように、君原が話し出す。

 

 

「先の遊園地の件で重要参考人とされていますが……警察に協力してくださるなら非常に有益な事です。紅守さんからお声掛けを願いますよ」

 

「え〜? それやっちゃ、あたしの仕事無くなっちゃうよちゃっちゃ〜ん!」

 

「だからその名で……!」

 

 

 辺りが突如、明るくなり始めた。

 雨が次第に弱まり、雲の切れ間から青が覗く。

 

 

 過ぎた雨雲の後にやって来る晴天。太陽が照り、空気中を舞う水滴粒子が虹を作る。

 突然の停止。

 全てを冷やし切り、役目を終えたと悟ったかのようだ。

 

 

 

 

 

「……雨、止んだ」

 

 工場の中から、気絶した空を背負う凛子が出て来る。

 既にいなくなった幻徳を探したが、彼女らに気付き駆け寄る君原の姿で、捜索を中断。

 こうして無事に、最後の被害者は生きて、母親の元に帰る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの途中、雑木林の傍。

 空にかかる虹を見上げる、幻徳。

 

 

 その下、誰もいない場所で彼は一人、泣いた。

 

 

 

To NEXT……

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