ユウキに転生したオリ主がSAOのベータテスターになったら   作:SeA

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ユウキ(転生者)と、色んな友達のお話。



ユウキとみんな

【ユウキとシリカ】

 

 

「剣爛祭、ですか………?」

 

「ああ、攻略組で主催する祭りなんだ。一応2週間後の予定なんだけど」

 

「はぁ、お祭り…………なんか、ちょっと意外です。攻略組の人達ってもっとこう、戦うことにしか興味ないんじゃないかって思ってましたから」

 

「え、そうか? じゃあシリカも俺の事そういう風に見てたってこと?」

 

「ち、違います! あたしはキリトさんの事はそんな風に思ってないです!」

 

「ははっ、わかってるって、冗談だよ」

 

「もー、キリトさんったら」

 

 もー、意地悪なんだからキリトさん。

 久しぶりに会えたのにそういうこと言うんだもん。

 ……………ちょっと、親しくなれたみたいで嬉しいけど。

 

「ごめんごめん。で、その剣爛祭の事を周りに広めてほしいんだ」

 

「…………それは別にいいですけど。キリトさんがそんな事しなくても攻略組が企画するなら皆行くと思いますよ?」

 

 多分新聞とかにも載ると思うから、大丈夫だと思うけど。

 

「ああ、いや、ノルマっていうか『フレンドには手当たり次第に声かけろー』ってアイツが言い出して皆それに乗っちゃったから、俺もやらないといけなくてさ」

 

「アイツ? ですか?」

 

「えっと、絶剣って呼ばれてるヤツなんだけど、聞いたことないか?」

 

「あ、それなら聞いたことあります。攻略組の最強アタッカーって」

 

 攻略組の2強って呼ばれてる人の一人だよね。

 守りの神聖剣。

 攻めの絶剣って言われてる。

 

「そうそう。そもそもソイツがお祭りやりたいって言い始めて、それを主力ギルドがオッケー出したのが始まりなんだよ…………まさかヒースクリフが乗り気になるなんて誰が予想できたんだよ」

 

「………? キリトさん、なにか言いましたか?」

 

「―――いや、なんでもないよ。とにかくそういうわけだから、よかったら来てくれ。俺もなんかやらされるらしくて、ちょっと心配だけど………」

 

「ふふっ、はい! 楽しみにしてますね!」

 

 キリトさん。なにやるんだろ?

 屋台の店員さんとかやるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、すごい規模。さすが攻略組」

 

 剣爛祭の開催場所は、ここ、第60層の主街区シュテイン。

 つい10日前に解放されたばかりの街だ。

 この前に来たときは人も少なかったのに、今はどこ向いても人だらけだ。

 というか、2週間前にお祭りは決まってたのに、どこでやるかは決まってなかったのかな?

 

 それにしても、本当にすごい人の数。

 でも、見知った顔も多いし、やっぱり中層から遊びに来た人が多いのかな。

 

「ピナ? はぐれたら危ないから今日は飛んじゃ駄目だよ。いい?」

 

「きゅるー」

 

 本当にわかったのかな?

 あっちこっちに首動かして、あたしの方全然向いてくれないけど。

 

「キリトさんは確か中央広場の北側にいるって言ってたっけ? じゃああっち、だよね」

 

 結局キリトさん何やるか教えてくれなかったから楽しみだな。

 先週に会った時も教えてくれなかったんだよね。

 なんかユウキ?が企画担当だからどうたらこうたらとか言ってたけど、どういう意味だろう?

 

「キリトさん何やるのか楽しみだね、ピナ……………………ピナ?」

 

 頭の上、いない。

 肩の上、いない。

 背中に張り付いて、ない。

 ポケットの中に隠れて、ない。

 スカートの中に潜り込んで、ない。

 

「……………」

 

 どっか飛んで行ったあああああ!!!

 

 どどど、どうしよう。

 こういう時はどうしたらいいんだっけ!

 迷子センターに連絡すればいいんだっけ!?

 っていうかゲームの中に迷子センターあるのかな!?

 

「おーい、そこのかわいこちゃーん」

 

 そ、そうだ!

 キリトさんだ! キリトさんに連絡しよう!

 

「もしもーし。そこの栗毛の子、聞こえてる?」

 

 キリトさんなら、助けてくれるはず!

 前もピナのこと助けてくれたし!

 ……………いや、さすがに無理かな? ただ迷子になっただけだし。

 そんな何度も面倒かけるわけにもいかないし。

 なんとかあたしだけでピナを探し出して―――

 

「ヤッホーーー!!!!」

 

「きゃあああああああ!!!!!!」

 

 ぎゃあああああああ!!!

 なに!? なに!?

 新手のイベント!? モンスターの襲撃!?

 

「お、気付いた」

 

「や、あ、え………?」

 

「かわいこちゃんが、この子の飼い主さんで合ってる?」

 

 あ、ピナッ!

 よかったぁ。

 って、なに知らない人の髪齧ってるの!?

 

「ご、ごめんなさい! あたしがその子の親です! ほらピナ、早く離して!」

 

「いやいや、いいよ全然。動物とのふれあいなんて久々で楽しかったしね」

 

 その人は、楽しそうに笑ってそう言った。

 

 見たことのない人だった。

 自分では中層で顔が広い方だと思ってたけど、全く見覚えのない顔だった。

 背は低く。

 体も細くて。

 顔も少し痩せぎみ。

 あたしより、ちょっと年上ぐらいかな?

 一度見たら忘れられない容姿をしている人だった。

 

 普段はあたしがいる層より、もっと下にいる人なのかな? 

 

「その、本当にすいませんでした」

 

「だから全然いいって。ビーストテイマーに会うのなんて初めてで、むしろラッキーって感じ。逆にありがとうって言いたい気分だよボクは」

 

 すごい、良い人みたい。

 

「でも、本当にありがとうございました。あたし、すごくテンパっちゃってて…………なにかお礼させてくれませんか? 髪も噛んじゃったみたいですし」

 

「んー? 別にいいんだけどね、本当に………でも、お礼っていうならそうだな………うん、よし。ならちょっとボクを手伝ってくれない?」

  

「へ?」

 

 

 

 

 

 あたしに手伝いを頼んだ彼女は、ユウキさんという名前らしい。

 なんでも、この剣爛祭のスタッフの一員らしく、その仕事を一部手伝ってほしいとの事。

 ということ、らしいんだけど……

 

「あの、あたしは結局なにをすればいいんですか? 内容をまだ教わってないんですけど………」

 

「大丈夫大丈夫。ボクが呼んだらステージに出てきてくれるだけでいいから」

 

「ステージ!? あの、あたし本当になにさせられ………行っちゃった」

 

 結構強引に連れて来られたけど。

 ユウキさん。実はあんまりいい人じゃないのかな? 

 ちょっと心配になってきた。

 

『あーあー、マイクテス、マイクテス。……………おっけー?よし、じゃあいくよ?』

 

 あれ? この声。

 

『レディースアーンジェントルメーン! 本日は皆様、攻略組主催の第1回剣爛祭にようこそおいで下さいました。ボク達一同心より感謝いたします』

 

 ユウキさんだ。

 すごい。司会なんてやるんだ。

 

『砂漠に咲く一輪の花。皆の心の太陽こと、このボク、ユウキちゃんがオープニングステージの司会を担当させていただきます。よろしくー!!』

 

「「「イエーイッ!!」」」

 

 す、すごい歓声。

 ユウキさん、結構有名なのかな?

 今さらだけど、このお祭りのスタッフの一人だって言ってたし、攻略組の人なんだよね。きっと。

 でも、戦えるようには見えなかったし、鍛冶や裁縫とか、そういうサポート系の人なのかな?

 

『では、まず最初にこの剣爛祭の主催を代表して、ギルド血盟騎士団の団長。ヒースクリフの挨拶から行こうか!』 

 

「「「Yeahー!!」」」

 

 なんか、会場よりもステージ裏からの声の方がすごく強いんだけど。

 なんなんだろう、このノリ。

 攻略組って、思ってたよりも愉快な人が多いのかな?

 

 

 そんなこんなで、挨拶とか、スポンサーの紹介とかをした10分後。

 ようやくあたしの出番が来たらしい。

 来なくてもよかったのに………

 

『―――はい、というわけで、クッキングナイツのみなさんでした。みんな、あとで食べに行ってね―――――さあ、待たせたねみんな、こっからが本番だ!』

 

「シリカさん。スタンバイお願いします」

 

「はっ、はい」

 

 うぅ、結局なにさせられるんだろうあたし。

 周りのスタッフさんも内容は知らないって言ってるし。

 ちょっと怖いんだけど。

 

『ボクたち攻略組は、いつも戦っている。現実に帰りたいから、戦うのが好きだから。そんな様々な理由で日夜戦っているのがボクたち攻略組。男も女も関係なく戦いに命を捧げた存在』

 

 戦いに命を捧げる、か。

 あたしがいる場所とは、違う場所。

 いつ死んでしまうかわからない、死線の先。

 それが、キリトさんが普段いる場所。

 あたしが――――いけない場所。

 

『男も女も関係ないとは言ったけども、他人がそんな中イチャイチャしてたら腹が立つ。でもだからって手を出したりはしない、そうでしょ? 下層や中層でそれを見たとしても、ボクたちはそれを捨てて戦うことを選んだんだから』

 

 う、うん?

 ま、まあ、攻略組の人達も普通の人だし、そういう事は思うよね。うん。

 

『だからこそ! 攻略組の中でイチャイチャしてるやつがいたら、ムカつくよね!』

 

「「「ムカつくーーーッ!!!」」」

 

『腹立つよね!』

 

「「「イラつくーーーッ!!!」」」

 

『そして、そんな中この剣爛祭であの! あのッ!! ボクらのアイドルこと閃光のアスナとデートしようとしてる不逞の輩がいるらしいんだよね!』

 

「「「な、なんだってー!!??」」」

 

『というわけで、本日のメインイベント一発目はコレ!「真っ黒野郎ぶったおせゲーム」!!』

 

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」

 

『ルールは簡単。不逞の輩こと真っ黒野郎のキリトを取っ捕まえたら勝ち、出来なかったら負け。つまりは鬼ごっこだね。場所はこの主街区シュテインのみ、外のフィールドエリアは含まれません。ここちゃんと覚えておいてね。制限時間は1時間。それまでにキリトを捕まえて、ここ中央広場に来てね。あっ、キリトも逃げきれたらここに戻ってくるようにね』

 

 ちょっ、え、キリトさん!?

 キリトさんがデート!?

 あ、いや、でも相手はあのアスナさんか………。

 いつだったか写真見たけど、あのすごいキレイな人だよね?

 あたしみたいにちっちゃくなくて、大人っぽい感じの人。

 ……………わかってたけど、ちょっとショックだな。

 

 あ、ユウキさんが手招きしてる。

 あたしの出番ここなの? このタイミングなの?

 なにするんだろ?

 

『そんでもって、賞品のお話ね。見事黒いあんちくしょうを捕まえる事が出来た人にはなんと、キリトの代わりにアスナとのデート権が与えられまーす。やったね』

 

「「「いよっしゃああああああああ!!!!」」」

 

「ちょっ、ユウキ、私それ聞いてない!」

 

『さらにさらに、勝利した人にはデート権にプラスしてさっきボクが捕まえてきた、この中層区のアイドル、ビーストテイマーのシリカちゃんからほっぺにキッスまでして貰えちゃうぜ! ―――――皆ボクに感謝しなよ』

 

「「「――――――――――ッ!!!!!」」」

 

「な、な、ななな」

 

 なにそれーーーっ!!!

 無理無理無理無理ッ!絶対無理ッ!!

 そんな知らない人のほっぺにキ、キスとか、本当に無理です!!

 

「ユウキさん! あたしそんなのできないですよっ」

 

「大丈夫大丈夫、ボクに任せなさいって。あとでボクに感謝する事になるから」

 

「感謝って………」

 

 この状況でそんな事思うわけないじゃないですか!

 

『ってなわけで、準備はいいねみんな? ―――――んじゃまあ、よーいスタート!! 張り切って行ってこーい』

 

「あとで覚えてろよユウキーーーッ!」

 

「「「待ちやがれキリトーーーーーーー!!!!」」」

 

 あ、キリトさんいた。

 もう見えなくなったけど。

 いやいや、今はそれどころじゃなくて

 

「あのっ、ユウキさんあたし」

 

「勝者にはデートにキス。ボクはそう言ったね」

 

「は、はい。だからあの、あたしっ」

 

「捕まえたら勝ち、捕まえられなかったら負けとも言ったね」

 

「―――っ! あたしやっぱり無理で―――」

 

「じゃあ、キリトが逃げきったら誰の勝ち?」

 

「―――す…………えっ?」

 

 キリトさんが、逃げきれたら………?

 

「誰の勝ちになると思う?」

 

「………それは、つまり捕まえられなかったって事ですから、えっと、キリトさん、ですか?」

 

「じゃあ、勝者が貰える賞品は誰が受け取ることになると思う?」

 

 勝った人にはアスナさんのデートとあたしのキス。

 捕まえたら勝ちで、出来なかったら負け。

 キリトさんが逃げきったらキリトさんの勝ち。

 そうなったら、キリトさんがアスナさんとデートして、あたしのキスは―――

 

「はわわ、はわわわわわ」

 

「ふふっ、はははは。面白いねシリカは。もう顔真っ赤じゃん」

 

「だっ、だってあたし、キリトさんにキ、キ、キシュすることに」

 

「噛んでる噛んでる。いやー、予想以上の反応するねシリカ。ボク的に100点上げよう。まあ、そんなわけだからシリカが知らない人にキスする事にはならないから、安心していいよ」

 

「でもですねっ、もしキリトさんが捕まったらどうするんですかっ?」

 

 そう、そうだよ。

 キリトさんが逃げきれるかなんてわからないし。

 さっき追いかけてたのだって、すごい高レベルの人も多そうだったし。

 

「大丈夫だよ。キリトが勝つから」

 

「………なんで、そう言い切れるんですか?」

 

「友達だからね!」

 

「………友達だから、ですか」

 

「そ。キリトは友達の期待を裏切ることはしないからね。だから大丈夫だよ」

 

 根拠なんて無くて、信じられる要素はどこにもなかったけど

 つい、この言葉をあたしは信じてしまったのだ。

 

「まあ、もし仮にキリトが捕まったとしてもボクが有耶無耶にしてみせるから安心していいよ。ボク、そういうの得意なんだから」

 

「………わかりました。ユウキさんを信じます」

 

「よしよし。じゃあ1時間ここで突っ立ってるのもなんだから、周りの出店でも回ろうか。折角だからアスナも呼んで3人で。アスナもきっと喜ぶよ、数少ない女の子のプレイヤーだしね」

 

 楽しいよ、きっと。

 そんな風に言いながら、ユウキさんは歩いていく。

 そしてあたしもその後を続いて歩いていくのだった。

 

 

 

 こうして、あたしの剣爛祭は幕を上げた。

 結果を言うと、キリトさんは見事逃げきった。

 アスナさんとのデート権を勝ち取り、あたしのキスも受け取ったのだ。

 攻略組の人達は文字通り泣いて悔しがっていて、ちょっと怖かったけど。

 

 ちなみに、剣爛祭2日目でキリトさんがしたユウキさんへの仕返しにも、あたしは巻き込まれてしまったんだけど………

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 

 

【ユウキとクライン】

 

 

 見覚えのない景色、どこからか漂う緊張感。

 戦場独特の空気。 

 

 ついに辿り着いた。

 アインクラッド第32層。現在の最前線。

 あいつが――――――――キリトがいる場所に!

 

「くぅー! 気合入ってきたぜ!!」

 

「おい、リーダー、いいからはやく行こうぜ」

 

「そうそう。まず会議やるっていう町まで行かねえと話にならねえ」

 

「お、おう、わかってるよ。顔見せだろ? ちゃんと覚えてるっての」

 

 まったく、人がやる気出してるってのに水差しやがって。

 まあいいさ。とにかく追いついたんだ。

 いきなりボス攻略に参加できるなんて思ってねえが、まずは最前線の雰囲気を知らないとな。

 出しゃばった結果、揉め事になるなんてのはごめんだ。

 どこのギルドの影響が強いとかは情報屋に聞いたが、直で確かめないといけないからな。

 

「よし、じゃあ出発するか!」

 

 まず目指すのは迷宮区に一番近い町。

 そこで攻略組と接触だな。

 

 待ってろよキリト! 今行くぜ!

  

 

 

 

 

「………で? どうすんだよリーダー?」

 

「いやー、その、なんだ? ちょっと先走ったというか、気合が入り過ぎたっていうか………」

 

「それで道間違えてたら意味ねえだろ。なんのために事前にマップ買っといたんだよ」

 

「いやー、ははは………………すまん」

 

「ま、いいさ。逸る気持ちはわからなくもないしな。ただ次はやめてくれ」

 

「わるいな………………ありがとよ」

 

 マジすまん。

 まだ上に登ってきただけだってのに、さすがに調子乗り過ぎたな。

 こんな調子で進んで、仲間死なせたらどうすんだって話だよな。

 マジで気持ち入れ替えてかないとな。

 じゃないとギルマス失格だぜ。

 

「町までは結構かかりそうな感じか?」

 

「今の進行スピードだと、だいたい2時間くらいじゃないか?」

 

「となると到着は夜中だな。ほんとわりぃな、今日は全員分の飯おごるぜ」

 

「やったな。じゃあうんと高いのにしねえとな」

 

「だな。久々の贅沢だぜ」

 

「………ちょっとは抑えてくれよ」

 

 確かに俺が悪いけどよ、あんま高すぎるのは勘弁だぜ。

 

「――――ん? リーダー、索敵範囲内にプレイヤー反応だ」

 

「………PKか?」

 

「そこまではわからねえが、数は2。こんな最前線のフィールドで二人ってのは不自然な気がする。どうする?」

 

「ちょっと待て。今考える」

 

 PKとした場合ならその二人はまず囮だろう。数が少なすぎる。周りに仲間が潜んでるはずだ。

 だが、ここは32層だぞ?

 現状での最上到達エリア。

 この層にいるのはほとんど攻略組だ。そいつら相手にPKを狙う?

 狩れればうまいだろうが、失敗する確率の方が高いはずだ。

 

 ………いや、そもそもの話、ここは町からだいぶ離れた場所だ。

 町から迷宮区までの道で待ち伏せるするならわかるが、こんな場所で狙う意味はなんだ?

 まず獲物がかかるかどうかもわからねえだろ。

 そう考えるならPKの可能性は低いか?

 

 いや、だけど、そうでないとは断言しづらい。

 

「…………このまま町に向かう。近づいてきたら戦闘準備、その後の対応によっては迎撃する」

 

「了解」

 

 対応は間違ってないはず。

 PKの可能性は低いんだ。ただのプレイヤーかもしれねえ。

 それか俺達みたいに登ってきたばっかで道に迷った可能性もある。

 問題はないはずだ。

 

「――――反応、道の先で止まった。このまま進めば当たるぞ」

 

「―――戦闘準備………行こう。多分問題ねえはずだ」

 

 大丈夫、大丈夫だ。

 もしPKだったとしても、俺達なら大丈夫なはずだ。

 対人戦はデュエルでしかしたことないが、攻略組を目指してレベルは十分上げてきた。

 卑怯なPK野郎なんかに殺されるわけねえ。

 

「なんだ………明かり……?」

 

 道の先で明かりが灯っている。そこに相手がいるんだろう。

 幸いまだ俺達は人を斬ったことはねえが、最悪の時は俺が仲間の代わりに斬って―――

 

「―――――――――え?」

 

「―――――――――ふぇ?」

 

 そこには見知った顔と知らない顔がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、びっくりしたぜ。索敵スキルですぐ傍にいるのは気付いてたけど、まさか柄に手伸ばしながら近づいてくるとは思わなかったぜ」

 

「あー、なんかすまんな。二人しか反応なかったからPKの可能性考えてたんだよ」

 

「なるほど、そういうことか。確かにこんな場所で二人ってのは変だもんな」

 

「そう言ってもらえると助かるぜ………」

 

 いたのは男と女の子の二人組。

 

 男の方は知ってるやつだ。

 元ベータテスターで、VRゲームに慣れてて、女みたいな顔をしてる。

 このゲームで初めての俺のフレンド。

 キャラネームはキリト。

 あの悪夢の日からずっと、最前線で戦い続けてるみたいだ。

 

 女の子の方はまったくわからん。

 だが、こんな場所にはそぐわない容姿をしている。

 背も低くて、体も細い。

 まあ、ある意味ゲーマーっぽいかもしれないが、剣を振り回す姿が似合うとは言えねえ。

 キリトと一緒にいたってことはパーティを組んでるんだろうが………

 なぜか今はちょっと離れたとこから俺を見て、首を傾げている。 

 

「………で、キリト。あの子はなんだ? まさか彼女とか言わねえよな」

 

 もし、そうだったなら俺は縁を切る事も辞さないぞ。

 

「彼女………? いや、ないない。ただの友達だっての」

 

「友達ねえ? こんなとこで二人っきりでいてかぁ?」

 

「本当だって、ユウキとは同じ攻略組の仲間だよ。結構強いんだぜ」

 

「攻略組の? マジか………人は見かけによらないとはこのことだな」

 

 VRだし見た目と能力が乖離するのはわかってるけども、似合わねえな。

 あんな病人みたいな見た目で攻略組とは。

 

「わかるわかる。俺も初めて会った時は驚いたさ――――ユウキ、なんでそんなとこで黙ってるんだ? コイツのこと紹介するよ」

 

「うん? もういいの……? なんか久しぶりに会った感じだったし、話す事いっぱいあるのかなって思ってたんだけど」

 

「これからも会うことになるから、その時でいいさ――――紹介する、こっちが俺のフレンドの」

 

「クラインってもんだ。ギルド風林火山のギルマスもやってる。よろしくな」

 

「クライン………? クライン!? あーあーあー、なるほどなるほど。キリトのフレンドで後発攻略組………へー、そういうことか。納得」

 

 なにに納得したんだこのお嬢ちゃんは?

 

「じゃあ自己紹介させてもらうね。ボクはユウキ、キリトと同じで普段はソロでやってるよ。ボス攻略の時とかの集団戦闘じゃ主にダメージディーラー担当。ってことでこれからよろしくね、クラインさん」

 

「お、おう。こっちこそよろしく頼むぜ、ユウキさん」

 

「む。さん付けはしなくていいよ。ボクあまりその呼ばれ方好きじゃないし」

 

「なら、こっちもクラインでいいぜ。俺達の方が攻略組としてはユウキの後輩になるしな」

 

「うん、オッケー。わかったよクライン」

 

 結構明るい感じの子なんだな。

 姫プレイヤーみたいな明るさじゃなくて、ムードメーカーみたいな感じの。

 

 …………実はキリトが貢がされてる、なんてのは無さそうだな。

 

「それでキリト、なんでこんなとこにいたんだお前ら? 迷宮区からは遠いだろここ」

 

「それはこっちのセリフでもあるけどな――――理由としてはボスの弱体イベントの帰りだ」

 

「弱体イベ………? ここのボスそんなのがあるのか?」

 

「ああ、二つ下の階もあったみたいなんだけど、その時はごり押しできたんだが……」

 

「もー、ひっどいんだよここのボス。全っ然攻撃通んないの。ゲージ一本も削れないんだよ? 『絶対おかしいコレ』ってなってみんなで情報収集したらそれっぽい情報が手に入ってね。それでボクとキリトが行ってきたってわけ。迷宮区と真逆の場所だったんだよ? ひどいと思わない?」

 

「はー、なるほどな………なんでお前ら二人になったんだ?」

 

「調べた限りだと難易度が低そうだったのと、俺もユウキもソロだったから、だな。自分の準備が終わればすぐ出発できるし、軽剣士だから移動も速いしな」

 

「さらに言えば、ボク達が強いからだね!」

 

「それ、普通自分で言うか?」

 

「なにさ、キリトは自分が弱いって思ってるの?」

 

「………いや、思ってないけど」

 

「じゃあいいじゃん。自分の思いを周りに伝える事は罪じゃないんだからね!」

 

「物は言いようだな………」

 

 なんというか、こいつら

 

「仲、いいんだな」

 

「―――うん! ボク達友達だからねっ!」

 

「ちょっ、いきなり肩組もうとするなっていつも言ってるだろ!」

 

「いいじゃんか、たまにはー」

 

「女子の気軽な接触は健全な青少年にはダメなんだっての」

 

 なんかちょっと安心したぜ。

 最初に会ったときはあんまり人付き合いが得意には見えなかったからな。

 ちゃんと友達作れてんだな。

 

「大丈夫大丈夫。ボク、自分より弱い人は異性として見てないから。だから安心していいよ、2連敗中のキリトくん」

 

「おまえ………その前までは俺に負けまくりだったじゃねえか!」

 

「かっちーん。アレはキリトがずるいんじゃんか! 初心者に対して卑怯だよ!」

 

「誰が初心者だ! 元ベータテスターだろうが!」

 

「対人戦は正式版が初だったんですぅー。ベータはモンスターとしか戦ってなかったんですぅー」

 

「こいつ………ベータじゃ攻略組にもなれなかったくせに」

 

「頑張り始めたのが正式版になってからだったんだっての」

 

「………………」

 

「………………」

 

「やるかユウキーッ!」

 

「上等だキリトーッ!」

 

 仲、いいん、だよな………?

 というかお前ら

 

「喧嘩するなら町についてからにしろ! ここまだ道端だっての!」 

 

「だってキリトが!」

 

「だってユウキが!」

 

 攻略組になってからの日々は、なんだか騒がしくなりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユウキとリズベット】

 

 

「リズー、いるー?」

 

「―――店開いてるんだから、いるに決まってるでしょうが。なに? どうしたの?」

 

「剣、研いでほしいなって」

 

「………あんた、三日前にも同じこと言ってなかったっけ?」

 

「………えへへ」

 

 相も変わらずこいつは………

 

 このバカみたいな笑いで誤魔化そうとしているのはユウキ。攻略組の一員だ。

 その中でもトップ中のトップに位置する実力を持ったプレイヤーでもある。

 見た目だけならその辺の雑魚にもやられそうな感じだってのに。

 もはや、一種の詐欺としか思えない。

 

「はぁ、まあいいけど………にしてもあんた最近頻度高過ぎない?」

 

 少し前までなら、早くてもせいぜい1週間に一度くらいだったのに。

 最近は少しダンジョンに籠り気味じゃないかしら?

 

「いやー、ほら残りはあと30層でしょ? そろそろ本腰入れないとダメかなーって」

 

「なに言ってんのよあんたは………それで自分が潰れたりしたらどうすんのよ」

 

「お、なになに? リズ、ボクのこと心配してくれてるのー?」

 

「茶化さないの。あんたはただでさえそんな見た目なんだから、あんま無理するんじゃないわよ。あと普段からもっとご飯食べなさいっての」

 

 そんなガリガリの体で戦ってる姿見ると不安になるっての。

 そのくせ強いから困るのよね。

 

「ふふふ、リズは優しいなー。ボクにそんなに優しくしたら惚れられちゃうぞー?」

 

「生憎あたしは女の子に興味はありません」

 

「それもそうだね。リズが興味あるのはまっくろくろすけだもんね」

 

「………………アスナに聞いたの?」

 

「いーや。知ってただけだよ」

 

「ふーん。そう………」

 

 ………本当になんでコイツは他人のそういうことにすぐ気付くんだか。

 

「いやいや、ほんとにキリトはすごいね。知ってはいたけどあんなにモテモテだとは。知ってる? この前の結婚式に来てたシリカちゃんってビーストテイマーの娘もキリトのこと好きなんだよ? びっくりだよね」

 

「………一応聞くけど、そういうこと周りに言いふらしたりしてないでしょうね?」

 

「してないしてない。これでも攻略組のキューピッドとしての守秘義務は守ってるんだよボクは。これまで14組のカップルを成功させたボクだけど、誰が誰を好きだとかそういうことは周りには絶対喋って無いんだからね。そういうことされたら傷つくでしょ?」

 

 攻略組のキューピッド、ねぇ?

 なんか恋愛事に首を突っ込んで回ってるってのは噂で聞いてたけど、そんなことをしてたのね。

 下手に手出したら拗れそうなもんだけど、よくそんな事やるわね。あたしには無理。

 

「そんなことしてるんなら、クラインの事も手伝ってあげればいいじゃない。いつも『彼女欲しい』って騒いでるじゃない」

 

「あー、クラインはちょっと、アレでさ………なんていうか、ボクは可能性が1%でもあればそれを100%に出来るように手助けするけど、元が0%じゃ手助けするにも手の出しようがないんだよね………」

 

「………それ、本人に伝えてないわよね?」

 

 さすがにそれは、ちょっと不憫すぎる。

 

「ボクだってそれぐらいの分別はあるよ。かわいそうだし一回だけ協力したけどね」

 

「へー………で、フラれたわけ?」

 

「フラれたというか、当て馬になったというか………」

 

 当て馬?

 

「………気になるっていう女の子が丁度その時のボクの依頼人でね。相談受けてたんだよ」

 

「あー、それは」

 

 なんといえばいいのやら。

 

「さすがに不憫でね。キリトに相談して一緒にそれとなく諦めさせるようにしてたんだけど効果なくて、それでまあ色々と紆余曲折ありまして」

 

「当て馬になって結果的に相手のサポートをしたって?」

 

「そーいうこと。さすがにボクでもあれはからかえなかったよ。言葉も出ないってのは正にあのことだね」

 

「ふーん」

 

 なんていうか、この娘の周りはいつも愉快な事になってるわよね。

 こういったくだらない雑談をするといつも思うけど。

 

 でも、よく考えたらいつも周りの話ばっかりでユウキ自身の話は聞かない気がする。

 

「………それで? そういうあんたは?」

 

「ん? ボクがなに?」

 

「あんたの恋バナ、あたし聞いたことないんだけど」

 

「ボクぅ? 期待してるとこ悪いけど、誰かを好きになったことも好きになられたこともないよ」  

 

「へー、ほー、ふーん」

 

「え、なにその反応?」

 

 好きになったことがない、ねぇ。

 

「キリトはどうなのよ?」

 

「………はい?」

 

「だからキリトはどうなのよって話よ。いいわよ、今さら隠さなくても」

 

 何を今さら。

 ユウキのキリトに対する反応は他の人にするものと全然違うのはバレバレだっての。

 いつも話題に必ず一度はキリトが出て来るし、普段からよく一緒にいようとしてるし。

 というか最近ダンジョンに籠ってる本当の理由はそれでしょ?

 キリトとアスナが結婚したから、そのショックを誤魔化す為でしょうに。

 

「………………それ流行ってるの?」

 

「は?」

 

「それ、この前アスナにも言われたんだよね………ボクそんなにキリトの事好きに見えるの?」

 

「は、いや、っていうかアスナにも言われた? いつの話よ!?」

 

「アスナがキリトにプロポーズされた日の夜に、アスナの家で」

 

「は、はぁ!?」

 

 なにそれ!? どういう状況よ!?

 

「キリトのこと励ましてたらその最中にアスナから『話がしたい』ってメッセージ届いてさ、結構遅い時間だったんだけどアスナの家行ったんだよ。そしたら」

 

「待った」

 

「えっ、な、なに?」

 

「キリトを励ましてたってなに?」

 

「ああ、それ? 『プロポーズしたけど時間をちょうだいって言われた』って落ち込んでてね。ボクの見立てだとすぐオッケーくれると思ってたから予想外だったんだけど、アスナも嬉しくてちょっと混乱してただけだよってキリトを励ましてたんだよ」

 

 いや、待った。つまりなに?

 あの男はプロポーズしたあとにそれを真っ先に別の女に報告しに行ったってこと?

 さらに励まされてたって?

 ………ちょっと今度会ったら殴っとこ。

 

「えっと、それでアスナの家行ったらさっきリズが言ったみたいにボクがキリトのこと好きなんじゃないかって言われて。違うってことを朝になるまで説明してわかってもらったんだ。アスナなかなか納得してくれなくてね……」

 

 え、じゃあなに?

 ユウキは本当に好きじゃないの?

 あんなに一緒にいて?

 しょっちゅう二人で遊びに行ったりして?

 

「…………………キリトのことどう思ってるわけ?」

 

「ボク的には、すごく気の合う仲のいい友達、なんだけど……わかってもらえた?」

 

 そんなの

 

「な」

 

「な?」

 

「納得できるかぁー! あんなに仲睦まじくしといてそれが通るなんて思うんじゃないわよ!! あたしは騙されないからね!!!」

 

 ふざけんじゃないわよ!

 今さら言い逃れしようなんてそうはいかないんだからっ! 

 

「今日はもう店仕舞いよ店仕舞い! ユウキッ! 今日は家に泊まりなさい! 一晩かけてじっくり聞き出してやるわ!!」

 

「ああ、うん、おっけー…………アスナもこんな感じだったなぁ」

 

 絶対に本音を聞き出してやるわ!

 覚悟しなさい!!

 

 

 

 

 本当に好きじゃないと説得されるまで6時間かかりました。

 

 

 

 

 

【ユウキとエギル】

 

 

「――――で、いつまでいるつもりだユウキ?」

 

「……決まるまで。あとちょっと待って」

 

「待てとはいうが………ユウキ、お前さん、ここがどこかわかってるのか?」 

 

「……どこって、エギルのお店」

 

「そう、俺の店だ。つまりな――――」

 

 このアインクラッド第50層主街区アルゲードに開いた雑貨屋。

 それが俺のやってる店だ。

 モットーは、安く仕入れて安く提供すること。

 その性質上この店には役に立ちそうな物から立たなさそうな物まで揃ってる。

 だがな―――

 

「――――ウチの店で結婚祝いになりそうなモンなんてあるわけないだろ!」

 

「ぶー。そうは言ってもボクの行きつけのアイテム屋なんてここぐらいだし………あとよく行くのはご飯屋さんばっかりなんだから仕方ないじゃん」 

 

「……別に行きつけの店である必要はないだろ。ユウキが渡すプレゼントなら、キリトもアスナも喜んでくれるだろうが」

 

 服とかアクセサリーとか、皿なんてのでいいだろうに。

 ウチにあるのは基本的に素材アイテムばっかりだぞ。

 

「喜んでくれるからちゃんと選びたいんでしょ? 二人に心から喜んでくれるもの渡したいんだもん………………」

 

「まったく、いつもは大胆に切り込んで行くくせに、こういう時は慎重なんだな」

 

 絶剣のスキルの仕様上仕方ないんだろうが、あんな普段見てて心配になるような戦い方してるくせにな。

 こういう時もその豪胆さを活かせばいいものを。

 

「…………だって、ボクこういうの初めてで、どうしたらいいかわからないし」

 

 本当に今日はらしくないな。

 いつもは何もなくても笑ってるってのに。

 

「ハァ、しかたねえ………………今日は早めに店閉めてやるから、そのあと一緒に買い物に付き合ってやる。それでどうだ?」

 

「―――――うん。うん! わかった! ありがとう、エギル!」

 

「はいはい、どういたしまして」

 

 嬉しいのはわかったから、ぴょんぴょん飛び跳ねるのはやめろ。

 システム的に大丈夫だろうが、ケガしそうで見てて怖い。

 

「つっても、さすがに今から店閉めるってわけにはいかねえから、せめてあと1時間ぐらいは待てよ」

 

「わかった! じゃあ待ってるね」

 

 さっきと打って変わってニコニコと楽しそうにしやがって。

 これを狙ってやってるなら将来は立派な悪女になれるな。

 

「……ねえねえ、エギル」

 

「なんだ?」

 

「結婚式ってお金持ってくんだよね? えっと、お香典、だっけ?」

 

「………香典は葬式だ。結婚祝いに渡すのはご祝儀な」

 

「そう! そのご祝儀っていくらあればいいのかな? 千Kくらいで足りる? 少ないかな?」

 

「………………それで足りないって言ってくるやつとは縁を切ることを俺は勧めるがな」

 

「……? ちょうどいいってこと?」

 

「多すぎるってことだ」

 

 なんというか変なところでズレてるな。

 まあ見た目からして、おそらく中学生前後。

 多少物事を知らなくても不思議ってわけじゃないがそれにしても普段から―――

 

 ―――いや、リアルの詮索はマナー違反だな。 

 やめよう。そこまで踏み込んでいいものじゃない。

 

「――――今のうちにどんな物にするかぐらいは考えておけよ? せめて種類を決めてくれなきゃ店を回りようが無いからな」

 

「はーい。ふふーん、なににしよっかなー」

 

「やれやれ………」

 

 テンションの切り替えが速すぎてついてけないっての。

 

「あ、そうだ。ねえねえ、エギル。一個聞いていい?」

 

「今度はなんだ?」

 

「エギルは結婚した時はどうだったの?」

 

「………………」

 

 俺が既婚者だって事を知ってる?

 前に話したか?

 いや、ユウキにそんな話をした覚えはない。

 それ以前に俺はこのSAOの中で、現実では結婚してるなんて話は一切してない………はず。

 ………いや、どうだろう。

 男連中と飲んだ時に、酔った勢いで喋っちまった可能性は否定できねえ。

 

「エギル? ねえねえ、どうだったのさー」

 

「―――はぁ、誰から聞いたんだ?」

 

「お、ってことは認めるんだね」

 

「はぁ………?」

 

「誰にも聞いてないよ。ボクが知ってただけ」

 

「なんだそりゃ………それを言うなら、気付いたの間違いだろ」

 

「えー、そうかなぁ。合ってると思うんだけど」

 

 まさかカマをかけられたとは。

 初めて会った頃は商人プレイヤーによくぼったくられてたユウキがこう育つなんてな。

 見た目は変わらねえがちゃんと成長してるってことなのかね。

 

「それで、エギルは結婚した時に友達になにもらったの?」

  

「別に大したものは貰ってないさ、ちょっとしたインテリアとかだな。店に置けるような」

 

「ほー。なるほど、インテリア………うー、選択肢が増えた」

 

「そんなに難しく考えなくていいと思うんだがなぁ」

 

「考えるよ! これはお返しなんだから!」

 

 お返し?

 

「なんだ、お返しって? あの二人になんか貰ってたのか」

 

「そんなの決まってるじゃん! 幸せだよ。それ以外ないでしょ?」

 

「幸せ………?」

 

「うん。幸せ」

 

「………………なんでだ?」

 

「なんでって、二人が結婚したからだよ?」

 

 ………………頭が痛くなってきた。

 

「すまん、わからん。なんであの二人が結婚したらユウキが幸せなんだ?」

 

「ボクの友達が好きな人と一緒になるんだよ? しかもその相手もボクの友達。これが幸せじゃなかったらなにが幸せなんだーって感じだよ。ほんと嬉しいよね」

 

「………確かにお前さんが妙にあの二人を囃し立ててたのは知ってるが、そんなに思うほどか?」

 

 ついこの間も、自費で号外作ってばら撒いてたしな。

 よくそんなことをやるもんだとは思ったが。

 

「そりゃそうだよ! だってエギル今の到達階層がどこかわかってる!?」

 

「どこって、そりゃ69層だろ?」

 

 フロアボスのLA取ったのユウキで、散々周りに自慢してたじゃねえか。

 LA取った回数でキリトが張り合ってたのは、まだ記憶に新しいぞ。 

 

「そう、69層! まだ69層なのにあの二人はもう結婚するんだよ! これがどういうことかわかる!? つまりボクのおかげってことなんだよっ!?」

 

「すまん、全然わからん」

 

 もう結婚するってなんだ。

 まだしちゃダメだって言いたいのか?

 確かにあの二人が結婚したのはユウキの尽力があったからなのはわかるが。

 あれだけさんざんキリトの事煽ってたしな。

 俺もやっと告ったかとキリトの報告聞いた時は安堵した覚えはあるが………

 

 でもやっぱり意味が分からん。

 

「もー、つまりはあの二人が一緒になってくれてボクはすごい嬉しいってこと。実に恋のキューピッドらしいねボクってやつは。さすがは数多のカップルを成功させた女だよね」

 

「キューピッドねぇ…………そういえばなんでそんなのやり始めたんだ?」

 

「なんでって?」

 

「いや、だからよ。確かに他人の色恋沙汰を聞くのは楽しいが、普通はそこまで手出したりしないだろ? もしそれが原因で別れたりなんかしたら大変だしな」

 

「そんなの決まってるよ。いいエギル? ボクはこれまで数多くの恋愛小説と少女漫画を読破してきたんだよ。そんなボクが叶えられない恋なんてあるわけないじゃないか。そしてボクはみんなのハッピーエンドを見てみたい。ならやることは決まってるでしょ」

 

 つまり、小説やら漫画みたいな恋を見てみたかったからってことか?

 本気で言ってるんじゃないだろうなコイツは………

 

 いや、ユウキのことだ。どうせ本気で言ってるんだろう。

 

「それに、好きな人と一緒に居られるのって幸せな事なんでしょ? だからボクも、それを見て幸せになれるんだよ」

 

「ふーむ。なるほどな」

 

 誰かが好きな相手と一緒にいるところを見て、自分もそうであるかのように感じてると。

 自己投影してるってことになるのか。

 ん? ということはユウキは―――

 

「――なんだ、つまりユウキは寂しがり屋ってことか」

 

「―――えっ?」

 

「要は誰かと一緒にいたいけど、それが無理だと思い込んでる。だから相手に自分を重ねてるってことだろ」

 

「――――う」

 

「ユウキにも見た目相応のとこはあったんだな。少し意外だったが」

 

「―――――がう」

 

「まあ、心配すんな。確かに俺達は特別な関係とかじゃないが、皆お前の仲」

 

「――――ちがうっ!」

 

「―――間………ユウキ?」

 

「ちがうちがうちがうちがうちがう!」

 

「お、おい、どうした?」

 

 なんだ、いきなりどうした。

 

「ちがうっ! ボクは寂しくなんてない! ボクは一人じゃない! ボクはここにいる! ここにいるんだよっ!」

 

「ユッ、ユウキ?」

 

「ボクはいらなくなんてない、邪魔なんかじゃない! パパもママも愛してるって言ってくれた! 姉ちゃんも大好きだって言ったんだ! キリトもアスナもこんなボクを友達だって言ってくれたんだ! だからちがう寂しくなんかないっ!!」

 

「おいっ! ユウキ落ち着け!」

 

「もうボクは僕じゃない、ボクになったんだ! ユウキになったんだよ! 変われたんだ! いやだいやだいやだ戻りたくない、もうあそこにいたくない! もういやなんだ! もう一人はいやなんだよっ!!」

 

「――――ユウキッ!!!」

 

「―――――――っ」

 

「落ち着け、俺が悪かった。全部俺が悪かったんだ。だから、落ち着け、な?」

 

「あっ、やっ、ちが、ちがう、ちがうんだよ………寂しくなんてない、ほんとだよ………………エギル、ボクちがうんだよ、うそじゃないんだ」

 

「ああ、そうだ、そうだな。違うんだな。大丈夫、わかってるさ」

 

「ほんとうだよ、さびしくない、一人でもだいじょうぶなんだよ」

 

「ああ、わかってる。わかってるさ、安心しろ」

 

 ああ、ちくしょう。

 こんな地雷があるなんて少しは予想できたはずじゃないのかよ、俺。

 ユウキの見た目で多少は察せたはずだろうが。

 普通の子供がこんな体で生活してるわけないなんて、最初に思ったはずだろうが。

 言動と比べて幼い見た目、明らかに平均以下の体重であろう細い体。

 仮に引きこもりの子供だとしても、もっと筋肉はついてるはずだ。

 

 リアルの詮索はマナー違反?

 そうだとしても大人は子供に対して気を配ってやらなきゃいけないってのによ。

 ああ、ちくしょう。

 こんな失敗いつ以来だよ。

 

「………………買い物、今日はやめておくか?」

 

「………………………………行く」

 

「そうか、わかった。今店閉めてくるからちょっとだけ待ってろ」

 

「………………………………うん」

 

 …………詫びはちゃんとしないとな。

 今日は好きなだけ言うことを聞いてやって、落ち着かせてやらねえと。

 なんなら嫁の話をしてやってもいい。

 とにかく、周りから見て変に思われないレベルには戻してやらないといけない。

 また誰かが地雷を踏みでもしたら、その時傷つくのはユウキだ。

 

 ―――本当なら、カウンセラーとかに診てやってほしいところだが

 

「―――――恨むぜ。茅場晶彦」

 

 こんな閉じ込められた世界に子供まで巻き込んでるんじゃねえよ。

 大人としての自覚もないのかよ、天才ってのは。

 

 もし会えたなら、そん時は一発ぶん殴ってやらねえとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユウキとユイ】

 

 

「ほれーここか? ここがええんか?」

 

「ちょっ、もう、くすぐったいですよっ」

 

「ほれー、ほれほれー」

 

「もー、ユウキさんやめっ、もう、パパー」

 

「はいはい。ほらユウキおさわりタイム終了だ。今日はもう諦めろ」

 

「ああ、ボクの癒しがぁ………キリトずるい! その年でこんなかわいい娘いるなんて反則だ! チートだチート、チーターや!」

 

「なんだよその変な似非関西弁。ってかそれどんなチートだよ、逆に気になるっての」

 

「むっ、あの迷言を変なモノ呼ばわりとは。さすがキリト格が違うね」

 

「はいはい。俺とユウキじゃ格が違うんだよ。ということでユイに触るの禁止な」

 

「あー! キリトずるっ! ………………ボクより弱いくせに」

 

 あ、パパの動きが止まった。

 

「ほ、ほー。誰が弱いって?」

 

「さぁ誰だったかなー。この前5分持たなかったのはどこの黒づくめだったかなー?」

 

「………はは、その黒づくめにこの前負け越したのは誰だっけなー?」

 

「…………あは、あはははははは」

 

「ははは、はははははは」

 

「………………」

 

「………………」

 

「表出ろキリトーッ!」

 

「上等だユウキーッ!」

 

 ………行っちゃった。

 本当にパパはユウキさんといると子供っぽくなりますね。

 ママがたまに羨ましそうにする理由がちょっとわかる気がします。

 

 剣戟の音が遠く、地面を踏みしめる音が聞こえないので今日は空戦みたいですね。

 この前ママに庭で戦ってたらうるさいって怒られたのを二人とも覚えてたんでしょうか。

 宿題やってる最中にあれは騒がしかったですから、私もしょうがないと思いますけど。

 

 

 

 ユウキさんがパパたちの前に姿を現したのは今から3週間前のこと。

 それから毎日パパたちは一緒に遊んでいます。

 そんな二人を見てママやクラインさんたちはSAOに戻ったみたいと言っていました。

 二人ともSAOの頃とはアバターが異なっているはずなのに、なぜかそう見えるそうです。

 

 私がユウキさんに会ったのも3週間前が初めてです。

 そもそも、パパたちはユウキさんとこの1年間連絡を取れなかったそうです。

 なんでも、現実での連絡先をユウキさんが教えてくれなかったらしくて。

 ユウキさん曰く、「ネットで会うのはともかく、リアルはちょっと恥ずかしいじゃん」との事。

 結局、今もメールアドレスしか教えてくれてないみたいです。

 電話もダメっていうのはなぜなんでしょうか?

 もしかしたら声とかにコンプレックスがあるのかもしれません。

 それか俗に言う、恥ずかしがり屋さん、という人なんですかね?

 ちょっと不思議な人です。

 

「―――でも、悪い人ではないですよね」

 

 パパやママの事が大好きーって気持ちはすごく伝わってきますから。

 いつもみなさんにニコニコ笑って突撃して行ってますし。

 ………私を撫でまわすのはちょっと遠慮してほしいですけど。

 

 まあ、そこはパパの頑張り次第ですかね。

 なんでも戦って勝った方が命令できる、なんてルールが最近の二人の間にはあるみたいですし。

 昨日はパパが負けて一日語尾に「ごわす」を付けるなんて命令されてましたけど。

 多分、一昨日にユウキさんが「ござる」って語尾に付けさせられた仕返しでしょうけど………

 本当に二人とも仲いいですよね。

 

 ちょっと気になるのは、パパがたまにユウキさんを見て不思議そうな顔をすること。

 なにか違和感がある気がするそうです。

 それがなにかはまだわかってないそうですけど、ちょっと気になりますよね。

 

 

「ユイちゃーん。出かけるよー。これから地下で邪神狩り競争やることになったんだー」

 

 って、わ、

 

「お、なにやってるの? 日記?」

 

「中身は見ちゃダメですよっ。パパにつけてみたらどうだって言われたんです」

 

 成長の記録がどうとかってパパは言ってましたけど。

 

「へー、キリトが。確かに意外と書いてみたら楽しいしね日記って」

 

「はい。毎日なに書こうか迷っちゃいます」

 

「ふーん。いいねそういうの。ねね、今度見せてよユイちゃんの日記」

 

「ダメですよっ。恥ずかしいから禁止ですっ」

 

「えー、お願いっ、この通り。一回でいいからさ。ねーねーいいでしょー?」

 

 そんな目をウルウルさせながら言わないでください。 

 

「むー、じゃあ一回だけですよ」

 

「ほんとっ!? やったね」

 

「でも、今はまだダメですよ。まだ書き始めたばっかりなのでもっと中身が増えたら見せてあげます。ユウキさんだけの特別ですよ?」

 

「オッケーオッケー。じゃあ今度読ませてね」

 

「はい。楽しみにしててください」

 

 仕方ないですから見せてあげることにします。

 でもそれはもう少したって、ユウキさんの恥ずかしい記録を書いた後にしましょう。

 パパが言ってました。ユウキさんはそういった攻撃に弱いって。

 普段のパパがからかわれてる仕返しです。

 決して最近パパが取られてるからじゃありません。

 

「おーい。ユウキ、ユイまだかー?」

 

「はいはーい。今行くよ――――いこっか、ユイちゃん」

 

「はい!」

 

 その日が来るのが、楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

【ユウキとヒースクリフ】

 

 

 第55層主街区グランザム、そこにある一つの塔のような建物。

 そこに、ここギルド血盟騎士団の本拠地がある。

 

 そしてその一室に、私は彼女と二人でいた。

 

「ぶぇー、ぜんぜん終わんなーい。ヒース、へるぷみー………」

 

「………企画部長をやると立候補したのは君自身だったと記憶しているが?」

 

「だって、こんなに大変だなんて思わなかったんだもん。もっとこう、パパーッと案出したら終わりだって思ったのに……………こんなにやる事多いなんて聞いてないもん」

 

「やれやれ、一社会人として忠告するが、そのままでは今後の人生苦労すると思うがね」

 

「むぅ。ぶーぶー」

 

「………なにか?」

 

「豚の真似」

 

「……………せめてもう少し肉付きを良くしないと、あまり伝わらないと思うがね」

 

「つっこむのそこ? というかなんで皆ボクにもっと食えって言うのさ」

 

「君の体に聞いてみたらいいのではないかね?」

 

「好きでこんな体になったんじゃないっての。もう、仮想空間なんだから意味ないって言ってるのに……………」

 

「ふむ……………まあ、気持ちは理解できるがね」

 

「なにさそれー」

 

 彼女はユウキ。

 俗に言う攻略組に分類される、この世界でもトップの能力を持ったプレイヤーの一人だ。

 普段はソロで活動していて、所持しているユニークスキルの名前から「絶剣」などと呼ばれることもあるそうだ。

 現在は「剣爛祭企画部長」の肩書を持っている。

 

 そして私の名前はヒースクリフ。

 同じく攻略組で、その中でも主力ギルドと呼ばれる「血盟騎士団」のギルドマスターでもある。

 「神聖剣」というユニークスキルを持ち、全プレイヤーでもっとも堅い男とも言われているらしい。私にとってはどうでもいいことではあるが。

 現在は「剣爛祭実行委員長」の肩書を持っている。

 

 我々は今、第一回となる剣爛祭の開催に向けて、資料を作成中だ。

 もっとも、彼女の方はリタイア寸前であるが。

 

「もうやだー、つかれたー。ねえレベリング行こうよレベリングー」

 

「明日の会議資料を作成しなくていいのなら、それも構わないが。ちなみにその場合祭りは中止になる可能性が高いがね」

 

「うぅぅぅぅ」

 

「唸ってもどうしようもないと思うが?」

 

「……………十分休憩! それくらいいいでしょ!?」

 

「ふむ………では、そうしようか」

 

「いえーい! おやつおやっつー、アスナのクッキー」

 

 そう言って無邪気にはしゃぐ彼女。

 以前、私の前にたった一人で向かい合ったようには見えないな。

 

「……………ふむ。ユウキ君、一つ聞いてもいいかな?」

 

「んー? なーに?」

 

「なぜ君は、私を排斥しようとしないのかね?」

 

「…………………なに、ボクに茅場の話をしろって言ってるの?」

 

「少し興味が湧いたのでね」

 

「あっそ……………で、なんで追い出さないかって?」

 

「ああ。別に君なら可能だろう?」

 

「よく言うよ。血盟騎士団の団長を、ただのソロの小娘が『あいつは実は茅場晶彦なんだ』なんて言って誰が信じるってのさ。考えるまでもないでしょ」

 

「そうかな? 普段のユウキ君の慕われた姿を見るに可能性はそう低くないと思うがね。それに約一名は確実に私と君なら無条件で君の事を信じると思うが?」

 

「……………で? 仮にそれで追い出せたとしてどうするのさ。もしそうなったとしたらデメリットが多すぎて、本末転倒だよ」

 

「ほう――――では、君の言うデメリットとは?」

 

「わかってるくせによく言うよ……………言っておくけど、ボクは神聖剣無しに75層を突破出来るなんて欠片も思ってないからね!」

 

「なるほど。だが、それだけではないだろう?」

 

「神聖剣の裏切りによる士気の低下に、攻略組内でのトップ争いの激化による仲間割れ。それに伴う攻略スピードそのものの遅れ! 中層以下のプレイヤーからの攻略組そのものへの不信感の増加!! これで満足!?」

 

 なるほど。

 普段の姿を見る限りではあったが、あまり考えを回すのは得意ではないと見ていたのだが。

 出来ないわけではないと。

 

「ふむ、あの時点でそこまで考えが回っていたのか………ならばなぜ二刀流を手放したのかね? あれは君の言うところの勇者の力のはずだが?」

 

「あー、もうっ! ボク、茅場大っ嫌いだからそんな奴と会話するの嫌なんだけどっ!」

 

「私はユウキ君との会話は好きだがね」

 

 私には無い思考や発想を聞くというのは、存外おもしろいものだ。

 

「あっそ! ……………このゲームを終わらせるのはキリトで、ボクはイレギュラー。それなのに、ボクがアレを持ってたらこの世界が無事に終わるかどうかも分からない……………これでいい?」

 

「未来を知っているからこその判断というわけか」

 

「……………ボクはこの世界の終わりを知ってるし。なんで茅場晶彦がこの世界を作ったのかも知ってる。だからお前が嫌いなんだ」

 

「………君を巻き込んだからかね?」

 

「違う! みんなに死を押し付けたからだ!」

 

 死を、押し付けた。

 変わった表現だな。興味深い。

 

「この世界は痛みが遠くて、悪意が近い。システム的にそういう風にできてる。だから痛くなるのは心だけ……………現実だったら逃げられる、連絡手段を全部捨ててどこか遠いところに逃げれば、一時でも心を休ませられる―――でも、この世界に確実な逃げ場なんて一つしかない」

 

「それが死だと?」

 

「そう。こんな限られた鉄の城で、確実に離れられるのは死だけだ……………そしてなにより、プレイヤーは本当に死ぬのかどうかを確かめる手段がない。だからみんな一握の救いを求めて飛んでいくんだ」

 

「だから、私を許せないと」

 

「許すとか許さないじゃなく、嫌いなの! ふん、どうせ言ったって伝わらないだろうけど、教えてあげる……………死ぬのは、ほんとに怖いんだよ……………」

 

 死は恐ろしい、か。

 確かに、それは私には理解できないものだな。

 死が不可逆なものという考えはあるが、恐ろしいものであるという考えは私には無い。 

 

「……………まだなんかあるの?」

 

「いや、聞きたい事は聞けたが。あえて聞くなら、なぜヒースクリフとは交友を深めたのかね?」

 

「別に、ヒースクリフは好きだからだよ。ちょっと不愛想で話しかけづらい印象あるけど普通に会話してくれるし、普段はリアクション薄いけどたまに想定外の事あったりした時の顔はおもしろいし……………微妙なNPC料理店に連れて行った時は特にそうだよね」

 

「……………だから君は妙に私を食事に誘うのか」

 

「あとたまーにバグ見つけて、それ教えたらその場で修正してるの見るの、結構おもしろいしね。滅多に見れないちょっとイラッときてるヒースの顔見れるから」

 

「……なるほど」

 

 楽しげな顔をしながら報告してくる理由はそれかね。

 

「―――だが、それは茅場晶彦とヒースクリフを別の存在と見る理由にはならない気がするが?」

 

「なるよ」

 

「なぜかね?」

 

「―――だって、皆はボクのこと『ユウキ』として扱ってくれてるでしょ? だからボクも茅場とヒースは別物だって思って接してるだけだよ」

 

 彼女を『ユウキ』として扱う、か。

 

「そんじゃま、休憩おーわり。仕事しよっか。ヒース」

 

「―――ああ、そうしよう」 

 

 彼女とのこれまでの会話で分かっていること。

 彼女は未来を知っていると言うが、正確にはこのSAOの未来を知っているということ。

 あるいは、プレイヤーの誰かの未来を知っていると称するのが正しいということ。

 会話から読み取れる断片的な情報から、そう読み取る事ができる。

 

 そして、彼女自身の未来について彼女が知っていることは少ない。

 だが、キリト君やアスナ君。そして私についての未来は自身のことよりは得ている情報が多い。

 そしてその未来もこのSAOを中心とした4、5年といったところ。

 

 そしてなにより、彼女は、彼女自身の死がいつ訪れるのかを知っている。

 

 この世界において、死を誰よりも恐れる少女が、死への覚悟を誰よりも早く決めているとは。

 いやはや、難儀な話だな。

 

「で、仕事の話に戻るんだけどさ、今お祭り会場39層の予定でしょ? ただ、あそこそんなにキャパないから違う場所の方がいいんじゃないかって意見上がってるんだよね。どうしたらいいと思う?」

 

「はじまりの街ではダメなのかね? あそこの中央広場なら十分な広さだと記憶しているが?」

 

「あー、1層はほら、なんていうか、その、休んでる人が多いでしょ? だから候補からは除外した方がいいかなって」

 

 休んでいる人、この世界を受け入れられずに部屋に閉じこもり、自分以外の力による脱出を願い続けている受動的なプレイヤーのことか。

 

「そういうことならば現在解放されている層で適任な場所は無いな。主街区に拘らなければいくつか候補は出せるが」

 

「転移門ないからパス。中層以下の人達にモンスター倒して辿り着けって言うわけにはいかないでしょ」

 

「そう言うとは思ったがね。ならばあとは、シュテインだな」

 

「シュテイン? ………え、どこ? そんな名前の場所あったっけ?」

 

「60層の主街区だよ。そこそこ大きな街で中心にはステージが併設された広場もある」

 

「おお、いいね、そこ! よし、そのシュテインって街に決めた!」

 

「現在の最前線は58層で、明日には剣爛祭企画会議もあるが?」

 

「明日の会議はとりあえず39層ってことで仮決定して、60層が解放されたら条件的にこっちのほうがいいからって変更かける!」

 

 以前の私なら、その時点のプレイヤーが知るはずもない情報を教える、なんてことはしなかっただろうが。

 

「やれやれ、広報の仕事が増えるな」

 

「よーし、そうと決まればちゃちゃっと資料作って、攻略に行こう! なんだったらキリトとかアスナも誘ってさ。うんうん。いいねぇ、ユニークスキル3人衆勢ぞろいといこうか」

 

「彼はまだ外部に公表していないようだがね」

 

 まあ、彼女風に言うのならば。

 ――――そっちの方が楽しそうだから、構わないがね。

 

 

 

 

 

【ユウキとリーファ】 

 

 

「ただいまーって、まだ誰も帰ってないか………」 

 

 そりゃそうだよね。まだお昼だもん。

 今日は学校が半日しかなかったから早く帰ってこれただけだしね。

 お母さんは昨日から会社に泊まり込んでるし、お兄ちゃんはまだ学校だもんね。

 

「………たまに早く帰れても、そんなにやることないんだよなぁ」

 

 お昼は今途中で食べてきたから別に作らなくていいし、どうしよ。

 勉強か、剣道か、ゲームかの3択くらいしか思いつかないや。

 うーん………いいやゲームにしよ。

 平日のこの時間帯にインすることなんて滅多にないし、もしかしたら誰かいるかもしれないし。

 でも、誰もいなかったらどうするかな。

 

「いいや、その時考えよ――――――リンク・スタート」 

 

 

 

 まあ、そんなわけでALOにログインしたはいいものの。

 

「まあ、いないよね」

 

 あたしのフレンドって大体いつものメンツだし、この時間は学校と仕事だもんね。

 当然ながらフレンドリストは真っ黒だらけ。

 当たり前だけどいるわけな――――――――あれ?

 

「―――ユウキさん、こんな時間にもうインしてるんだ」

 

 ユウキさんはいつもインしたら既にいるけど、普段からこの時間にはいるのかな?

 いや、さすがにそれはないか。

 お兄ちゃんが言うには年齢は多分あたしと同じか、もしかしたら下かもって言ってたし。

 リアルは誰も知らないっていうけど、実はあたしと同じ学校とか言わないよね?

 ………それはないか。SAO帰還者は皆同じ学校に入ってるって話だもんね。

 でも、同じ学校にはいないみたいだってお兄ちゃん言ってたけど、ならどこに通ってるんだろ?

 

「ま、いっか。暇だし会いにいこ。場所は………お兄ちゃんの家?」 

 

 フレンドには鍵渡してるって言ってたけど、ユウキさんにも渡してたんだ。

 別におかしくはないか、すごい仲いいみたいで最近はいっつも一緒に遊んでるし。

 喧嘩してることも多いけど………

 まあ、なんていうか仲良く喧嘩してるって感じだから問題ないんだろうけど。

 ああいうの見てアスナさん嫉妬とかしないんだろうか?

 なんかパーソナルスペースが近いというか、常に傍にいるというか。距離が近いというか。

 実は特別な関係なんじゃないかってあたしは邪推してるんだけど………

 奥さんの余裕ってやつなのかな? 

 

 そんなことを考えてるうちに到着。

 やっぱりいいなこのお家。なんか落ち着く。

 

「………? 明かり付けてないんだ。ユウキさん」

 

 どうしたんだろう? 寝てたりするのかな?

 ………ふむ。

 よし、せっかくだからこの前の心霊ドッキリのお返ししてあげよう。

 お兄ちゃんもよくやり返してるし、いいよね。

 決してみんなの前で叫ばされた事を根に持ってるわけじゃない。

 ほんとだよ?

 

 というわけで、そろ~りそろ~り。

 

「………………おじゃましま――――――――ぁ」  

 

 その時、あたしは初めて妖精を見た。

 

 乳白色の肌。

 艶やかな美しい黒髪。

 愁いを帯びた表情。

 何処か遠いところを見つめる瞳。

 そして――――流れる涙。

 

 その零れ落ちる思いを彼女は拭うこともせずに、ただじっと窓の外を見つめていた。

 

「―――――――」

 

 彼女は何も発さず、あたしの存在にも気付いていないようだった。

 初めての経験だった。誰かに見惚れるなんてことは。

 

 まるで絵画の世界に迷い込んでしまったようで。

 そんな風に錯覚してしまうような。

 少しでも触れてしまえば壊れてしまうような空気がそこにはあって。

 儚くも、美しい光景だった。

 

「………………ん? リーファ? あれ、まだお昼なのにどうしたの?」

 

「えっ、あ、いや、その、そ、そう! 今日は学校早く終わったので、あはは、はは」

 

「……なんでそんなに慌ててるの?」

 

「いやいや全然慌ててないですほんと。というかその…………なんかお邪魔しちゃったみたいで、ごめんなさい」 

 

「お邪魔? …………ああ、またボク泣いてたんだ。気付かなかったよ。なんかごめんね、変なとこ見せちゃって」

 

「いやいや、変とかそんなことは全然思ってないですからっ。ほんとに」

 

 顔に触れて、初めて自身が涙を流していたことに気付いたらしい。

 自身の状態に気が付かないほど、何を思っていたんだろうか?

 

「………その、なにかあったんですか?」 

 

「うんにゃ、なにも。気にしなくても大丈夫だよ。よくある事だから」

 

「よくある事、ですか………」

 

 あんな風に泣いてたのが、よくある事?

 

「そ。ほら仮想空間って感情表現がリアルに比べてちょっとオーバーでしょ? ちょっとイラッっとしただけですごい怖い顔になるし、ちょっと悲しむだけで泣いちゃうし。つまり、さっきのはそういうことだよ」

 

「………それなら何か悲しい事があったってことじゃないんですか?」

 

「うーんとね、ボク結構感激屋でね。もともと感情表現が他の人と比べてオーバーぎみなんだ。だからすぐ笑うし、すぐ泣いちゃうの。そんなだから仮想空間だったらさらにひどくてね。さっきは窓の外見てたらなんか感動しちゃって、つい泣いちゃったみたい。ほら、ちょっと前の打ち上げもずっと泣いてたでしょ。あれと一緒」

 

「そう、ですか………大丈夫ならいいんですけど………」

 

 感動してた?

 そんな風には見えなかった。

 あたしには、まるでなにかを探しているような。

 ガラスケースの向こう側に手を伸ばしている、そんな風に見えたけど………

 気のせい、だったのかな。

 

「あ、そうだ。今泣いてたこと皆には内緒にしてね。キリトの耳に入ったらボクがひどい目にあっちゃうから」

 

「内緒にするのはいいですけど、ひどい目………?」

 

 お兄ちゃんに聞かれたら、ユウキさんがひどい目にあうって、なに?

 

「ボクがからかってキリトが仕返しするのがボク達の基本なんだ。だけどたまにキリトからからかってくる時があってね。さっきみたいになんでもない時に泣いてたのを知られたら、これでもかってくらいにからかってくるんだよ」

 

「あははは………仲、いいんですね」

 

「まあ友達だからね――――そんなわけで、キリトだけじゃなくて皆にも絶対に言わないでほしいんだ。お願い! この通り!」

 

「いやいや、頭下げないでくださいっ!………大丈夫です。誰にも言いません。安心してください」

 

 あたしだって、泣いてたのを誰かに言いふらされたりするのは嫌だし。

 理由はどうあれ、女の子が泣いてるのをからかうのはどうかと思うしね。

 

「ほんと!? ありがとう、リーファだいすきっ!」

 

「ちょっ! いきなり抱き着かないでくださいよっ」

 

 ちょっと、どこ触ってるんですか!?

 

「あー、おっぱいやわらかくて気持ちいいー」

 

「もー、顔押し付けないでください。セクハラですよ?」

 

「女の子同士だからおっけー」

 

「………はぁ、女の子同士でもハラスメント報告できるんですけどね」

 

 なんか掴めないというか、行動が読めない人だな。ユウキさんって。

 いきなり突拍子も無いこと言ったりするけど、空気が読めてないわけじゃないみたいだし。

 基本皆で楽しめる事優先して行動してる感じが多いから、なんか嫌いになれないんだよな。

 昔のお兄ちゃんだったら苦手そうなタイプなのに、よく友達になったなって思うよ。

 

「………そういえば、気になってたんですけど」

 

「んー?」

 

「ユウキさんもSAOでは攻略組で、お兄ちゃん達と一緒に戦ってたんですよね?」

 

「うん。これでもボク結構強かったんだよ? 攻略組の3剣士って言われるくらいには」

 

「3剣士………? 他にも二人いたんですか?」

 

「あれ、キリトに聞いてないの?」

 

「聞いてない、と思います。お兄ちゃんあまりSAOの話はしないですから。アスナさんとか皆との思い出とかはたまに話してくれますけど………」

 

 それでも、そんなに詳しく教えてくれてるわけじゃないから。

 あたしが忘れてるってことじゃないなら、聞いたことないはず。

 

「ふーん。恥ずかしかったのかな? まあ、いいや、教えてあげる」

 

 まあ、いいやで無視されるお兄ちゃんの羞恥心。

 

「別に難しい話じゃなくて、ただ攻略組にいた3人のユニークスキル持ちを、纏めてそう呼んでたってだけなんだけどね」

 

「あ、じゃあ残りの二人って」

 

「うん。二刀流のキリトと神聖剣のヒースクリフ。で、ボクの絶剣。3人揃って3剣士」

 

 『黒の剣士』に『英雄』。さらには『3剣士』か。

 なるほど。

 お兄ちゃん、この前ネットで自分の事調べてなんか悶えてたし。

 恥ずかしかったからあたしに教えてくれなかったわけだ。

 

「そもそも3人とも強くてね、さらにユニークスキルまで持ってたから他のプレイヤーには『チートやチート。チーターや!』って言われそうなくらいには強かったんだよ」

 

「へー、なるほど………………ん? 言われそう? 言われてはなかったんですか?」

 

「言って欲しかったんだけど、キバオウさん結局言ってくれなかったんだよねー。ちょっと残念。なぜかビーター云々は発生すらしなかったし………生で聞きたかったんだけどな。やっぱディアベルさん助けたからかな? でもあそこで助けないのはアレだしなあ」

 

「へ、へー。よくわからないですけど、残念でしたね………」

 

 なにが残念なのか本当によくわからないけど。

 

「えっと、ちなみにその3剣士の中では誰が一番強かったんですか?」

 

 あたしの中で一番強い剣士といったら、やっぱりお兄ちゃんだけど。

 実際にはどうだったんだろう? 

 

「強さランキング? それはやっぱり一番はヒースだね。ボクもキリトも勝率は2割ってとこだったし。もうひどいんだよアレ、硬くて全然攻撃通んないし、そのくせ火力もそこそこあるしで初撃決着だと全然勝てなかったんだよね。半減決着ならまだ勝率上がるんだけどさ」

 

 へー。

 お兄ちゃんでもダメだったんだ。

 あれ、でも確か

 

「なるほど………でも、そういえばヒースクリフさんって」

 

「中身は茅場晶彦だね。ド畜生の」

 

「あ、えっと………」

 

 そっか、そうだよね。

 SAOに巻き込まれた人からしたら、そういう感想になるのが普通だよね。

 お兄ちゃんが普通に話してくれてたから忘れてた。

 

「で、次がボクだね。対ヒース戦の勝率は同じくらいだったけど、ボク対キリトなら6割ボクが勝ってたからね。つまりキリトは3剣士最弱の男だったのだよ、はっはっは」

 

「お兄ちゃんが最弱………」

 

 なんか、信じられないかも。

 あたしの思う最強の剣士っていったらやっぱりお兄ちゃんで。

 同じ剣士相手に一対一で負けてる姿なんて想像もつかない。

 なんかちょっとショックかも。

 

「――――まあ、今はボクのほうが弱いんだけどね」

 

「………そう、なんですか?」

 

「うん。この2か月で負け越しちゃってさ。スランプなのか、さらに今は21連敗中。ちょっと自信なくしちゃいそうだよ………………1年も違うゲームを渡り歩いてた弊害だね」

 

「そう、なんですね」

 

 ユウキさんには悪いけど、ちょっと嬉しいかも。

 やっぱり憧れの人は強いままでいてほしいからね。

 

「その、ユウキさん…………」

 

「ん? なーに?」

 

「他にもSAOの事とか、お兄ちゃんのこと聞いても大丈夫ですか?」

 

「ふふっ、いいよいいよ全然、どんどん聞いて、話してあげる………………そうだなぁ、じゃあキリトが絶対に自分からは言ってないであろう恥ずかしい話をしてあげよう」

 

「えっ、お兄ちゃんなにしたんですか?」

 

「ふふーん。それはね―――――」

 

 この日、あたしは前よりもユウキさんを知る事が出来た。

 その日はどこか特別な日ではなく、よくあるいつもの日常で。

 たまには早くログインしてみるものだな、なんて思った。そんな一日。

 

 

 

 

 それがお兄ちゃんがユウキさんの真実を知り、あたしたちに教えてくれる1週間前。

 

 

 ユウキさんが亡くなる2週間前の日の事だった。

 

 

 

 




現状の予定では、結婚披露宴はアスナ視点で書くつもりです。

感想、評価お待ちしてます。




7月14日、3話と統合。

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