ユウキに転生したオリ主がSAOのベータテスターになったら 作:SeA
ただ、それだけのお話。
「汝和人は、この女明日奈を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「はい、誓います」
「汝明日奈は、この男和人を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
今日、わたしは
「――はい、誓います」
最愛の人と、結婚します。
SAO―――ソードアート・オンライン。
ゲームが遊びでなくなった世界。
一人の天才が作り出した、もう一つの現実。仮想世界。
1万人が囚われ、約4千人が亡くなったデスゲーム。
そこにユウキ、という一人のプレイヤーがいた。
明るく、元気で、強くて、いつも笑顔な女の子。
天真爛漫という言葉がそのまま当てはまるような存在。
わたし―――アスナにとって、とても大切な友達。
もう会うことのできない―――友達だ。
「ねえねえ、君たちのとこまだ枠空いてる? 他のパーティーもう空いてないって言うんだよね」
「…………………」
「えっと、君もアブレたのか?」
「うん。みんな、ちゃちゃっと組んじゃって空きないんだって」
「あーっと、俺は大丈夫だけど………君は、どうだ?」
「……………別に、なんでもいいわ」
この人、さっき名乗り出てたベータテスター。
このゲームの経験者っていうのなら本来なら引く手数多なんだろうけど。
目の敵にしている人がすぐそばにいる状態で一緒に戦おうとする人は、いないわよね。
わたしにはどうでもいいことだけど。
「ほんとっ? ありがとう、嬉しいよ! じゃあまず自己紹介だね。さっきも聞いてたかもしれないけど、元ベータテスターのユウキだよ。ベータじゃエンジョイ勢? っていうのだったよ。ケーキの美味しいお店とか、キレイな景色とかならいっぱい知ってるから、知りたくなったら聞いてね」
なんなの、この娘? ふざけてるの?
ハッキリとそう言ってあげようかしら。あまりこういう娘は得意じゃないし。
―――いや、いいわ。どうせ今回だけなんだから。少しの間我慢すればいいだけね。
「じゃあ次は俺だな。俺はキリト、片手剣士だ。MMOの経験はそこそこあるから、なんかあったら言ってくれ。多分教えられると思う」
「キリト…………? キリトッ!? そっかそっか、そうだよね、1層の攻略会議だもんね。なるほどなるほど。なんだかんだボクって運いいよねやっぱり―――ってそうじゃなくて、これからよろしくね。キリトさん!」
「あ、ああ。よろしく、ユウキさん……えっと、俺にさん付けは別にしなくていいぞ」
「ほんと!? じゃあボクもいいよ付けなくて―――それで、そっちのフードさんのお名前は?」
「…………………」
「ねーねー、どうしたの? 名前はー? おなか痛い?」
「…………………」
うるさい。
放っておいてほしいのがわからないのかしら。
「あー、そのうち判るだろうから教えるけど、パーティー組んだから視界の左端に名前が表示されてるはずだぞ」
「左端、端っこ………?」
「…………………あ」
これだ。KiritoにYuuki、確かに自分のゲージの下に表示されてる。
「おー、あるある。Asunaって書いてるね。つまりあなたの名前はアスナさんだね? ………ん? あすな? アスナ!? おお、アスナ! アスナだ! うわぁ、ボク、何気に今すごい場面に立ち会ってる気がする」
「…………………人の名前を無駄に連呼するの、止めてもらえるかしら」
「あ、そっか、そうだね、マナー違反だよね。失礼しました、ごめんなさい…………………では改めて、ボクはユウキ! よろしくねっ、アスナさん!」
「…………………ええ」
不愛想で仏頂面だったわたしと、常に明るく笑顔だったユウキ。
その時限りの、ボス戦のみだと、そう思って出来た即席のパーティー。
ボス戦が終わればすぐに離れていくと思ったのに、最後まで共に戦った友達との出会い。
なぜユウキが最初から、無口で冷たくて不愛想なわたしに好意的な態度だったのか。
それは結局、今でもわからないままだった。
「えー、本日はお忙しい中、私たちのためにお越しいただきまして、まことにありがとうございます。先ほどチャペルで―――――」
なんだか今日は、時間が経つのがすごく速く感じてしまう。
今までの人生で一番嬉しい日だからかな?
さっきまで教会で結婚式してたと思ったら、もう披露宴が始まってるんだもの。驚きよね。
なんだか体がふわふわしてる気がする。
こんなに動きづらくて重いドレスを着てるはずなのに。なんだか不思議。
きっとわたしは今日という日を忘れる事はないだろう。
お母さんもお父さんも、お兄ちゃんも祝ってくれて。
リズやシリカちゃんに、他にもたくさんの友達や知り合いがお祝いに来てくれた。
でも、そこには―――
――――そこには、わたしが一番来てほしかった友達はいない。
誰よりも元気で、明るくて、賑やかだったあの娘は、この世界にはもういない。
「で、今日はわたしをどこに連れていくつもりなの?」
「ふっふーん。もうちょっと行ったとこだよ」
「まったく……これからご飯のつもりだったのに……」
「ほっほーう? そんなこと言っていいのかな? きっとアスナはボクに感謝することになるよー?」
「感謝ねえ……」
絶品だからと連れてかれたカレー屋。
おいしいからと連れてかれた虫料理店。
キレイだからと連れてかれた湖。
びっくりするからと連れてかれた幽霊屋敷。
ユウキに連れられて素直に感謝できる確率は今のところ半々なんだけど、今回はどうなのやら。
「じゃっじゃーん! ここでーす!」
「ここって……」
主街区のど真ん中にあった、ちっちゃいお城みたいな石造りの建物。
ここが目的地……?
というか、こんな建物前来た時にあったっけ?
主街区だから確実に一度は来たはずなのに、全然見覚えがないんだけど。
「……今日は何屋さんなの?」
「アスナが大喜びすること間違いなしのお店だよ」
「…………武器屋さん?」
「ふっふっふ。なんとここはお風呂屋さんでーす!」
「詳しく聞かせなさい」
「わお、反応はやい。ま、教えるより入った方が早いよ。入ろ」
「ちょっ、ユウキッ! 待ちなさいって!」
なんでもこの店は、ここ第53層主街区の街で受けられるクエストの報酬なんだそうだ。
正確には報酬ではなく、クエストの結果NPCが運営するお店が出来た、が正解らしいが。
まあ、過程は正直どうでもいい。
大事なのは大きいお風呂に入れるということ。
この仮想空間では水の表現はあまり上手く再現されていないが、それでも大きいお風呂というのはそれだけで心が弾むものだ。
「―――で、そこからは各地の村対主街区って形になっちゃったらしく、プレイヤーがNPC達の間を取り持っていくと、実は全てを操っていた黒幕が存在してたことがわかってね。それで」
「はいはい。つまりは色々あってこの銭湯が出来たってことでしょ」
「ぶぅー。ここからが面白いのに……」
「だって別に、ユウキが参加してたわけじゃないんでしょ? いつも迷宮で会ってたわけだし。というか、よくそんなに詳細を知ってるわね?」
「内容はアルゴに教えてもらったんだよ。面白くって色々聞いちゃった」
「アルゴってことはお金かかったんじゃないの?」
「だって、ここからってとこで追加料金取るんだもん。おかげでお財布が軽くなっちゃった」
「……最近よく迷宮で見かけると思ったら」
「………えへへ」
「まったく……」
ユウキはソロだから、どのくらいの頻度で迷宮に籠るのかは自由だけど、あんまり無茶すると死んでしまうということは十分にあり得る。
ソロは危険だからと、ギルドに誘っても断るし。
団長もユウキなら構わないって折角言ってくれてるのに。
わたしも、友達と一緒にいられるのは安心できるから、ちょっと期待してたのに……
「あはは……まあボクのことはいいんだよ―――――それで? アスナはなにか進展あったの?」
「な、なんのことかしら……?」
「またまたぁー、黒いアイツのことだよ。カサカサ動いてこっちの攻撃躱してバッて突撃してくるアレのこ・と」
「…………はぁ。わたし、そんなにわかりやすかった?」
わたしが自覚したの、結構最近なんだけど。
「んー、ボクが知ってるってのもあるけど、前と目つきが違うのは見てわかったよ」
「そっか……」
目つきが違う、か。
「その、キリト君にも実はバレてたりとか、してたりする?」
「いやそれは無いね。うん、絶対無い」
「……そ、そう。それはそれでちょっと残念かも……」
ホッとするような、悔しいような……
なんとも言えない気分ね。
「まあ、そこはボクが手伝うから安心して任せなよアスナ。攻略組のキューピッドの名に恥じない働きをしてあげるから、期待してなよ」
多分、このゲームの中で最もキリト君と一緒にいる時間が長いであろうユウキに手伝って貰えるなら、確かに心強い、けど……
「そう、ね……ユウキに手伝って貰おうかしら……」
いいんだろうか?
わたしがキリト君と付き合えたなら、ユウキはキリト君とは―――
「大船に乗ったつもりでいいよ。ということで、まずは今度のお祭りでデートと行こう!」
「いっ、いきなりデート!?」
いや、今は考えないでおこう。
わたしはユウキの友達で、ユウキはわたしの友達だ。
話す機会はいくらでもあるんだから。
「よっ、ちゃんと楽しんでる? アスナ」
「あ、リズ―――それはもちろん。さっきの余興も笑い過ぎておなか痛くなっちゃったわよ」
「ならよかったわ。わざわざシノンのこと引き込んだかいがあったわね」
「っていうかなんなの、あのユニット名。『MORE DEBAN』って、いったいなんの出番を求めてるのよ」
「さあ? あたしも詳しくは知らないわ」
「リズが考えたんじゃないの?」
ということはシリカちゃん? それとも他の二人が?
「あれを最初に言いだしたのはユウキよ。あたしとシリカ見ていきなりそう言ってきたの。失礼しちゃうわよね、ほんと」
「あはは、ユウキなら仕方ないのかな。いつもよくわからないこと言ってたし」
よくなにか叫んでたりしたけど、一番多かったのは『原作がー!』だったかしら。
「ま、そうかもね」
「ふふっ、でも、おもしろかったよ。4人のショートコント劇場」
「ま、練習はずっとしてたからね――――で、どうしたの?」
「えっと……どうしたって、なにが……?」
「そんなの決まってるでしょ。なんでちょっと寂しそうな顔してたのかって話よ。こんなおめでたい日にどうしたのよ」
わたしが、寂しそう……?
「……わたし、そんな顔してた?」
「してたわよ。アスナ、さっきからたまにどっか遠く見てるんだもん」
「そう……だったんだ……」
気づかなかった。もう振り切れたと思ってたのに。
ユウキの事で引きずるのはやめたはずだったのに……
「で、どうしたの?」
「ううん……ただ、ユウキにも来て欲しかったなって、思ってただけ」
「……そうね。あいつがいたらもっと賑やかで、騒がしくなってたでしょうしね。どうせ自分の知ってるキリトとアスナの話をひたすら周りに話し続けるに決まってるわ」
わたしがキリト君と付き合ってから、なぜかユウキがわたしとキリト君の惚気話を周りに話して、それを聞いた攻略組のみんながキリト君を追いかけまわしてた。
それを見てユウキは笑って、わたしも、心配しながらちょっと笑ってた。
そんな、いつかの日常を思い出す。
「ふふっ、ユウキならやりそうね」
「そんで最後にはあんた達二人に向かって、ニコニコ笑いながら『おめでとう!』ってうるさいぐらいに大声で言うに決まってるんだから。SAOでもそうだったでしょ?」
「ふふっ、そうね。ユウキはそんな娘だった」
「……ユウキ」
「なーにー?」
「……ありがとう」
「へ? なにが?」
「昨日のボス戦あなたが庇ってくれなかったら、わたしは死んでたかもしれなかった…………だから、ちゃんとありがとうって伝えたかったの」
慢心。その言葉が一番相応しいだろう。
攻略は順調に進んでいて、最近は死者も出していない。
自分は強くなったという驕り。
ユウキが咄嗟に動いてくれなかったら、きっとわたしは死んでいた。
本当に自分が情けない。
「もう、そんなの全然いいのに。友達助けるのなんて当たり前でしょ?」
きっとユウキは本気でそう言っているのだろう。
過去に何度も死が迫ったプレイヤーを救ってきた事を考えれば、本心だとわかる。
助けるのは当たり前。
失敗すれば自身も死んでしまうかもしれない状況で、果たしてそれを為すことができる人は、一体どれだけいるのだろうか?
ユウキの友人であるわたしは、それができるのだろうか。
「……いいえ、ユウキがそう思ってたとしても言わせて――――本当にありがとう」
「そっか……ま、アスナがそこまで言うなら、お礼にごはんご馳走になってあげてもいいけど? けどけど?」
「もう……わかったわよ。ごはん作ってあげる。なに食べたいの?」
「ほんとっ!? じゃあボク、カレー食べたい! 甘口でっ!」
「はいはい。じゃあこの後買い出し付き合ってよね」
「うん! アスナ大好きっ!」
「きゃっ! もうっ、いきなり抱き着かないでって、いつも言ってるでしょ」
「えへへ、ごめんなさーい」
誰もが躊躇うことを平然とできるユウキに、わたしは憧れていたんだ。
彼女のようになりたいと、心の底で思っていた。
いつか彼女が辛い時に手を差し伸べられるような存在になりたいと、思っていたんだ。
「お、やっぱり似合うなそのドレス。俺の目に狂いはなかった」
「はいはい。そのセンスを普段から活かしてよね。ほっとくといつも真っ黒なんだから」
「それはゲームの中の話だろ。現実でも外出する時は頑張ってるだろ……」
「ふふっ、そうね。頑張ってるものねキリト君も」
衣装替え。着替えたのはキリト君が選んだ真っ白なドレス。
他にも似たものは多かったけど、どうしてもこれがいいと力説されたもの。
このドレスの何が琴線に触れたのやら。
「―――ちょっとは落ち着いたか?」
「……うん。リズのおかげでだいぶ」
「そっか。なら良かった」
キリト君も気付いてたんだ。わたしのこと。
まあ当然か、ずっと一緒にいたんだもの。
「キリト君がすぐ教えてくれればよかったと思うんだけど?」
「あはは、ごめんごめん。なるべく、次からはそうするよ」
「もう……わざわざリズに頼んだりして」
ちょうどキリト君が席を外しているタイミングで都合よく来るなんて、おかしいもの。
「……俺だとちょっと気まずいかなって思ったからさ」
「……ユウキの事考えてるって、わかったんだ」
「……ああ。というか多分、みんなわかってたと思うぜ」
「え?」
「無意識だろうけど、ソレ、ずっと触ってたからな」
「あっ……」
首にかけられた小さな十字架。
紫色のロザリオ。
わたしの物になったその日から、いつもわたしはこのロザリオをかけている。
なぜならこれは―――
―――ユウキがくれた唯一の贈り物なのだから。
これが贈られたのは、ユウキが亡くなって一週間は過ぎた後。
わたしが初めてユウキとリアルで出会った日。
いつもの笑顔のまま、棺の中で眠っているユウキ―――紺野木綿季と初めて会ったときのこと。
SAOから脱出し、ALOから解放されて、わたしの戦いは終わり、ようやく現実への帰還を果たすことができた。
そしてそこにはキリト君がいて、リズやシリカちゃんがいて、生き残った人達も皆いた。
だけど――――ユウキだけは、どこにもいなかった。
一緒に笑いあった友達として。
肩を並べて戦った仲間として。
さよならも言わずに別れた彼女に会いたかった。
もう一度、彼女と話がしたかった。
再会は唐突だった。
気が付いたら隣にはユウキがいた。以前とは違う顔のくせに、まるで同じように笑いながら。
SAOから帰ってきてからは違うゲームで遊んでいて、気が合った人たちとギルドまで作ったと言っていた。
わたしがどれだけ誘ってもギルドには入らなかったくせに……
再会してからの3か月はとても充実していた。
以前のように、命を懸けた戦いの合間の気分転換なんかとは違う、ただ楽しむための時間。
前みたいにキリト君とよく遊んで、喧嘩して、また遊んでいた。
ユウキがキリト君の事を好きじゃないのは知っていたけど、なんとも言えない気分になったのはしょうがないと思う。
そうして一緒に笑って、一緒に飛んで、一緒に戦った3か月。
―――ユウキと一緒に過ごした、最後の3か月だった。
あっという間だった。
彼女の身体のことを聞いてから、彼女が永遠の眠りに就くまでは。
わけがわからなかった。
嘘だと思った。
覚悟なんて出来てなかった。
心が理解を拒んでいた。
なにも―――聞きたくなんてなかった。
告別式には行きたくなかった。
行ってしまえば、ユウキが死んだことを認めてしまったようで嫌だったから。
だから、キリト君が家に来てわたしを引っぱっていかなければ、わたしはユウキ―――紺野木綿季と会うことはなかっただろう。
連れていかれたそこは、大勢の人がいた。
ALOで知り合った人が大半だったが、その他にも多かった。
―――SAOでの攻略組のメンバーだ。
SAO帰還者が集められた学校にも攻略組に参加していた人はいたが、ごく少数。
攻略組のほとんどは社会人で、現実に帰ってから再会した人はほとんどいなかった。
だから驚いた。そこには攻略組として最前線で戦っていた人たちがほぼ全員いたのだから。
俯いている人がいた。
空を仰いでる人がいた。
泣いてる人がいた。
久しぶりの再会に喜び合うでもなく、ただみんな―――悲しんでいた。
棺の中でユウキは眠っていた。
痩せ細った体で、頬を緩めたまま静かに眠っていた。
ただ幸せそうに、今にも起きてきて声を掛けてきそうな顔で。
わたしが未だ現実を認められないでいると、倉橋というユウキの主治医であった人に会った。
彼は小さな箱をわたしに渡してきた。
『生前に、結城明日奈さんに渡してほしいと頼まれていたものです』
『感謝の気持ちを贈りたいと、彼女はそう言っていました』
中にはネックレスが入っていた。
小さな十字架の、紫色のロザリオが。
おはようと言って欲しかった。
名前を呼んで欲しかった。
手を握りたかった。
抱きしめたかった。
いつかのように一緒に笑い合いたかった。
いつものように一緒に遊びたかった。
でも―――もうそんなことは出来ないと、理解してしまった。
もう、駄目だった。
抑えることはできなかった。
ユウキが死んだと聞いてから一度も流れなかった涙があふれてきた。
自分が自分でないように、体が言うことを聞いてくれなかった。
わたしはひたすら、キリト君の胸で泣き叫ぶことしかできなかった。
その日、わたしは大切な友達を失った。
「もう、振り切れたと思ってたんだけどね……」
あれからもう数年経った。
心の傷も癒えたと思っていたのに。
「……別に無理にそうする必要はないだろ。アスナの中ではそれだけ大きいヤツだったって事なんだから」
「ふふっ、その言い方だと『まるで太ってるみたいに言うな!』ってユウキに怒られるよ?」
「俺の場合はいいんだよ。普段からユウキにはアレコレ言われまくってるんだから、たまには言い返してやっても」
「そうだね。キリト君たちはそうだったもんね」
ユウキは、自分の最後の時間をキリト君と過ごしたらしい。
キリト君とユウキは特別だった。
仲良く喧嘩するという言葉が最も似合う相手。
なにも言葉を発さなくても、相手がどうしたいのかを理解している。
二人はよく一緒で、どれだけ仲が良くても恋なんて余計なものはそこに無く。
あったのはどこまでも深い友情だけだった。
わたしがユウキの死を受け入れて、落ち着いてからその話を聞いて感じたのは、ちょっとした嫉妬。それもキリト君に対して。
気づいた時には自分でも驚いた。まさかキリト君にそんな事を感じるなんて思ってもいなかったから。
わたしがユウキの死を最初に受け入れられなかったのは、彼女に何も返してなかったからだ。
元気を、楽しさを、未来を思う気持ちを。
命を救ってくれた恩を。
たくさんのものをユウキはくれたけど、わたしはなにも返せなかった。
せめて、彼女の苦しい時に大丈夫だと、そう声を掛けてあげたかったんだ。
せめて、彼女の言葉を聞きたかった。別れをちゃんとしたかったんだ。
だから彼女の最期に立ち会えたキリト君にちょっとした嫉妬心が芽生えてしまったのだろう。
おそらく、そのどちらも成したキリト君に。
「―――なんて、思っちゃってたの。ここまでは確か前にもちょっと話したよね………でも、それは以前までの話。今はもうそんな風には考えてないよ…………ただ、ちょっと残念なだけ。やっぱり最後になにかわたしに伝えてほしかっただけ。伝言くらいキリト君に残してくれればよかったのに、そうしたらわたしも、もう少し素直にユウキのこと受け入れられたかもしれないのにって。ユウキってひどいわよね―――――――って、キリト君?」
「やばいまずいやばいまずいどうしよう」
「ちょっ、ちょっと! キリト君!?」
なに!? どうしたの!?
わたしそんなに震えるほど怖かった!?
そんなに羨ましそうにしてたっ!?
「ちくしょう。なんで俺はあのタイミングで録画を切ったんだ。おかげで再生の条件の話が俺との会話になっちまったから、なんで黙ってたんだって言われた場合『口約束でそうなりました』って言うことしかできない。証拠も無しに説得するしか方法がない。なにか方法は………………無理だ。終わった、諦めよう」
「えっと、キリト君?」
大丈夫?
「いや、うん……なんでもないんだ、大丈夫。気にしないでくれ……」
本当に大丈夫? さっき小さい声でなにかぶつぶつ言ってたけど。
なんかすごい憔悴した顔つきだけど。
「大丈夫ならいいけど……無理しないでね?」
「ああ、うん……」
本当に大丈夫なのかな? 披露宴まだ続くんだけど。
『では続いては、友人代表の方にスピーチをお願いしたいと思います』
「あっ、ほらキリト君、しっかりしてよ。次クラインさんだよ?」
「……ごめん、アスナ」
「キリト君……?」
なんで唐突に謝るの?
「友人代表をクラインに頼んだって言ったけど、あれ嘘なんだ」
「…………嘘?」
クラインさんにスピーチを頼んだっていうのが、嘘?
「ああ。本当は違うやつに頼んだんだけど、秘密にしといた方がいいかなって思って」
「なら、一体誰に頼んだの?」
「それは……見たらわかるよ。準備が出来たみたいだ」
いつの間にか映像用のスクリーンが降りている。
今のタイミングでなにかの動画を再生するなんて予定はなかったはずなのに。
さっき言ってたスピーチをお願いした人が関係してるの?
「キリト君、これは――――」
『すぅーはぁー、よし』
「―――――えっ」
この、声は――
『―――和人君、明日奈さん。ご結婚おめでとうございます』
嘘……なんで……
『私は二人の出会いから結ばれるまで―――』
「キリト君っ!」
なんで、なんでユウキが
「……まあ、そうなるよな」
「なんで、だって、こんな……」
「最後の言葉」
「え……?」
「さっき言ったろ? なにか言ってほしかったって。俺がユウキから渡された皆へのメッセージなんだ―――だから、今は聞いてあげてくれ」
ユウキからの、最後のメッセージ。
『―――つまり何が言いたいかと言うとですね。二人が結ばれたのは私のおかげなので、二人は私に感謝しなくちゃいけません。これでもかってくらい感謝しないといけないのです』
感謝なんて、ずっとしてたよ。
応援してくれて、一緒に考えてくれて、祝ってくれて。
本当に嬉しくて、何度ありがとうって言っても言い足りなくて。
『なので二人は私の言うことを聞かなくちゃいけません。絶対厳守だね』
わたしは攻略組のアイドルなんて周りからチヤホヤされていたけれど、ただそれだけ。
輝いて見えるなんて言う人もいたけど、それは違う。
もしそう見えたならわたしを輝かせていたのはユウキだ。
攻略組で常に周りを希望という光で照らし続けていたのは、ユウキなんだ。
未来が見えなくなって諦めてしまった人に、明日の幸せを語って立ち直らせたのは彼女で。
仲間が死んで前を向いていられない人の背を優しく押してあげたのも彼女だ。
だから皆はあの日、あの場所に、お別れを告げに集まったんだよ。
『私は友達が大好きです。友達が泣いてたら泣かせた相手をぶん殴ってやると決めてます。そして二人は私の大事な大事な友達です』
憧れたんだ。
みんなに好かれ、どこまでも自由に生きていたユウキに。
あの世界で絶望せず、諦めず、常に明日を追い求めてたユウキを。
明日が楽しみだと、笑顔で語るユウキに憧れていたんだ。
『―――だから』
頼ってほしかった。
願ってほしかった。
大丈夫だよって、あなたが言ってくれたように。
わたしもあなたにそう言いたかった。
怖いって言ってほしかった。
あなたの不安を、恐怖を、一緒に抱えたかった。
あなたの味方になりたかった。
あなたの友達として、力になりたかった。
でも、それはもう叶わなくて、どうしようもなくて。
『―――だから、二人は幸せにならないといけません』
なのに、今さら、こんな
『ボクは友達思いなので友達を殴りたくありません。なので二人はお互いを一生泣かせてはいけません。ボクの為にね』
ずるい。
こんなのずるいよ。
『キリトもアスナもお互い愛が重いからなんか今は上手くいってるけど、それに胡坐をかいて相手の事を疎かにというか、縛り付け過ぎちゃだめだからね。あ、ちなみに子供産む時とかそういう感極まった時は泣いてもいいからね。嬉し泣きはオッケー。悲し泣きはNGだからね。そこは勘違いしないでよ』
いつも、元気づけられて、味方でいてくれたから、その恩を返したかった。
でも、あなたは何も言わずに別れてしまって、会うことも出来なくて。
やっと再会できたと思ったら、どこかおかしくて。
力になりたくても、何も言ってはくれなくて。
そして……
そして、キリト君から真実を教えてもらって。
あなたはそのすぐ後に、手の届かない場所へ行ってしまった。
『さて、あとなに喋った方がいいかな? なんか結構今のでボクはスッキリしたけど、多分これだけじゃあ短いよね。きっと二人のエピソードとかがいいよね。二人のとなるとそうだなぁ、キリトが爆笑ギャグとか言ってやった激寒ギャグ5連発の話とかしようか?』
恩を返したかった。
感謝を伝えたかった。
もっとたくさんのありがとうを届けたかった。
わたしはユウキの友達になれて良かったって言いたかった。
『あれは確か、SAOの66、7層くらいだったかな。ボスのLA取った人は攻略組の皆の前でギャグをするっていうのが丁度流行ってた時期があってね。キリトがいつものようにLA掻っ攫っていって「考えて来るから時間をくれ」って言い出して、そしたら―――――ってキリトどうしたの? 大丈夫?』
『なにがだよ……』
『なにがって、泣いてるよキリト。おなか痛い? このすごい微妙なバフかかるグミ食べる? 10秒間与ダメージプラス5とかいう使いどころがよくわからないやつだけど、さらにラーメン味とか言ってすごいまずいけど。というか今ボク友達泣いたら殴るって言ったばかりなんだけど、こういう時は誰殴ればいいの? キリト?』
キリト君とユウキがあーだこーだ言い合って、わたしがいい加減にしなさいって怒って、みんなが周りで笑って、そんないつもの光景がとても楽しくて。
そんな日がずっと続くと思っていて。
『なんで俺が殴られるんだよ。俺を泣かしたのはユウキだ。こういう時はどうすんだ?』
『えっ、ボクぅ? じゃあ、仕方ないからこの微妙なグミはボクが食べよう。これで殴られたのと同等ということにしよう。そうしよう』
「相変わらず、自由で、自分勝手で……楽しそうで……」
いつもの、楽しそうな、安心できる笑顔で。
『っていうかキリトそれまだ撮影中でしょ。どうするのさこのグダグダな感じ。ボク撮り直しって嫌いなんだけど』
『本当におまえは―――なら、このまま流すさ。それでいいだろ』
『マジ!? イエーイ! キリト、アスナみってるー? リズ、シリカ、リーファ良い男見つかったかーい。ユイちゃんボクみたいな良い女になるんだよ。エギル奥さん美人ってほんと? 一度くらい写真見せてくれてもいいじゃんかー! クラインは、えー、相変わらず一人でかわいそうですね同情します頑張ってください応援してます5分くらい』
見てる。見てるよ。ちゃんと見てるよ。
みんなここで、あなたを見てるよ。
『―――じゃあ、そろそろ切るぞ』
『ちょ、あとちょっとだけ! えっと、ボク幸せだったよ! 辛くて苦しかったけど、もっとたくさん楽しかったよ! みんないたからボクほんとに楽しかったよ! だから、えっと、つまり、みんなボクの友達なんだから幸せになるんだよ! もし誰かに泣かされたらボクに言うんだよ! 絶対に相手ぶん殴りに行ってあげるから! だから、みんな元気でね。ボクとの約束だからね! 絶対だからね!!』
わたしも幸せだったよ。ユウキといられて楽しかったよ。
ユウキがいたから、今のわたし達がここにいるんだよ。
ユウキがいたから、今わたしの隣には、大好きな人がいてくれてるんだよ。
『守ってないやつがいたら俺が守らせるよ。約束だ』
『お、言ったなキリト。ボクとの約束は破れないんだからね』
破らないよ、絶対に。
『―――ではでは改めまして、桐ケ谷和人君、結城明日奈さんの友人代表、紺野木綿季でした。二人の道に幸福が訪れることを願っています。約束破ったら末代まで祟っちゃうからね』
「――――――ばか」
「あはははは、あー、ごめん……」
「……なんで見せてくれなかったの?」
「遺言だったんだ。これ撮り終わった後に披露宴以外での再生禁止って言いやがってさ。ユウキとの約束は破れないから見せれなかったんだ」
「……なら、教えてくれるだけでも良かったんじゃないの?」
ユウキがなにかを伝えようとしたことだけでも教えてくれれば良かったのに……
「アスナはそれまで我慢できそうか? 俺なら多分こっそり見ようとするけど」
「…………ぶぅー」
「……それ、何の真似?」
「ユウキの真似」
「ぷっ、そうだな、よくやってた」
笑い事じゃないわよ。本当に。
「……ユウキ、目線が安定してなかったね」
「……ああ」
「……後半はずっと、立ってるのも辛そうだった」
「力が自分の意志に反して勝手に抜けていってるように見えたよ。それでも、なんとか気合で最後まで立ってたみたいだけどな」
「…………ずっと、楽しそうに、しゃべっ……てた……」
「……ああ、ユウキはアスナの結婚式に行きたいって、スピーチやりたいって言ってたからな。見てるみんなの反応考えて楽しかったんだろうな、本当に」
「……今、披露宴中なのに、メイク落ちちゃうじゃない…………」
「……嬉し泣きはオッケーらしいぜ」
「ばかぁ…………」
本当に、二人揃うとバカになるんだから。
その後の披露宴はそれはもうひどかった。
主にSAO組が。
リズもシリカちゃんもずっと泣いてるし、エギルさんは嬉しそうに泣きながらお酒飲みまくるし、クラインさんは声上げて泣き出すし。わたしもずっとワンワン泣いてるし。感受性強い人達も釣られて泣くものだから、本当にもうひどい状態で。
結婚披露宴で親への感謝の手紙とかでなく、友人のスピーチで一番泣いたのはわたし達くらいでしょうね。きっと。
「ばーか……キリト君のばーか、ユウキのばーか……」
「あはは、ごめんって」
「もう……こんな披露宴初めてだってスタッフの人言ってたよ」
「あー、記憶に残るものになったもんな」
「恥ずかしいって意味でね」
ああもう、あんなに人前で泣いたのなんて、それこそユウキの告別式以来じゃないかしら。
「―――実はもう一個あるんだ」
「もう一個……?今度はなに?」
「ユウキと約束したんだ」
「約束……?」
「ああ、あの映像を披露宴で流すのとは別に、もう一つ」
「どんな約束したの?」
「―――また皆で遊ぼうぜって」
「――それ、は」
「だから、おとなしく待ってろって言ったんだ。お土産も頼まれたしな」
「……なら、たくさんいろんなもの持って行ってあげないとね」
「だな。じゃないとどんな文句付けられるかわかったもんじゃない」
「そうねっ……本当に、楽しみ、ね……」
「…………嬉し泣きは、オッケーらしいぜ」
「……っ…………ばか……」
「……俺は君を、アスナを幸せにする。世界で一番の幸せ者にしてみせる。だから、アスナは俺を幸せにしてくれ。どっかのバカが殴りに来ないように、祟られないようにしてくれ」
「……っもう、ばかぁ……」
「えー、そうか? 結構いい事言った気がしたんだけど」
「だから―――いつか一緒に、ユウキに会いに行こう」
「うん……!」
拝啓、紺野木綿季様。
わたしは今日、大好きな人と結婚しました。
これからわたしは幸せになります。
あなたが言った約束を守れるように、元気に、楽しく生きていきます。
辛いこともあると思います。
苦しい時もあると思います。
でも、最後には幸せだったと言えるように生きていきます。
あなたがそうしたように、わたしもそうして生きていきます。
そして、いつかわたし達がそっちに行ったときは、また一緒に遊びましょう。
約束だよ。
結城明日奈より。
これでユウキ(転生者)の話は終わりとなります。
これまでたくさんの感想、評価、誤字報告など、ありがとうございました。
ここまで読んで下さり、本当に感謝しています。
本当にありがとうございました。