初めて彼女たちを目にしたとき、俺は心を奪われた。
昨日、母が亡くなった。
作業中に倒れ、そのまま意識は戻ることもなく逝ってしまった。
父は既にいなくて天涯孤独の身となった。
あまりの喪失感に呆然としている時、俺は彼女たちと出会ったのだ。
聞きなれない音がふと俺の耳に入り込んだ。
その音に誘われるかのように俺は足を進めると、邑の小さな広場で三人の少女がいたのだ。
彼女たちは歌っていた。
希望にあふれる歌を。
一生懸命、額の汗を拭こうともせず。
あれだけ動いていれば辛いだろう、苦しいだろうに。
彼女たちはそれでも笑顔を振りまいて歌っていた。
「おお坊主、お前さんもコロッとやられちまったクチか?いいよな数え役満☆姉妹。なんというか、見てると元気になるぜ」
彼女たちを呆然と見守っていると不意に声をかけられた。
体格は大柄、ヒゲを蓄え、まるで山賊とでも間違われるんじゃないかっていうくらい顔が怖かった。
しかし話してみると意外と気さくで、思慮深く、なにより彼女たちを心から応援していた。
「数え役満☆姉妹が好きか、だったら俺たちゃ仲間だぜ。
彼女たちは俺たちの希望だ。しっかり応援してやらねーとなぁ、がっはっはっ」
男は俺の肩を組み豪快に笑い飛ばした。
俺は何度も頷きながら男の問いかけに返事をした。
母が死んでからようやく笑うことができたのだった。
いつしか俺たちは数を膨らませ、彼女たちを応援する会はその証として黄色の布を身体に巻くことになった。
それを主導したのはあの男、通称おっちゃんだ。本名は教えてもらえなかった。
おっちゃんは数が多くなった追っかけたちを纏め上げ、いつしか団長と呼ばれるほど慕われていた。
ついでに俺もおっちゃんに請われ、補佐をする役目をしている。
失意に落ちていた頃に比べ遣り甲斐もあり、充実した日々を送っていた。
『大陸を獲りたい』
ある時いつもの公演の際に彼女たちはそう訴えかけた。
その情報はすぐさま伝播し、俺たちの目的は彼女たちをてっぺんまで押し上げること、となった。
漢に反旗を翻し、彼女たちの願いを叶える。
禁忌を犯しても彼女たちの願いを叶えることにある種英雄像を想像し俺たちは完全に酔いしれていた。
ただ唯一、おっちゃんを残して。
「おっちゃん、また加入希望者だぜ。どんどん大きくなっていくなぁ」
「あ、ああ」
「大陸を獲るなんて夢物語だと思っていたけどさ、きっとなんとかなるぜ」
「そう、かもなぁ」
俺と話している途中なのに、おっちゃんの反応は悪かった。
そういえば最近考え事をしているところをよく目にするし、ため息の数も増えている気がする。
「なんだ?なにか問題でもあるのか?」
「ああ、悪い、聞いてくれるか?」
そしておっちゃんは語りだした。
最初の頃俺たちはいろいろ旅をして回る彼女たちを追いかけるだけだったがいつしか怪しい動きをする奴らが現れたこと。
彼女たちに貢ぎ物をしたいがために、近隣の邑を襲い食料や金目を奪う仲間がいたこと。
挙句、彼女たちの信奉者でもないただの盗賊や山賊何かがいつの間にか合流していること。
俺たちが朝廷に目を付けられ、いつ本格的に討伐命令がくだされてもおかしくないこと。
聞いているうちに俺の顔はどんどん真っ青になっていった。
まさかそんなことになっているなんて思いもよらなかった。
「俺は気づいていて止められなかった。信奉者が増えてゆくことに喜んでいた彼女たちに対してはっきりと
言うべきだったのに言えなかった。このままでは不味いということを」
そういっておっちゃんはうつむいた。
そして嗚咽とともに、地面に染みができていった。
数週間後、おっちゃんが倒れた。
あれほど精悍だった顔つきが、10歳も年をとったかのようになっていた。
俺は必死になっておっちゃんを看病した。
倒れた母を思い出し、休みも取らず、常にそばにい続けた。
そう失うのが怖かったのだ。
俺にとっておっちゃんはもう父といっても過言ではない存在だったのだから。
「加減はどうかしら」
おっちゃんの天幕にわざわざ張梁様がやってきてくれた。
数え役満☆姉妹の頭脳である彼女はよく俺たちと連絡及び予定調整などしていたからそれなりに付き合いがあった。
それを多くの信奉者に妬まれたものだ。
「恐らく疲労だと思います。数日もすれば大丈夫でしょう」
「そう、早く良くなって欲しいわ」
そう言って天幕から出て行った。
できればきちんとおっちゃんに聞かせてあげたかった。
張梁様に心配してもらえてるんだぜ、これで起きないなんて贅沢だぜ。
その甲斐あってか数日後おっちゃんは目を覚まし、俺はその姿を見て泣き崩れた。
しかたねぇなぁ、といっておっちゃんは俺を抱きしめてくれた。
髭がチクチクと痛かったがそんなことどうでもよかった。
俺たちが戻るといつの間にか知らない奴ら取り仕切っていた。
古参の奴らに誰かと聞くと、波才というらしい。
俺らが抜けて混乱していたところ現れ、収め、いつの間にか取り仕切っていた。
ぶっちゃけ俺たちは農民崩ればかりだ。
様々な案件をこなせるおっちゃんのような存在は稀有で、誰も反論すらできなかったらしい。
最近は俺たちはを黄巾党と呼ばれている。どうやら朝廷にそう命名されたようだ。
その黄巾党は二つに分裂していた。
数え役満☆姉妹を純粋に応援している多数派と黄巾党の名を借りて悪事を働く少数派とに。
しかし力関係は明らかに少数派の方が強かった。
知識、能力のある奴らのほとんどが少数派の奴らだったからだ。
また幹部も波才をはじめとする少数派の奴らが占めており、どうすることもできなかった。
張姉妹の為に、という言葉によって様々な悪事が実行された。
抵抗するものは反信奉者と罵られ、追い出され、最悪嬲り殺された。
俺とおっちゃんは肥大化した組織の中、ひっそりと隠れていた。
そんな悪事に加担するつもりなんて毛頭なかったし、元幹部ということで殺されてもおかしくない。
扇動されていることに気づいてなお何もできない自分たちを酷く恥じた。
それでも逃げ出さず残ったのは、こんな状態でも張三姉妹のことが心配するおっちゃんが気がかりだったからだ。
おっちゃんは真の信奉者だなと言ったら笑ってありがとう、と言っていた。
そしてついに本格的な討伐命令がくだされた。
最初は圧倒的な数を持って官軍を追い払ってきた黄巾党だったが、徐々に押し込まれていくことになる。
波才は張三姉妹の情報を統制することで位置をわからなくし、いくつかに黄巾党を分散させた。
こうして自分たちの安全を少しでも高めたいのだろう。張三姉妹がいるとわかれば一斉にこちらに刃を向けてくるのだから。
おかげで多少の小競り合いもあったがほとんど無傷といっていいくらいに戦闘を避けることに成功している。
そして少しづつ、少しづつ数は増加してゆく。
残念ながら分散し、まともに指揮官のいない黄巾党のは袁紹、曹操、董卓、孫策、劉備といった諸侯に、数が多いだけの
彼らになすすべはなかった。そうほとんど捨石とされていたのだった。
それに伴い物資も尽きてきた。
最初の頃が嘘のように食料はなく、装備もおぼつかない。それでも人だけは増え続ける。
完全に悪循環が出来上がっていた。
ただ救いはたまの公演で見る張三姉妹の笑顔だろう。
こんな状況でも笑顔で歌い、踊り続ける姿を見て多くのものは希望を持ち続けることができた。
しかしこんな状況も長く続かない。
ついに俺たちがいる黄巾党本体も諸侯に包囲され、決戦と相成った。
ホントはアンチ・ヘイトを盛りだくさんにしたかったけどだいぶ削りました。
後編はもうすこしドロドロにしたいです