黒山羊さんの日常   作:赤紫蘇 紫

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ウルベルトさんとたっちさんの意見の対立についてのお話。たっちさんは兜を脱いでいるものだと思って下さい。


衝突【ウルベルト&たっち・みー】

「ウルベルトさん!貴方、何を言っているのか分かってるんですか!?」

 ……あぁ、またか。マジでうぜぇ。此奴は俺のやる事なす事全部に反対しやがる。本当に、腹が立つ。モモンガさんさえ悲しまないのなら消しちまっても構わねぇんだが。

 いきなりヒトの部屋に来たと思ったら、開口一番これだ。マジ、招かざる客過ぎる。

「解ってますよ。……たっちさん。貴方こそ何を言ってるんです?今更じゃないですか」

 俺たちは異形種だけの集まりだ。偏見や敵意には敏感で無ければならない。……なのに、此奴は。まだあっちの世界の常識で生きているらしい。

「今更!?まさか、ウルベルトさん貴方……!」

 動揺したようにそう言うたっちさんは、本当に何にも気付いていなかったんだろう。……まったく、嗤える。あっちの世界に戻りたいからって、周囲の事を見なさすぎだ。

「そうですよ?ナザリックの……ひいてはモモンガさんの敵を事前に排除した。ただ、それだけの事なのに。貴方こそ、何をそんなに怒っているんですか?」

 愛用のソファに座ってたっちさんの話を聞いていた俺は、脚を組み替えながら真っ直ぐに彼を見る。

「……人を……殺めるだなんて、そんなの……」

「人、って。たっちさんは何処までを人に含めてるんです?蜥蜴人とかも人ですか?」

 たっちさんの質問には一切答えずにそう訊けば、感情も露わにして叫ぶ。……いい歳したおっさんが感情的になってるのなんて、滑稽でしか無い。思わず嗤ってしまいそうになるが、必死に堪える。

「全て、ですよ!!なのに、貴方はその全ての人々を……!!」

 血を吐くようなたっちさんの叫びが、甘美な響きを持って耳朶に触れる。その刹那が、なんと心地良い事か!今までたっちさんの声は耳障りだとしか思っていなかったのに。

「全てを、じゃないですよ?一部は管理して繁殖させてますし……ナザリックに有益な者は生かしてます。資源は限られてるんですから、有効活用しないと、でしょう?」

 敢えて悪魔らしい笑みを浮かべながらそう言うと、たっちさんは俺の胸ぐらを掴む。と、途端に俺の背後で控えていたデミウルゴスから抑えきれない殺気が漏れる。

「まぁ、待て。たっちさんだって心得てるさ。……でしょう?たっちさん」

「……そんなの……。貴方が最も嫌っていた、支配者階層の奴らと同じじゃないですか……!」

 悲痛な叫び。何かに絶望したかのような。そんな彼の表情も、最高に俺を愉しませてくれる。

「全然、違いますよ。我欲で同族から搾取する程、俺は終わってませんし。……ひょっとして、たっちさん……彼奴らを俺らと同じだと思ってます?」

 口元に笑みを湛えたままそう訊いてやると、俺を掴み上げている手の力が強まる。

「たっち・みー様。それ以上は」

 それに反応して、デミウルゴスが声を上げた。その事で冷静になったのか、たっちさんは俺を掴んでいた手を離す。

「……。思ってますよ。彼らには知性があり、対話が出来る。なら、分かり合える筈なんです……!」

「また、綺麗事を。じゃあ、何でリアルでは対話が出来ていたはずの奴らが戦争なんてしてたんですか?それこそ、上の奴らだけが旨い汁を吸うような世界だったじゃないですか。同族相手に、散々えげつない事をしてたのを、たっちさんだってご存じだったでしょう?……それこそ、誰よりも、ね」

 そう、事実を突きつけてやれば、たっちさんの貌が歪む。彼は明らかに体制側の人間だったから。一応は一般人だった俺よりは、余っ程深い闇を見てきている筈だ。……思っていた通りの反応だ。

「それは……!でも、今なら……今だからこそ、出来る筈なんです!だから、」

 動揺を見せているたっちさんの言葉に重ねるように、口を開く。

「だから?モモンガさんに害なす奴らを生かしておけ、と?」

「……ッ……!」

 俺の言葉に、たっちさんは口を噤んだ。だが、次の瞬間、俺を睨み付けながら再び口を開く。

「……十万の人命と、モモンガさん一人の命を、秤にかけろと?」

「俺からしたら、秤にかけるまでも無いんですけどね。なァ、デミウルゴス?」

「勿論でございます。いと尊き御方で在らせられるモモンガ様と、ナザリックに仇なす輩共の命。比べるまでもございません」

 俺の言葉に、デミウルゴスは大きく頷いて優雅に一礼して見せる。……相当、たっちさんの言動に苛ついていたらしい。尻尾がさっきまでは小刻みに震えていたけれど、今は嬉しげに大きく左右に揺れている。

「ウルベルトさんも……デミウルゴスと同じ考えなんですか?」

 怒りに満ちた瞳が、俺を射貫く。……本当に、愚かな問いだ。俺の答えなんて、訊かなくても解っている癖に。認めたくないんだろう、きっと。嘗ての仲間がそんな考えを持っているだなんて。

「当たり前でしょう?親友のモモンガさんと、見ず知らずの……しかも此方に敵意を向けてくる相手ですよ?その数が十万だろうが百万だろうが同じ事です」

 何故そんな愚かなことを訊くのか、と言外に滲ませてそう答えると、たっちさんは怒りを湛えたままの瞳を俺に向ける。

「ウルベルトさん、貴方は……!」

「……たっちさん。貴方の正義感は、美徳であるのかもしれません。けれど……自身の親友と赤の他人の命を比べるのは、どうかと思いますよ?置き換えてみて下さいよ。貴方の妻子と、赤の他人の命。貴方にとって、どっちが大切なんですか……?」

 にやり、と嗤ってそう訊くと、解り易く動揺する。

「そんなの……!」

「貴方は、自身の正義感を信じて、御自身の家族を見殺しにするヒトですか?それとも……数多の無辜の民の命を見捨てて、家族を救うヒトですか?俺は、そう訊いてるんですよ。貴方にとっての家族と、俺にとってのモモンガさんは、同じ様に大切だ……と言えば、伝わりますかね……?」

 即答出来なかった彼に、重ねてそう言えば。たっちさんは拳を握り締め、視線を地に落として唇を噛みしめている。

「……」

「さて。たっちさん。此所迄聞いた上で。貴方なら、どうするのかを答えて下さい。家族と他人の命、どっちを優先するんですか……?」

「わ、私、は……」

 まだ往生際が悪く言い淀んでいるたっちさん。心の中では、もう答えは決めている癖に。

「家族を、見捨てますか?」

 そう、敢えて逆の答えを口にすると。

「違うっ!そんな事、出来る訳が無い……!!」

「では、他人を殺しますか?」

 間髪入れず訊くと、また口を閉ざす。……マジで、腹が立つ。この偽善者が。

「……別に、貴方に手を汚せなんて言っていませんよ。ただ、邪魔だけはして欲しくないってだけなんです。たっちさんは俺よりも大人なのに、ハッキリ言って貰いたいんですか?"モモンガさんの邪魔だけはするんじゃねぇよ"って」

 素の言葉の所だけドスを効かせてそう言えば、たっちさんは狼狽して見せた。

「そんな……私は、そんなつもりは……!」

「無自覚ですか?だったら、より質が悪いですよ。自覚があるんだったらまだ直しようがあるんですけどね……」

 嘲るようにそう言ってやると、たっちさんが握っていた拳が小さく震えた。

「アンタが無自覚にあっちの倫理観を持ち込んで揉め事を起こす、って言うんなら。俺はどんな手段を使ってでもアンタを排除するつもりだ。……此所迄言ってやるのは、アンタが仲間だからですよ。最後の優しさ、って奴です。理解、してますか?」

 取り繕うのを止めてそう言えば、たっちさんは苦しげに口を開いた。

「……分かり、ました。ただ、無益な殺生だけは……!」

 縋るようにそう言うたっちさんに、俺は嗤いながら答える。

「そんな無駄なこと、する訳無いでしょう?モモンガさんの益にならないような殺生なんて、ね」

 まぁ、益になれば幾らだって殺すけれど。それは口にはしない。態々此奴に腹の内を見せてやる必要なんざ此れっぽっちも無いんだから。ただでさえ嘘を吐けないというデメリットを抱えているのだから……上手く立ち回らないといけない。

「まァ、アンタはそうやって精々足掻いていればいい。俺の邪魔さえしなければ、自由にやってくれて構いませんから」

 まだ帰還を諦めていない、哀れな男。そんな奴と、此方で生を謳歌している俺たち。どちらが幸せか、なんて問われるまでも無いだろう?

 俺はソファから立ち上がり、たっちさんに近付くとその耳元で囁く。

「……とっとと、堕ちちまえよ。そうしたら、楽になれる」

「ウルベルトさん、貴方ってヒトは……!」

 俺の言葉に激高した彼から距離を取り、再びソファに腰掛ける。

「用事はそれだけですか?でしたらお引き取り願いたいんですけどね。……デミウルゴス、たっちさんがお帰りだ」

「畏まりました。……たっち・みー様。此方へどうぞ」

 俺の言葉に、一歩下がったところで控えていたデミウルゴスはたっちさんを出口へと誘導する。惚れ惚れとする程の作り笑顔を浮かべて。その、余りにも完璧な所作に、元々育ちが良い彼奴は抵抗することも出来ずにデミウルゴスの誘導するがままに扉へと向かわされた。

「ウルベルトさん……!」

「おやすみなさい、たっちさん。俺ももう寝ますので。……続きがあるのでしたら、もう少し要点を纏めてからどうぞ」

 満面の笑みを浮かべて、付け入る隙を与えずにそう言えば、間髪入れずデミウルゴスは扉を閉じた。その刹那の、動揺しきった表情に嗤いが止まらない。

「……よくやった、デミウルゴス。最高だったな、たっちさんのあの貌……!」

 俺は嗤いながらそう言うと、明日以降起こるであろう問題について思考を巡らせ始めたのだった。

 

END

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