荷物を受け取り、空港を出てしばらくすると、やはり西欧とは違った街並みが広がっていた。
「私、日本は初めてです。このようなところなんですね!」
フリードの隣に立つ金髪のシスター……アーシア・アルジェントが目を輝かせている。
飛行機に乗る前から、アーシアは周りのいろいろなものに興味を示していた。「あれはなんですか?」「実際に見るのは初めてです!」など箱入りのお嬢様かと言わんばかりの反応で、フリードはそろそろ相手をするのが億劫になってきていた。
もともと団体行動を好まないのに加えて、ますますこの娘とは気が合わないと感じ始めている。
「俺は子守りをする大変さを痛感しつつ今日も大人への階段を上るのであった……」
「フリード神父さま、どうかしたのでしょうか?手を合わせて……」
「いーやいーや」
実際には子供ということではなく、ただ無知なだけの娘なんだろうということはフリードもわかっている。それでも好き嫌いとは話が別だ。
自分より年齢の高い相手でも関わりたくない人間なんて誰にでもいるだろう。
しかし、プライベートと仕事もまた別であることもよくわかっている。
「そんじゃねアーシアたん」
「はい?」
「これから拠点──駒王町に向かうのは把握してんね?」
「はい!伺っています」
このあと、二人は「教会」の拠点に向かい、アーシアの神器に関わる儀式と神器の調査に関わる準備をしなければならない。実際に行われるまではまだ期間があったが、悠長に観光を楽しむ時間が多くあるわけでもなかった。
アーシアの返事にうんうんと頷くと、フリードは大げさに両手を広げてみせる。
「困ったことに、俺様は今からお仕事なんざんす。アーシアたんはさぞかし日本に来てはしゃぎたい所でしょうが、俺にはそうもいきません。悲しきかな末端エクソシストの運命、これが噂の社畜だったり?」
「……?」
「というわけでキミは一人で町の教会まで向かってください」
「……は、はい、わかりました」
仕事、全くの嘘である。
夜まで仕事は特にない。
しかし素直なアーシアは、来たこともない日本に一人放り出されることに疑問を持たずに頷いた。少し不安そうな表情だが、フリードにとっては割とどうでもいいことだった。
昼間は悪魔も活動を控えていて、アーシアもまず死ぬような危険に及ぶことはない。それに万が一そうなったとしても、レイナーレがそれを放っておくことはしないだろうと考えていた。
(っていうか一日も相手したくねえ)
これが本音である。
「では、お仕事頑張ってくださいね」
特に何も考えていないフリードは既に夜までの予定を考え始めていたが、アーシアは姿が見えなくなるまで見送りを続けていた。
それを見てまた顔をしかめるフリードだったが、そのあまりに素直すぎる姿に既視感がわく。
「……あ」
そのアーシアの姿と最後に見た妹の姿が、目蓋の裏で重なった。
+++
夜。
古びた教会には先客がいた。
「お昼にとても親切な方にお会いして、ここまでの行き方を教えて頂いたんです!同い年くらいの方だったんですが、気さくで優しくて……」
この出会いというお導きに感謝しなければいけません、と笑顔で話すアーシア。どうやら道に迷っていたところを一般人に助けられたらしかった。
実際フリードが思っていたよりアーシアは早くここへ辿り着いている。フリードは迷いに迷って転んでどこかで泣きべそをかくところを想像していた。
「随分と遅かったわね」
教会の入り口から声をかけたのはレイナーレ……二人をここに呼びつけた上司だ。露出の多い変わった服を着た黒髪の女性で、悪魔祓い組織「教会」を仕切っている堕天使である。
「フリード神父さまはお仕事をなさっていたんですよ」
「仕事?」
当のフリードは半日サボりにサボっていたので、余計なこと言うなよという目線をアーシアに送りつつ、レイナーレに笑って返事をする。
「いやまあいろいろありましてねえ。姐さんの方の用事は済ませたんスか?」
「ええ。思ったより早くかたがついたわ。危険な神器だと聞かされていたからどんなものかと思えば……。まだ発現してなかったからかしら。ま、いい暇潰しにはなったわよ」
どうやら神器の調査のほうは既に終了したらしい。
「じゃあ俺らの仕事は?」
「この近辺の悪魔と人間が契約しているようだから、それらを調べてきなさい。儀式の邪魔になりそうなものはできるだけ知っておきたいわ。あと、アーシアも連れてね」
「くーっ!やっとかよ!クソ悪魔断罪タイムの幕開け!俺ちん再燃!最高だねぇ!」
「アーシア。この神父に同行して手伝いをするのよ」
「は、はい、わかりました」
戦闘用員ではないアーシアは本来なら同行する必要はないのだが、大事な儀式の道具として何か危険があってはいけない。その護衛ついでの同行だった。
レイナーレはフリードがそこそこの実力者であることを知っていたので、彼に任せることにしたのである。
「フリード。調子に乗ってアーシアを殺したりしたらどうなるかわかっているわね?」
「あい?」
「神器は通常、所有者が死ねばそこで消滅する。気にくわないからといって死なせることがあったら、貴方もただでは済ませないわよ」
フリードと過去にペアを組んだ人間は、何度か意見の食い違いなどの理由で殺されている。基本的に仕事はきちんとこなすが、時々感情を優先して行動する癖があるため、不安要素の一つとして釘を刺す必要があった。
儀式の前にアーシアが死んでしまえばこの計画は全て破綻してしまう。それは防がなければならないとレイナーレは考えていた。
「おおっと怖い……あー、わかりましたわかりました!俺も殺されるのはさすがにご勘弁なんでね!」
「肝に銘じておきなさい」
+++
「そんじゃアーシアちゃん、この家の周りに結界を張ってちょ。この中での悪魔祓いは、他の人に見つかっちゃいけませんからねぇ」
「は、はい……。準備、してきます」
フリードとアーシアは、悪魔との契約を行おうとしている者の住む家の前にいた。
結界を張りに裏手に回ったアーシアを外に残し、フリードは玄関から堂々と家の中へ入っていく。玄関は暗く、一番奥の部屋だけうっすらと明かりがついている。
「雰囲気作りはバッチリって感じ?さてさてクソ悪魔のお方はいらっしゃいますかね」
鼻唄を歌いながら扉を蹴り開けた先には、背の高い男性が一人。フリードの経験上、悪魔ではなくただの人間らしい。
男性はフリードの姿に慌て、狼狽える。
「えっ、だ、誰だ!?」
「ンだよ召喚前じゃねえか。昂った俺のハートをどうしてくれるんスかね。もう僕ちんってばドッキドキのわっくわくで来たんざんすよぉ?え?え?それならキミのハートを物理的に貫かせてくれるって?なるほどそりゃいいや!」
「なっな、な、何言って───」
「それじゃあちゃっちゃと断罪しましょうね!」
─10分後─
「ふいー、こんなもんっスか」
フリードは一息つくような様子で、部屋にあった二人がけのソファーにどっかと座る。
その後ろの壁には、逆十字の格好で壁に打ち付けられた死体があった。その下には血溜まりができている。
「久々に釘なんて使ってみたけど、案外いいんじゃない?アートっぽくない?俺様ってばデザインセンスみたいなそういうのあったりしちゃう?」
そうして壁の死体にふざけて評価などをつけて遊んでいると、玄関の物音に気付いた。
「…………、……けど……す…せん……」
声がする。男の声だ。
足音と共に声も近くなる。
「すみませーん、あの………………」
声は随分と若い……同い年くらいだろうか。
声の主が部屋に入ってくる。フリードの存在に気がつかないまま、死体を目にして吐き、壁を見てかすかに震えた声で呟く。
「な、なんだ、これ」
「『悪いことする人はおしおきよー』って、聖なるお方の言葉を借りたものさ」
「……は……?」
その客人が戸惑う様子を見て、フリードはにんまりと笑って見せた。
長い。
さすがに本編に追い付きたいと思っていたら区切るタイミングを逃してました。