「……デミウルゴス。確か巻物には羊皮紙を使っているんだったな?あぁ、此方では『聖王国両脚羊』だったか?」
ウルベルトが食後の紅茶を飲みながら優雅にそう訊けば、すぐ傍で控えていた最上位悪魔であるデミウルゴスは薄く笑みを浮かべながら口を開く。
「はい、仰る通りでございます。何か巻物に不具合でも出たのでしょうか?」
小首を傾げながらそうウルベルトに問い掛けるデミウルゴスを見て、ウルベルトは僅かに首を左右に振る。
「いや、そういう事ではなくてな。……私たち悪魔にとっては、人間の皮を利用する事は何ら問題の無い行為であるが……モモンガさんにとってはそうではないようでな」
ウルベルトがそう言って一度言葉を止めれば、それだけでデミウルゴスは主が言いたいことを察して、小さく尻尾を左右に振った。
「……なるほど。そういう訳ですか。でしたら、処分致しましょうか?今は皮を剥いでから再生させて活用しておりましたが……死んでから剥いでも生きながら剥いでも、皮の品質には代わりはありませんし。今度皮を剥いだ時にでも、全てを無かったことに致しましょうか?」
酷く酷薄な笑みを浮かべながら、悪魔はそう主の意志を確認する。
「そうだな。全てがモモンガさんに露見する前に消してしまえば……始めから無かった事と同じだろうしな。あと……確かお前は交配実験も行っていたな?それにも両脚羊を使っているのか?」
テーブルの上に肘をつき、両手を組みつつウルベルトがそう訊くと、デミウルゴスは空になったティーカップに新しい紅茶を注ぎつつ答える。
「えぇ、人型の亜人種との交配を試すのに丁度良いサイズですので。それに、一応はそれ以外の亜人種とも交われるので……とても便利なのですよ、『聖王国両脚羊』は。ですが……此方も中止した方がよろしいですか?」
話の流れから、ウルベルトが言わんとする事を察し、そう訊ねる最上位悪魔にその主である悪魔の支配者は悪魔らしい邪悪な笑みを浮かべて答える。悪魔であるが故に生えている犬歯を見せ付けるように。
「話が早くて助かる。……モモンガさんはお前も知っている通り、慈悲深いヒトだからな、罪人以外を活用することを決して許しはしないだろう。だから、な?優秀なお前なら解るだろう、デミウルゴス?」
主の問い掛けに小さく頷くと、デミウルゴスは笑んだまま口を開く。
「はい、ウルベルト様。罪人でありさえすれば……両脚羊を活用しても問題無いのですね?」
その回答に、彼の創造主であるウルベルトは、眼鏡の下の宝石の瞳を輝かせながらそう言葉を発した自身の創造物を満足げに見つめた。
「その通りだ。……あぁ、それと、今後は『両脚羊』という呼び方は禁止だ。ちゃんと『人間』と呼ぶようにな。どうやらモモンガさんは、『聖王国両脚羊』を現地のキメラだと勘違いしているようだからな。両脚羊と呼ぶことで現在の”牧場”と”交配実験場”の実体がバレる可能性があるからな」
二杯目の紅茶を楽しみつつウルベルトがそう言うと、デミウルゴスは深々と一礼する。
「畏まりました。では、現在所持している『聖王国両脚羊』は全て処分し……牧場には本物の羊皮紙用に羊を放ちましょう。また、交配実験にはモモンガ様が罪人であると認めた者だけを使用することと致します。如何でしょう、ウルベルト様?」
デミウルゴスの提案に、ウルベルトは満足げに頷く。
「そうだな。ではその様に手配してくれ。早急にな。……それと。私たち悪魔は嘘が吐けないのだから……万が一にもモモンガさんに気付かれるような事はあってはならない。彼に真偽を問われたら、私もお前も偽りを口に出来ないのだからな。その事も理解しているな?デミウルゴス」
ゆっくりとティーカップをテーブルに戻しながらウルベルトがそう言えば、デミウルゴスは神妙な顔で頷く。
「勿論でございます。……では、万が一の際は偽り以外の言葉で弁明する事に致しましょう」
優雅に、それでいて邪悪に微笑む最上位悪魔を、悪魔の支配者は愉しげに見つめていた。彼のその言葉が、己が特性を良く理解しているが故の言葉だと理解していたから。
「あぁ……そうだな。私でもそうするだろう。流石私が創造した最上位悪魔だ。自身を良く理解しているな、デミウルゴス」
ウルベルトはそう自身のNPC褒めると、どこからか聞こえた風切り音の方に視線を移動させた。すると、ウルベルトの言葉が余程嬉しかったのか、デミウルゴスの尻尾がブンブンと大きく振られていたのが見えた。そんな様子に、ウルベルトは思わず吹き出していた。
「お前……其れ、他の奴を前にした時はするなよ?感情が丸解りの悪魔など……最上位悪魔とは言えないからな。私は忠実な犬のようでとても可愛らしいと思うが、他者の目もある」
笑いながらそう言うと、デミウルゴスは困惑したような表情でウルベルトを見る。
「其れ、と申しますと……?」
そんなデミウルゴスに、ウルベルトの笑みはより深くなる。
「何だ、気付いていないのか?尻尾が雄弁にお前の内心を私に知らしめてくれていたと言うのに」
その言葉に、デミウルゴスの表情は恥じ入るようなものに変わる。
「か、畏まりました。以降ウルベルト様の御前以外では、尻尾の先までの挙動にも気を配るように致します」
慌ててそう言いながら、デミウルゴスは深々と一礼した。
「そうだな、そうしてくれ。皆に恐れられる存在である筈のお前が可愛いらしいなどと周囲に知られたなら、悪魔が恐ろしい存在だと思う者が減ってしまうかもしれないからな。ナザリック以外の者たちには、抑止力として働くのが私たち悪魔なのだから。私たちが恐ろしい存在であればある程、モモンガさんの慈悲深さが際立つことだろう。……まぁ、大っぴらに繋がりがある事は知られてはならないのだが」
動揺しまくっているデミウルゴスを、ウルベルトは愉しげに見つめている。
「仮にもお前は”魔皇ヤルダバオト”なのだから、もっと余裕を持って優雅に振る舞え。人間共にとって、”魔皇ヤルダバオト”は悪魔の頂点たる存在なのだからな」
ギラリと煌めく瞳でデミウルゴス見据えると、もうすっかりといつもの様子に戻った彼は余裕のある笑みを浮かべながら答える。
「理解しております。下等な人間風情に真の支配者で在らせられるウルベルト様の存在を知られるなど、あってはならない事ですので」
デミウルゴスのその言葉に、ウルベルトは深く頷くと嗤いながら口を開く。
「あぁ、そうだ。人間共は全てナザリックの……モモンガさんの掌の上で踊っていれば良い。私たちはその助けをするだけだ。まぁ、人間以外の全ての種族も同様だがな」
「仰る通りでございます。ナザリックこそが唯一にして至高!他の者共はその全てがナザリックの為に存在していると言っても過言ではありません!!」
珍しくそう力説するデミウルゴスをウルベルトは穏やかな瞳で見つめる。まるで親が子供の成長を見守っているかのようなその瞳は、自身が創造したNPCにのみ注がれるもので、ギルドメンバーに向ける友好的な視線とも違っていた。
「お前の言うとおりだ。……一部のギルメンはまだ帰還を望んでいるようだが、直に皆堕ちる。あのたっちさんでさえ、抗うことは難しいだろうからな……。全く、本能とは恐ろしいものだな」
そう、この場には居ないたっち・みーを嗤いながら、ウルベルトは愉しそうにデミウルゴスに語りかける。
「さぁ、その日が来るまで暗躍を続けるか。そうすれば、もっと愉しいことも出来るだろう」
「はい、ウルベルト様。その日の為に全身全霊を以て望ませて頂きます」
再び悪魔らしい笑みを浮かべながらそう言う悪魔の支配者に、最上位悪魔は嬉々として跪き、改めてその忠心を示したのだった。
END