幻徳はテケリリランドで唖然となる。
「あれが……しょごたん?」
彼の前には複数の目と触手を持った、異形の怪物が沢山いた。
先に浮菜が言っていた通り、「テケリ・リ」と鳴いている。
「わーい! しょごたんだ! しょごたんの群れだー!」
「待て。あの冒涜的な怪物がしょごたんなのか……?」
幻徳には理解が出来ない。
「幻徳さんは分からないんですかー? しょごたんの良さが!」
「いや、良さも何も……狂気の山脈で見てしまうような……」
「キモかわいいで人気ですよ」
「キモいしか分からん……」
八葉でさえそう言うのだから、アレが人気なのは確かだろう。釈然とはしないが、幻徳は納得せざるを得なかった。
しょごたんの群れの奥の方で呻き声が上がる。暴走したひな子がしょごたんに殴りかかっていた。
「あー! ひな子!! しょごたん殴っちゃカワイソーだろ!!」
「なんで殴るの……?」
彼女を止めに、すぐさま八葉と浮菜は駆け寄った。完全に保護者の立ち位置となっている。
「……俺は必要だったのか……?」
思えば八葉も浮菜も中学生と思えないほど、しっかりした娘だ。ひな子だけがやけに幼く見えるが、ストッパーの役割は完結している。
この集団に成人男性がいるだけで空気は淀みやしないかと心配になった。
「………………」
凛子と目が合う。人が多い場所に来た為か、再び緊張感が表情に出ている。
「遊園地は来たことあるのか?」
「え?……ううん、はじめて」
「俺も何年振りだろうか」
見渡せば、大きな観覧車にとても高いジェットコースター、行きしなに見たポスターによればモトクロスショーも行われるとあり、それなりの規模の遊園地だと分かる。
今日は日曜日とあり、家族連れの客で賑わっていた。
「多いな……アトラクション一つにせよ、結構並ぶかもしれんな」
「……いっぱい乗れたら良いな」
「フリーパスだから、何でも何度でも乗れるぞ。気になった物があれば言ってくれ」
しょごたんに叱られ、げんなりしたひな子が帰って来る。
「まぁまぁ、ひな子……気を取り直して、何か乗ろうぜ。何乗る?」
「……かんらんしゃ」
父親の手を引き、次のアトラクションへ急かす子どもが横切った。
凛子はその親子を、ジッと見つめている。
ひな子の提案で、最初のアトラクションは観覧車となった。
「まずは高い所から全体の混み具合を見て……それから乗る順番を決めるの!」
天真爛漫なひな子にしては合理的な判断だ。
「高いな……」
「おじさん、高い所嫌いなの?」
「そう言う訳ではないが……高い場所にあまり縁起を感じた事がなくてな」
「? おじさんって変わり者だね!」
お前には言われたくないと思いつつも、心中に留めた。それが大人と言う物だ。
「幻徳さん、大きなカバンですね」
八葉は幻徳の膝の上に乗せられたボストンバッグを指差す。
「なに入っているんですか?」
「大層な物は入っていない。服とか下着とか……」
「邪魔でしたらこの遊園地、貸しロッカーありますけど」
「あー……それには及ばない」
強固な金庫に入れるとしても、『スクラッシュドライバー』は手放せまい。
「自分の物は手元にないと気が済まないタチで……」
「……そうですか」
八葉は、幻徳が仮面ライダーローグである事を知っている。
もしかしたらスーツか何かが入っていると思っているかもしれない。それを察知し、話題にするのを止めた。
「ん?」
誰かの携帯電話が鳴る。
ひな子のようだ。
「もしもーし? ふんふん。やだ」
十秒で通話終了。見ていた側が心配になる。
「ひな子、誰から? 黒湖さん?」
「えーとね、けーさつの人」
浮菜の身体が跳ね上がる。
「け、け、け、けいさつ? なんで?」
「あ、ひな子の言う事は気にしないで。たまに解読が必要になるから」
「そ、そ、そうなの?」
動揺がバレバレだが、幻徳は外を眺めていて気付かなかった。
「あのアトラクションが良くないか? 空いているぞ」
コーヒーカップルのようなアトラクションだ。デザインはやはり異形の怪物だが。
「くるくるくとぅるぷ……ふふふ……おじさん、オメガ高い」
「後はあの……メリーゴーランド? そっちも空いているな」
「ふかきものどのライド! オメガ高い!」
「あとは、あれか」
「ティンダロスハウス! オメガ高い!」
「それが言いたいだけだろ」
二人はやけに目が良いらしく、アトラクションの順番を決めて行く。
その間、凛子は一つ前のゴンドラを眺めていた。
両親が見守る中、楽しげに観覧車からの景色を楽しむ子供を。
一方で御剣と君原。パトランプを鳴らし、車を走らせていた。
「どうだ? 出たか?」
「……待てと言ったのに『やだ』と言われて切られました。電話の電源も落とされましたね、かけても繋がりません」
「……こんな時に」
苛立ちから顰め面になる御剣だが、君原が持つ端末に表示された地図は、ひな子の場所を依然と示していた。
「テケリリランドからは動いていないようです」
「よし。このまま急行する」
「GPSはちゃんと作動しているようですが……」
君原は疑問を呈す。
「……ケータイの電源は入っていないのに、どうしてGPSは作動しているんですか?」
ハンドルを切り、やや乱暴に次の角を曲がる。
曲がり切り、道が安定したと判断すると、御剣は話し出した。
「そうか……そうだったな。お前はまだ知らなかったな」
「え?」
御剣の横顔を眺める。悲壮が込められていた。
「……どうして屠桜が、『紅守と組んでいるのか』」
テケリリランドまで二キロを切った。御剣はアクセルを更に踏み込んだ。
「まずGPSの件だが……それは、『屠桜に埋め込まれたマイクロチップによる物』だ」
「…………え?」
君原の表情が驚きに染まる。
コーヒーカップルを乗り終えた後、そこには青い顔の浮菜がいた。
「え、えうぅ……屠桜さん、ま、回し過ぎですってぇ……」
「大丈夫か?」
「……なんで氷室さんたちは平気なんですかぁ……」
浮菜以外の四人は強靭な三半規管の持ち主だ。一秒間三回転二分コースの超速を物ともしていない。
「まぁ、昔の俺もしょっちゅう、車酔いになったもんだ。まだ若いから慣れないだけで」
「じゃあ凛子ちゃん平気なのはなんでですか……」
「……まぁ。人間、得意不得意はあるさ」
幻徳に支えられ、覚束ない足取りでひな子の後を追う。
「次は、ふかきものどのライド! 私を待っているッ!!」
皆を置いてきぼりに邁進するひな子、凛子に付き添う八葉の後ろで、幻徳と浮菜は疲れを見せ初めていた。
「……元気ですね」
「いや……あの娘らがパワフル過ぎるんだ」
「うぅ……インドア派の弊害がここで……」
「……仕方ない、俺たちは休憩でもしよう」
幻徳は手を振り、八葉を注目させる。
「この娘がこんな調子だ。フードコートで休憩して来る」
「分かった幻徳さん! 次乗り終えたら迎えに行きます!」
ふかきものどのライドへ向かう彼女らを見送ってから、二人はフードコートへ行った。
仲良くヨロヨロと向かう二人を一瞥し、八葉はつい笑ってしまう。
「本当に親子みたいだな、あの二人」
視線を再び、凛子の方へ戻す。
「さっ。凛子ちゃん、ひな子の所まで競走でもすっか!……って」
瞬間、先ほどまでの和やかで朗らかな気分は霧散してしまった。
「……あれ? あれぇ!?」
さっきまで隣にいた凛子が、いなくなっていたからだ。
フードコートでは、運良く席に座れた。
「はー……遊園地って、疲れるんですね」
「あのメンバーだから疲れるんだろ……カラオケの方が楽だ、カラオケに行きたい……」
電車での長距離移動の上に、広大な遊園地を歩く事は思いの外体力がいる事を実感する。
椅子の背凭れにダラリと身体を預け、互いに青空を見上げる。とても高く、気持ちの良い天気だ。
「……そう言えば、君はあの二人の友達か」
「え? ま、まぁ、そうですね……ははは」
「あの浅葱って娘はどう言う繋がりなんだ?」
「それは分からないですねー。なんか、ちちゆりさ……じゃなくて、黒湖さんの親戚の娘とか?」
「……あの女の親戚?」
身内を預かるほど、黒湖に情なんてあるのだろうか。
幻徳はゆったりと回る観覧車を眺めながら、ぼんやりと考えていた。
(奴は一週間前……確かに『仕事』と言った……なにか、裏がある気がするが……となれば、あの浅葱と言う少女が怪しいな)
保護者として同行しろと言われていたが、別に彼女らが見守らなければならないほど幼い訳ではない。現に今は二手となっているが、全く問題はなさそうだ。もっと言えば、黒湖がそれほど心配性には思えない。幻徳に金を渡すほど、必要な事であったのか。
「……アイスでも食おう」
考えれば考えるほど、脳も疲れて来た。身体は甘い物を欲しがっている。
「買って来てやる。なにが良い?」
「え? い、いや、自分で買いますよ?」
「学生の身分じゃお金はあまり無いだろ。気にするな」
最も、自分の金も他人の物だがと恥ずかしく思いつつ、彼は席を立った。
「じゃあ……バニラで」
「バニラか。分かった」
味を聞いた幻徳は、颯爽と売店へ走る。ボストンバッグは決して手放さない。
(着替えとかの割には、大事そう……)
浮菜はその様子に、怪しさを感じつつあった。
二人のいた席はフードコートの端の方で、売店まではそれなりに移動しなければならない。
そして売店に着いたとしても、休日の昼下がりは人、人、人。
ましてや今日は気温が高く、絶好のアイス日和。
アイスの売店は、長蛇の列であった。
「なんて事だ……参ったな」
髪を撫で付け、忌々しげに列を見る。
「これじゃあ、碧たちが戻って来てしまう……別のアイス屋は無いものか……」
売店を見て回ってから並ぼうと考え、見渡す。最悪、ホットドッグ屋の小さなデザートメニューでも構わない。
カップル、親子が右往左往する中、幻徳一人がフードコートをひた走る。
売店群の端まで来た所で、見覚えのある人物を発見。
「……ん? あの娘は……」
薄い緑色の髪にサイドテールを結わえ、ウール製のスカートが風で靡く。斜め掛けの小さなバックからは、ウサギのぬいぐるみが顔を出していた。その姿は凛子だ。
「浅葱凛子? 一人じゃないか」
辺りを見ても、ひな子と八葉はいない。
「逸れたか……やっと保護者らしい事が出来る」
バックを担ぎ直し、凛子の元へ。
彼女はどんどん先を行く。
「おーい! 浅葱ちゃん!」
「…………………………」
「……聞こえていないか? この距離なら聞こえるハズだが……」
呼び掛けるが、反応はない。彼女の背中を追う内に、人の少ない薔薇園ゾーンに入っていた。
「おい! 俺だー! おじさんだ! 氷室幻徳だ!」
流石に聞こえると断言出来る距離だ。それでも足を止めない所か、小走りになっている。
わざとだろうかと、幻徳も疑いを持ち始める。
「……子供ってのは良く分からん」
ぼやきを零しつつ、凛子を追う。
薔薇園の奥へ入り、とうとう人のいない用務員倉庫前まで。
凛子は倉庫の影へ滑り込み、見失ってしまう。
「……こんな所になにがあるってんだ……」
辺り一面に薔薇の甘い香りが充満する。鼻先を掠め、蝶が優雅に横切り、別の花壇へいなくなった。
幻徳は走り疲れ、ゆっくり倉庫へ寄る。
「浅葱ちゃん。あっちの売店でアイスでも食べないか……今日は暑い」
凛子が曲がった倉庫の角へ、足を踏み入れた。
「……浅葱ちゃん?」
角の先は高い木製の壁があり、行き止まりだ。きつく錠前をかけられた、従業員用入り口が目に入る。
そのすぐ向こうの道路で、パトカーのサイレンが響いた。
ウゥ〜、ウゥ〜、ウゥ〜。
「……なに? 何処だ?」
ウゥ〜、ウゥ〜。
「別の道はない……壁の高さ的に、あの娘には登れない……」
ウゥ〜……。
「……………………」
キキィィィっ。
ガタン。
「…………浅葱ちゃん?」
ザシュッ。
『事態はデンジャラスへ/Number of skins』
到着と同時に、御剣と君原はテケリリランドの入園口へと急行する。
「警察です! すいません、緊急事態なんです!」
「え、えぇ?」
警察手帳を係員に提示。
当惑しつつも係員がメインセンターに連絡を飛ばし、入園の許可が下りる。
ゲートが開けられたと同時に、二人は何振り構わず、GPSが指し示すひな子の場所へ疾走。
「屠桜は!?」
「その先です! あ、あまり移動をしていません! ゆっくりと、回って……!!」
ひな子は、ふかきものどのライドを満喫していた。
「ひゃーっ!!!」
「屠桜ッ!?」
ひな子発見と同時に、辺りを見渡す。
その場に、浅葱凛子の姿はない。
「屠桜!! 浅葱凛子は何処だ!?」
「あっ、けーさつのひと。くーちゃんは?」
「だから浅葱凛子は……」
アトラクション周りのフェイスにしがみ付く彼の耳に、聞きたくなかった言葉が木霊する。
『迷子のお知らせです。流々家町、久多跡よりお越しの、「浅葱凛子ちゃん」』
「…………なに?」
『お見かけの方は迷子センターまで…………』
八葉がセンターにアナウンスを打診した。園内全体に、浅葱凛子の特徴情報が鳴り響く。
同時にこれは、『浅葱凛子が保護下から喪失した』事を示している。
「……見失っただと……!?」
フェイスを叩いた後、御剣は君原に命令する。
「君原!! 遊園地側にも協力を仰げ!! 隈なく探すぞ!!」
「は、はいっ!!」
「あれ? もう帰るの?」
置いて行かれたひな子のみ、事態を全く理解していないようだ。
フードコートにて、浮菜は待ちくたびれていた。黄昏ていた為、園内放送は聞き流している。
「……遅いなぁ、氷室さん。混んでるのかな……」
そんな彼女の元へ、八葉が大急ぎでやって来る。
「う、ウッキーナ!!」
「あれ、碧さん……屠桜さんと凛子ちゃんは?」
「ひな子はライド中だけど、凛子ちゃんはいなくなった!!」
「え!?」
疲れていた浮菜だが、急事態に立ち上がり驚く。
「ま、迷子!?」
「黒湖さんから『目を離すな』って言われていたのに!」
「探しに行かなきゃ!」
二人もまた、御剣らと同様に凛子捜索を開始する。
だが事態は、御剣と君原の願いとは別に、八葉と浮菜の焦燥とは別に、危険な方へと向かっていた。
「そう言えば幻徳さんは?」
「あの人も帰って来なくて……」
「……幻徳さんも迷子か?」
大の大人がそんなハズはないだろう。八葉は自嘲気味に笑う。
誰も予想出来ない。
危険な事態の矛先は、氷室幻徳だ。
彼は薔薇園の用務員倉庫横で、首から血を吐き出していた。