出店を指揮するリーダーの艦娘として選ばれたのは、演習での失敗や実戦経験の無さから、自分に自信を持てなくなった航空母艦、瑞鳳。
最初は今までの失敗を引きずり、行動できない瑞鳳だったが…
プロローグ
日本の首都にほど近いとある港町…
都市部から少し離れると、海に面してクレーンが立ち並び、レンガ造りの建物が広がる…
その場所は、鎮守府と呼ばれていた。
その鎮守府に一人、思いつめた顔をしながら歩く少女がいた。
緑の和服に身を包み、頭に鉢巻を巻いた少女。
彼女の名前は、瑞鳳。
指令
「提督からの呼び出し…どうして…」
瑞鳳は提督室へ歩きながら考える。
「やっぱり、昨日の演習のことかな?私失敗しちゃったし…」
私が艦載機を出すのに手間取ったから、他のみんなが攻撃を受けて、私も…
その時の事を思い出し、涙が出そうになる。
祥鳳姉さんは慰めてくれたけど、絶対みんな私のこと恨んでるよね…
いつもこんなだから、一回も出撃できないんだ。
足取りがどんどん重くなる。
階段を上り、廊下を右。突き当たりの木造の古いドア。
「提督、怒ってるよね…」
深呼吸して、ノックをする。
「航空母艦瑞鳳、入ります」
驚いたことに、他にも呼び出された艦娘がいるらしい。
戦艦の人だ。たしか、榛名さんだったっけ。
提督は私を見て、少し微笑んで言った。
「瑞鳳、昨日の演習の事は聞いた。でも私は怒ってなどいないよ」
その一言を聞いた瞬間、緊張が一気に解けた。でも同時に、疑問が生まれる。
なぜ私は呼び出されたのか。
その心の声を聞いたかのように提督は話し始めた。
「この街で一週間後、祭りが行われるのは知っているかい?」
私は首を横に振る。そんな事、初めて聞いた。
「瑞鳳はこの鎮守府に来てからまだ一ヶ月だから知らないだろうが、とても大規模な祭りだ。そうだろう?榛名」
「はい!私もお姉さま達と毎年行くのですが、賑やかで楽しいです!」と目を輝かせて話す榛名さん。
「その祭りに今回この鎮守府も参加することにした。目的としては、艦娘という存在を知ってもらい、親しみを持ってもらうことだ。祭りの間艦娘達がお店を出店する」
なるほど。たしかに艦娘は一般人の目に付く機会がほとんどないため、このような祭りは絶好の機会なのだろう。
「そこで、祭り参加を指揮するリーダーを…」
なぜか提督がこっちを見た。
「瑞鳳、お前に任せる」
一瞬、頭の中がからっぽになった。 なんで?私?どうして?
無意識に声が出る。
「な、なんで私なんですか」
「お前の才能を見込んでのことだ。正直私はお前に特別期待している。それに、他の艦娘と親睦を深めるいい機会だ」
こんな私に期待?訳が分からない。
「でも一人じゃ難しいだろうからサポート役を榛名、お前が頼む」
「はい!榛名、頑張ります!」
放心状態の私をよそに、提督は満足そうに頷いた。
「すまないが、上の許可を取るのに時間が掛かってしまった。一週間という短い期間だが、頑張って欲しい」
そう言って提督は机の上にあった書類の山の中から一枚の紙を取り出し私に渡した。
「店の出店場所はここだ。今日にでも下見に行くといい」
「わ、分かりました…」
かろうじて声がでる。
「それでは一週間後、期待しているよ。では、解散!」
決意
「私なんかがやっても絶対失敗する…親睦を深めるどころか、逆に嫌われちゃうよぉ」
長い廊下を歩きながら考えていると、突然後ろから肩を叩かれた。
驚いて飛び上がりそうになる。後ろを見ると、榛名さんだった。
「瑞鳳さん、一緒に頑張りましょうね!」
明るい笑顔だ。祥鳳姉さんに似てる。
「よろしく…お願いします」
上手く声が出せない。
「私なんかがリーダーって、大丈夫ですか?」
聞いてみたけど、大丈夫じゃないよね。
「はい!榛名は大丈夫…いや、みんな瑞鳳さんを信頼してくれると思いますよ。提督は瑞鳳さんに期待している、って言っていましたし」
「うぅ…そうかなぁ」
「始める前から悩んでいても仕方ないですよ。まずは下見に行きましょう?」
榛名さんに連れられて、鎮守府の外へ出る。
店の場所は鎮守府から歩いて10分ほどらしい。
歩きながら榛名さんが聞いてきた。
「瑞鳳さんは、なんのお店をやりたいと思っているんですか?」
答えに戸惑う。
「まだ場所を確認していないのでなんとも…榛名さんは?」
「そうですね、私もまだ決まっていませんね…でも、どんなお店でも絶対に成功させてみます!」
やる気満々の榛名さん。私は思い切って聞いてみた。
「榛名さんは、どうしてそんなにやる気があるんですか?」
「え?」
「今回の祭りの事です。提督にいきなり言われたのに…」
「やる気があるというよりは…ただ榛名は楽しそうだと思っただけです」
「…榛名さんは、強いんですね」
「強い?私が…ですか?」
驚いた顔をする榛名さん。
私は続ける。
「私のように、失敗した時の事とか考えないで、純粋な自分の気持ちで物事に取り組める…そんな榛名さんは、強いです」
榛名さんは、少し俯いた。
「榛名は…強くなんかありません」
「……」
「榛名には、姉がいます。知っていますか?」
前に見たことがある。名前は確か…
「比叡さんと、霧島さんでしたよね」
「はい。でも私にはもう一人、姉がいるのです」
4姉妹だったなんて…知らなかった。
「金剛お姉さま。瑞鳳さんが鎮守府に来る前にいました」
いました…過去形に引っかかる。
「金剛お姉さまはいつも明るくて、私達妹のことを気にかけてくれる…そんな人です」
榛名さんは、少し懐かしむように遠くを見つめた。
「私も鎮守府に来た当初は失敗する事が怖くて、なにもできませんでした…そんな時、金剛お姉さまはそんな私に、こう言ったんです」
榛名さんは、ゆっくりと私を見た。
「いつもの日常もいつか終わりが来る。だから、その時後悔しないように今、楽しもう。と」
「……」
「私は最初、なぜこのような事を言われたのか分かりませんでした。分かったのは、その次の日でした…」
「何が…あったんですか?」
「朝起きると、金剛お姉さまの姿はなかったのです。その後提督から聞かされたのですが、遠い基地の艦隊に所属したそうです。お姉さまはその事を今まで私達に言わないように、提督に頼んでいたと…」
「そんな事が…」
「その時になって、お姉さまに言われた言葉の意味に気づきました。そして同時に、決意をしたんです」
「決意?」
「はい。失敗なんか気にせず、自分に正直に生きてみようって。そしていつかお姉さまと再会した時に、変わった自分を褒めてもらおうって」
「自分に…正直に?」
榛名は頷いた。
「残念ながら、艦娘の命は儚いものです。いつ消えるかも分からない…でも、一生を終える時に後悔が多いのは嫌じゃないですか。だから今できる事を、精一杯やるのです。だから瑞鳳さんも…」
私の手を握り、真っ直ぐ見つめられる。
「失敗を恐れないで、色んなことに挑戦してみてください!いくら失敗しても、大事なのは自分がどれだけ頑張ったかです!今回のお祭りを成功させて、自分を変えてみましょう!」
榛名さんに言われて、気持ちが吹っ切れた。
「分かりました!私、頑張ってみます!」
今私は今までで一番いい笑顔をしていると思う。
「さぁ、お店の場所までもう少しです!走っていきましょう!」
「はい!」
私は榛名さんに負けじと走り出す。だいぶ足取りは軽くなっていた。
計画
お店の場所は、公園の中にあるらしい。
公園といっても、かなり広い。一週間前ということもあって、他のお店もかなり出来上がっている。
艦娘の出店場所は、公園の広場のほぼ真ん中。周りのお店が綺麗な装飾をされているのに対し、私達のお店はまだただのプレハブ小屋だった。
「あと一週間ですけど、大丈夫ですかね…」
「これはかなり急ピッチで進めないといけませんね」
さすがの榛名さんも困っているみたい。
中に入ってみる。
「意外と広いですねぇ」
先に入っていた榛名さんが嬉しそうな声をあげる。
「瑞鳳さん!台所ありますよ!」
「本当ですか!」
慌てて駆け寄る。そこには、本格的とはいえないがしっかりとした台所があった。
「これなら料理もできそうですね!といっても私はカレーぐらいしか作れませんが…瑞鳳さんは?」
「私は料理、結構する方だと思います。祥鳳姉さんに卵焼きをよく作るんですけど、いつも美味しいって言ってくれて…」
思わず顔がにやけてしまう。私の顔を見て榛名さんが笑った。
「これはもう…決まりですね!」
「え?決まりって、何がですか?」
「お店ですよ!なんのお店をやるかです!レストラン、やりましょうよ!」
「レストラン…」
「瑞鳳さんの作ったご飯を皆に食べてもらいましょうよ!」
私の作ったご飯を…楽しそう。
でも、と言いかけてやめる。失敗は恐れちゃだめなんだよね。私、やってみよう!
「わ、私もレストラン、賛成です!やりましょう!」
榛名さんは嬉しそうに頷いた。
「最高のレストラン、作りましょうね!」
「はい!」
私達は一度鎮守府に戻り、具体的な計画を立てる事にした。
鎮守府の食堂。夕食時も過ぎたせいか、人はまばらだ。
「なにからやりましょうか…」
お茶をすすりながら聞いてみる。
「えっと…やっぱりまずは一緒に手伝ってくれる人を探さないといけないと思います」
「あっ…そうですよね」
確かにそうだよね…でも私、この鎮守府の艦娘はよく知らないしな…
榛名さんに助けを求めて口を開こうとした…が。
「もしもーし、ちょっといい?」
横から声を掛けられる。
見ると、そこには駆逐艦の子がいた。この制服は確か…夕雲型?
「十駆の秋雲ですー!なにやらレストラン作りで困っているみたいですね?」
「えっと、どうしてそれを?」
「駆逐艦っていうのは噂話が大好きなんですよー。それだけに情報が伝わるのも早くてねー」
そうなんだ…気をつけておこう。
「それで、秋雲ちゃんはどうしたの?」
「いやー私も最近暇でね。レストラン作り手伝うのもいいかなって。得意のイラストで看板、描いちゃうよー」
「本当に?頼んでもいい?」
「さっそくイラスト発注ですか?この秋雲さんにまかせなさーい!」
どこかからスケッチブックを取り出し榛名さんと打ち合わせを始める。
どんどん話が進んでいく。凄い。
「瑞鳳さんも、イラスト考えましょう!」
榛名さんに言われ、私も打ち合わせに参加する。
なんとなく、レストラン作りが成功するような気がしてきた。
準備
情報が伝わるのが早いという秋雲の言葉は本当だったようで、その後も手伝いを申し出てくれる艦娘は続々と増えていく。
私も人に指示を出すのは苦手だったけど、頑張った…と思う。
「吹雪ちゃん、その荷物はこっちに運んでね」
「はい!分かりました!」
「夕張さん、ドアの立て付けが悪いみたいだから見てくれる?」
「了解です!とことんこだわっちゃいますよー」
みんな私の指示に従ってくれる。少し信頼されているみたいで嬉しくなった。
「段々リーダーらしくなってきましたね」
榛名さんが話しかけてくる。
「そんなことないですよ…皆さんが頑張ってくれているだけです」
そうは言いながらも、自分でもちょっと自信がついてきたと思う。
「さぁ、祭りまであと少しです。榛名さんも飾りつけ、頑張ってくださいね!」
「了解しました!リーダーさん!」
榛名さんはそう言って店の奥へ。
私も作業を続ける。
少しずつだけど、着実に準備は進んでいく。
そして迎えた、祭り前日…
「できた…間に合った…」
始める前はただの小屋だったのに、今は立派なレストランになっていた。
手伝ってくれたみんなの前に立つ。横には榛名さん。
「みなさんのおかげでレストランを完成させる事ができました!本当にありがとう!そして、いよいよ明日は開店の日です。絶対に成功させましょう!」
「おー!!」
みんなが鎮守府に帰った後、最終の確認をする。
「ここも問題なしっと…あとは大丈夫かな」
帰ろうとした時、ベルを鳴らしながらドアが開く。
「えっと、誰ですか…ってじ、神通さん?」
神通さん。最強の水雷戦隊を率いる鎮守府のエースの一人。私の憧れの人。
「瑞鳳さん、素敵なレストランを作りましたね」
私に向かって微笑んでくれる。
「いや、私はなにも…」
「榛名さんに聞きましたよ。立派に指示を出していたそうじゃないですか」
「えへへ…そう、ですか?」
神通さんに言われると照れてしまう。
「明日のお祭り、楽しみにしていますよ」
「はい!ぜひ来てくださいね!」
神通さんと一緒に店を出る。
お店の前で、わたしは思いきって聞いてみる。私の悩み。
「あの…神通さん」
「はい?」
「私は、強くなりたいです!でも、全然上手くいかなくて…前の演習でも失敗しちゃったんです」
「…」
「どうして、神通さんはそんなに強くいられるんですか?」
神通さんはしばらく黙っていたが、ゆっくりと話し始める。
「守りたい…からです」
「私はただ、大切なものを守りたいだけです。守るべきものがあると、強くなれるのだと思います」
「大切なもの?それってなん…」
「神通!那珂のリハーサル、始まっちゃうよー!」
私の声は、誰かの声にかき消された。
「姉さん、今行きます!」
神通さんは私に一礼をすると、声のした方へ走っていった。
その背中を見つめながら、私は考える。
神通さんの大切なものは、聞かなくても分かった。
「私もいつか、見つけられるのかな…」
そう言いながら、私は鎮守府へ歩き出す。
開店
「いらっしゃいませ!鎮守府レストランへ、ようこそ!」
祭り当日。私達のレストランは、大繁盛だった。
ウエイターの人も、私を含む調理担当の人もみんな休む間もなく働いていた。
「瑞鳳さん、卵焼き焼いてください!あと響ちゃんボルシチお願い!」
ウエイターから指示される注文は途切れることがなかった。
そしてお昼を過ぎてしばらくした頃…
「はぁ、疲れたよぉ…」
お客さんも段々と少なくなり、ようやく休む余裕も出てきた。
「しばらく外で休んではどうですか?開店からずっと働きっぱなしですよ」
「分かりました。すぐ戻ってきますね」
同じ調理担当の鳳翔さんに勧められて店の外へ出る。
ピークを過ぎたとはいえ、祭りに参加している人はまだまだ多く、賑わいがある。
ふとその人だかりに目をやると、一人の子供がいるのを見つける。
辺りを見回しながら同じところを行ったり来たりしている。
「迷子…かな」
近くによってみる。小学生ぐらいの女の子だった。
「きみ…大丈夫?」
しゃがんで声を掛けてみる。
女の子はこっちを見て、泣きそうな顔で言った。
「…おかあさんが…いないの…」
なるほど…やっぱりね。 でも、どうしよう。
「とりあえず、座れるところに行こうか」
女の子の手を取ってレストランへ。
「心配しなくて大丈夫だよ。ここで待っててね」
女の子は小さく頷いた。
榛名さんに声を掛ける。
「この子、迷子みたいなんです。本部にアナウンスをお願いしてきてくれませんか?」
「分かりました。早く見つかるといいですね…」
榛名さんはそう言って店の外へ。
お腹、空いてるかな…なにか作ってあげよう。
厨房でしばらく料理をする。作ったのは、オムライス。
「お腹空いてるかな?作ったんだけど…食べる?」
女の子はスプーンを取って、静かに食べ始める。
半分ほど食べると、女の子の顔は嬉しそうな表情に変わった。
「おねえさん…これ、おいしい!」
「本当?よかった!」
「おねえさんは、ごはんをつくるしごとをしてるの?」
予想化の質問に戸惑う。
「今日は特別にご飯を作っているの。私は艦娘だから…」
「かんむす…?それってなぁに?」
「うーん…悪いものと戦って海を守る仕事、かなぁ」
「おねえさんって、すごいんだね!」
「えっ?」
「だって、うみをまもってるんでしょ!わたしもおねえさんみたいに強くなりたい!」
「…君は強くなりたいの?」
女の子は大きく頷いた。
「わたし、わたしね!強くなって、おかあさんをまもりたいの!」
「お母さんを…優しいだね」
女の子は照れたように笑う。
それに対して私は…
まだ守るものが見つからない。
海?平和?ううん。それだけじゃない。
私自身を強くさせる、守るべきもの…
しばらく考えて、気づいた。
守るべきものは、目の前にあるじゃない!
女の子の目を見て、言う。
「私、頑張ってもっと強くなる!もっともっと努力して、立派な艦娘になる!」
女の子は驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔になった。
「おねえさん、がんばれ!わたしもがんばるから!」
「うん!」
それからしばらくして、女の子の母親が来た。
帰り際、ドアが閉まる直前に女の子は私に向かって言った。
「おねえさん!ありがとう!」
私は何も言わず、笑顔で手を振っていた。
その後、お祭りは無事終了。
私達の鎮守府レストランは、大成功だった!
エンディング
私は提督室へ向かう。足取りは軽い。
階段を上り、廊下を右。突き当りの古いドア。
ノックをして、ドアを開ける…
「今回の祭りではよくやってくれたね。やはり私の期待は間違ってなかったようだ」
「えへへ…ありがとうございます!」
提督は嬉しそうに頷く。
「瑞鳳も祭りの前と比べて良い意味で変わってきたな」
「はい!今回のお祭りは自分にとってとても良い経験になりました!」
「そうか。それは良かった…」
提督は相変わらず散らかっている書類の山から一枚の紙を取り出して、私に渡した。
「次の指令だ。瑞鳳、君は現在作戦中の北方海域において機動部隊に参加し、敵艦隊を撃滅して欲しい」
一瞬、驚いた。でもすぐに落ち着く。
もう今までの私じゃない。
私の大切なものを守るため…
この国には、あんなに素敵な笑顔がある。
私はあの子と約束したんだ。
私は提督に向かって笑顔で敬礼する。
「航空母艦、瑞鳳!抜錨しちゃいます!」
終わり
嫁艦の瑞鳳がメインのものを自分で作りたかったので、短編の小説を書きました。
今の瑞鳳の性格がどのような経緯で生まれたのかな、と考えてこのようなお話になりました。
初めての体験でしたが、とっても楽しかったです。
ピクシブにも同じものを投稿しています。