COCODRILO ー ココドゥリーロ ー   作:明暮10番

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嗜虐的ジェットコースター/Fear and loating

 圧倒的な存在感だ。

 

 

 ただ佇む姿さえ、只ならぬオーラ。

 変わった空気の流れに、凛子は本能的に『強大な相手』と感じ取れた。

 

 

「…………フゥッ!!」

 

 

 一息に、凛子から飛び掛った。

 一直線ではない。壁、地面、ローグの前方、後方と縦横無尽に翻弄する。

 

 

「……『ブラックハザード』のようだ」

 

 

 一縷の動揺も今の彼にはない。あるのは絶対の自信と、勝者の余裕。

 

 

 

 

 凛子は包丁を構えた。ローグの左斜め後ろ、屋根の庇を足場としてトップスピードでかかる。

 先ほどまでの彼には反応出来たかどうか。だが、今ならなんて事はない。

 

 

 

「後ろか」

 

 

 ローグは振り向きもせず、両腕を瞬時に上げ、身体一つで刃を受け止めた。

 本当ならば両腕は両断され、不能になってしまう。しかし、凛子の望んだ血飛沫と心地の良い肉の感触はなく、火花と激しい金属音だけが起こる。

 

 

 彼の腕は、両方の包丁をも止めていた。コンマ一ミリも、刃は入っていない。

 

 

「……!? なんで……!」

 

 

 ローグは瞬時に腕を引き、身体の回転と共に凛子を捕らえようと伸ばして来る。

 うかうかしていられないのは凛子の方だ。身体を捻り腕を避け、懐へ落ちる。今度は腹を刺すつもりだ。

 

 

「無駄だ」

 

 

 ドライバーの少し上、鳩尾目掛け全体重を乗せ刃を突き刺す。

 しかし、刃は入らない。

 

 

「あり得ない……!!」

 

「お互い様だ」

 

「!?」

 

 

 ローグの腕が、凛子の右腕を掴む。

 引き剥がそうと力を入れられる前に、一気に捻る。彼女の小さな腕は背中に回され、拘束される。

 

 

「っ……!!」

 

 

 諦める気はない。まだ自由な左腕で、ローグの顎下を狙って後ろ手で斬りはらう。

 その腕さえ、もう片方のローグの手によって捕まえられる。攻撃手段は全て封じ込められた。

 

 

「うっ……! うぅ……!!」

 

「暴れるな。殺しはしない……」

 

「それはなに……!? 何者……!?」

 

「……立場が完全に逆転したな」

 

 

 喉や左手の傷は、機密性の高いスーツによって流血を免れる。多少の無理は可能となり、怪我を思わせないパワフルさを見せ付けた。

 そして仮面ライダーとなった事で、『ネビュラガス』の効果をフルに発揮。身体能力が向上し、身体を覆うスーツによって防御力、攻撃力も一気に上げられた。

 

 まさに『無敵の力』だ。凛子は圧倒的な力量差に、衝撃を感じずにはいられない。

 

 

「抵抗するな。少し、眠ってもらうだけだ」

 

 

 このまま地面に叩きつけ、一瞬で気絶させよう。

 子供相手への罪悪感は微塵もない。この娘は危険だ。それに両手が塞がっている今、それしか止める方法はない。

 

 

 

 

 

 しかし、彼女は一切諦めない。

 足が動く内に、その場で跳んだ。

 

 

「むっ……!」

 

 

 後ろ手に拘束され上へは行けないが、頭を思い切り背後へ落とし、拘束部分を軸として華麗な『ムーンサルト』を披露した。

 凛子の両脚が、顎下に直撃。視界の振動により僅かに緩んだ腕力。

 

 

 彼女は更にローグの顎下を踏み込み、そのまま腕を引く。足が上半身を押し上げる時の力は、女性でも簡単に人間を持ち上げられる力を発揮出来る。

 幻徳の手から腕は抜け、凛子は弾けたバネのように前方へすっ飛ぶ。

 

 

「一筋縄ではいかないか……」

 

 

 すっ飛ぶ凛子に、回し蹴りを行う。だが凛子は地面に手をついた瞬間、腕の力で跳躍。地面に落ちるのではなく、舞い上がった。

 ローグの蹴りは彼女の被るウサギの耳を掠め、外れる。

 

 

「屋根の上に……腕だけでか?」

 

 

 凛子は軽やかな身のこなしで、倉庫の屋根へ着地。三メートルの高さを腕のみで跳び切るとは驚嘆に値する。

 

 

「本当に生身の人間か……?」

 

 

 相手が自分と同じ種だと信じたくなくなって来た。

 ただその感情は、凛子にも言える。目の前の男は、本当に人間なのか。

 

 

 

 

 

 幻徳は彼女からの攻撃を警戒し、構える。

 彼を見下す凛子はスーツの脆弱点を考察し、何処に刃を入れるかを練っていた。暫し相手の出方を見る膠着状態が続く。

 

 

 

 

 

 

 その状態は、たった十秒で終わった。

 

 

「お、おい! なんだあんた!?」

 

 

 従業員用路から、三人の警備員が入って来る。君原らの要請を受け、凛子の捜索に回された者たちだ。

 言動からして、屋根の上の凛子に気付いていない。

 

 

「錠前が壊れている! なにをしたんだ……」

 

「離れていろッ!! 死ぬぞッ!!」

 

 

 真に迫ったローグの声。気圧された警備員らは思わず怯み、黙り込む。尤も、彼らは凛子のターゲットより外れている。手はかけられないと思われるが。

 

 

 問題は、凛子はその第三者の登場により、逃走を図った事だ。自身の姿をあまり晒したくはないのか。

 駐車場には警備員がいる。一限的に彼女は、園内へ逃げ込んだ。

 

 

「逃げた……!?」

 

 

 彼女は目立たぬよう、包丁を仕舞っている。バッグが紛失している点を見ると、恐らくは今まで、ぬいぐるみの中に隠していたのだろう。

 はたから見ればウサギの面を被った少女。それに顔を隠している為、彼女を探す園内の従業員らの目を逃れられる。人混みに紛れ、隠れるつもりか。

 

 

「四の五も言ってられんな」

 

 

 ローグは自身の姿が晒される事を考えず、呆然と立ち尽くす警備員らを無視し薔薇園に飛び込む凛子の後を追う。

 

 

 追跡は余裕だ。百メートル二秒を誇るローグの走力を持ってすれば、十分に凛子に追い付ける。九秒台が世界記録と聞くのならば、その速度は脅威的だろう。

 問題は、縦横無尽に飛び回る彼女を視認し続ける事だ。尤も先ほどの走力スペックに関しても、平坦な道を走った場合の測定値であり、人混みや高低差、障害物や道の状態などを考慮すれば全開のスピードを維持したまま走り抜けられる訳ではない。

 凛子が人混みに逃げ、何処かに隠れ潜んだのならば、捕獲は絶望的だろう。

 

 

 

 

「ならば極力……今のうちに距離を詰めるだけだ」

 

 

 薔薇園は幸い、直線的な道が多く、人も少ない。歩き疲れのないよう合成ゴムの道、陸上トラックと同様の素材。チャンスはここだ。

 

 

 脚部に充填されたゲルパッドが、ローグの脚の動きに合わせ伸縮。バネの役割を果たし、それが走力増強に繋がる。

 

 

 

 瞬足、韋駄天。ローグは走者として美しいフォームを保ち、疾走する。

 彼の後には風が巻き起こり、薔薇が散る。踏み込んだ脚は容易く道を踏み抜き、足跡が残っていた。

 

 

 背後から迫る轟音に気づいた凛子はチラリと一瞥する。

 舞い上がった暖色の薔薇たちは、まるで彼に付き従う僕のようだ。暗色の王が、薔薇を率いているのだ。

 彼女の目には、そう映っただろう。晴天と薔薇園を裂く、ローグの姿は。

 

 

 凛子は強い恐怖を感じた。逃走は無理だ。

 人混みならば紛れて逃げられる。だからこそ彼女は園内側へ逃げた……今思えば正解だ。広く見渡しの良い駐車場に逃げていれば、あれよあれよでまた捕獲されていただろう。

 

 

 

 

 

(なんとか、巻ければ……!)

 

 

 目前に迫っていた花壇を、ベリーロール。

 後続のローグも、走速勢いそのまま、ピルエット・ジャンプ。

 

 

 距離はたったの二十メートル。

 前方に肥料を乗せたリアカーがやって来た。園芸家のお出ましだ。

 凛子はその下を滑り込み、園芸家の股下を抜けた。

 ローグは驚く園芸家をよそに、リアカーの縁を踏み台に飛び上がる。

 

 

 距離は一気に縮まり三メートル。

 上空のローグはこのまま、凛子の頭上から捕まえる算段だ。

 彼女も彼女で、やはり肉体的な限界を迎えている。呼吸は荒くなり、肩がブレ始め、姿勢も前のめりになって行く。

 薔薇園の出口は目前だと言うのに。

 

 

 

 

 ローグの手が、彼女を捕らえようかと伸ばされた。

 

 

 

 しかし、天は気まぐれだ。味方をしてくれるのはヒーローだけとは限らない。それは彼が元の世界で死ぬほど突き付けられた摂理。

 

 

 

「りん()ちゃんみっけ!!」

 

「!?」

 

 

 出口付近の花壇裏より、ひな子が飛び出した。

 驚いた凛子は、その刺激を反射神経として上手く彼女を躱す。

 

 

 ローグは違う。飛びかかった状態で、自由度は低い。

 

 

「ひな……ッ!? 危ないッ!!」

 

「ふぇ?」

 

 

 身体を捩り、たった五センチの場所から何とか軌道を変更。ひな子との直撃は免れ、ローグは胴体から着地するが上手く受け身を取り、倒れる事はしない。

 

 

「くっ……!」

 

「あ!! ロープ!!」

 

 

 ひな子は憧れのヒーローとの再会に湧く。凛子の事は忘れた。

 

 

「ロープお空飛べるんだね! ジェット噴射!? ガス推進!?」

 

「……浅葱凛子はッ!?」

 

「え? りんごちゃん?」

 

 

 視界が少し外れたが、凛子の姿は十分に捉えられた。

 だがその後ろ姿は、人でごった返すアトラクションゾーンに逃げ込む様子だ。

 

 

「ロープ、お願いが御座います!!」

 

「……逃すか!!」

 

「この屠桜ひな子めを……あ! ロープ!!」

 

 

 何かを懇願する彼女を無視し、ローグは再び駆け出した。

 一人置いてけぼりを食らったひな子はボーッと眺め、しょんぼり肩を落とす。

 

 

「うぅ……ツイてないよぉ。みんなどっか行っちゃうし、楽しみはメンテナンス中だし……」

 

 

 彼女にとっても散々な日だろう。

 

 

「これはまた今月中に来直さなければ! くーちゃんと!」

 

 

 そう決意してから、ひな子はモトクロスショーを見に薔薇園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトラクションゾーンのローグは、言わずもがな目立つ。

 

 

「なにあれ! カッコいい!!」

 

「え? ヒーローショーここでやるの?」

 

「新聞で見たぞ、紫のヒーローじゃねぇか?」

 

「最近の遊園地は凄いなぁ」

 

 

 通る人々が彼の姿を見て、驚いた、子供ならば興奮したり。その姿は町で話題のヒーローの為、余計に反応された。まさか本物だとは思っていないたろうが。

 

 

「すいません! 写真良いっすか?」

 

「後だ!」

 

 

「うわっ!? なんだ!?」

 

「邪魔だ!!」

 

 

 再変身の負担を憂慮し、変身解除しなかった己を呪った。人々は彼に話しかけたり、ローグの存在に気付かず障害物となったり、本来のスペックを発揮出来ない。

 だが凛子の姿は以前として視界にある。その距離は段々と離されて行くのだが。

 

 

(変身したままだと目立つが……解除すれば追い付けなくなる……このままか!!)

 

 

 凛子を一旦見逃す事はしない。いつ衝動に駆られ、誰かを殺すのか分かった物ではない。

 

 

 

 同時に慈悲もあった。殺人兵器と化した、あの少女への慈悲。

 彼はどうしても、彼女に対して非情になれずにいた。

 非情になれずにいたからこそ、彼女の逃したのかもしれない。自分の弱さであり、責任だ。

 

 

 

 

 

 

「…………俺は、『悪漢(ローグ)』……」

 

 

 腰に手を回す。

 人々は好奇の目を見せ、子供たちは駆け寄り、気付かない人間が立ちはだかる。

 

 

 

 

「……ローグになるしか」

 

 

 その手に握っていたのは、『ネビュラスチームガン』。

 

 

 

「……捕らえる術はない」

 

 

 彼は一瞬立ち止まり……空に向けて光弾を撃った。

 甲高い発砲音が鳴る。銃声とは違う軽い音だが、電気系統のショートらしきその音は人々にショックを与えるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「退けッ!!」

 

 

 もう一発を撃ち上げる。二度目の警告は、膠着していた人々に鞭を入れた。

 人々はローグを中心とし、逃げ始める。本気にした者もいれば、まだアトラクションの一種だと思い込む人もいる。それでも、皆はローグから一気に離れた。

 

 

「おおお!?」

 

「なんだなんだ!? 本物の銃か!?」

 

「なんかヤベェって! 逃げろ逃げろ!!」

 

「いや、まさか本物な訳……」

 

 

 

 彼の進行方向に道が出来た。真っ直ぐの道が。

 

 

「…………赤っ恥かかせやがって。絶対に捕まえる……!!」

 

 

 前方に、呆然と立つ男児がいた。

 ローグを恐怖の対象と見ているのか、それとも憧れの眼差しなのか。それは分からないし、読み取る余裕は彼にはない。

 

 

 彼は『ローグ』だ。悪の仮面を被った男、悪を装った男。

 だがせめて、『己の中の正義』を信じさせて欲しい。

 彼は男児の頭をそっと撫で、過ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この騒ぎはすぐに広まり、御剣と君原にも連絡が来る。

 

 

「え、園内で発砲騒ぎ!? どうなっているんですか!?」

 

「次から次へと……!」

 

 

 凶報を聞き付け、一旦は浅葱凛子探しを中止し、現場に向かう二人。

 だがどう言う運命の悪戯か、道すがらに吉報に恵まれた。

 

 

 

 浅葱凛子が通り過ぎた。ウサギのぬいぐるみを被っていたが、二人には事前に服や見た目の特徴が告げられていたのですぐに気付く。

 

 

「いたぞ!! 浅葱凛子だ!! 君原はこのまま現場に行け! 俺は浅葱を……」

 

 

 

 

 発砲音が鳴る。

 思わず足を止め、その方向を見た。

 

 

 

「つ、ツルさん! あ、あれ……!?」

 

 

 悲鳴や当惑の声を縫って、姿を現れた存在。

 それは君原は新聞で……御剣は、肉眼で見た存在だった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 黒と紫が基調の身体に、黒光る鉱石のような頭、それをワニが食らいついているような意匠……御剣はフラッシュバック同然に思い出す。仮面ライダーローグだった。

 ヒーローとして讃えられた男が、珍妙な銃を撃ちながら驚くべき速度で走り迫っている。

 

 

「何故、アレが……!?」

 

「と、止まりなさい!!」

 

 

 君原は手を広げ、彼の行く手を阻む。拳銃を出さないのは、あまりに民間人が多いからだ。

 だがローグは絶対に止まらない。二人に衝突せんばかりの勢いだ。

 

 

「無理だ!! 避けろ君原……」

 

 

 御剣の警告よりも早く、ローグは跳躍した。

 人間ではあり得ない脚力で、二人の上を悠々跳び越した。

 唖然とする君原、愕然とする御剣。だが御剣は確信した、あの時のヒーローだ、間違いない。

 

 

 

 

 着地すると、ボソリと呟く。

 

 

「悪かった」

 

 

 そしてまた走る。二人の目の前にいたのが、もう遥か向こうまで。

 

 

「……まさか、浅葱凛子を追って……!?」

 

 

 彼女の進行方向にローグは続いていた。君原の指摘を聞き、御剣はハッとする。

 

 

「……全く状況が分からんが、追うぞ!」

 

 

 二人もまた、凛子を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローグは発砲を繰り返し、人混みを強引に切り開く。そのお陰で、凛子との距離は段々と縮められていた。

 

 

「もう少しか……!」

 

 

 推定で十五メートル。今度は必ず捕らえる。

 

 

 

 ここで凛子は奇妙な進路に曲がる。突如右に曲がり、アトラクションに入り込んだ。

 

 

「ん……!?」

 

 

 アトラクション前で、彼は一旦立ち止まった。

 そこは閉鎖されており、今は無人。

 

 

 

 

 

『しょごたんコースター、メンテナンスにより営業終了のお知らせ』

 

 

 

 

 

 今更、隠れたって無駄だとは彼女も理解しているハズ。

 人質でもとって籠城でもするのか。いや、凛子はそんなまどろっこしい事はしない。

 

 

「…………なんだ?」

 

 

 唐突に、ブザーが鳴り響く。

 メンテナンスの技師待ちだったジェットコースターが、動き始めた。

 

 

「どう言う事だ……!?」

 

 

 張られた立ち入り禁止のテープを通り抜け、階段を上がりコースターの乗り場に至る。既にコースターは最初の山を上がっていた最中だ。

 管理室に向かい、停止させようとする。緊急停止ボタンを押すが、反応しない。

 蓋を開け、配線を見る。斬られていた。

 

 

「何処だ!?……まさか、コースターか?」

 

 

 すかさず彼はレール上を走り、跳躍し、頂点へ至る寸前だったコースター内に飛び乗った。

 だが車内を見渡しても、彼女の姿はない。フェイクだったかと早合点する。

 

 

 

 

 

 

「…………いや」

 

 

 二つ前の座席の下から、見慣れたウサギ頭が現れる。凛子だ。

 

 

「見つけた」

 

 

 ローグは早速そこへ向かい、ウサギ頭をとうとう掴んだ。

 だがすぐに違和感に気付く。座席に寝かされた身体が目に入ったからだ。

 

 

「……従業員? このコースターのか?」

 

 

 ジェットコースターの管理をしていた従業員が、ウサギのぬいぐるみを被されていた。

 すぐに引き剥がす。成人男性で、気絶させられていただけだ。監視をしていた従業員を気絶させ、鍵を奪い、ジェットコースターを起動させたと言う訳だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しまった」

 

 

 全て察知する、彼女の思惑も、居場所も。

 ローグは瞬時に振り向き、ぬいぐるみを握る腕で凛子の攻撃を受け止めた。彼女は後ろの座席に隠れていた。

 

 

 

 

 マスクから晒したその目は黒い。何処までも黒い、暗い、深淵の目だ。殺意の目だ。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

 コースターは最初の急降ポイントに移る。急いで残った方の手で従業員を掴み、横に放り投げた。従業員は整備士用の通路に上手く入り、場を離脱した。

 

 

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 投げたと同時に掴みかかるが、凛子は前へ跳び、回避した。御丁寧にぬいぐるみを奪取し、頭に被り直して。

 

 

 

 

 ジェットコースターはとうとう、降下を始めた。スピードを上げ、轟音を撒き散らし。

 

 

「……………………」

 

「……乗せられたと言う訳か」

 

 

 彼女は賭けた。最後の賭けだ。

 ジェットコースターによる最大速度の中で、ローグを倒すつもりだ。

 刃では倒せない。だが足場の不安定な場所ならば、彼にハンディを被せる事が出来る上、邪魔も入らない。

 そして勝利するには、ローグを最大速度で突き落とす事。強固な彼と言えど、時速百キロ強から落とされる衝撃には耐えられないと踏んだ。

 

 万が一耐えたとしても、彼は自分を見失う。彼女にとっても危険な賭けと言うのは、そのタイミングでジェットコースター横に見える林に飛び移る点だ。只では済まないだろうが、自分には成功出来る力量がある。この男から絶対に逃げ切ってみせる。

 

 

 

 

 逃げ切るからこそ、やはり戦わねばならない。手段はもうこれしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタン、ガタガタ、ガタン、ガタガタ。

 

 

 

 

「……遊園地は初めてだったな」

 

「………………」

 

「身長は足りていたか?」

 

「………………」

 

「……楽しもうじゃあないか」

 

 

 彼もまた、応えるまでだ。

 

 

 

 

 

 キィいいいいいいィィンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

『嗜虐的ジェットコースター/Fear and loating』

 

 

 

 

 

 

 

 

 一閃。

 時速は百二十キロ。

 ローグと凛子は互いにかかった。

 

 

 

 凛子の包丁が下から斬り上げられる。それでも決して割けない、ローグのボディ。

 だがエネルギー保存の法則に従い、衝撃は少なからず発生する。尤も、その衝撃が感じられるからこそ、敵からの攻撃に気付けるようになっていた。

 

 足場が不安定だ。安全バーの上で身体を支えるのは困難を極めた。凛子の攻撃による衝撃が、ローグを揺さぶる。

 

 

 

 攻撃を受けるがままではあるまい。ローグは包丁の刃をそのまま鷲掴み、その握力で持ってへし折った。

 

 

 

 しかし闘争心により高揚した凛子に、動揺はない。

 安全バーと座席の間に片足を突っ込み身体を固定。その上で、もう片方の足でローグの腹部を蹴飛ばす。態勢を崩したローグはコースターの後尾に倒れかけるものの、強靭な下半身によって落下はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 凛子はバク転し、一つ後ろの座席の背凭れに足を付けた。

 大きく膝を伸ばし、ローグへ突っ込んだ。

 

 

「まるでロケットだ!」

 

 

 折れた包丁の柄で、彼女はローグを殴る。

 残ったもう一本の包丁で顔面を斬る。

 

 

 

 どちらも失敗だ。ローグは倒れず、包丁の方が折れた。

 

 

 

 

 

「詰めが甘かったな」

 

 

 

 

 

 

 凛子の両腕を掴み、座席に押し倒す。

 

 

 

 

 

 ジェットコースターのように、一瞬の勝負であった。

 

 

 

「い……ッ!! うぅ……ッ!!」

 

「暴れるな。お前の負けだ」

 

 

 コースターはまた、二度目の山場に差し掛かる。スピードは落ち、不気味な音を立てて登って行く。

 眼下の全てが矮小だ。気が遠くなるほど高く、空に手を伸ばせば届きそうだ。

 

 

「このままジッとしてろ。乗り場まで戻ったら降りる」

 

「……ッ」

 

「……降りた後は、警察に送る。司法はお前を守るだろうが……自由を束縛するだろう。頭を冷やすんだな」

 

 

 コースターは、落下点へ近付いて行く。

 

 

「お前をそうさせた父親にも会えまい……『罪』に、向き合うんだ」

 

 

 存外に、声は優しい。

 

 

 

 

「……まだ後戻りは出来る」

 

 

 

 途端ローグは、凛子が突然弱々しくなったと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 ぬいぐるみより覗く凛子の口から、大量の血が溢れていた。舌を噛んでいる、引き千切ろうとしていた。

 

 

「なにをしているッ!? 自殺はやめろッ!!!!」

 

 

 思わず彼は、片手を離した。

 

 

 

 

 策略だった。

 ジェットコースターが二度目の急降下を始めた瞬間、彼女は自殺を止めようとするローグの腕を掴み、態勢を崩した上で蹴る。

 ローグにとって災いしたのは、急降下のすぐ後に三回転ゾーンが待っていた事。カーブによる遠心力も相まって、彼の身体は凛子から離れてしまう。

 

 

 その幸運を無駄にしない。彼女は瞬時に立ち上がり、浮ついたローグを渾身の力で突き飛ばした。

 彼の身体が、コースターからも離れる。

 

 

 

 

 勝った。

 

 

 

 

 そう思った瞬間だった。

 ローグはレールの柱に上手く足を乗せ、二回転目に突入するコースター目掛けて蹴り込んだ。

 

 

 

 

 鋭い速度で、彼の身体は凛子と衝突した。

 衝撃で今度は、彼女の身体だコースターより離された。

 

 

 

「しまった……!」

 

 

 

 ローグが望んだ事ではなかった。

 全てがゆっくりになって行く中で、ジェットコースターを乗り捨て彼女に手を伸ばす彼の姿が鮮明に映った。

 

 

 耳を劈く音も、微かに赤みがかった空も、自身の鼓動さえも分からない。

 ただ、彼の血の通った暖かさが、自分を包んでいるのだなと理解はしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三回転ゾーンの中心から真っ逆さまに落ち、コースターの向かう先であるレールの上に激突。

 そこにローグは背中から落ちていた。胸の中には、凛子の姿。

 

 

「……無茶……させやがって」

 

 

 堅固な防御力を誇るローグと言えど、二十メートルの高さから受け身も取らず落ちるのは堪える物がある。

 腕は投げ出され、胸の上の凛子はいつでも逃げ出せる状態だった。

 

 

 

 

 勿論、彼女はすぐに逃げ出した。だが、ローグに突撃されたダメージと、落下により少なからず受けた衝撃は小さな身体に耐えられる物ではない。舌を噛んだ事による失血も祟った。

 彼から少し離れたレールの上で、とうとう力尽きた。

 

 

 

 激しい音と振動。二回転目、三回転目を果たしたコースターが、二人目掛けて襲い掛かる。前はしょごたんを象っており、獲物を食らわんばかりに口を開いていた。

 凛子はもう動く事も出来ないし、仮にローグが動けたとしても二人まとめて間に合わない。

 

 

 今度こその死の宣告に、キツく目を閉じるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……浅葱凛子」

 

 

 ローグの声。

 目を開けた先には、彼が立っていた。突っ込んで来るコースターに立ちはだかる。

 

 

「お前の罪は、決して消えない」

 

 

 彼は構えた。

 

 

 

 

 

 

「……だが」

 

 

 霞む目に映るローグの背中は、とても大きく見えた。

 

 

 

 

「お前と俺とは、良く似ている」

 

 

 

 

 右手で、レバーを押し込む。

 彼のスクラッシュドライバーが、紫の閃光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

「……共に償う事はしてやれる」

 

 

 コースターは目前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CRACK UP・FINISH(クラック・アップ・フィニッシュ)ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローグは飛び、両足で挟み込むように蹴った。

 その時、彼の下半身は紫のオーラで包まれ、ワニの口となる。

 ワニの口は貪欲にコースターに食らい付き、勢いを殺した。前方の急停止により行き場を無くしたエネルギーにより、コースター後尾が浮き上がりローグの頭上に。

 

 

 次に彼は身体を大きく捻り、回転。ワニの習性、『デスロール』を彷彿とさせる。

 それによってコースターは九十度回転し、レールを外れ、暴音散らしながら地面に叩きつけられた。

 

 

 

 振動、破壊、土煙、悲鳴。

 目と耳で感じ取られた物は全て、恐ろしい物ではあった。

 

 

 

 

 

 

 一点を除いて。

 凛子の前、レールの上に立つ、仮面ライダーローグ。

 

 

 

 

 

 

「……一時メンテナンスどころか、今月いっぱいは休止だな」

 

 

 

 彼の困ったようや呟きを聞き、凛子は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

To NEXT…………




来週にしようとしましたけど、今週ヒャホホイ言われたので。
恐らく今後は、スピードが遅鈍となると思われます。ご了承願います。
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