COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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この町のニューヒーロー/LIght sider

 幻徳は路地裏にいる。

 

「……なんてことだ」

 

 

 未だ癒えぬ傷を庇いつつ、そしてここが何処なのかを理解する為に、この二日間は町の散策に費やした。

 ここは『流々家町』。東都も西都も北都も、更には戦争もライダーもスカイウォールもない……パンドラボックスが開かれる前の平和な日本と同じだった。

 

 

 以前に彼は、似た事象があった事を覚えている。

『最上魁星』が実行した、『エニグマ』による次元融合。最上はスカイウォールから発見した未知のウィルスを使い、自身を不死の超生命体として完成させるべく、幻徳の世界と『スカイウォールのない世界』とを引き合せようとした。大まかな目的は、その別世界の自分と融合する事により完全体に至ろうとしたらしい……その目論見はあと少しの所で崩れ去ったようだが。

 

 

 

 言える事は一つ。あの日より世界は『平行世界』の存在を確信した。壁がない、十年前そのままの日本が存続している平行世界がある事を知った。

 エニグマの仕業ではないにしろ、幻徳は数多ある平行世界の一つに飛ばされたらしい。推測するならば、エボルトに吹き飛ばされた際に、スカイウォールの何かしらの作用に触れた可能性がある。そも、最上は平行世界のウィルスをスカイウォールにて発見した……逆に言えば、スカイウォールには次元を超越する非科学的な力を元々宿していたとも言える。それが完成系へ近付くにつれ作用が変容し、触れた自分を平行世界に引き込んだのではないか。

 

 

 

 

 あまり考えたくはないが、そもそもパンドラボックスの力は物理法則や理論を優に超越する。壁に隠された力があってもおかしくはないだろう……科学はさっぱりだが。

 

 

 

 

「…………なんてことだ」

 

 

 

 しかしもし、以上の推測が正確な場合、果たして帰る手立てはあるのだろうか。

 最上の事件では、エニグマを利用して移動と帰還が可能だったらしい。だがこの世界には何もないのだ。帰り道が分からなくなってしまった。

 

 彼にはどうしても戻らねばならない理由がある。ビルの狭間に腰を下ろし、我が祖国を思う。

 父親の仇、国を復興、『万丈』の奪還、地球崩壊の阻止…………彼はまだ、『償い』をしていない。こんな世界で燻ってはいられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………なんて、ことだ」

 

 

 だが今、彼が打ちひしがられているのは別の要因にある。

 彼は今、無一文。寝る場所も食べ物を得る術も、何も無い。元の世界に戻る以前に、生物的な生存さえままならない状態なのだ。

 

 

 そうだ、今の彼は『ホームレス』も同然だ。帰る以前に、餓死してしまいそうだ。

 

 

「単価は『円』……ドルクやルルクじゃない。本当に十年前の日本だ。そうなると、これもただの紙か」

 

 

 彼の世界での紙幣であるルルクを一枚、忌々しげに投げ捨てた。正直、現在の彼は肉体と精神共に限界が来ている。荒むのは無理もないだろう。

 

 

 体力の限界については、この世界に来る前に受けたダメージが六割だ。残りの四割は二日前の『再変身』……消耗している上に、より負担の大きい再変身を行ったのだ。帰る事すら不明な現状と、一昨日の最悪な事態を目の当たりにした精神的疲労も計り知れない。正直、歩いていられた自分が不思議なほど。

 そこは彼の根本にある『強い自我』が残っていたからだろうか。この自我が拠り所となり、彼は深い絶望に堕ちる事は無かったのだ。

 

 

 

 

 しかし、生物としての本能的な限度には抗えない。どんなに強固な精神力を持っていたとしても、空っぽの胃は悲鳴をあげるし、栄養不足の脳はぼんやり霞むし、疲れ切った筋肉は固まって行く。何か、食べなければならない。

 

 

「…………まさか死を真に実感するのが、こんな有り様だとは……」

 

 

 戦場ではなく、自分は平行世界の薄汚い路上で野垂れ死ぬのかと考えれば、至極馬鹿らしくなって来た。

 何としてでも元の世界に帰り、国を一つにせねばなるまい。そうしなければ死んでも死に切れない。

 幻徳はみっともなくても良い、誰かに恵んで貰えやしないかと考え、ゆっくりと腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッタッタッタッタッ……

 

 

「……誰か?」

 

 

タッタッタッタッ……

 

 

「……通りすがりか」

 

 

タッタッタッ……ポロっ。

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

 

『この町のニューヒーロー/LIght sider』

 

 

 

 

 

 

 

「……財布を落として行った」

 

 

 優しい性格の彼は、その財布を我が物にしようと言う邪な選択肢を考えやしなかった。

 純粋に「財布がなくなったら大変だ」と思い、善意から拾い上げ届けてあげようと至った。

 

 

 

 

 

 

 仄暗い路地裏を出れば、光彩と嚠朗が幻徳を染める。

 春の陽気が充ち満ちる街、笑顔で行き交う若者たち、俯瞰し招き誘う案内板の連なり、広き交差点から展開するビルより広告の数々。長閑だが忙しく、それでも大らかなる絢爛な街は異端者さえ迎え入れる。街はただ受け入れるだけ。

 顛末どうなろうとも、それは街ではなく受け入れられた者たちへ一存される。

『町』は単なる箱舟なのだ。

 

 

『明るく強く、未来を進む流々家町』

 

 

 町のキャッチフレーズが書かれたポスターの前を通り抜け、幻徳は目を凝らした。

 一瞬しか落とし主を確認していないが、春らしい薄紅色の服を覚えている。そして女性だとも覚えている……財布もキャラクターの顔に見立てられた可愛らしいガマ口だ。

 

 

「しかも子供か。尚更落としたら困るだろうに……」

 

 

 幻徳は優しい性格だ。

 黒いコートの裾をはためかせながら、少し窶れた顔で落とし主が向かったであろう方向を直走る。

 

 街角、パーキングエリアを超えた。

 

 

「きゃっ!」

 

「おおっと」

 

 

 小学生くらいと思われる童女と軽くぶつかってしまう。

 

 

「すまない。怪我は?」

 

「あ……えと……大丈夫……です」

 

「悪かったな」

 

 

 あまり子供慣れしていない、不器用な言い回しで謝罪した後、さっさとその場を後にする。

 

 

 

 

「……この世界の人間は、地毛が色とりどりだな」

 

 

 先ほどの子も薄い緑色の髪色だった。散策中も赤だの青だのと言った色を見たし、染めていると言う訳ではなく老若男女問わず一般的な地毛らしい。メラニン色素のバリエーションの高さに驚いた事は言わずもがなだろう。

 

 

 

 

 

「イタッ!」

 

「おう……」

 

 

 交差点の前で今度はがっつりとぶつかった。スマホを見ながら歩いて来た物だから幻徳と衝突したのだろう。

 

 

「す、すいません! ぼーっとしていて!」

 

「いや、良いが……ながらスマホは危ないからやめなさい」

 

「……すいません」

 

 

 今度は赤い髪の、大学生くらいの女性だ。

 彼氏と連絡でも取っていたのか……と推測しながら、幻徳は歩行者信号が青となった交差点へ歩を進める。

 

 

「この先が交差点だから、渡ったとは思うのだが……」

 

 

 今日は休日でお昼時なのか、交差点は一層混雑している。気を抜けばまたぶつかりそうだ。

 

 

 

「わっ!」

 

「おとと……」

 

 

 

 そう思った途端に、今度は三つ編み眼鏡の少女とぶつかる。今時珍しいな、こんな文学少女はとも思った。

 

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「いや……良い……」

 

 

 交差点の途中なので、互いに謝罪は手短に済ませた。

 

 

「……どうなっているんだ」

 

 

 短時間で三人の女性とぶつかる。図らずも今日は厄日なのかとうんざりして来た。

 

 

 

「あっ」

 

「…………」

 

 交差点を渡り終えたと同時に、また衝突。スーツ姿の女性だが、休日出勤とはご苦労な事だと変に同情する。

 

 

「申し訳ありません、急いでいたもので……」

 

「……あぁ、こっちも急いでいたから……」

 

 

 言葉遣いから滲み出る有能感に、思わず圧倒されかけた。恐らく何処かの大手企業の秘書か何かだろうか。

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 幻徳は視界の先に、桃色の髪をした、薄紅色の服の少女を発見する。良く見れば隣に同行者がいた。

 

 

「付き添いがいたか……いや、ここまで来たんだ」

 

 

 どうせならば届けて終えようと考え直し、約十メートル少しの距離を詰めようと駆け出す。

 

 

 

 

「うわっ」

 

「うおっ!」

 

 

 焦りが祟り、なかなか激しくぶつかった。薄紫色の髪をした眼鏡の女性で、紅潮した顔をしている……咥えタバコの煙が顔に当たった。

 

 

「すまない、急いでいて……クサッ! 酒クサッ!」

 

「あぁ!? ぶつかっといてソレは失礼でしょうがアンタ!」

 

「あ、いや、これは咄嗟に言って……」

 

 

 胸倉を掴まれ、女性よりも背の高い幻徳は一気に眼前まで引き寄せられた。タバコの煙に酒の匂いが混じって臭い。

 

 

「アンタかって酒は飲むし、タバコは吸うんじゃないのぉ!?」

 

「酒もタバコも絶っているんだ!」

 

「かーっ! つまんない男! 絶対童貞だわ!!」

 

「止めろ止めろ大声で言うな!!」

 

 

 公衆の面前で声高々に何を言うんだこの泥酔女はと、相手にすれば長くなると踏んだ幻徳は女性の腕を無理矢理引き剥がし、逃げを決め込む。

 

 

「あ! コラ待てヒゲ!!」

 

「相手に出来るか飲兵衛が!!」

 

 

 呆然とした表情でこちらを見てくる人々の視線と、追ってくる泥酔女と戦いながら彼は目的の少女に向かって走る走る。

 粗方走り抜ければ、女性も諦めたようで、幻徳を一瞥した後に踵を返し人混みに流れて行く。だが困った事に、幻徳は少女の姿を見失ってしまったのだ。

 

 

「はぁ……何処に?」

 

 

 この先は角になっている。曲がったのだろうと思い、幻徳もそこを曲がろうとした…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぶっ!!」

 

「うぐっ!?」

 

 

 街角へ迫った彼の脇腹に、何かが突っ込み互いに苦痛の声をあげた。

 今度の今度はかなりの衝撃だ、幻徳も衝突者も路上にひっくり返る。

 

 衝突者の硬い頭が彼の肋骨に当たったのだ、その痛みは怪我だらけの彼にとって堪えるもの。

 

 

「イダダダダ…………」

 

「うぅー! 痛いよー!」

 

 

 死にかけのゴキブリよろしく呻く幻徳の横を、衝突者の同伴者が申し訳なさそうな声で近付いて来た。

 

 

「だ、大丈夫ですかー……?」

 

「ま、前を良く見て角は曲が……」

 

 

 痛みに耐えながら横を見て、衝突者の姿を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桃色の髪と、薄紅色の服。頭頂部より跳ねた髪と、ト音記号の飾りが印象的な少女がアヒル座りで泣いていた。

 幻徳はやっと見つけたのだ、財布の落とし主。

 

 

「……君は」

 

「いやー、すいません。この子、財布を落としたとかなんだでいきなり走り出して……」

 

 

 付き添いの女性も思いの外若く、身長を度外視すれば恐らく二人は同級生だろうか。

 それよりもこの少女の言葉から、幻徳は安堵の息を吐く。目の前のこの少女こそ、財布の落とし主だ……何処かで見覚えがあるような。

 

 

「その財布は、これか?」

 

「え?」

 

「さっき入れ違いになった時に落としていたぞ」

 

 

 懐から取り出し、財布は桃髪の少女に見せると、先ほどの泣き面が一転して笑顔になり、両手で無邪気に受け取る。

 

 

「わー! 知らないおじさんアリガトー!!」

 

「コラコラ『ひな子』……ちょっと失礼でしょうがソレは……」

 

 

 目を輝かせて子供っぽくお礼を言う様を見て、幻徳は指摘とか説教とかの考えは失せてしまった。

 安心からほうっと息を吐き、ゆっくり立ち上がる。

 

 

「いやー。わざわざありがとうございます」

 

「次は気をつける事……二重の意味で」

 

 

 

 

 

 

 グゥゥウゥウウウゥゥ。

 

「あ」

 

 

 立ち上がった拍子に、大きく腹の虫が鳴った。二日分の空腹のツケが巡って来たかのようだ。

 幻徳は聞かれていやしないと信じてはいたが、目の前にいる二人が呆然とした顔をしている様を見て察してしまう。

 

 

「………………」

 

「…………何も食べていないんだ」

 

「そう言えば顔色が……」

 

「……無一文なんだ」

 

「あ」

 

「察するんじゃない」

 

 

 何故、年下の女性らにこんな事を言わないといけないのやら。恥ずかしくなった幻徳は口元を押さえながら目を逸らし、さっさと退散しようと一歩後ろに下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃー、ひな子がご馳走してあげるよ〜! 優しい知らないおじさん!!」

 

「!!!!!!」

 

 

 その言葉に幻徳は食い付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファミリーレストランでは、奇妙な光景を見る事が出来る。

 二人の女子高生の前でハンバーグにむしゃぶりつく、中年男性の姿だ。専ら、従業員らの話題のネタになっていたが、そんなこと彼らは知る由もない。

 

 

「ほ、本当に何も食べていないんですねー……」

 

 

 ひな子の友人だと言う『碧 八葉』は、若干引き気味に幻徳の食べっぷりを見ていた。

 前のめりになりつつ、フォークとナイフを使って口にハンバーグやご飯、添え付けの野菜を詰め込んでいる。ただ、乱暴な食べ方ではあるが良く噛んで食べている点は育ちが良いのか悪いのやら。

 

 

「もう二日も食べてなかった」

 

「えっ!?」

 

「とても感謝している」

 

 

 食べる事に集中しているせいで、会話も簡素になっている。口に食べ物を入れたままではなく、キチンと咀嚼して嚥下した上で話している所はやはり育ちは良さそうなのだが。

 

 

「わーい! いただきまーす!」

 

 

 ひな子には少し遅れて、ステーキハンバーグがやって来た。食べる時にソースに付かないよう、右手のシュシュをご丁寧に外してから食べ始めた。

 

 

「ふふふ……やはりお肉は良き良き!」

 

「いつも肉食べている印象だが……太らないなぁ〜」

 

「八葉ちゃんはチーズインハンバーグ?」

 

「こっちは結構、動かないとなぁ」

 

 

 和気藹々とお喋りする二人の前で、幻徳はポツリとぼやく。

 

 

 

 

「合挽きだなコレは。またイベリコ豚を食べたい……」

 

(この人、本当に何者なんだ……)

 

 

 優しい事には違いないが不思議な男、幻徳に八葉は興味を抱く。お食事に夢中なひな子に代わり、話しかけた。

 

 

「えぇと、幻徳さんはお仕事はされているんですよね?」

 

 

 言った後で失礼過ぎやしないかと思ったが、お腹いっぱいで機嫌が良いのか幻徳は答えてくれる。

 

 

「公務員をしていた。これでも管理職だった」

 

「へぇ! 公務員! でも、なんで二日も食べられていないんですか?」

 

「まぁ、色々あったんだ。人間生きていれば色んな事が起こる」

 

「悟ってらっしゃる……」

 

 

 薄々、八葉の中では「リストラなのか」とか「転職失敗なのか」とか予測付けられはしている。最も彼の境遇など予測出来ようもない物なのだが、一先ず現在は飯にありつけられ幸せだ。

 

 

「そう言う君たちはアレか、学生か?」

 

「高校生です。今日は休みですけどね」

 

「わたしの宿題を手伝って貰ってたんだよ!」

 

 

 まさに青春だなと、幻徳もまた学生時代に想いを馳せる。

 国を変える、国を引っ張ると言う志を抱き、友と良く語り合ったものだと想起した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ、その『友』はいない。自分が殺したも同然なのだ。

 テーブルの下の足に、あの時の感触が蘇る……そうだ、自分は唯一無二の親友を踏み越えた。深い深い幻徳の罪の、特に許されない罪状だ。

 

 

「………………」

 

「……? どうしたんですか?」

 

 

 さっきまで勢いのあった手が止まっていた。

 幻徳はハッとなり、思考を一旦打ち払う。

 

 

 

 

「いや。何でもない……友達を大切にな」

 

「え? は、はい……」

 

「……すまない。少しお手洗いに」

 

 

 フォークとナイフを静かに置き、彼は立ち上がってトイレへ向かう。

 罪から逃げるつもりはない、ただ向き合い考える時間が欲しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻徳が暫し席を外した後、八葉はひな子に話しかける。

 

 

「世知辛い世の中だねぇ。アレが社会の厳しさってもんかね」

 

「え? こーむいんって、凄い人じゃないの? くーちゃんもこーむいんって言っていたよ」

 

「そこは色々あるんだろうさ。幻徳さん、優しい人っぽいからなぁ……騙されたりとか?」

 

「おじさんかわいそう……」

 

 

 幻徳に同情するひな子ではあるが、次の瞬間には己の話題で話を変えた。

 

 

「そう言えば! こないだわたし、カッコいいヒーローを見たの!」

 

「え? カッコいいヒーロー? 特撮の話?」

 

「えっとね。紫色の、サメ? ワニ? みたいな見た目の……」

 

「やっぱ特撮じゃねーの?」

 

「特撮じゃないよ〜……」

 

 

……瞬間、甲高い銃声が一発、二発……五発、レストラン内で響き渡る。

 客も従業員も含め、驚きに身を跳ねさせた。

 

 

「オラァ! 手を上げろ!!」

 

 

 さっきまで料理を待っていたように見えていた二人が立ち上がったと同時に、別席の三人組も銃を取り出し客に向けた。

 

 

「抵抗するとぶっ殺す! オラ、今すぐ金を持って来い!!」

 

 

 総員五人による強盗事件が発生してしまった。

 少し遅れ、状況を把握した客が全員悲鳴をあげる。

 

 

「マジかよ……強盗だぜ、ひな子……!」

 

「あと、なんかベルトしてたよ!」

 

「まだヒーローの話してんのか!?」

 

 

 マイペースと言うより、状況の理解をしていないひな子は、『ヒーロー』の話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻徳はトイレにいる。

 だが便器は使用せず、洗面所にてぼんやり鏡を眺めていた。

 

 

 乱れた黒髪、すっかり伸びた髭、やや痩けた頬……非常に窶れて廃れた見た目ではあるが、これでも以前の自分より人間らしさを取り戻した末だ。

 

 整えられた黒髪、同じくセットされた口髭……目ばかりが狂気と野望でギラギラと鈍い輝きを帯びていたあの時の自分と比べれば、この末は妥当な位置だとも思える。

 

 

 

 懐から、『スクラッシュドライバー』なる機械を取り出した。

 精神を汚染し、兵器へと成り果てさせる悪魔の装置……だが既に堕ちきっていた自分へは皮肉のように目覚めを与えてくれた、救いの装置。救いとは言うが、唐突に正気を与え罪を読み上げる、地獄の装置でもあった。

 

 

 言えど、力と自分に償いの機会を設けてくれた。父の死、友の死、自分の都合で死んで行った者たちへ、その為に彼は戦わねばなるまい。

 自分が全てを終わらさねばならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリと、扉が開いた。

 別の客が来たのかと、幻徳はトイレから出ようする。

 

 

 

 

 

 

「おい。手を上げろ」

 

 

 拳銃をコメカミに向け、強盗が脅す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぶっ!?」

 

 銃を向ける腕を取り引き寄せ、幻徳はスクラッシュドライバーを鈍器として間髪入れず殴りつけた。

 

 

 

 

「表で銃声がした。警戒するに決まっているだろ」

 

 

 ふらついた強盗を締め上げ、顔面を壁に叩きつけてやる。呻き声を出すまでもなく、一瞬で気絶してしまった。

 

 

「……治安はどうなっているんだ」

 

 

 人数は何人だ。銃声は五発だったが、一人一発撃ったとしたら五人だろうか。

 するとあと四人か……いや、正確な数は分からないが、戦うしかない。

 

 

 

「……恩人を守らなくてはな」

 

 

 強盗を殴ったスクラッシュドライバーを腰にセットする。

 すると自動的に帯がドライバーの左側部から飛び出し、腰を回った後に右側部へ辿り着く。ドライバーは幻徳の腰に固定された。

 

 

 

 

 ポケットから、『紫色のボトル』を取り出した。

 ボトル上部の蓋を回した時、音声が響く。

 

 

 

 

 

『DANGER……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その間、レストラン内では店の収益金の奪取ならびに、客から財布の回収を始めていた。

 相手は銃を持った五人組……一人がトイレの客を脅しに行ったものの、銃持ち四人を一般市民が相手に出来ようがない。従業員も客も、強盗らの指示に従うだけだ。

 

 

「……おい。トイレの様子を見に行ったにしては遅くねぇか?」

 

「あいつがトイレ使ってんかもしれねぇな。ちょっと見て来い」

 

 

 内、一人が帰りの遅い仲間を怪しく思い、トイレへ向かった。

 

 

 

 

 

 別の強盗は客らから財布を回収し続け、とうとうひな子らの席に到達した。

 

 

「おい。財布を渡せ」

 

「これはひな子のだよ?」

 

「分かってんだよ!?」

 

 

 銃口を向け、強盗は威嚇するものの、ひな子には恐怖の挙動一つすら見せない。マイペースも度が過ぎれば無謀だろう。

 

 

「ちょ、ひな子!? ここは従って……」

 

「だからこれはわたしのだってば!」

 

「そ、そう言う問題じゃなくてだな……!」

 

 

 話の脈絡を掴めていないひな子へ苛つきが募ったのか、強盗は怒鳴り付けた。

 

 

「良いからさっさと渡すんだよゴラァ!?」

 

 

 一発だけ撃ってやろうか。男はそう決心し、銃口をひな子へ向け引き金に指をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドタン、バタン。

 店の奥で大きく鈍いくぐもった音がなる。それに気を取られ、彼はひな子らから視線を逸らした。

 

 

「なんだ、どしッ」

 

 

 強盗の視界が歪み、ホワイトアウト。

 トイレの扉を蹴破り、驚異的な脚力でそのままひな子らの席へと跳ぶ。そしてそのまま、強盗一人へライダーキックをお見舞いしたのだ。

 

 

「ぐおぇ!?」

 

 

 強盗は吹き飛び、彼女らの前の机へ倒れた。

 料理が全てひっくり返り、ひな子は「私のハンバーグ!?」と悲鳴をあげる。

 

 

「もお! あと半分もあったのに……」

 

 

 

 ご立腹の状態で、無残に散ったハンバーグから顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひな子も八葉も、目の前に現れた救助者の姿に呆然とするしかない。

 紫色のスーツ、ワニをあしらったマスクの、奇妙な存在……ひな子は言わずもがな、覚えのある人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ、『紫のヒーロー』!!」

 

 

 それは彼女にとって、二日ぶりの再会だった。

 目の前に立つこの存在こそ、幻徳のもう一つの姿なのだ。

 

 

「な、なんだテメェ!?」

 

 

 事態に気付いた強盗が彼の元へ近付いて来る。銃口を向け、今にも撃たんとせんと引き金に指をかけながら。

 

 

「よくも仲間を!!」

 

 

 銃弾は放たれ、空気を裂き真っ直ぐと彼の背中へ飛ぶ。

 客からは悲鳴があがり、目の当たりにしている八葉は思わず目を伏せた。だがひな子だけは輝かしいまでの羨望の目で眺めている。

 

 

 

 

 凶弾は着弾した。

 だが彼の背中に火花を散らし、少しふらつかせた程度。

 

 

「……へ?」

 

 

 貫ききれなかった弾はひしゃげて、床に落ちる。

 

 

 

「……四人目か。二人はトイレで寝ているぞ」

 

 

 幻徳は極力声を低くし、威圧を込めながら発砲した男へ瞬時に距離を詰める。

 動揺と思考の鈍さ故に、彼の接近に気が付いたのは風を皮膚が感じた時だが、それではもう遅い。

 

 

 「ぉッ」

 

 

 叫ぶ前に、男の顎へアッパーカット。脳天まで貫く衝撃と激痛が彼を襲うが、それはほんの一瞬の感覚。

 あまりの激痛を脳は拒絶してしまい、意識を遮断してしまう。男の目の前に白い点々が明滅したかと思えば、そのまま気絶する。

 

 

 

「……あと一人」

 

「お、おい!動くな!!」

 

 

 もう一人は背後にいた。勝てないと踏んだのか、ひな子と八葉に銃口を向け、人質にする。

 

 

「う、う、動いたら、あ、頭を……」

 

 

 

 幻徳は臆する事なく、瞬時に回転し腰から何かを取り出した。

 

 

 

 

『ネビュラスチームガン!!』

 

 

 

 

 場にそぐわない音声が流れたと同時に、幻徳の手に握られた『ネビュラスチームガン』より光弾が発射される。

 光弾は銃弾をも凌駕する速度で一気に放たれ、強盗の持つ拳銃を弾き飛ばす……いや、弾き飛ばすだけでは済まない、拳銃は空中分解した。

 

 

「へ?」

 

「人質も作れないな」

 

「い、いや、ま、まだ!!」

 

 

 強盗は錯乱したのか、丸腰であるのに八葉を捕らえて引き寄せた。

 

 

「う、うわ!?」

 

「あ! 八葉ちゃ……」

 

 

 だがそれよりも早いのが、幻徳だ。

 強盗が八葉に視線を向けたその一瞬の隙に距離を詰め、男の胸倉を掴む。

 

 

「お、おお!?」

 

 

 それだけではない。大の大人である強盗を片手で持ち上げ、振りかぶった末にレストランの窓へ思い切り放り投げる。

 

 

 強固に作られているであろうレストランの窓は破られ、男はガラス片と共に朦朧とする意識のまま路上に倒れ臥す。

 

 

 

 

 

 

「うわ!? う、動くな!!」

 

 

 待っていた先には、警官隊が彼へ銃口を向けた。レストランに限らず、大抵のフランチャイズやらチェーン店の店では防犯設備が整えられている。店員のボタン一つで、警察が飛んで来るシステムだ。

 

 

 

「ご、ごめんなさいぃぃ……!

 

 

 男は辛うじて意識を残してはいたものの、抵抗する気力を失い、情け無い泣き面で手を上げ降参した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拘束から逃れた八葉は、脱力感からぺたんと床に腰をつく。

 そこへヒーローは近付き、腰を屈めて視線を合わせた。

 

 

「………大丈夫か」

 

 

 聞き覚えのある声。聡明な八葉はすぐにピンと来る。

 

 

「もしかして、幻徳さん……!?」

 

「……秘密にして欲しい」

 

「……!」

 

 

 八葉の手を引き、勢い良く立たせた。スーツ越しと言うのに、その手は存外に暖かい。

 

 

 

「ふぉぉぉ! 凄い! 強い!」

 

「…………」

 

「それ何処で売ってるの!?」

 

 

 幻徳はひな子にも正体を明かそうかと考えたが、やめておく事にした。彼女は口が軽そうだからだ。

 

 

「………………」

 

「?……あ。わたしの財布」

 

 

 キャラクターの頭を模したガマ口、ひな子の財布……幻徳が届けようと直走った財布。

 それを彼女に渡した後、机の上で伸びる強盗を掴んで引きずり、踵を返した。

 

 

「あー……ねぇ! せめて正体だけでも!」

 

(せめて正体ってなんだ……)

 

 

 無邪気に駆け寄る彼女を無視し、気絶状態の強盗ら全員を捕らえて店の入り口へ向かう。

 呆然と見ていた客に従業員たちだった……あまりに現実から逸脱した光景の為、幻徳を賞賛する思考まで巡っていなかったようだ。

 

 

 

 

「無駄な抵抗はやめて、投降しなさい!!」

 

 

 外からパトカーのサイレンと、拡声器越しの警官の声が響く。

 もう終わっていると思いながらも、幻徳は扉を開けて出て行こうとする。

 

 

「じゃあ! 名前! ヒーローさんの名前!」

 

 

 ごねて付いて来ようとする彼女に、幻徳は少し戸惑った後に、名前を告げた………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃口を向け、来るべき戦闘に備える警官隊だったが、目の前に現れた光景に目を疑う。

 紫色のスーツに身を包んだ、コスプレか何かの格好の奇妙な人間が、残り四人の強盗を引き摺って出てきたのだ。

 

 

 

 警官たちは驚きから、咄嗟に銃口を幻徳へ向ける。

 だが彼は気にも留めずに一歩一歩と、銃を向けていない一人の警官へと近付いて行き、彼の前に強盗らを放り投げた。

 

 

 

「……事件解決だ」

 

 

 

 幻徳は振り返り、またレストランの方へ歩き始めた。

 思わず警官は彼へ問い掛ける。

 

 

「……名前は……?」

 

 

 

 彼はゆっくりと首を回し、その警官の呆然とする顔を視界に入れたまま、ハッキリと告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は…………『仮面ライダーローグ』」

 

 

 ネビュラスチームガンを構え、銃口から鈍色の煙を吐き出させた。

 煙は辺り一面を覆い、『ローグ』の姿を隠す。天蓋が奥ゆかしく人を隠すように、ローグはその煙に身を溶かす。

 

 

 

 煙が消えた頃、ローグの姿は消失する。

 その様子を、客と従業員全員は割れた窓から見ていた。同じく眺めていたひな子は、興奮した様子で呟く。

 

 

「仮面ライダー……ロー()! ひ、ヒーローだぁ……!」

 

 

 

 

 

 彼女の後ろより、変身を解除した幻徳が何食わぬ顔で現れた。客も従業員も全員、表に注意が向いていたので、裏口から再入店するのは容易かったのだ。

 

 

「あ! おじさん! おトイレ長かったよ! 今さっき、凄かったんだよ!」

 

「……あぁ。凄かったな」

 

 

 幻徳は振り向き、唯一店内にいた八葉を見やる。

 彼女だけ、裏口からこっそり帰って来た彼を確認していた。

 

 

「……げ、幻徳さんって、一体……」

 

「……人間だ」

 

「いや、人間って事は知ってんけど……」

 

 

 人を守ったと言うのに、彼の表情は虚しい。

 そしてこの日より、『仮面ライダーローグ』の名は広まる事となる……正義のヒーローとして。

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