部屋に入ってきたのは、クセの強い茶色の髪の、フリードとは同じくらいの年であろう男子だった。
夕方には同じ服を着た学生が歩いていたのを何度か見かけているので学生だろうと推測した。
見た目は一般的な高校生だが、僅かに魔力がある。
「んーんー。これはこれは、悪魔くんではあーりませんかー」
その男子が、フリードの姿を警戒した様子で睨み付ける。反対にフリードはそれを見て、嬉しい気持ちを隠せないでいた。
フリードが待ちに待った敵の登場だったからだ。
「俺は神父♪少年神父~♪」
適当に即興ソングを歌い出すくらいには。
「~っと。俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属してる末端でございますですよ。あ、別に俺が名乗ったからって、お前さんは名乗らなくていいよ。俺の脳キャパにお前の名前なんざメモリしたくないから、止めてちょ。だーいじょうぶ、すぐに死ねるから。俺がそうしてあげるから。最初は痛いかもしれないけど、すぐに泣けるほど快感になるから。新たな扉を開こうZE!」
……ノンストップでまくし立てるくらいには。
「……おい、お前か?この人を殺したのは?」
男子はフリードから目をそらすことなく尋ねる。
「イエスイエス、俺が殺っちゃいました。だってー、悪魔を呼び出す常習犯だったみたいだしぃ……つーかね、悪魔と取り引きなんてクズのやることでございましょ。あ、わかんないか。悪魔だもんね。クズの悪魔だもんね。仕方ないね」
フリードからしてみれば、相手が悪魔に関わるものの時点で殺害の対象になるのだが、男子にはそれが理解できないようだ。
一般社会で生きる悪魔として通常の感性を持っていた彼は、目の前の神父を心底気味が悪いと思っていた。
「人間が人間殺すってのはどうなんだよ!」
「悪魔の分際で俺を説教?ハハハ、おもしろいね。いいか~、よく聞けクソ悪魔。悪魔に頼るってのは人間として終わった証拠!エンドですよエンド!だーから殺してあげたんですぅ、そういうお仕事なんでござんす」
本音を交えつつ適当に返事をしながら、悪魔である男子の様子を窺う。
魔力は僅かに感じられるものの、未だに動揺していて戦闘態勢にすぐ入らない。こういう場には慣れていないのだろう。
「悪魔がクソな存在ってのは常識なんですよ。人間の欲を糧にして生きてるクソなわけ。知らないんですか?当然ですよ?胎児からやり直したほうが良いって、マジ。むしろ俺がお前を退治!なーんてな!お?良いんじゃない?良いんじゃない?」
男子のほうも、悪魔だってここまではしないと強く言い返しはしたが、それはあくまでここ何日かの経験上言えたことでしかない。しかし、自分の知っている悪魔はフリードの言うような悪魔ではないということは自信を持って言うことができた。
だがフリードにはそもそも悪魔の話を聞く気じたいがないため、目の前の悪魔の言葉は耳に入っていない。どう殺すか、それだけが頭にある。
「それじゃあ斬ってもいいですか?撃ってもいいですか?OKなんですね?了解です。今からお前の心臓にこの刃をおっ立てて、このイカす銃で、お前のドタマに必殺必中フォーリンラブしちゃいます!」
そんなことを言いながら、自分でも思った以上にはしゃいでいるなと内心驚くフリード。
そうして薙いだ光の剣を、男子はすんでのところで避ける。が、それを狙って放たれた弾丸が男子の太股に命中した。
苦痛の声をあげて膝をついたところに、もう一発弾丸を放つ。
「ぐああっ……!」
「エクソシスト謹製の祓魔弾!お味はいかがと聞きたいところですが、さっさと俺様の悦楽の為に死んでもらいましょうかね!」
これは逆さ死体もう一つ追加だな──と光剣で首を裂こうとした。
「やめてください!」
のだが、後ろから発せられた叫び声に思わず手が止まる。男子も驚いた様子で部屋の入り口のほうを見ていた。
付近は暗がりになっていてよく見えないが、声の主が何歩か二人のもとへ進むと、部屋の隅のロウソクがその顔を照らした。
「アーシア……」
大きな緑の瞳に暗闇でもわかる金色の長い髪の少女──アーシア・アルジェントは、床の血と壁の遺体に気がつき悲鳴をあげる。
「い、いやあああっ!」
「かわいい悲鳴ありがとうございます!っとこりゃ、助手のアーシアちゃんではあーりませんか。この手の死体は初めてかい?とくとご覧あれ、悪魔に魅入られたダメ人間はこうして始末するんスよぉ」
「……そ、そんな……」
動揺しているアーシア。ふいにその目線が悪魔の男子のほうへ向けられ、息が詰まったような顔をする。
「……イッセーさん?あの……神父さま、その、人は」
「人?違うよ、こいつはクソの悪魔くん」
アーシアの目が見開かれる。イッセーと呼ばれた男子は、今の状況を受け入れたくないと言うようにぎゅっと目を瞑った。
「イッセーさんが……悪魔……?」
「わーお、なになにキミたちお知り合い?」
フリードには詳しいことはわからなかったが、アーシアとイッセーが初対面でないことは二人の態度で明白だった。
新しいジャンルの悲恋系恋愛ドラマかな?とフリードは思ったが、そもそも悪魔と人間がまともな形で関わることすら想像しただけで鳥肌が立つ。二人がどのように出会ったかは知らないが気に入らないのは確かだ。
正直少しだがおもしろくもある。が、アーシアのあまりにも純粋な態度はやはりどこか身内を思い出させる。
……どうして今になって思い出すのか。
「残念ですが、悪魔と人間は相容れません!いや俺にとっちゃ全然完全にどうでもいいんだけどね?天敵なわけでしょ?特に俺らは神にすら見放された異端の集まり。俺もアーシアたんも、堕天使サマからのご加護がないと生きていけない半端者ですからなぁ」
アーシアの表情はヴェールの影に隠されて、うまく窺えない。
「……まーそれはいいとして。俺様はこのクズをさっさと片付けてスッキリお仕事終わらせちゃいましょうかね!」
イッセーという悪魔も、恐怖なのか絶望なのか動けないでいる。
悪役らしい悪役も時には悪くないな、と自分の行動が正しいと考えているゆえの感想を浮かべる。
「……お願いします」
「は?」
「……お願い、します。この方を許してください」
無言のなか、一つの小さな足音だけが部屋に響いた。
フリードとアーシアの目線が再び合ったとき、アーシアはイッセーの前で両手を広げていた。
「見逃してください。悪魔に魅入られたといって、人間を裁いたり、悪魔を殺したりなんて、……そんなの間違ってます!」
凝り固まった常識ばかりが通用する世界で、少女は自分の意見を貫き通そうとしている。
自分こそが正しいものを見ているんだと主張するように、アーシアの目には強い意志がこもっている。
正しいことをしているつもりでも、間違っていると言われる。楽しいことをしていれば、そんなことはやめろと言われる。
せっかく自由になったのに、ではどうしろと言うのか。
昔のように他人の言うことを、この少女の言うことを聞けというのか。
苛立ちをそのままに、フリードはアーシアの服を勢いよく掴む。
「──バカこいてんじゃねぇよ、クソアマ!悪魔はクソだって、"教会で習った"だろうが!お前、頭にウジでも湧いてんじゃねえのか!ああ!?」
教会だけじゃない。師匠だって悪魔は殺すべき存在だと言っていた。
だがアーシアの目は曇らず。
「悪魔にだって、いい人はいます!」
「いねぇよ、バァァァァァァカ!!!」
「……でも、イッセーさんはいい人です!悪魔だとわかったとしても、それは変わりません!それは、私がイッセーさんと会って感じたことなんです!私が正しいと思ったことなんです……!
こんな……、こんな形で人を殺すことを、主がお許しになるはずがありません!」
何度言い返しても、負けずに、むしろ意志が強くなっていくようにアーシアはそこを動かない。
フリードの、銃を持つ手が震える。恐れではない。真面目に世界に向き合うアーシアが理解できないことへの怒りだった。
思わず銃身でアーシアの頬を殴っていた。
黒髪の少女が脳裏に浮かぶ。しぶとく生き残っていたとしたら、すっかり髪は白くなっている頃だろう。
性格はむしろアーシアとは正反対の少女だったが、真っ直ぐで透き通った目だけがあまりに似ていて、思わず立ち眩むような感覚をおぼえた。
フリードの心理は、少しずつ見えてくると思います。
原作の台詞を改変する抵抗と原作台詞を使用する罪悪感が話し合った結果、ニュアンスだけ残して台詞を少しいじったりしました。アニメの台詞も参考にしてます。