ユウキに転生したオリ主がSAOのベータテスターになったら   作:SeA

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突発的年末企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその2/3。

キリトが頑張るお話。


イフ

『……約束だよ』

 

『……約束だ』

  

 

 

「…………もうすぐ1ヵ月、か」 

 

 時間は過ぎる。

 戻ることも止まることもなく、ただ進んでいく。

 どれだけ辛く悲しい出来事があったとしても、変わらずに時は進んでいってしまう。

 隣にいた存在が、次の瞬間にはいなくなる。

 辛いが、その気持ちを俺達はあの世界で何度も味わった。

 でも慣れたとは言いたくない。

 この感覚は慣れるべきものではないのだから。

 辛くて苦しいけど。それよりも大きなものを託されたのだから。

 

「まだ6時か。早く起きすぎたな。たまにはスグと朝の稽古でもするかな」

 

 あいつとした約束を、俺は守らなくちゃいけないのだから。

 無理のない程度に頑張らないとな。

 

 

 

 

『0と1と0.5』

 

  

 

 

 テーブルの上を少女たちの指が縦横無尽に動き続ける。

 なにも知らない人が見たら怪しいどころじゃないな。いっそ不気味だ。

 

「いやったぁ、クリアです!」

 

「やったねシリカちゃん。ナイスアシスト、リズ」

 

「これで100ポイントゲットですよ」

 

「あ、ケーキ無料サービスだって、ラッキー」

 

 楽しそうでいいけどさ。

 

「君たち、ちょっとゲームしすぎじゃないか?」

 

「キ、キリトさんにそんなこと言われるなんて……」

 

 そんなことって……。

 いや、まあ俺も自分で言っておいて説得力はないと思ったけどさ。 

 

「いいじゃない、色んな店でポイント貰えるんだから。やらなきゃ損でしょ?」

 

「本当はキリト君も一緒にやりたかったんじゃないの?」

 

「なに、そうなの?」

 

「違うっての」

 

 よくもこんなにやってて飽きないなって見てる最中に思ったりしただけだ。

 あと、あまりコレが好きじゃないだけ。 

 

「なんであんたはそんなにコレのこと毛嫌いしてるのよ」

 

 そう言いながら、頭に付けた小さなヘッドホンのようなものを指すリズ。

 

「オーグマー、か……」

 

「便利じゃないコレ。どこでもテレビ見れるし、スマホみたいに手塞がないし。なんつっても、こうして現実でユイちゃんとも喋れるし」

 

「はい! 私も皆さんとおしゃべりできて嬉しいです!」

 

「よねー」

 

 次世代ウェアラブル・マルチデバイス、オーグマー。

 アミュスフィアのように仮想の現実(VR)を作り出すのではなく、現実を拡張する(AR)機能を持った新しい形の情報端末。そのコンパクト性から携行にも適すとされ世間では評判になっている。

 VRと違い、ARは実際の肉体を動かすからフィットネスにも向いてるんだと。

 

 そしてなにより、このオーグマーを用いたとあるゲームが大流行している。

 

「ってかキリト、あんた今ランキング何位なのよ?」

 

「なんのランキングだ?」 

 

「なにって、オーディナル・スケールに決まってるでしょ」

 

「あれか。さあ、何位だったかな……」

 

 付ければ表示されるけど、今カバンに放り込んだままだしな。

 あまりプレイしてないから下の方だとは思うが。

 

 オーディナル・スケール。

 オーグマーを利用してプレイするARMMO。

 拡張された現実に現れるモンスターと自らの肉体で戦う次世代ゲーム、とでも言おうか。

 VRの様に作られたアバターではなく自分自身の体で戦うことになるので、トップを目指す場合は自然と体が鍛えられるらしい。

 特徴はなによりもランキングシステム。

 プレイする全てのプレイヤーは順位を与えられ、プレイするごとにランクは上昇していくという単純なシステム。

 さらにランキング上位になればなるほど協賛企業からの特典を多く獲得できるらしい。

 牛丼大盛り無料は確かにいいなと俺も思う。

 

「本当に興味ないんですね、キリトさん……」

 

「せっかく帰還者学校の生徒全員に無料配布されたんだから、もっと使えばいいのに」

 

「まあまあ、二人とも……」

 

 そうは言ってもなぁ。

 

「面白いガジェットだとは思うけど、俺はフルダイブの方がいいかな」

 

「ふーん、そんなもんなのねぇ」

 

 2年間も別の世界にどっぷり浸かってたんだ。

 そうなっても不思議じゃないと俺は思うんだけどな。

 

「あっ、そういえば皆さんは例の噂のこと知ってます?」

 

「噂? なんのことシリカちゃん?」

 

「あー、アレのこと? オーディナル・スケールに旧SAOのボスモンスターが出るってやつ」

 

「SAOのボス?」

 

「なにかのプロモーションとかなの?」

 

「さぁ? それはわかんないけど、出現する直前にしかアナウンスが無いから足がないと気軽に行けないのよね」

 

「しかも夜にしか出ないらしいんですよ」

 

「へー」

 

 旧SAOのボスモンスターか。

 ALOのアインクラッドではボスは全て一新されているから、ALOとのコラボとかではないだろうし。

 一体なんなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

『たっだいまー』

 

『おや、おかえり。随分満足げな表情だね』

 

『もー、満足満足。すごかったんだよ。全国各地の有名ラーメン店とコラボしたゲームがあってね、期間限定でVR内で再現された各店舗の味が楽しめるんだよ』

 

『ほう。興味深いな』

 

『今月いっぱいまでやってるらしいけど、今度一緒に行く?』

 

『誘ってもらえるならば、是非ご同伴願いたいな』

 

『おっけー。じゃあ今度行こうね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごいな。さっき告知されたばかりなのに人が結構いるな。

 それだけこのゲームのプレイ人口が多いってことなんだろうけど。 

 

「おっせーぞ、キリの字! お、アスナも一緒か」

 

「はい。キリト君が乗り気じゃないので無理矢理引っ張ってきました」

 

 そうですね。無理矢理引っ張られてきましたよ。

 

 それにしても、クラインだけじゃなく風林火山のメンバー全員やってるのか。

 ハマり過ぎて怪我とかしなきゃいいけど。

 

「キリト君、そろそろ時間だよ」

 

「あ、うん」

 

 久しぶりだな。このオーグマーを貰ったとき以来じゃないか?

 

「オーディナル・スケール、起動」

 

 キーワードを唱える。それだけで景色は一変する。

 自身の服装。武器。地形。

 視界に映るほぼ全ての物が変化する。

 ただのビル街が、今では西洋の城塞みたいだ。

 

 そして視界の先で魔法陣が展開され、中心には大きな人影が確認できる。

 

「本当に出てきた」

 

「10層ボス、カガチ・ザ・サムライロードか」

 

 旧アインクラッドのボスモンスター。まさか本当に出て来るなんてな。

 当時のボス戦参加者しか知らない存在を出す理由はなんだ?

 確かに、あのSAOのボスともなれば話題性は抜群だろうけど、世間に広がれば悪評にもなりかねないぞ。

 

 ん? なんだ?

 AR通信用のドローンから光のエフェクトが発生してる。

 人影? 誰か降りて来るな。

 

「おお!? マジかよぉ!?」

 

「ユ、ユナちゃんだ」

 

「生で見たの初めてだ………」

 

 白く長い髪に赤い瞳の少女。結構かわいい。

 ユナって言ったか? 確か、最近話題のARアイドルだよな。シリカとスグがファンって言ってたっけ。

 オーディナル・スケールのイメージキャラクターだって聞いたけど、こういったイベントにも出て来るのか。

 

『みんな準備はいい? さあ、戦闘開始だよ。ミュージックスタート!』

 

 ユナが指を鳴らすと同時にどこからともなく音楽が流れ始め、それに合わせ彼女も歌いだす。

 

「これは……? いや、イベント戦限定のバフか」

 

 よくある特殊演出ってやつだろう。

 ステータスを見ると結構強力なバフ効果が付与されている。

 

「よっしゃあ! いくぜおまえら! ユナちゃんにいいとこ見せるぞぉ!」

 

「「「「「おおー!」」」」」

 

 元気だなクライン達は。

 周りのプレイヤーと比べて連携も巧みだし、攻撃もまともに喰らったりしてないし。

 

 にしても戦闘中に歌か。懐かしいな。

 いつだったかどっかのボス戦であいつが大声で歌いながら戦ってた時があったな。

 うるせえって、皆に笑いながら怒られてたけど。

 

 見る限り敵の攻撃はSAOの頃のままみたいだ。10層攻略時はクライン達のギルドはまだ攻略組じゃなかったから攻撃パターンは知らないだろうけど、SAOの人型モンスターの挙動は知り尽くしてるからな。初見の敵でも対応は容易いか。  

 

「キリト君はどうする? 見てるだけ?」

 

「これから活躍するとこだよっ!」 

 

 剣を握り、走り出す。

 動きが遅い。足が重い。ラグが大きすぎる。

 皆はよくこんな状況でまともに戦えるな。

 

「やりづらいな………………あ」

 

 足が絡まる。走った勢いのままに地面に転がる。痛い。

 ちくしょう。これだからARは。VRならこんなミスしないってのに。

 

 なんだ? 頭上に影?

 

「あぶなっ!」

 

 いつの間にか近づいていた敵が、さっきまで俺が倒れていた場所に刀を振り下ろす。

 別にそこまで必死にプレイしてないけど、だからってやられたくはない。なによりアスナの前だ。格好悪い姿はなるべく見せたくない。もう遅い気もするが。

 

「もー。しっかりしてよねキリト君」

 

「……面目ない」

 

「ちゃんとこれからはリアルの体も鍛えた方がいいよ」

 

 ああ。これからは気を付けるよ。

 

「さて、わたしも行こうかな」

 

「ああ。気をつけて」

 

 転ばないようにな。

 

 軽やかに駆け出すアスナ。

 すごいな。VRでのアスナと遜色ないんじゃないか?

 閃光のアスナは現実世界でもその実力を発揮できるのか。

 

「はぁ。本気で体鍛えた方がいいのかもなぁ」

 

 自分の彼女より弱いってのは、男としてどうかと思うし。

 くだらない男のプライドではあるけど、俺的には大事にしたいものでもある。

 

「お、倒した。さすが閃光」

 

  

 

 

 

 

 

 

『ははは、ははっはははは』

 

『……なにか面白いことでもあったのかね?』

 

『あったあったよ。もう大爆笑! あそこで転ぶかな普通! あー、もーダメ、おなか痛い』

 

『見に行ってたのか。会ったのかね?』

 

『まっさか。ボクはもう終わった存在。どっかの誰かさんのせいで今はこんな状態だけど、その事実は変わらないよ。………見るだけってのはちょっと寂しいけどね』

 

『……なるほど、君は今後そういうスタンスなのか』

 

『そーゆーこと。ま、たまにならバレないように手助けしてあげてもいいけどね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーグマーを取り出し、起動。瞬時に視界に現在時刻。アプリ。カレンダーが表示される。

 そして妖精が小さな欠伸と共に現れる。

 

「おはようございます、パパ」

 

「おはよう、ユイ」

 

「ここは?」

 

「ああ、アスナが昨日例のイベントをした場所だよ」

 

 一昨日、俺も参加したSAOボスモンスターとのイベント戦。

 昨日もこの公園で行われ、家が近かったアスナはこれに参加したらしい。

 

「ママは頑張ってるんですね」

 

「おかげで俺とのランク差は広がるばかりだよ」

 

 原因は主に俺があまりやらないからなんだけどな。

 

「ふーん…………あれ、パパ? このマークはなんですか?」

 

 カレンダーの印が付けられているとある日付を指すユイ。

 

「うん。その日はアスナと山に流星群を見に行く約束をしてるんだ」 

 

「流星群! 素敵ですね、私も見たいです!」

 

「もちろん。ユイも一緒に行こう」

 

 SAOにいた頃にアスナとした約束。 

 現実で星空を見たことがないというアスナと、一緒に流星を見に行こうという約束。

 そして、こちら(現実)でも指輪をプレゼントするという約束。

 

 プレゼントは用意したし、キャンプ道具も準備した。

 そして、アスナの父である彰三氏を通してアスナのお母さんに挨拶する約束も取り付けた。アスナには内緒で。

 今からすっごい緊張してる。当日は大丈夫だろうか、俺。

 

「そうだパパ! 今のうちにオーディナル・スケールの練習をしましょう!」

 

「えぇ……」

 

 今? いや、別に必要ないんじゃないか?

 一昨日転んだのはたまたまだって。多分。きっと。

 

「ママはパパの運動不足を心配してましたよ」

 

「いやいや、このあとアスナとデートだから動いて汗臭くなったらあれだろ?」

 

「カッコ悪いとこばっかり見せちゃうと夫婦の危機だってユウキさんも言ってましたよ」

 

「あいつは人の娘になにを吹き込んでるんだ……」

 

 そうじゃなくて、とにかく今はいいんだってば。

 ユイを振り切るように後ろを振り向く。

 そうして振り返ると目と鼻の先に白い人影が。 

 

「えっ、うわっ!」

 

 びっくりしたぁ。気配もなく背後に忍び込まれてたとは。

 なんて冗談はともかく。

 

「あっ、ごめんな。いきなり叫んでしまって」

 

 俺の声に驚いたのか、座り込んでしまった白いフードの子を立ち上がらせようと手を伸ばすが。

 

「あっ…………?」 

 

 手がすり抜けた?

 距離感を見誤った? 違う。確かに今俺はこの子の手に当たった。でも、触れることはなかった。

 

「――――――」

 

「なにを言って………?」

 

 消えた。

 まるで最初からいなかったかのように。

 起動していたオーグマーを外す。周りに人の姿は見えない。

 NPCのタグはなかった。だけど。

 

「プレイヤーでもないようでした」

 

「だとすると……ARの幽霊?」

 

 科学的なのか非科学的なのか怪しいところだな。

 

「『探して』と唇は動いていたみたいですが」

 

「探して? 一体何を……?」

 

 何だったんだ今のは?

 フードから微かに見えた顔は女の子のもので、見覚えがあった気もするけど。

 …………わからん。思い出せない。

 

 とにかく。何か分からないけど記憶の片隅に置いておくべきだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー、いい世の中になったねー』

 

『と言うと?』

 

『ARが流行ったおかげで今街に通信用のドローンがいっぱい飛んでるから、それ用のアバターを用意すればボクもリアルの街を歩けるんだよ』

 

『ふむ。ちなみにどんな姿で?』

 

『恰好? 大きいフードを被って顔隠してフラフラしてるよ?』

 

『……ちなみにこんな噂があるのは知っているかね?』

 

『噂……?』

 

『AR起動中にしか見えないフードの少女の幽霊が出るという噂だよ』

 

『…………ま、そういうこともあるよね!』

 

『やれやれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナとした約束の日まであと少し。いつもの仲間にも内緒の二人だけの約束。

 きっと楽しい思い出になるだろう特別な一日。

 その日まであと少し。

 なのに、なのに。

 

「なにも思い出せないの……」

 

 それなのに、こんなことがあるのか?

 

「キリト君との出来事が、アインクラッドでの記憶がなにも思い出せないの」

 

 初めて出会った日の事も?

 二人で初めて歩いたあの道も?

 一緒に暮らしたあの森も?

 

「時間が経つにつれてSAOでの事がどんどん薄れていって……今はもう、なにも………」

 

 笑い、遊び、戦い、悲しみ、それでも生きたあの日々を?

 

「わたしはキリト君の恋人で、皆と友達……だったのよね……?」 

 

 俺達のかけがいのない友人との思い出も、わからないのか。

 

 医師によると、限定的な記憶スキャンを行われた痕跡があるようだ。

 SAOの頃の記憶のみを読み取ったのだろうと。

 都内ではこれまでにも何件か同様の症状が確認されていて、共通点は全員オーディナル・スケールのイベント戦に参加した後だったということ。

 アスナは昨日、リズとシリカと共にユイが推測したイベント発生地点に赴き、これに参加した。

 1日ごとに1層ずつ上がっていったボス戦で、なぜか出現した91層のボス。

 SAOに参加した誰もが知らないモンスター。シリカを執拗に狙ったソレからアスナは自身を盾にしてHPを散らされた。

 医師はオーディナル・スケール、ひいてはオーグマーが原因かどうかは断言できないと告げたが、そう言った本人も信じてはいないみたいだった。

 

「…………キリト君、わたしをアインクラッドに連れて行って」

 

「……ああ、わかった。一緒に行こう」

 

 アスナとユイの3人でかつて過ごした鋼鉄の城を巡る。

 はじめて出会った場所を、デートしたカフェを、喧嘩した広場を、暮らした家を。

 ―――でも、効果はなにもなかった。

 

「ごめんね、二人とも………やっぱりなにも思い出せない」

 

「ママ……」

 

「ALOでの時間は鮮明に憶えているのに、SAOのことはなにも……ごめんね……」

 

「ママはなにも悪くなんてありません」

 

「ユイの言う通りだよ。アスナが謝る事じゃないさ」

 

 そうだ。アスナのせいじゃない。なにも悪い事なんてしてないんだから。

 だから、そんな、

 

「うん………ごめんね……」

 

 そんな顔をしないでくれ。

 

「お茶空っぽになっちゃったね。わたし淹れてくるね」

 

「あ、俺が」

 

「いいの。やらせて」

 

「……うん。じゃあ頼むよ」

 

 にこりと笑ってカップを手にキッチンへ行くアスナ。

 あんな表情をさせたくはなかったのに、俺はなにをやってるんだ。

 テラスから空を眺める。いつもなら美しいと感じる夕焼けも、今は何も感じない。 

 

 ガチャン、という陶器の割れる音が家の中から聞こえてくる。

 すぐに扉に近づき、音を立てないように中を伺う。

 

 しゃがみ込んだアスナが見える。

 

「マッ…………パパ?」

 

「今は、ダメだ……」

 

 飛び出そうとするユイを抑える。

 アスナの感じる痛みも、苦しみも、俺達には理解出来ない。だからダメだ。

 今の俺達はアスナに喪失感しか与えられない。

 

 視界の先で背中が震えている。守ると誓ったのに。

 横顔が悲しみに歪んでいる。そんな顔をさせたくなかったのに。

 雫がいくつも流れ落ちる。何度も何度も。

 それだけは、それだけは流させてはいけなかったのに。

 絶対に守ると、俺はあいつと約束したのに。

 

 俺は一体、何をしていたんだ。

 ちくしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

『……どうかしたのかね?』

 

『…………泣いてた』

 

『ふむ?』

 

『……ずっと、泣いてたんだ』

 

『……ああ、なるほど。彼女のことか』

 

『なんで、いったいなにが』

 

『……違ったのか。君が関わらないのは関わるべきではないと判断したからだと思っていたが』

 

『…………なんの話?』

 

『単純に、今回の出来事を君が知らないだけだったわけか』

 

『……詳しい話を聞かせてよ』

 

『もちろん。構わないとも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 AIを構築しているのだと、目の前の少女は言う。

 計画者は重村徹大。オーグマーの開発者。

 ここに集められたSAO帰還者(サバイバー)からSAOの頃の記憶を収集し結合する事で、かつてSAOで命を落とした少女、重村悠那をAIとして再現しようとしているのだと。

 

「このままだと高出力スキャンが行われて会場内にいる人は皆死んでしまうのっ!」

 

 そう白いフードの少女、ユウナは叫ぶ。

 自身の存在が、大勢の人を死に追いやることになると。

 

 ここ新国立競技場で開催されたARアイドルであるユナのライブ。

 無料招待された帰還者学校の生徒、チケットを購入して来た一般の参加者。合わせて3万人。

 そして今、その全ての人間がライブ中の会場に現れた大量のボスモンスターに襲われている。

 戦い、敗北し、HPがゼロになった人数が一定数を越えると会場全体にスキャンが発生し、オーグマーを装着している人の脳は大きなダメージを受ける、と。

 

「俺はどうしたらいい!?」

 

「旧アインクラッド100層でボスモンスターを倒して、黒の剣士!」

 

 100、層?

 

「そうすればきっと……今オーグマーのフルダイブ機能を解除するから椅子に座って!」

 

 オーグマーにフルダイブ機能が搭載されている?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。 

 VRなら俺も全力を発揮できる。やってやる。 

 

「……わかった。こっちは任せろ」

 

 旧アインクラッドのボスモンスター。それがどれだけの脅威なのかはよく知っている。

 たとえ俺一人でも、やるしかない。

 絶望的な戦いになるだろう。でも―――

 

「―――元攻略組がここにいるが、必要ないか?」

 

「エギル………」

 

「あたし、SAOのボス戦はじめてなのよね」

 

「あたしもですよ。ただの中層プレイヤーでしたし」

 

「遠距離支援は必要でしょ?」

 

 リズにシリカ、それにシノンまで。

 

「ああ。皆、頼む」

 

 必ず全員で勝って帰ろう。

 

「キリト君………」

 

「大丈夫。すぐに帰ってくる。ここにいる皆を助けてみせる。信じて待っててくれ、アスナ」

 

 必ず戻るから。

 これを持って待ってて。

 

「………指輪」

 

「帰ったら約束の続きをしよう」

 

 たとえ今の君が憶えていなくても、俺は憶えているから。

 二人で星を観に行こう。

 だから、少しだけ待っていてくれ。

 

「―――行くぞ」

 

「「「「「リンク・スタート!」」」」」

 

 

 巨大、そう表現するのが相応しいだろう。

 デスゲームとしてではなく。本来の、死の危険なんて無いSAOのラスボス。

 この鋼鉄の城の頂上で、挑戦者を待つ者。

 こいつが当時のSAOの仕様のままだというならフルレイド(48人)で挑むのが前提の強さだろう。

 だが、この場にいるのは5人ぽっち。当時の攻略組は俺とエギルの二人だけ。

 普通に考えれば不可能だ。

 それでも、絶対に勝たないといけない。

 会場にいる多くのSAO帰還者(サバイバー)、SAOとは所縁もないライブに来た観客。

 そしてなにより、アスナがいる。

 

 アスナと約束したんだ。流星群を見に行こうって。

 ユウキと約束したんだ。アスナを幸せにするって。

 

 だから絶対に、こんなところで

  

「諦めて、たまるかぁあああああああああ!!」

 

 何度目かの全力での斬り掛かり。

 その斬撃はこれまでと同様に不可視の壁に防がれる。スイッチを多用し幾度とない連続攻撃を繰り返すことでようやく破壊でき、そうすることで本体にもダメージが通るようになる。だが。

 

「回復モーションに入られる! シノン!」

 

 声に応えるように何度も銃声が響き渡るが、その動きは止まらない。

 ボスの背後に巨木が生え、瑞々しい葉からボスに雫が滴り落ちる。

 複数あるゲージの一つが、また全快された。

 くそっ! 時間が無いってのに!

 焦りが徐々に全身を覆ってくる。

 こんな状況だからこそ冷静に戦わなければいけないのは分かっているが、抑えられない。

 

 ボスの放ったレーザーが空気を切り裂く。悲鳴が聞こえた気がした。

 他の皆も同様なのか、少しずつ動きが鈍ってきている。

 ここら辺でなにか対策をしないと本当に間に合わなくなってしまう。

 

 そんな考えの中、一瞬立ち止まってしまった隙をつくように巨大な手が眼前に迫る。

 

「しまっ!」

 

 まるでおもちゃのように掴まれ、その巨大な顔の前に持ち上げられる。

 ボスの目が赤く光る。

 攻撃前のモーションだろう。まだこのボスの攻撃パターンは把握出来ていないが、こんなに分かりやすいモーションもないだろう。

 皆が叫ぶが、助けは恐らく間に合わない。

 助けようと駆け出したエギルとリズは木に巻き付けられ、シリカは瓦礫に押しつぶされている。シノンは先ほど潜伏場所にレーザーを撃ち込まれてから反応がない。

 

 これで終わりなのか?

 いや、そんなことあってたまるか。終わらせてなんてやるものか。

 最期の一瞬まで足掻き続けてやる。

 また皆で笑い合うために。

 またアスナと一緒に星を見に行くために。

 大事な親友がどれほど望んでも手に入れられなかった、明日を守るために!

 

 赤い光が視界を埋め尽くす。これで終わりだと言うように。 

 閃光が迫る。

 体に力を入れるが、抜け出せない。

 閃光が迫る。

 それでも足掻く。まだ戦いは終わってない。

 閃光が迫る。

 もう間に合わない。あと一瞬で俺は死ぬ。だが諦めない。

 閃光が、迫る。

 そして

 

 ――――小さな拳(・・・・)が、俺の顔に突き刺さりその場から吹き飛ばされる。

 

 光が急速に遠ざかる。

 ボスがまるで困惑しているかのような挙動をしている。

 だけど、そんなことはまるで目に入ってこない。

 

「―――別にさ、ボクはいいんだよ」

 

 ありえない。

 

「忘れたいって思われてたんなら、別にそれは構わないさ。ただ胸の奥がきゅうってするだけで」

 

 ありえない。

 

「だから、それが幸せだって言うのなら忘れられても別にいいよ」

 

 ありえない!

 

「……でも、でもさっ!」

 

 だけど目の前に、ここにいる。

 

「痛そうに、辛そうに、苦しそうに」

 

 黒い髪を靡かせて。

 

「泣いてたんだ。悲しそうに泣いてたんだ!」

 

 優しい瞳で未来を見据えて。

 

「それはダメだよ。ぜんっぜんダメ。許せるわけがない」

 

 その言葉で周りの皆を明るくして。

 

「みんなに約束したんだ。親友と約束したんだ。なら、ボクが黙ってられるわけないでしょ!」

 

 天真爛漫で自由奔放で、そして誰よりも友達思いで。

 

「―――このボクがっ! ボクの友達を泣かしたやつを、許すわけないだろっ!!」

 

 そこには、もう会えない筈の俺の親友が立っていた。

 

 

 

「なにぼさっとしてるのさ。はやく立ちなよ」

 

 当たり前のように俺に声を掛けて来る。

 幻覚じゃ、ないんだよな? ここ仮想空間だし。

 

「あ、ああ……」

 

「もー、ボクが間に合わなかったらどうする気だったのさ。死んじゃうとこだったよ」

 

「悪い、助かった……」

 

「しっかりしてよね、ほんとに」

 

 混乱の極みにいて全然頭が働いてる気がしない。

 この緊迫した場面でこれはまずいんだけど、誰だってこうなるよな?

 俺だけじゃないよな? 

 

「まったく。そんなんだがら約束守れないんだよ」

 

 約束。

 アスナを幸せにして、泣かせないこと。

 たった1ヵ月前にした約束なのに、それを俺は守れなかった。

 

「それは、悪い……」

 

「ほんとはもっと殴りたいけど、さっき思いっきり殴ったからその1発で許してあげる」

 

「……友達は殴りたくないんじゃなかったのか?」

 

「友達と親友はべつなんですー。残念でしたー」

 

 こいつは本当に。

 

「あ、そうだ。はいこれ」

 

「え、おう」

 

 剣? それも片手用直剣。

 今俺が握っているものと同じやつ。

 

「『俺が二本目の剣を抜けば、立っていられる奴はいない』だっけ? ぷふっ」

 

 このやろう。

 

「とりあえず、色々聞きたい事とかあると思うけどさ」

 

「ああ」

 

「ボクの友達泣かしたアレぶっ飛ばしたいから、手伝ってよ親友」

 

 なにが手伝って、だ。

 違うだろ、そうじゃない。

 

「逆だ、バカ」

 

「むっ。誰がバカだって?」

 

「俺の嫁を泣かしたアレぶっ飛ばすから、手を貸してくれ親友」

 

「……どうせ、まだ挨拶に行ってないくせに」

 

「今度行く約束取り付けましたー。知らないくせに口出ししないでくださいー」

 

「…………」

 

「…………」

 

 静かになった瞬間を狙ったかのように、木の触手による攻撃が迫る。

 俺の知る誰よりも速い反応速度で剣が宙を舞い、攻撃をいなす。

 

「アレぶっ飛ばした後で同じこと言えるか試してあげるよ、キリト!」

 

 だが斬撃を放った後の彼女の無防備な背中を狙うように、さらに第二波が来る。

 こいつ、気付いてるのに動こうとしない。相変わらずだな。

 

「言ってろ! そっちこそその減らず口を叩けるか試してやるよ、ユウキ!」

 

 わかってるくせに躱そうともしないバカを守るように、俺も剣を奔らせる。 

 そうして互いにいつものように軽口を叩きながら、敵に向け剣を掲げる。

 

「「だからっ!」」

 

 隣り合い、いつかの戦いのように目標に向かって共に走り出す。

 

「「とっととぶった斬るっ!!」」

 

 二人揃った俺達が、アスナの為の戦いで勝てないわけないだろ!

 

 




アスナ「あの、この後のわたしの出番は…………?」

作者「まあ、うん。出てもいいんじゃない? 二人ともテンション上がって強くなるよ、きっと」

アスナ「わたしの見せ場が……」

作者「…………なんか、すいません」




活動報告に番外編のあとがきっぽい変なのがあるので、よろしければどうぞ。


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