ユウキに転生したオリ主がSAOのベータテスターになったら   作:SeA

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突発的年末企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその3/3。

アスナのいつかの日常のお話。


いふ?

「いっつ、バッレンタイーン!」

 

 紫がかった黒髪、綺麗な赤い瞳を持った少女が突然声を上げる。

 

 要は、いつも通りの事。

 わたしとキリト君の家でユウキが変な事を言いだした。それだけ。

 まあ慣れたもので、わたしも含めてこの場にいる皆も素知らぬ顔だが。

 

「なっ、なに? いきなりなんなの?」

 

 訂正します。

 慣れてないシノのんは動揺した様子でした。

 

「あーあ。聞き返しちゃったわね。あれに」

 

「ご愁傷様です、シノンさん」

 

「えっと、ご愁傷様です?」

 

「きゅるー」

 

「えっ、なんなのその反応」

 

 リズもシリカちゃんもユイちゃんもそう言ってあげないの。

 まだシノのんはユウキに慣れてないんだからしょうがないでしょ。

 

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたよシノン!」

 

 聞いたんじゃなくて、驚いただけだと思うけどね。

 まあ、今さら訂正してもストップしないだろうけど。ユウキの事だし。

 

「どうしてもと言うならばお答えしましょう。さてシノン! 来月は何月ですか!?」

 

「先々週に新年迎えたばっかりなんだから、聞かなくてもわかるでしょ」

 

「リズ、この状態のユウキにそんな事言っても聞いてくれるわけないじゃない」

 

「さすがアスナさん、慣れてますね」

 

 ユウキとの付き合いはこれでも長いからね。

 

「この状態でスルーなの!? 待った、なんでいきなり抱き着いてっ!?ちょっ、あなたどこ触ってるのよっ!?」

 

「よいではないかーよいではないかー」

 

 洗礼みたいなものだから、一人で頑張って。

 さすがに限界がきてハラスメント通報しそうになったら皆で助けるから。

 

 それから3分くらいシノのんの奮闘を鑑賞し、ユウキが満足したところで質問。

 

「それで、来月のバレンタインになにがしたいの?」

 

「さっすがアスナ、よくわかってるね!」 

 

 冒頭のセリフで大抵の人は察すると思うけどね。

 

「題して!」

 

「題して?」

 

「『ドッキドキ! バレンタイン武闘会! ~キミのハートを奪っちゃう~』を開催します!」

 

「へー」

 

 うん。わたし知ってる。これはまずい流れだ。

 

「あたし宿題やらないといけないんだったー」

 

「わーもうご飯の時間なんで落ちますねー」

 

 システムメニューを開こうとする二人の左手を掴む。

 ここで逃がしてなるものか。なにがあっても絶対に巻き込んでみせる。

 

「もう、何言ってるのよリズ。宿題ならこの前わたしが手伝って終わらせたばかりでしょ」

 

「なに言ってるのアスナ、そんなのはきっと気のせいに決まってるじゃない」

 

 ―――逃がして。

 

 ―――逃がさない。

 

 この大切な親友と目と目で会話出来た気がした。きっと今までの時間で育まれてきた友情のおかげに違いない。わたしはいい友人を持った。

 

「もうダメですよリズさん嘘吐いたら。ということであたしはご飯なので手を放して下さいアスナさん」

 

「さっきインしてきた時にお腹いっぱいって言ってたでしょシリカちゃん」

 

「うっ。き、気のせいですよ、きっと」

 

 ―――逃がして下さい。

 

 ―――逃がしません。

 

 この小さな友人と目と目で会話出来た気がした。きっと今までの時間で育まれてきた友情のおかげに違いない。わたしはいい友人を持った。

 

 冗談はともかく、被害にあう人間は多い方がいい。それだけ負担が分散するのだから。

 とりあえずキリト君を呼ぶべきだろう。

 今までの経験上キリト君がいれば被害の大半はそっちに向かうはずだ。

 うん、そうしよう。

 今すぐ呼び出そう。

 

「3人ともそろそろいいかーい?」

 

「…………いいわよ」

 

「…………はい。諦めました」

 

「……キリト君を呼べばシノのん含めて5人。半分はキリト君に行くだろうからわたしの負担は」

 

「あ、キリトは今回ダメだよ」

 

「えっ」

 

 えっ?

 被害担当の呼び出し禁止?

 

「……ハッ。はいはい!」

 

「はいシリカ」

 

「クラインさんを呼びましょう!」

 

「いいわね、あたしも賛成!」

 

 なるほど。キリト君が駄目ならクラインさん。

 確かにそれならまだ大丈夫なはず。

 

「ん? クラインも男の人だからダメだよ」

 

 被害担当その2も禁止、と。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 バレンタイン、男の人禁止、武闘会、ハート………。

 

「なんであの3人はあんなに沈みこんでるのよ? 一体なにが始まるわけ?」

 

「なんでもユウキさんは破天荒さんらしく、色々大変だと前にパパが言ってました」

 

 復活したシノのんとユイちゃんが呑気に会話をしている。

 知らないっていうのは幸せな事なのね。

 

「……アスナ。ユイちゃんも巻き込みましょう」

 

「……リーファちゃんも入れれば6人です。きっとなんとかなります」

 

「……スリーピングナイツの女性陣も呼ぼうかしら」

 

 サクヤさんとアリシャさんの領主コンビも巻き込めれば、もっと楽になるはず!

 

「今回はそんな大変じゃないから大丈夫だよ」

 

「嘘おっしゃい」

 

 友達の言葉はなるべく信じるけど、ユウキのその言葉はもう信じない事にすると前回わたしは誓ったの。

 

「な、ひどいよアスナ。ボクのことを信じてくれないの?」

 

 そんな風に瞳をウルウルさせてもダメです。

 

「前回の第1回攻略組大運動会を思い出してから言って頂戴」

 

「あと、チキンレース大会もね」

 

「ファッションショーを忘れて貰っちゃ困りますよっ!」

 

「もー、みんなひどいなー」

 

 デート……時間……お化け……巨大魚……丸呑みキリト君……。

 やめましょう。もう思い出す必要はないんだから。

 

「今回はほんとにだいじょーぶだって、すごく簡単にする予定だし」

 

「……とりあえず、聞くだけ聞くわ」

 

「おっけー。ではではボクが企画する内容とは―――」

 

 そして企画の説明、質疑応答などを挟んだ結果、ユウキが今回やろうとしている事は確かにとても簡単な内容だった。

 

 ユウキの話を一言で纏めると、バトルトーナメントをやりたいらしい。

 勝った時の賞品をチョコにして。

 

「チョコによる救済を!」

 

「へー」

 

 開催理由は『チョコを求める人にチョコの救済を!』とかなんとか。

 まあ、十中八九嘘だと思うけど。

 

「それで? わたし達はなにすればいいの?」

 

「とりあえずシリカは景品でしょ?」

 

「うえっ!? 嫌です! もうほっぺにキスとかやらないですからね!」

 

「えー、ダメ?」

 

「だーめーでーす!」

 

「すっごくウケるのに……」

 

 確かに。

 シリカちゃん可愛いからすごい盛り上がりになるのよね。

 そして大体キリト君が勝つから嫉妬されて大変な目に遭うまでがお約束だけど。

 

「はいはい、シリカちゃんの出演交渉はとりあえず後にしてちょうだい」

 

「はーい」

 

「アスナさん!?」

 

 驚きの表情をしたシリカちゃんを尻目にユウキに再度問う。

 

「それで、わたし達はこれからどういう風にこき使われるの?」

 

「チョコ作ってもらうよ」

 

 えっへん、と腰に手を当てて言うユウキ。ちょっと可愛い。

 

「…………え、それだけ?」

 

「あとはそうだね、たまに周りに宣伝するくらいでいいよ」

 

「……本当にそれしかしなくていいの?」

 

 なにもさせられなくて逆にちょっと怖いんだけど。

 いつものキリト君とかみたいに、当日いきなり雑な扱いされるとかありそうで。 

 

「大丈夫だよ。というか実はもうある程度準備始めてるしね」

 

「そうなの?」

 

「うん。各領主の人達にお願いして宣伝と運営の手伝いは頼んであるからね。さっすがボク、段取りいいよね」

 

「はいはい。さすがね」

 

「ぶぅー。リズぅ、アスナがつめたーい」

 

「あぁ、もうっ、だからってこっちに抱き着いて来るんじゃないっての! シリカの所に行ってなさいって」

 

「はーい」

 

「リズさんひどい!」

 

 わーきゃー騒ぐ皆を見てると、シノのんが静かにこっちに近づいて来てるのに気付く。

 

「あの子って、いつもあんな感じなの?」

 

「戦闘中はもっとキリっとしてるけど、ユウキは普段だいたいあんな感じよ」 

 

「そう……」

 

「苦手なタイプ?」

 

「ちょっとだけね。強引な感じはあんまり」

 

 やっぱりそう思うよね。

 昔のリズも同じこと言ってた覚えがあるし、わたしも一番最初に出会った頃は鬱陶しく思ってたもの。

 だけど。 

 

「シノのんにはもう迫ってきたりはしないだろうから大丈夫だよ」

 

「そうなの?」

 

「ユウキは人の表情よく見てるから。最初のアレは適切な距離感探ってただけのはずだし」

 

「アレで距離感を測るのは間違ってる気がするけど……」

 

「大丈夫。皆ずっとそう思ってるから」

 

「いや、なら止めなさいよ」

 

 ユウキの洗礼だから、一回は受けて貰わないと。

 

 あ、遠くでひっそり騒ぎを眺めてたユイちゃんがユウキに捕まった。

 がんばれユイちゃん。自力で対処できるようにならないとこれから大変だから、早めに慣れた方がいいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで1ヵ月経ち、今日は2月13日。

 バレンタインの前日。

 

「それで明日は闘技場集合でいいの?」

 

「うん、それでおっけーだよ。大会の運営と誘導とかはみんながやってくれるって言ってたし、だいじょーぶだよ」

 

「みんな、ねぇ……」

 

「うん、みんな」

 

 ユウキの言う『みんな』とはこのALOでの9種族の領主全員のこと。

 つまり今回のイベントは、全種族の領主が率先して協力する非公式イベントということになる。

 ……一体いつの間にそんな人脈を広げていたのやら。

 

「用意するチョコは前に言ってた数でいいの?」

 

「うーん、ちょっと予想より大規模になってきたからもうちょっと増やしたいとこだけど、もう時間無いしね。そのままでいいよ」

 

「頑張ればもう何個かは明日に間に合うと思うわよ? 味を度外視すればになるけど」

 

 わたし以外のチョコ製作班の料理スキルのレベルが足りてないから、ちょっとあれだけど。

 あまり美味しくなくていいのなら、それくらい作れるはず。

 

「いや、いいよ。今回みんなに料理スキルわざわざ取ってもらっちゃったし、これ以上は無理させられないよ」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「なら、いいけど……」

 

「だいじょーぶ。ボクがなんとかしてみせるから」

 

 ユウキがそう言うなら、いいんだけど。

 

「じゃ、ボク他の人のとこ回ってくるね。残りのチョコよっろしくー」

 

「ええ、任せて。いってらっしゃいユウキ」

 

「うん! いってくるね!」

 

 文字通り飛び出して行っちゃった。

 途中で誰かにぶつからないといいけど。

 

「さて、じゃあ残りもちゃちゃっと作っちゃいましょうか」

 

 ノルマまであとちょっと。みんなで頑張っていこう。

 

「うへー、まだやるわけ?」

 

「もう、リズさん頑張って下さい。いつも武器作るみたいに気合入れましょうよ」

 

「……鍛冶スキル使えるってならもうちょっとやる気出すわよ」

 

「もー」

 

「リアルだったらもう少し上手くできるのに。こういう時仮想空間って不便よね。スキル使わなきゃ作れないんだもの」

 

「え、リズさんリアルでチョコ作れるんですか?」

 

「ちょっとシリカ? それどういう意味?」

 

 リズの気持ちも分かる。仮想空間内での料理って独特だし。

 そもそも、なぜチョコ作りでわたし達に頼むのだろうか?

 食べ物なんだから料理系ギルドに頼むとか、発注すればいいのに。

 

「あのアスナさん? 質問なんですけど、この大量のチョコってあたし達以外の人も作ってるんですよね?」

 

「ユウキが言うにはそうらしいけどね。そうでしょリーファちゃん?」

 

 わたし達が声を掛けられた日にはいなかったけど、結局巻き込まれたリーファちゃんに確認する。

 

「みたいですよ。シルフ領でサクヤさんが作る人集めてました」

 

「なら、なおさらあたし達が作る意味がわからないんだけど」

 

「あ、でも屋台用って言ってたような?」

 

「屋台? なにそれ?」

 

「ごめんなさい、そこまでは」

 

 屋台用? ユウキはわたし達が作ってるチョコは選手用としか言ってなかった気がしたけど。屋台ってなんだろうか?

 

「作るチョコって3種類でいいんですよね? 簡単なのたくさんと、ちょっと手が込んでるの1個と豪華な1個で」

 

「ええ、その通りよ。『トーナメント参加者用に』ってユウキは言ってたわね」

 

 サクヤさん達が用意してるのと、わたし達のチョコは別物?

 

「料理スキルが低いプレイヤーのチョコを入賞用って、どうなの?」

 

「女の子が作ったっていうのが大事なんじゃない?」

 

「そうは言ってもゲーム内のアイテムでしかないのに?」

 

「多分……?」

 

 ユウキの考えることだからよく分からないのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 バレンタインデー当日。

 各種族、各領地、一般のプレイヤーによるネット上での告知、宣伝等々。プレイヤー主催でのイベントの規模としては過去に例を見ないものとなり、トーナメントも当初の予定を変更し予選を挟んでからの本選となった。

 一体どれだけの数が参加したのかは詳しく聞いてないけど、皆そんなにチョコが欲しいのだろうか?

 

『――――とまあ、そんな感じで告知してたルールとは若干変更されたけど、みんな理解できたかな? …………うん。大丈夫みたいだね。ではでは改めて、ここにバレンタイン武闘会の開催を宣言します!』

 

 ドーン! と上空に色とりどりの花火と共に、ユウキの声が会場に響き渡る。

 今回は一応関係者ではあるけど詳しいタイムスケジュールとか貰ってないから、これからユウキがなにをするのか分からなくて若干の不安とちょっとの期待で胸がドキドキしてる。

 

『それじゃあまず賞品の説明するね。会場の皆さーん。上空に浮いてるモニターをご覧下さーい』

 

「あいつ、あれどっから持ってきたのよ?」

 

「さあ、さっぱり……」

 

 リズが疑問に思うのも無理はない。

 上空に浮遊している大型モニター。公式イベントでしか見たことがないんだけど、ただのプレイヤーがどうやって調達したんだろうか? まさか運営に借りた?

 いやいや、さすがにそれはない、よね? でもユウキだからなぁ。なんとかしそうでもある。

 画面は真っ暗なままで、未だなにも映ってないけど……。

 あ、映った。

 見た事あるような無いような可愛い女の子達が画面に表示されてる。

 

「あの人達どこかで見たような?」

 

「シリカも? あたしもなんか見覚えあるのよね」

 

 皆も見覚えあるんだ。

 あっ、画面にわたし達が映った。

 

『はい、出たね。今画面に順番に表示されていってるのが今回の賞品であるチョコを作ってくれた女の子達だよ。選考基準はケットシー領であったミスコン上位者とか、レプラコーンの音楽祭で優勝したガールズバンドの人達とか。そういった人にお願いさせてもらったよ。みんなチョコありがとね』

 

 そういう選考基準だったわけね。

 なら、わたし達はなんで? 別になにかで表彰とかされた覚えはないけど?

  

『それだけじゃなく、ボクがこの人のチョコ欲しいなーって個人的に思った人にもお願いしたりしたけどね。…………なにさ、ずるいって? 主催者特権だからずるくないよ。合法だよ』

 

 確かに違法ではないかもしれないけど、ずるいとは思うわよ。

 

『ちなみに予選参加者と観客席にいる人に配られたチョコクッキーもこの娘達に作ってもらいました。普段料理関係のクエストとかと関わらない人達にわざわざ料理スキル取って貰って作ってもらったんだから、「これ味微妙」とかそういう文句言ったりしたらボクが怒っちゃうからね』

 

 皆にはスキルレベル0から頑張って上げて貰ったけど、さすがにひと月じゃ限度があったからね。そこは大目に見てほしいな。

 

『というか視点を変えよう。普段は料理しない女の子がバレンタインだからと自分のために頑張って手作りチョコを作ってくれた。そう考えるとむしろあまり美味しくない方がそれっぽくて良くない?』

 

 そういうものなの?

 あ、でもキリト君が普段苦手な事をわたしのために頑張ってやってくれたと思えば、その気持ちも分かる気がするわね。多分実際にされたらキュンとくる。

 

『そして本選出場者にはちょっと手が込んだチョコ1個が絶対に貰えます。手渡しでね。何回戦の第何試合で負けたらこの人のチョコ。そんな感じで既にルーレットで決めてあるから、好きな子のチョコが欲しかったら何回勝ってどこで負ければいいのかをこの後画面に出るトーナメント表で確認しておいてね』

 

 わたし達が事前にやったルーレットの番号はそういうことなんだ。

 というか、せめてわたし達には事前に説明しておいてほしいんだけど。なんのためのルーレットなんだろうって思いながら回してたんだから。

 

『そしてさらーに、優勝したらすっごく豪華なチョコを女の子全員から貰えます。全員だよ? 男の子の夢だよね。バレンタインで大勢の可愛い女の子からチョコ貰うの。この提案をしたボクに感謝してもいいんだぜ』

 

「あの1個だけ豪華なの用意しろってそういう……」

 

「普通あたし達には説明しておかない?」

 

「そこはほら、ユウキだから………」

 

 わたしはもう半ば諦めてるわ。

 

『という訳で、予選開始していくよ! みんな優勝目指して頑張っていこー!』

 

 それにしてもユウキは本当に楽しそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は流れて決勝戦。

 ここに至るまで幾つものドラマが繰り広げられた。カップルができたりできなかったり、まさかのユージーン将軍の参戦だったり、クラインさんが泣き崩れたり。

 色々あったりしたけど、兎にも角にも決勝戦だ。

 

『では遂にこの決勝戦まで勝ち上がった選手の紹介をしていくよ。―――まずはこの人! 予選のバトロワから危うげなく勝ち進め、本選もなんなく快勝。そしてさっきの準決勝で友人のクライン選手を容赦なく切り伏せてここまですんなり駆け上がって来た男、キリトー!』

 

 紹介と同時にキリト君の後ろで色とりどりな爆発が発生する。派手だなぁ。

 すぐそばでスタッフが杖構えてるし、人力なんだろうな。スタッフさんお疲れ様です。

 

 この戦いが終わればこのイベントも終了。

 そうしたら後は用事済ませて、キリト君とゆっくり二人で過ごそうとか考えてたけど。

 

『いやー、さすがだね。美少女の彼女がいるのにそれだけじゃ飽き足らず、他の女の子からもチョコを貰おうとするとは。果たして今回は一体どれだけの女の子をその毒牙にかけるつもりなのか。その動向にも注目だね』

 

 いつものことだけど、きっと、すんなり終わらないんだろうな。

 

『え、なにキリト? 紹介に悪意を感じる? 気のせい気のせい』

 

 ユウキのキリト君に対する態度は、小学生の男の子が好きな女の子にするイタズラみたいなものだと思うから悪意はないわよ。きっと。

 恋愛感情は無いらしいから、厳密にはちょっと違うだろうけども。

 

『そしてそれに対するはこの人!』

 

「……ねえアスナ?」

 

「……なにシノのん?」

 

『美麗にして可憐、砂漠のオアシス、荒野に咲く一輪の華』

 

「あの子って主催だったはずよね?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 配られてたパンフレットの総責任者のところに、ちゃんとユウキの名前が書いてるわよ。

 

『天使のように清らかで、悪魔のように妖艶』

 

「なら、なんであそこにいるの?」

 

「さあ」

 

 わたしにもわからないわ。

 

『そう! ボク参戦!!』

 

 ドーン! と叫ぶユウキの後ろで色とりどりの爆発が起こる。

 あの演出、気に入ったんだろうか?

 

『ハーハッハッハ! 大会主催者が参加しちゃいけないなんてルールは作ってないからねっ! なにも問題はないのだよ! ……あ、爆発ありがとう。もう戻っていいよ』

 

 問題だらけだと思うけど。

 

『え、今度はなにキリト? 紹介盛り過ぎ? キリトのも盛ったんだからボクのも盛らないと釣り合い取れないじゃん。なに変な事言ってるのさ』

 

 変な事言ってるのはユウキの方だと思うよ。

 

『いやー、大変だったね。色んなとこにイベントのプレゼンした時からこうする予定だったけど、実際にやると思ったより仕事多くて参ったよ。実況が長引いて予選の時間に間に合わなくなるかと思って焦ったもん』

 

 わたし達も焦ったわよ。予選にすごく見知った子がいたから。

 一人だけ女の子だからものすごく目立ってたし。

 

『本選もビックリだったよ。確かにスタッフのみんなにトーナメント表いじったりしないでねって言っておいたけど、あそこまで当たる人みんな強いのは予想外。準決勝でユージーン将軍だったの知った時は諦めかけたからね。……一応聞くけど、ほんとにあれランダムで決まったんだよね? わざとじゃないよね?』

 

 ユウキが対人戦で苦戦しているのをキリト君以外で見たのは団長以来だった気がするから、新鮮だったわね。

 でも、こんな場面で見る事になるとは思わなかったけど。

 

『ま、そんな終わった事はもうどうでもいいのさ。大事なのはボクとキリト、どっちが勝って大量のチョコを手に入れられるかなんだからね。そしてなにより―――』

 

「そういえば、ママの入賞チョコは準優勝用でしたっけ?」

 

「そう。だから勝った方にすごく豪華なの渡して、負けた方にちょっと手が込んでるの渡すことになるのよね……」

 

「……あの二人にどっちも渡るんですから、ママの引きもすごいですよね」

 

 どっちも知ってる人だもんね。

 ただ、二人とも普段からわたしの料理食べてるから特別感はないかもだけど。

 

『―――アスナの本命チョコはボクが貰うよっ!』

 

 …………ん? 本命?

 

『ちゃんと主催者特権で下調べは終わってるからね。アスナの優勝チョコはおっきなチョコケーキだってのは知ってるんだよボクは』

 

「本命なの?」

 

「いや、別にそういった意図はないけど……ただキリト君も出るからキリト君に渡せたらいいなって思いながら作りはしたけど……」

 

 本命チョコとかそういうつもりは無かったんだけどな。

 というか、それ以前にユウキは貰う方じゃなくて、本来は渡す方じゃないの? 貰って嬉しいの?

 まず、そこから間違ってる気がする。

 

『ふっ、急に目の色が変わったねキリト。自分の恋人のチョコは絶対に渡さないって顔してるよ。そうこなくちゃ倒し甲斐がないよ!』

 

 うん。目に見えて顔つき変わったねキリト君。

 その独占欲は正直すごく嬉しいけど、今それをされてもあまり嬉しくないというか……。

 

『それじゃあ決勝戦を始めるよ! いくよっ、キリト!』 

 

 ……まあ、いいか。なんか楽しそうだし。

 がんばれ、二人とも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち上げ会場、結構広いな。

 なにより人が多い。100人とか普通にいそうね。

 それだけ今回のイベントに関わった人が多いって事だけど、改めて考えるとすごい規模ね。

 

 さて、そんな中いったいどこにいるのやら。

 

「あれ? アスナ一人でどうしたのよ?」 

 

「リズ」

 

「旦那と一緒じゃなかったの?」

 

「さっきクラインさんに絡まれて、どっか連れてかれちゃった」

 

「あー、なるほど」

 

 残念会だ、とかなんとか。

 キリト君惜しかったからね。制限時間があとちょっとあれば勝てたかもしれなかったし。

 

「ならアスナ一緒に来る? あっちに女性陣で集まってるけど」

 

「んー、折角だけど遠慮しておくね」

 

「そ。なら別にいいけど」

 

 ごめんね。ちょっと今は用事があるから。

 

「あ、そうだリズ、ユウキ見かけてない? 探してるんだけど見当たらなくて」

 

「ユウキ? さっき飲み物持ってあっちに歩いてったのは見たわよ」

 

「ほんと? ありがとう」

 

「いいわよ別に。じゃ、またあとでね」

 

 背を向けるリズに手を小さく振る。またあとでね。

 

「あっちはなにがあったっけ?」

 

 別にダンジョンというわけでもないのだし、行けばわかるか。

 

 歩きながら今回のイベントを振り返る。

 ユウキのやることにしては珍しくわたしが大変な目に遭わなかったわね。そういえばユウキ相手にだったけど、シリカちゃん結局ほっぺにキスしてたのは交渉の結果だったのかしら?

 

 そんなことを考えながらユウキの向かったと思われる方向に進むと、綺麗な花で囲まれた中庭に辿り着く。

 外に出て少し歩くと、見知った背中が見えてきた。静かに遠くの空に浮かぶ鋼鉄の城を眺めているらしい。柄にもなく黄昏ているのだろうか?

 そっと隣に立ち、声を掛ける。

 

「なに考えてるの?」

 

「…………どーでもいいこと。世界一下らないお願いを神様にしてただけ」

 

 神様にお願い?

 願いは掴み取るもの、なんて言うユウキが? 

 珍しいわね。

 

「どんなお願い?」

 

「べっつにー。ただ、――――明日が来ませんようにって、それだけ」

 

「……珍しいわね。ユウキがそんなこと言うの」

 

 というより、初めてな気がする。

 明日の話をすれば笑うのがいつものユウキなのに。

 ちょっと驚いた。

 

「そうかもね。ま、それだけボクにとって今日が楽しかったってことだよ」

 

「そうなの?」

 

「もちろん。みんなが協力してくれて、友達からチョコたくさん貰って幸せいっぱいだし」

 

「キリト君にも勝てたし?」

 

「うんうん。いやー、よかったよ決勝まで行けて。キリト対策が無駄になるとこだったからね」

 

「対策って、あの最後に使ったOSSのこと?」

 

 決勝戦でユウキが使ったオリジナルソードスキル。

 キリト君は全ての攻撃こそ受けなかったけど、躱しきれず大ダメージを負ってしまいその状態でタイムアップ。残りHPの差で敗北してしまった。

 キリト君とユウキのPVPなんて周りからして見慣れたと呼べるほど頻繁に行われている。

 周りがそう称するほどだから、本人たちも相手の手の内を知り尽くしていると言っていいほど戦っている。

 だから対策として初見の攻撃を用意するのはとても理に適っているけど。

 

「そ。すごかったでしょ」

 

「度肝を抜かれたわよ。なによあの11連撃。一体いつの間に用意したのよ?」

 

 OSSを登録するのはすごく大変で、連撃となるとそれだけで難易度あがるのに。

 よくもまあ、あんな必殺技編み出せたわね。

 

「大変だったんだよアレ。ボクは刺突より斬撃の方が多いスタイルだから作るの手間取ってね。やっと出来たの2週間前だもん。その後秘密特訓もしたりして毎日くたくただったよ」

 

 2週間前?

 丁度イベントの開催に向けてゴタゴタしてた時期でしょうに。

 

「スタイルに合わないなら斬撃主体にすればよかったじゃない」

 

「まー、うん、そうなんだけどさー」

 

「?」

 

 ユウキにしては珍しく言い淀むわね。

 

「やっぱ、さ。一応ボクってユウキなわけだし、アレは作っておかなきゃダメかなって」

 

「……ごめんなさい、言ってる意味がよくわからないんだけど」

 

 一応ってなに? ユウキはユウキでしょ。

 ちょっとよくわからない。

 

「いいよ、気にしなくて。ボクが変な事口走っただけだから」

 

「あー、なるほどね」

 

 納得。すごい説得力ね。

 

「……それで納得しちゃうの?」

 

「ユウキの今までの言動を省みれば、自然とそうなるわよ」

 

 付き合いが長い他の人も同じ反応してくれるわよ。きっと。

 

「アスナひっどーい」

 

「いつも巻き込まれてるお返しよ」

 

 互いに笑い合いながら言葉を交わす。

 2年前まであったはずの、いつかの光景。

 あの世界が終わってから無くなってしまった、いつもの日常。

 それをまた死の危険なんてないこの世界で再現できることが、とても嬉しい。

 もう会えないんじゃないかと一時期思っていたからなおの事。

 

 だからこれは、またあなたと出会えたことへの感謝の気持ち。

 

「―――ユウキ」

 

「なーに?」

 

「はい、これ」

 

 言葉と共に、小さなプレゼント箱をユウキへ渡す。

 

「えっ、うん。ありがとう……?」

 

 疑問を浮かべながらも感謝を述べるユウキ。

 いつも周りを困らせてばかりなユウキの戸惑ってる姿はレアだな、なんて思いつつネタ晴らし。

 

「バレンタインチョコよ」

 

「えっ? でも、ボク優勝してアスナからも貰ったよ……?」

 

「それは優勝賞品としてのでしょ。こっちはユウキ用に用意したやつよ」

 

「ボクのために……?」

 

「そうよ。なのに大会に出るんだもの。コレどうしようかと思ったわよ」

 

 もうチョコあげちゃったわけだし、別の物にしようかとも思ったけど。そのチョコに込めたわたしの思いを考えたら渡したくなっちゃって。

 でも、さすがに1日に2回も渡すの変かしら?

 

「やっぱりいらない?」

 

「いるいる、いるよっ! 絶対いる! もうこれボクのだからね! 返してって言われても返さないよ!」

 

「そんなに喜んでくれるのに、返せなんて言わないわよ」

 

 ちょっと予想外の表現をされたけど、喜んでくれたみたいでよかった。

 

「でも、なんでボクに?」

 

「伝えたかったから」

 

「なにを?」

 

「ありがとうって」

 

「え……」

 

「また会えて、一緒に遊べて嬉しいって気持ちを込めて作ったのよ」

 

 本当は現実で渡したかったけど、ユウキはそれを望んでないみたいだから。

 ちょっとだけ寂しいけど、ここで渡せてよかった。

 

「アスナは、ボクに会えて嬉しいって思ってくれたの?」

 

「そうよ、当たり前でしょ。友達なんだから」

 

「そっか。そうなんだ…………ありがとう。今日あった出来事で一番嬉しいよ。ありがとうアスナ」

 

「喜んでくれたなら良かったわ。頑張って作った甲斐があるもの」

 

「そうなの? でも確かに。すごく美味しそうな雰囲気漂ってるもんね、これ」

 

「時間とお金をかけたからね。……これは内緒だけど、キリト君のより手が込んでるんだからね」 

 

 キリト君には絶対に言えないけどね。

 地味にキリト君、わたしがユウキにかまってあげると嫉妬してくれたりするし。

 嬉しいからたまにわざとやるけど。

 

「ほんとに!? これはもう嬉しさ倍増だね!」

 

「なら良かった。じゃあ来月はわたしは期待して待ってるわね」

 

「……………らいげつ?」

 

「ホワイトデーのお返しよ。3倍なんて言わないけど、とびっきりなの期待してるから」

 

 正確には期待半分不安半分だけどね。サプライズ自体は楽しみにしてるから。

 

「楽しみねお返し。先に言っておくけど今回みたいにバトル要素はいらないからね」

 

 わたしを巻き込まないなら多少はいいけど。

 ちょっとは自重してもらわないと身が持たないもの。

 

「だから次回は――――ユウキ?」

 

 どうしたの?

 さっきまで楽しそうに笑ってたのに、なんでそんな苦しそうな顔を

 

「―――アスナ」

 

「な、なにユウキ?」

 

「アスナはさ、キリトが好きだよね」

 

 突然なにを?

 その質問の答えは決まっているけど……。

 なぜ?

 

「え、ええ。もちろん大好きよ」

 

「だよね。ならキリトと一緒にいられたら幸せ?」

 

「幸せよ、とっても」

 

「ユイちゃんにリズやシリカ、リーファにシノン、クラインとエギルと他にも大勢の友達。そんなみんなと一緒にいられたらアスナは幸せ? 笑っていられる?」

 

 キリト君がいて、ユイちゃんがいて、皆もいて。

 そして、ユウキがいるのなら。

 

「ええ。みんながいるなら、わたしはいつだって笑顔でいられるわ」

 

「そっか…………そうだよね」

 

「ユウキ……?」

 

「ごめんね! いきなり変な質問しちゃって。ボクっぽくなかったよね、ごめんごめん」

 

「いえ、それはいいけど……大丈夫?」

 

「大丈夫だいじょーぶ。ちょっと急にセンチメンタルな気分になっただけだよ」

 

「そうなの……?」

 

 でも、さっきの表情はそんな感じには見えなかったけど……。

 

「そーそー。いやー、アスナついてるよ。滅多に見れないセンチユウキちゃんを生で見れたんだから。みんなに自慢したっていいんだよ」

 

「……自慢したところで誰も羨ましがってくれないわよ」

 

 気のせい? 

 ユウキの演技?

 …………わからない。でも今のは。

 

「えーそうかなあ? 超絶レアだよ? キリトあたりなら羨ましく思うんじゃない?」

 

 少なくとも、今のユウキはいつものユウキだ。

 なにも変なところはない。

 

「人の恋人をなんだと思ってるのよ」

 

「うーん……いじり甲斐のあるおもちゃ?」

 

「……ユウキ?」

 

「ごめんなさーい」

 

 気にするべき、だろう。

 さっきのは明らかに普段のユウキではなかった。

 あれはいつかの、剣士の碑に名前を刻んで泣き続けていた時の雰囲気に似ていた気がする。

 あとでキリト君に相談してみるべきだろう。 

 

「アスナ」

 

「なに?」

 

 ユウキがなにかに悩んでいるなら、わたしはその手助けをしたい。

 いつかの貴女が、わたしにそうしてくれたように。

 

「来月、楽しみにしててね」

 

「ええ、来月もその先も。すっごく楽しみにしてるわ。だから―――」

 

 1年後も、10年後も、またこうして2人で笑い合っていられるように。

 だから、

 

「―――これからもよろしくね、ユウキ」

 

「うん。これからもよろしく、アスナ」

 

 わたしは必ず、ユウキの助けに応えるから。

 

 

 

 

『時計の針は止まらない』

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウキ「これ、どの辺がもしもなの?」

作者「本編にシの字もないシノンが出てる」

ユウキ「うん。…………え、それだけ?」

作者「それだけ」

ユウキ「えー………」


それでは皆様、よいお年を。

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