COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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マシーンは急に止まらない/Budy a body

 幻徳は咄嗟に目を逸らした。動揺を悟られまいとする、無意識の行動だ。

 

 

「胸元くらい隠せ! 目のやり場に困ってんじゃないの!!」

 

 

 紳士的なエチケットと捉えられ、千代は勘違いをする。

 幻徳の隣をズカズカ通り、黒湖の目の前に到来。開いた胸元を隠してやるのかと思いきや、鼻先と鼻先がくっつかんばかりまで顔を近づけ、凄い剣幕で問い詰める。

 

 

「一体、何度電話したと思ってんのよ……! 聞いたら何よ? え? 面倒だとか言ってたパーティー行ったらしいじゃない?」

 

「ぱ、パーティーくらい、あたしだって行くよぉ〜?」

 

「あんたがパーティーって、どうせ女の子でしょ……!」

 

「あー……いやまぁ、そうなんですけどぉ……」

 

 

 幻徳は一転して、再び目線を黒湖に向ける。

 千代の追求を前にタジタジとなる表情の向こうに、あの夜に見せた残虐性が潜んでいると知っている。

 だからこそ幻徳は恐れた。目の前の人間は、平気で人を殺せる怪物なのだから。

 

 

 

 

「………………」

 

「えー……それより千代ちゃん。その人誰?」

 

 

 話題を晒すべく、幻徳に注目させる。

 

 

「むぅ……ひな子ちゃん達が連れて来たの。何でも、財布を届けてくれた方らしいわ」

 

「……氷室、幻徳だ」

 

 

 自己紹介をしたと同時に、自室からひな子がヒョコリと顔を覗かせた。

 

 

「あ! くーちゃんおかえりー!」

 

「お邪魔してます、黒湖さん」

 

 

 後ろに八葉が続く。

 場に異性ばかりとあって、幻徳は何処となく居辛さを感じる。

 

「ただいま〜ひな子ぉ。あと八葉ちゃんも来てたんだ。宿題のお手伝い?」

 

「殆ど私がやっているんだけど……」

 

「折角ご足労願ったんだし、ご馳走するよ?」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 

 そう言えばこの二人、強盗のせいで料理にありつけていなかったなと幻徳は思い出す。

 ハ葉も空腹が限界のようで、黒湖の誘いを受ける。

 

 

「それでひな子、この人は?」

 

 

 黒湖は幻徳を指差す。内心、失礼だと遺憾に思ったが、そんな厳格な事を言える立場ではないと打ち消した。

 

 

「良いおじさん!」

 

「いや、そうじゃなくて。どう言う経緯で連れて来たの?」

 

「お仕事とお家がないんだって!」

 

 

 何の隠し立てもしないひな子の物言い。ハ葉が代弁しようとしたが、遅かった。

 それを聞いた途端に千代の表情が固まった様を見て、幻徳は心が痛くなった。

 

 

「へぇ〜……つまりホームレスを連れ込んだ訳?」

 

 

 対して黒湖は、おもちゃを見つけたかのような笑みで彼を舐めるように見やる。その視線に寒気さえ覚えた。

 

 

「……以前は公務員をしていた。職を探していた所、お嬢さん方に貴女の助けを勧められ……」

 

 

 

 

 どうしてこんな、殺人鬼に助けを乞わねばならないのか。

 幻徳はふと考え、馬鹿馬鹿しくなって来た。やはり断ってやろうかとも決意したが、それより先に千代が言葉を被せる。

 

 

「確かにホームレスにしては身なりが綺麗……って、公務員だったんですか」

 

「へぇ〜ほぉ〜? それはそれは何か後ろめたい事で失敗したんでしょうねぇ?」

 

 

 驚く千代と、何故か面白がる黒湖。全く別の反応をそれぞれ受け、幻徳は少したじろいだ。

 そのたじろぎが、断る言葉を飲み込んでしまった要因だが。

 

 

 

 

「とりあえず、晩御飯にしよっか。半日食べてないのよ千代ちゃあん」

 

 

 気持ち悪い猫撫で声で千代を宥める。

 

 

「話は済んでいないわよ!」

 

「ご飯の後で聞くからね。ひな子もお腹ぺこぺこみたいだからさ……ね?」

 

「くーちゃん早くぅ」

 

 

 リビングに向かうひな子が誘う。

 

 

「……ご飯の後よ。あと、私にも振る舞いなさい。あんたの電話待ちで何も食べてないの」

 

「……あは♡ 愛情込めてあげるからねぇ」

 

「食器の準備はしてあげるわ」

 

 

 煮え切らない気分ではあるが、分別のある女性のようだ。彼女は八葉とひな子に続き、リビングへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 つまり、廊下にて黒湖と幻徳は二人きり。

 やけに空気が淀んでいると感じながらも、この殺人鬼に一瞬の油断は欠かさないでいた。彼女は今、靴からスリッパに履き替えていた頃だ。

 

 

「しっかし、あたしに助ける義理はないしなぁ〜。おじさんが可愛い巨乳JKだったら何でも言う事聞いてあげてたけどねぇ?」

 

 

 鼻からあまり期待はしていない。それ以上に、彼女に借りを作る事は願い下げでもあった。

 

 

「……迷惑ならば構わない……」

 

「それに今日はクタクタだし、とっても機嫌悪いから可愛い娘以外と関わりたくないし……境遇はとても面白いけどねぇ? ホームレスおじさん?」

 

 

 ニタリと笑う。あの夜に見せられた笑みと同じだ、気味が悪い。

 

 

「……無理ならば他を当たる」

 

「他なんてあるんですかぁ?」

 

「…………どうにかすれば」

 

 

 黒湖が一歩一歩と、幻徳に歩み寄る。

 

 

「見ない顔だけど、この町の人?」

 

「まぁ、そうだ」

 

「氷室幻徳さんだっけ? ゲントクって、どう言う字になる?」

 

「幻と言う字と、道徳などの徳」

 

「公務員らしいけど、何処のお勤めで?」

 

 

 突然の質問責めに、意図が読めない幻徳は訝しむ。

 

 

「……市役所のしがない会計補佐だった」

 

 

 元の世界の肩書きを言っても仕方ない。

 会計補佐と言っておけば、失脚の理由は金関係だと思わせる事が出来るだろう。

 

 

 

 

 

「『しがない会計補佐』……ねぇ?」

 

 

 彼女の目が、鈍く光った気がした。

 

 

「所で氷室さん」

 

 

 幻徳の眼前にまで顔を寄せる。思わず呻き声を上げてしまった。

 

 

 

 

「……聞き覚えがあるんですよねぇ、そのお声」

 

 

 そして同時に、迂闊であったと気付かされる。

 彼は二日前、ローグの姿ではあったが、黒湖と話した。

 

 

「どっかでお会いした事、ありましたっけ?」

 

 

 八葉でさえも、声で彼だと断定出来ていた。

 幻徳にとって幸運だったのは、二日と言うスパンがあったお陰だろう。記憶が曖昧になっている。

 黒湖はまだ、断定しかねている。

 

 

 

 

「……市役所ではないか? 税務課にもいたから、何かしらで会っている可能性もある」

 

 

 動揺を押し殺し、当たり障りのない考察をする。

 

 

「ただ俺自身、恐らく初対面だろうと思うが」

 

「ふーん、そっか。まぁ、ありえるっちゃありえるか」

 

 

 案外、すぐに納得してくれた。

 顔を離し、眼鏡を外す。伊達メガネのようだ。

 

 

 下駄箱の上、百合の花の側にある据置型の時計を眺めた。もうすぐ六時になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コチッ、コチッ、コチッ、コチッ。

 

 

「あ、話戻すけど。最初のお仕事の話」

 

 

 コチッ、コチッ、コチッ、コチッ。

 

 

「まぁ、考えてあげても良いけど?」

 

「……? いきなりどうした?」

 

 

 チッチッチッチッチッチッチッチッ……。

 

 

「別に明確に断ってないじゃん? どんな仕事でも文句ないなら、アテが一つあるよぉ。ひな子達がお世話になったみたいだし」

 

 

 チッチッチッチッチッチッチッ。

 

 

 

 

「ただし、あたしの『仕事』を一回、手伝ってくれたらの話だけど?」

 

 

 カチッ。

 

 

 

『マシーンは急に止まらない/Budy a body』

 

 

 

 

 六時に差し掛かる。

 待ちきれなくなったひな子が、リビングから「くーちゃん早く」と急かし始めた。

 

 

「はいはい、今行きますよぉ」

 

 

 外した眼鏡を胸の谷間に押し込み、フラフラとリビングの方へ。

 彼女からの条件を聞いた幻徳は『仕事』について質問をする。

 

 

「……その、『仕事』ってのはなんだ? 非合法ではないよな?」

 

 

『殺し』の仕事ならば、今ここで殴りかかるつもりでもある。

 

 

「まさかぁ」

 

 

 幻徳の方へ振り返る。あの、不気味な三白眼だ。

 

 

「合法よりも合法な仕事だよ。政府公認、警察特権、社会貢献!」

 

 

 そう言えば警察関係者らしい。千代は『エージェントに近い』と言ってはいたが。

 しかしこんな殺人鬼が警察と関係があるとはどう言う事か。国内で戦争をしている訳ではあるまいのに。

 

 

「容疑者の張り込みでもさせるのか? 一般市民に……」

 

「なに『一般』ぶってんのさぁ。現状、『一般以下』じゃないの? ホームレスおじさん?」

 

「……ぐうの音も出ないな」

 

「まぁまぁ、簡単なお仕事お仕事。所謂、『パパ活』?」

 

「パパ活……?」

 

 

 パッとしない幻徳をよそに、彼女は手をブラブラ振って催促する。

 

 

「やるかやらないかは自由だから。やるなら来週の正午にウチの前に来てよ」

 

「…………」

 

「大丈夫大丈夫! ほら、前金あげるからさ」

 

 

 折りたたんだお札をポケットより出し、幻徳に投げ渡す。

 かなり久々に見た『日本円』の為、単価の算出に手間取ったが、六万円がある。

 

 

「今日は女の子たちとお食事したいからさぁ。夜餉はご参加出来ませんぜ?」

 

「……適当にその辺で買うさ。野宿にも慣れた」

 

「本当に元公務員? 逞し過ぎない?」

 

「……慣れは恐ろしい物だ」

 

 

 六万円をポケットに突っ込み、踵を返す。

 

 

「……彼女らによろしく伝えておいてくれ」

 

「是非、『来週も来るよ』って言っておくねぇ」

 

 

 食えない女だ。

 幻徳はドアを開け、出て行く。黒湖の視界より、外れたかった。

 退出をひな子らに悟られやしないかと思った。だが流石は高等マンション、ドアの開閉音さえ静かだ。幻徳は煌びやかなマンションより、闇の世界へ還って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、幻徳は彼女から金を受け取ったのか。

 黒湖と話した時、彼女の異形の片鱗を感じたからだ。

 

 

「……あの女は、底知れない事は確かだ。そしてどうやら、この世界の日本も『平和』とは言えないようだ」

 

 

 思い出せば二日前。現場にやって来た警官らは、ローグは警戒せど、黒湖には一切関わっていなかった。警察と関係がある事は本当だろう。

 

 

「ならば間違っている……もう、『力で抑えつける平和』はこりごりだ……」

 

 

 父親の顔が過った。目の前で崩れ落ち、幻徳の腕の中で息を引き取った父親の死に際だ。

 

 

 

 同時に、もう一人の『青年』の顔が過った。身を呈し、巨悪に立ち向かう勇者。『ラブ&ピース』を愚直なまでに掲げる、一人の戦士だ。

 

 

 

 

「……あの女の懐に潜り込む。元の世界に戻れるまで……奴を止めてやる」

 

 

 幻徳はあの『狂気』に立ち向かう為、敢えて借りを作ってやると決意した。

 そして清算は、『全てを変える事』。腐り切ったこの町を変えてやるつもりだ。

 

 

「……最も、この世界で生きる為。俺は元の世界に……必ずや『償い』を果たす……!」

 

 

 気付けば黒湖の住むマンションは、遥か後方。もう一度睨み付け、決意を強固な物とする。

 その念を込め、手元のボトルを強く握りつつ前を向く。

 暗く、汚く、それでも確かな希望の闇へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。幻徳が家を出た、すぐ後。

 黒湖は窮屈かつ、『微かな血の匂い』の漂うスーツから着替えようと自室に向かう。

 

 

 

「くふふふふ……」

 

 

 思わず、笑みが零れる。

 

 

「元公務員? 市役所勤め? 会計補佐?」

 

 

 口角は釣り上がり、邪悪な笑顔を見せた。彼女の本性が剥き出しとなる。

 

 

「そんな訳ない! あたしには分かるよぉ」

 

 

 幻徳に顔を近付けた時、彼女は確信した。

 

 

 

 彼の目の奥に宿る『狂気』を。

 皮膚の下に隠れる『呪い』を。

 手の毛穴の奥から漂う『血の匂い』を。

 

 

 

 隠したって隠しきれない、寧ろ隠すには重過ぎる『罪』を。

 

 

「あれは何人殺したかな? 一人? 二人 もっともっと……十? 百? いやいや、もっともっと……」

 

 

 羽織っていたスーツを脱いだ。

 

 

「……あっはぁ♡ とんでもない『怪物』見つけちゃったぁ」

 

 

 新しいオモチャを、見つけてしまったようだ。

 

 

 

 

「くーちゃんまだぁ?」

 

「黒湖〜! 早くしなさいよ!」

 

「幻徳さんも準備出来ましたよ」

 

 

 リビングから一斉に呼び声がかかる。

 部屋着に変え、フラフラ自室から出て来た。

 

 

「ごめんねぇみんな。着替えていたから」

 

 

 彼女はみんなの待つ、明るいリビングへ入って行く。

 何処までも幸せで、何処までも単純な、普通の生活。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あっという間の一週間。日曜日である。

 最初の幻徳はネットカフェで寝泊まりした。この世界でやっと、屋内で腰を落ち着かせられた。

 

 

 シャワーを浴び、行きしなに買った消毒液と包帯で傷に手当てを施す。

 アイスクリームバーでひたすらアイスを食べ、アイマスクを購入して眠りについた。

 太陽が出る頃にはかなり精気を取り戻せた気がする。

 

 

 

 ただネットカフェのリクライニングチェアでは寝辛く感じたので、その翌日からはビジネスホテルに泊まった。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の彼はコンビニ前にいる。買った新聞を読んでいた。陰鬱な事件だ。

 すっかり傷は癒えていた。

 

『男性殺害、帰宅を狙う。』

 

 刺殺事件のようだ。一つの家族の、一人の父親が殺されている。

 幻徳も似た境遇にある為、義憤に駆られていた。新聞によれば怨恨か通り魔かも判断しかねている状況らしい。

 

 

「……胸糞の悪い事件だ」

 

 

 一緒に買ったイチゴミルクを飲みつつ、新聞を捲る。

 

 

『謎のヒーロー!? 正体は誰だ!』

 

 

 自分のニュースだ。ここの所、マスコミはこの話題で盛り上がっていた。写真には収められていない為、目撃者から得たイメージ画が添えられている。

 なかなか近く描かれている。ただ目が釣り上がっていたり、ワニの部分がやけに顔を挟んでいたりと、実際との齟齬はあるが。

 

 

「……目立ち過ぎたか」

 

 

 イチゴミルクを最後の一滴までズコズコとストローで吸う。

 飲み切ったと同時に、新聞とパックは『燃えるゴミ』へ。ストローは『燃えないゴミ』にキチンと分別して捨てた。

 

 

「……新聞はそのまま捨てて良かったのだろうか……?」

 

 

 そんな心配をしながら、コンビニ前からコインランドリーに戻る。

 着ていた服を洗濯していた。今の服装は、古着屋で適当に買ったパーカーとTシャツとステテコ。下着も変えた。移動のし易さを考え、サンダルにも履き替えた。

 洗濯完了まで二十分。乾燥もしてくれるので、終わればすぐ着れる。

 

 

「どんな仕事をさせられるのやら。あの女が何かしでかすのなら、止めなければ」

 

 

 スポーツ用品店で買ったボストンバックの中に、『スクラッシュドライバー』を入れている。肌身離さず持っていた。

 何だかんだ六万円で色々出来た。残り残高は九千円。

 

 

「………………」

 

 

 黒湖を思い出していた。

 あんな残虐な殺人鬼を、慕う人間がいた事に改めて驚かされる。巧妙に本性を隠しているのか、周知なのか。

 どちらにせよ危険人物には変わりない。これから注意しておく限りだろう。

 

 

 

 ベルが鳴り、洗濯完了を知らせる。

 洗い立ての服はボストンバックに押し込んだ。

 

 

 腕時計を見る。本屋で買った、安い品だ。

 時刻は十一時半を過ぎていた。

 

 

「そろそろか」

 

 

 何が始まるのか。杞憂に済めば良いと思ってはいるが、嫌な予感がして止まない。

 だが何が起きても止めてみせる。『スクラッシュドライバー』と『ボトル』があれば、彼は最強だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴったり十二時。黒湖の家の前にいた。

 その五分後にマンションのエントランスから出て来たのは、五人。

 黒湖とひな子、八葉と、後は知らない二人。片方はひな子らと同年代の少女で、もう一人は小学生と思わしき童女。

 

 

「あ! 優しいおじさん! 久し振りー!」

 

「幻徳さん……?」

 

 

 彼を確認するなり、ひな子は明るく駆け寄り、八葉は当惑する。

 当惑も無理はない。先週まで着の身着のままであった彼が、清潔な服を着ている上、パーカーとサンダルにステテコと言ったやけにスポーティーな服装に様変わりしているのだから。顔色も良くなっている。

 

 

「前は挨拶もなしにすまなかった」

 

「一緒に食べるつもりだったのに、いなくなっちゃうんだから!」

 

「会ったばかりの人間がいても、気不味いと思ってな」

 

 

 次に八葉が話しかける。

 

 

「幻徳さん、お金無かったんじゃ……?」

 

「まぁ……日給の仕事を紹介されて……な」

 

 

 嘘は言っていない。

 ここで黒湖から貰ったと言えば『ヒモおじさん』なんて揶揄されそうだからだ。

 

 

「へぇ。六万少しで生活出来たんだぁ。会計ってのは嘘じゃなかった?」

 

「……それで? その、お二人さんは?」

 

 

 黒湖からの話を躱し、顔の知らない二人の少女を見やる。

 お団子で結んだ髪型の子と、やけに緊張している子。

 

 

「こちら、『浮菜ちゃん』と『凛子ちゃん』でーす。ほらほら、ご挨拶してして?」

 

 

 黒湖に流されるまま、浮菜と凛子がおずおずと頭を下げる。

 

 

「ど、ども。み、『水沢浮菜』と申します……」

 

 

 お団子の子が浮菜のようだ。何だか後ろめたい事でもあるのか、挙動不審だ。

 

 

「……『浅葱凛子』です」

 

 

 童女の方はやけに声が暗い。この歳の子は人見知りでもするのだろうと、幻徳は合点した。

 

 

「氷室幻徳だが……一つ聞きたいが、何処か出掛けるのか?」

 

 

 仕事と言われたのに、現状はレジャーランドに向かう一行その物。

 黒湖に説明を求めたのだが、説明をしたのはひな子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしておじさんも行くの!?」

 

「……何処に?」

 

「『テケラン』!!」

 

「テケラン……?」

 

 

 新型の武器かと思った。

 略称で話すひな子の代わりに、八葉が注釈する。

 

 

「『テケリリランド』に行くんですよ」

 

「遊園地か?」

 

「そうですよ。アレ? 幻徳さん、テケリリランド知らないんですか?」

 

「娯楽に疎く……」

 

 

 会話に黒湖が割って入る。

 

 

「今回は、氷室さんが『保護者』として、遊園地に行って貰いまーす」

 

 

 

 唖然とする幻徳。

 

 

「……『仕事』って、コレか?」

 

「あたしが用事でさ。ね?」

 

「……政府公認とか何とか言ってなかったか?」

 

「一種の誇張表現よん」

 

 

 拍子抜けだ。一週間抱いた緊張が落ちる。

 

 

「三人は中学生だし、凛子ちゃんに至っては小学生だし。やっぱ大人が一人でもいないと不安でしょ?」

 

「確かにそうだが……だが」

 

「ハイハイ、行った行った。あ、氷室さんのチケットないから、当日で買ってね。お金残ってるでしょ?」

 

 

 ひな子らの背中を押し、幻徳に寄せる。

 何かを企んでいる事は明白だが、全く読めない。

 

 

 

 

 

 幻徳の耳元で、黒湖が喋る。

 

 

「今日はみんなに、『お父さん』のように振舞ってねぇ」

 

 

 気付かない内に、四万円を彼のポケットに突っ込んだ。

 

 

「なんでお父さんに……」

 

「じゃっ。頑張って」

 

 

 それだけ言うと、黒湖はパッと離れてガレージに向かう。

 この時に幻徳は、自身のポケットに四万円があると気付いた。

 

 

「…………何を考えてやがる」

 

 

 意図が読めない。不気味に思いながら、ガレージから走り去って行く彼女の車を眺めた。

 

 

 

 

「ではいざ、テケラン!!」

 

 

 ひな子の声をキッカケに、一同は駅へと向かい出す。

 幻徳は嫌な予感と不気味さを抱きながら、彼女らの後ろを付いて行く。

 

 

 

 この時の彼は気付く由も無かった。

 黒湖は幻徳を保護者とする為に向かわせたのではない。『生贄』に捧げた。

 彼女なりの、『お手並み拝見』だ。

 

 

 

 

 

 

「……………………』

 

 

 一行の中に、『狂気』が潜んでいる。




明日はジオウです。
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