今回でダンジョン脱出を書ききるために長めです。
今回から個人的なあれこれは後書きに書くことにします。
《side:ベル》
僕は身動きが出来なくなっていた。それは物理的にではなく精神的にだ。
ここで自分を助けに来てくれたフィンさんたちに刃を向けたら、僕は二度と地上に戻れなくなる。一生をこのダンジョンの中で終えなければならなくなる。
でも、僕自身の生き続ける理由を思い出してみても、地上に残してきたヘスティア様との再会への渇望とフィンさんたちからの祈りを込めた望みがあってこそだ。それを失って僕は何を頼って生きることになるのだろうか?
そうだ。答えは決まっているんだ。僕はゴルゴーンに剣を向けて
…………向けることが出来なかった。
どうして?覚悟だって出来ていたはずなんだ。英雄を目指す僕と世界を害するゴルゴーン、たどり着く場所はどうやっても交わらないんだ。戦うことは決まっているんだ。
あの霧の中での決意を思い出せ!何も知らず、ただ割りきれないゴチャゴチャした気持ちだけを晴らすためにがむしゃらに向き合ったあのときのように………ように………
「ベル・クラネル。姿勢はそのままでいい。俺の話を聞け。」
静かでいて力強い声が無音のダンジョンに響く。その声の主は今まで沈黙を保ってきたオッタルさんだった。
そして、こちらに向いていたゴルゴーンの視線がオッタルさんに移った。まるで"お前は余計な口を開くな"、と言わんばかりに。僕は気になって視線だけをオッタルさんに移す。
………ゴルゴーンに負けじと眉一つ動かさず睨み返してる。その眼は、"俺の話を妨げるな"、とハッキリと物語っていた。ゴーグル越しとはいえ、ゴルゴーンの目を躊躇わずに見つめるなんて並み大抵の胆力では不可能だ。【
そして二人の間で暫しの間続いたにらみ合いはゴルゴーンが目を離す形で決着した。ゴルゴーンは不機嫌そうな顔で視線をこちらに戻す。オッタルさんもこちらの視線に対して顎で"ゴルゴーンから視線を反らすな"と指示した。僕はそれに従ってゴルゴーンの方を向き直した。
「今から俺が言うことに答える必要はない。聞き流してもいい。だけど耳は塞ぐな。……お前にとって目の前にに居るゴルゴーンはどういう存在だ?」
「えっ……?」
「【
「…………。」
「そして、お前にとってはどう写る?敬愛・畏怖・軽蔑・悔恨・憤怒・感動・信頼・驚愕・憧憬………。誰の介入もない素直な感情を思い起こせ。俺でも【
感情……。そういえば深く考えたこともなかったな。……思い返してみれば分かるのかな?
じゃあ、まず、始めは5階での出会いの頃………"興味"かな?あのときは怖さをそんなに感じなかったような記憶がある。ミノタウロスに追われてたからかな?
そのあと別れて、霧の中で再開したとき……あのときは無我夢中だったから心情といっても………。うーん、色々あるけどゴルゴーン以外のことも含めて"困惑"が近いかな。
それで、このダンジョン下層深くまで降りてきて死んで生き返ってを繰り返して………この頃は"静穏"なのかな?ゴルゴーンの近くにはモンスターが居ないから安らげたし、ゴルゴーンとの会話は唯一の娯楽になってたし。
……そうか。オッタルさんは気づいていたのか。僕が彼女の殺しを躊躇う理由を。僕が彼女に親しみを抱いていることを。
今更ながら、怪物に心を許すなんてどうかしてるよ。そんなこと、英雄どころか普通の人だって……
『もう一度言うぞ。私が召喚されたのは私自身にも分からんことだ。きっと何かの間違いだ。そもそも私は英霊ですらない怪物でしか………。』
『いや、仮にそうだとしても呼び掛けに来てくれたあなたを信じるよ。これからもよろしく、ゴルゴーン。』
!!今のは…………そうか。そうだよな。おかしなことなんかなかったんだ。顔も名前も残されていない
「ゴルゴーン、待たせてごめんね。」
「ああ、漸くか。お前があの男の言葉に何を見出だしたかは知らんが、ともかく答えを見せてもらおうか。」
「うん。これが、僕の答えだ。」
僕は手に持っていたハルペーを放り投げた。大きく振り上げた手から放り出されたハルペーは放物線を描きながら地面へと落ちた。
「ベル・クラネル!?あなた、何をしたのか分かってるの……!」
「いいんです、アスフィさん。彼女と僕との決着をつけるのはあの武器じゃないんですから。いや、あの武器であっちゃならないんです。」
「馬鹿なことを言わないでください!!あれは私とヘファイストス様が共同で作製した最高傑作なんですよ!?」
「……ペルセウスの言に賛同するようで癪に障るが貴様、この期に及んでふざけているのか?貴様には価値が分からんかもしれないが、あれは歴とした神造兵器だ。あれ以上のものとなればそれこそゼウスが持つ
「いや、それでも僕はあの武器は使いません。僕の答えにとってあの武器は必要ないものです。」
「……まさか素手で挑むつもりか?貴様、私の気づかぬ間に狂ってみせたのか?いや、ただならぬ狂気に濡れても流暢に話せる
「狂ってません。僕はまともです。」
「狂っていることも自覚できぬとは、ますます信憑性が高いのではないか?」
「だから僕は平常ですってば!」
「……まともな者が自らの意思であやつを追いかけて、ああやって普通に話せるものなのかのぅ?」
「ガレス、今は話をややこしくしないでくれ。」
(英雄は馬鹿げたことを成し遂げる者だ、って言った手前否定しきれない……。)
「そういえば確か、そこの小男が英雄とは斯くあるべし、などと宣っていたな。丁度いい。もう一度ここで言ってみせろ。」
「てめぇ……!!黙って聞いてれば好き放題言いやがって!!言ってみせろ、じゃねえだろ!団長の言葉くらい一字一句把握しておかねぇのがそもそもおかしいんだよ!!」
「ティオネ落ち着いて!!フィンが話をややこしくするなって言ったばっかりでしょ!?」
何だかしまらないことになった……。でも、今のこの空気が何となく心地よかった。
英雄を志しているのにこんなところで気を緩めるなんて英雄失格なのだろう。けど、この景色を見ているとこの決断は間違ってなかったって思えた。
「皆さん、お戯れ中に申し訳ありませんがそろそろいいでしょうか?ベルさん、ハルペーを使わないのは納得はいきませんが、それはこの際目を瞑ります。ですが、どうやって彼女を倒すつもりですか?」
「……ええ、算段といえるかどうかは分かりませんが、それはあります。ただ……」
「ただ?」
「今すぐには出来ないんです。」
「「「「「「(はあっ)(ええっ)?!」」」」」」
「……まったく馬鹿げている。ああ、まったくだ。貴様は馬鹿だと思っていたが……ククッ、アーッハッハッハッハ!!傑作だ!あれだけ散々能書きを垂れておいて『今は無理』だと!?認めてやろう!貴様は英雄だ!私を目の前にして減らず口や命乞いではなくそんな悠長な言葉を吐ける貴様が英雄でなくてなんだと言うんだ!!」
ゴルゴーンは高らかに笑った。何かを馬鹿にするように嗤うのではなく、何かに満足するかのように楽しそうに笑った。
「しかし、今すぐできることがないのになぜその武器を捨てたんだい?それが必要ないのはいいとして、持っておくに越したことはないんじゃないかな?」
「いいえ、あの武器を決着をつけるために使いたくはないんです。いえ、使っちゃいけないというべきかもしれません。」
「使っちゃいけない?ゴルゴーンを倒すのなら性能的にも逸話的にも申し分ないあれが使っちゃいけないものなのですか?」
「アスフィさん、今そこにいるゴルゴーンは"ハルペーを持ったペルセウス"という弱点に殺されませんでした。もし、僕がこれをアスフィさんの代わりに使って倒そうとしても無理じゃないんでしょうか?」
「……一理ありますね。」
嘘だ。僕は出任せを言った。ゴルゴーンにハルペーが有効なのは変わらないはずだ。もっとも、気配をどんなに消してもハルペーを察知してしまうから使えないのは変わりないから彼女も納得しているのだけど。
「ベルよ。貴様が私をどう倒すのかは問わん。だが一つ答えろ。貴様は化け物に虐げられた犠牲者ではなく、化け物に立ち向かう英雄として私の、もっというなら人間どもの前に立つというのだな?」
「うん、僕は英雄になるのを諦めるつもりはありませんよ。」
「そうか。ならば精々守りたいはずの人間どもに後ろから刺されないようにするのだな。重みもなにもない俗言に盲目して、勝手に疑心を拗らせ、恩義を石に変えて投げつけてくるのは人も神も化け物も然程変わらんからな。」
「えっ……?」
「私を楽しませた褒美だ。このおぞましき我が島の中でも心を失うことがなかった貴様へのな。その言葉が何を意味するかを考えるのだな。」
後ろから刺される?いったいどういうことだ?今、僕の後ろにいるのは……
つまり、フィンさんやオッタルさんは僕を殺しに来たってことかな?じゃあ、あのときのフィンさんの叫びやオッタルさんのアドバイスは何だ?僕を油断させるためだとしてもそんなことをする必要があるのかな?あの二人、いや、ここにいる皆さんのレベルなら僕なんか勝負にもならない。それこそ真正面から殺しに来たって充分なはずだ。
いや、もしかしたら生け捕りにするってこと?いや、そもそも僕を攻撃する理由は何だ?結果的に部外者の僕が【ロキ・ファミリア】のことに首を突っ込んだ形になったことを実は怒ってるってことなのかな?
そんなことを思いながら後ろを振り返るとフィンさんやアスフィさんがばつが悪そうな顔をしていた。……まさか、本当に僕を?!
「……!待ってくれ、ベル君。確かに僕にはゴルゴーンが言わんとすることが理解できた。でも誤解しないでくれ。僕は君への恩義を忘れたわけでも無ければ君を害しようとも思っていない。君の主神であるヘスティア様に誓ってもいい。ただ、"答え"は伏せさせてもらうよ。君が英雄になるなら自分で導くべきだからね。」
「私も【
(ただ、ヘルメス様がご迷惑をおかけする可能性が、いや、明らかにご迷惑をおかけすることになるでしょうね……。はぁ………。)
フィンさんとアスフィさんが此方の視線に気づいてそう言った。お二人がそこまで言うのなら僕が自分で何とかするべきものなのだろう。いや、"べき"じゃなくて必ず答えを見つけなくちゃ意味がないんだ。
「ところで、怪物を目の当たりにして呑気だとは思わないのか?私は貴様らの同朋になった覚えはないのだが。」
ゴルゴーンが突然言いはなった瞬間、ダンジョンが大きく鳴動し始めた。それと同時に床が波打つように高く盛り上がった。
「…!総員退……!」
フィンさんがハッとなって指示を出す。だけどさっきの幻想に体をやられていたせいか、皆の動きが僕から見ても固いのが分かった。
そして、皆さんは波間に呑まれるかのようにダンジョンに取り込まれて姿を消した。
「クックック…。見たか、ベル。奴等のあの驚き様を。【ペルセウス】が好き勝手して荒立った我が気持ちも浮き立つようだ。やはり遊戯は胸がすくものでなければな。」
遊戯……か。あれだけの幻想を繰り出しておきながらダンジョンをああも操って、それを遊戯で済ますなんて。
(これだけの力を相手にして倒したペルセウスって凄かったんだな……。」
「ペルセウス?あんなもの、神に持ち上げられて吹き上がっていただけの俗物に過ぎん。貴様は笑える馬鹿だがあやつは嗤い蔑む馬鹿だ。」
「え、あっ、声に出てた?」
「ああ、ついでに言うなら地形を操るような力は私にはない。これはこの穴蔵が息づいているからだ。生きているからこそ……まあ、これは語るに及ばぬか。」
このダンジョンが生きている?確か、エイナさんがそんな噂話を話してくれたことがあったような…。
それにペルセウスが俗物?そういえばペルセウスに関して聞こうとしたことはあったけど、『語ることなどない』って突っぱねるばっかりで結局なにも教えてくれなかった。
ただ、今考えるとゴルゴーンは本当に知らないのかもしれない。ペルセウスが挑んだゴルゴーンがあの幻想の姿だとすれば、理性を感じさせないあの状態で出会った相手のことなど覚えているはずもないだろうし。
「それにしても、貴様も案外薄情だな。あやつらがダンジョンに呑み込まれたというのに心配する素振りも見せんとはな。」
「いや、呑み込んだ後何処かに吐き出したんじゃないんですか?多分、今ごろはこの領域の入り口辺りにいるんじゃないでしょうか?」
「私が奴等を殺さずに入り口までわざわざ案内したとでもいうのか?貴様はどこまで
ははは、と僕は苦笑いした。根拠があるのかといわれればない。もしかしたら本当は殺してるのかもしれない。
でも、違うと確信できた。彼女が殺していないと明確に感じた。そうでなければ僕はあのとき不死殺しの鎌を捨てていなかっただろうから。
「……む。」
「……ん?」
ゴルゴーンが何かに気づいたように顔をそちらに向けた。僕もその視線の方向に顔を向ける。
「あれは、糸?」
そこには糸玉があった。でも、それはただの糸で出来てないのが一目で分かった。その糸は細いはずなのにまるで空間に縁取り線を引いたかのようにハッキリと見えたからだ。そして、その糸玉から飛び出た糸を辿っていくとこの部屋の入り口へと続いていた。
「あやつらが落とした……いや、わざと落としていったか。……ペルセウスめ、テセウスの真似事まで始めたか。」
(テセウスに糸玉……ってこれってアリアドネの糸?)
僕は自分の知識の中から情報を引っ張り出す。英雄テセウスは怪物ミノタウロスを討伐しようとした際、迷宮で迷わないようにするためにアリアドネという女性から預かった糸玉の端を迷宮の入り口にくくりつけ、それを手繰って迷宮から帰還したと伝えられている。
………あれ?それってもしかして!!
「ゴルゴーン、あなたは糸の全てを見てテセウスの名を出したんだよね?」
「ならば何だというんだ?」
「僕はこれを頼りに地上へ帰ります。」
「ふん、私は止めはせん。そうやって意気揚々と飛び出して今まで通りモンスターに殺されてくればよかろう。」
「いや、今回は無鉄砲なんかじゃありません。必ず帰ります。」
僕はそう言ってさっき自分が投げ捨てたハルペーを拾う。あれだけ言っておきながら拾いなおすってのも格好がつかないけど贅沢は言えない。
僕が死んだときの状況を思い返すと、道に迷って疲労困憊のところをやられたり、戦闘中に武器代わりにモンスターのドロップ品である爪や牙が折れてそのまま押し負けたりがほとんどだった。今、手元には道しるべと一流冒険者でも持てないような武器があるから脱出できるはずだ。
「じゃあ、これでひとたびの別れですね。」
「そうか、ならば私が生きている中でこの名も無き島から自らの意志で生きて帰還する程度の名誉を誇るくらいは許してやろう。まあ、この島の外でくたばったら逆にお笑い話に早変わりだがな。」
「死ぬ気はないですよ。……僕の答えが完成したらあなたの元へ戻ります。また会いましょう。」
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《side:yourself》
ゴルゴーンは走り去っていくベルの背中をその姿が見えなくなるまで静かに見送った。その風景は偶然にも振り向くことなく去っていくゴルゴーンとその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていたベルの対比を思い起こさせるものだった。ただ一つ、5階層でのそれと異なるのは去る者と見つめる者とが逆転していることだった。
「『答えが完成したら』か。まったく、あいつは私の口癖を馬鹿げているにするつもりか。」
彼女は静かにそう呟く。彼が語った"倒す方法"を推測し、笑みが込み上げていた。
彼が言葉を選びながら話しているのは何となく察しがついていた。彼は決着をつけるという言葉を用いていた。これ自体に関しては不自然なことではないが、彼が"馬鹿げている考えを秘めている"と前置きがあれば話は変わってくる。つまり、彼は"ゴルゴーンを倒す"という意味で決着をつけるつもりがないということだ。
━━━まったく、私は奇怪な出会いに縁がある。
彼女の記憶に焼き付くのはいつでも人智の及ばぬ英雄豪傑でもなく人智の通用せぬ悪鬼羅刹でもなく、単なる人間だった。
━━━試練も苦難も無く神から数多の品々を賜り、自らの首を刈ったペルセウス。
━━━怪物である自らを呆気なく信じ、自分と自分の隣の者が生きるために戦いぬいたカルデアのマスター。
━━━そして、英雄を目指しながらも怪物と人間の狭間で足掻き闘うベル・クラネル。
そう物思いに耽りつつ、脱出を目指してダンジョンを突き進むベルを観る。自らの魔眼を拡大投射したこの空間は言うなれば彼女の眼球内に等しく、結界内の様子を中継を繋ぐように観ることができる。そして、それに映るベルの姿を見つつ怪物は語る。
「待っているぞ、ベル・クラネル。貴様という
約半月の時間を費やしたくせに大して面白みもないような気がしますが、ご了承を。
不死殺しの鎌とハルペーで二種類の名称をごっちゃに書いてるのですが、面倒くさくなって放置してます。ただ、どちらかに統一するべきだとのご意見が複数有れば修正します。
書いていてベルの性格が違う感じがして筆を止め、原作と乖離したことやってんだから性格が変わって当たり前だよなと気づき筆を進めてはいますが、やっぱり気になるんですよね。
今更ながらコメディが難しいサーヴァントをチョイスしたことを後悔しています。どんどんシリアスが剥離していく……。
人物調の文章がムズい。なるべく地の文調を出さないように気を付けてはいるのですが。
誤字脱字報告ありがとうございます。いつも助かって射ます。
後1、2話でアヴェンジャー編も完結です。また作中時間が大きく飛ぶ予定です。
次回も2週間ほどお待ちください。更新できない場合にはこの後書き欄で進捗状況を兼ねた生存報告を行う予定です。
(11/4 追記)
情けないことに一時的にスランプに陥りました。現在は抜け出せているのですが、更に一週間ほどお時間をいただきます。ご了承ください。