エ・ランテルの旧都市長の屋敷、今やこの街やその周辺を支配するアインズ・ウール・ゴウン魔導国の王、アインズことモモンガは彼の執務室となっている部屋にいた。
いつものように書類を確認していたら、アルベドから入国者について報告が上がってきた。
「見たこともない狼モンスターを引き連れた人間だと?」
「はい。門兵の報告によりますと、見たこともない構造の馬車と、それを引く未知の狼モンスターだとか。それを使役すると思われる3名の人間が本日魔導国に入国致しました」
アルベドが報告した内容とそのモンスターの特徴を聞き、確かに自分が知る知識の中に該当するモンスターがいない事をアインズは理解した。
ユグドラシル由来のモンスターではない、しかしこの世界でも見たことのないモンスター。
「その人間達は既に入国したのか」
「武器等も所持していない女二人とその執事の男のみであった為、講習を受けた後通したと。……如何なさいますか?アインズ様」
そう尋ねるアルベドだが、アインズ様の気に触るようなら直ぐに始末してきますと声に出さずとも顔に出ていた。
それは早計だから却下するとして、さて……どうしたものか。アインズはふむ、と骨の手を組んで思考する。
見たこともないモンスターに、異国の人間。観光目的らしいが、こんな亜人が闊歩している魔都にわざわざ訪れるだろうか?興味本位とは俄には信じ難い。気にはなるが、迂闊に手を出すのも不味い。モンスターを使役しているのだ、それ相応の実力があると見ていいだろう。
「……警戒するレベルでいいだろう。迂闊に手出しはするな。相手の国や勢力も不明なんだ。…まぁ、向こうから手を出すのであれば相応の対応はするがな。アルベド、その3人組にシャドウデーモンを2体付けて監視させろ」
「了解致しました、アインズ様」
ひとまずはその3人組がどう動くのか観察しよう。もし問題が起こったら、またその時考えよう……相手がただの人間であると思っていたアインズはそう考えた。
しかし、その予想を裏切る結果はその後すぐにもたらされた。
3人組につけたシャドウデーモンのうち一体が戻ってきたのだ。シャドウデーモンはひどく怯え、混乱しているようだった。いったい何があったのかと尋ねれば、シャドウデーモンは自身の身に起きた事を話した。
その内容と、齎された情報にアインズは眼窩の灯火を揺らして動揺した。
「悪魔ですって?」
「それも、デミウルゴスに匹敵する上位種だと……⁉馬鹿な!」
アインズの指示通り監視する為に人間の影に潜ろうとしたシャドウデーモンは、しかし、それに失敗した。いや、二人の女の内黒髪の女性の方は難無く潜り込めたのだが、青銀髪の少女の方は無理だった。
その影には既に"何か"がいたのだ。そして、まるで
ーー目だ。こちらを真っ直ぐ見つめる、異様な瞳。それは夜闇に浮かぶ金色の月のようであった。爛々と輝くその月は、しかしその輝きをぞっとさせる程の禍々しい真紅に裂けていた。
一度見たら忘れられない、その眼に一瞥されただけで魂の根源から湧き出るような恐怖を与える、そんな目だ。
「下等な悪魔風情が、我が君の御影に触れるなど烏滸がましい。身の程を知れ、屑が」
そう侮蔑の篭った言葉を吐き捨てて自分を見下ろしたのは、少女に付き従う執事の男だった。まさに絶対零度の眼差し。身も心も凍り付きそうなほどの恐怖。
それは、自身が従う煉獄の悪魔にも匹敵する…いや、畏れ多くも述べるならば彼の悪魔よりも上回るのではないかと感じる程の圧倒的な内包量に体が震えた。そうして、その恐怖から何かがポキリと小枝のように折れる音が、自身の内側から聞こえた気がした。
そんな己を見て、黒の悪魔は凄絶に嗤った。その後のことはよく覚えていない。恐怖と、悪魔への危険を主人に報告すべくその場から逃げ出した。
ーー影の悪魔は、気づいていない。その悪魔に対して心折られたその瞬間に、絶対的な能力によって行動も思考も支配されていることに。恐怖に縛られた心は、彼の悪魔が望む通りに動き、話す。もはや自分ではそれが自分の意思なのか、そうあるように誘導されたものか判別もつかない。
ただただ、あの恐ろしい悪魔へ叛意を抱かぬように、そして目の前の至高の御方を裏切らぬように。矛盾にも似たものを抱きながら、悪魔は話した。前半の考えが、普段の下僕であれば異常な事だと気づかぬままに。
「……そうか。ただの人間と侮っていたな。私の失態だ」
「アインズ様に落ち度は何もございません!不審であると懐疑しておきながら直ぐに始末しなかった私の方にも不備がございます」
「よい、アルベド。手を下さず監視するよう命じたのもまた私の指示だ。それが今に繋がっただけのこと。しかし、まさか上位の悪魔を従える者とは……。未知の魔狼といい、他にいったいどれ程の手札を握っているのか」
その悪魔が"我が君"と呼び慕うのは黒髪の女ではなく、金の瞳に青銀髪の少女だ。
「リリム……か。もしかしたら、プレイヤーかもしれないな。その悪魔がNPCという可能性もあるだろう」
アインズの言葉にアルベドは息を呑んだ。アインズも似たような心情だ。厄介な者が現れた。これは、慎重に行かなければならない。警戒の為シャドウデーモンを差し向けたのは悪手だったかもしれない。こちらの存在を知られ、警戒されれば動き辛くなる。
しかし、2体つけたシャドウデーモンのうち1体は存在がバレている筈なのに始末されていない。未だ影に潜んで警戒に当たっている。
こちらの意図を読んだ上で敢えて野放しにしている…?もしくは、こちらがどう動くか伺っているのか。
「アインズ様のお考えに言を挟む無礼をお許し下さい」
「ん?いや、構わないぞ。発言を許す」
思案に耽るアインズにアルベドは緊張を孕んだ表情でひとつ提案した。
「向こうにもこちらの意図が伝わっていると想定して、現状では引き続き警戒と監視を行うしか手はないと思われます。それ以上の事を行えば向こうも何かしら抵抗もしくは反撃を行う可能性もあります。出方を見るという事であれば幾らか戦力を回しても宜しいかと思いますが」
「そうだな……いや、相手の力が未知である以上、不必要に刺激する事もあるまい。シャドウデーモンを一体消さずに付けたままでいる事からも、奴らもこちらに踏み入れた事は自覚している筈だ。ある程度の監視は受け入れるということだろう。なら、引き続き監視と警戒にあたる」
「アインズ様の仰る通りかと。出過ぎた真似を致しました」
頭を下げるアルベドにアインズは気にするなと手を振ってから、頭を垂れたまま微動だにしないシャドウデーモンに目を向ける。
「現在黒髪の女に付いている者と交代し、お前が件の3人組を見張れ。何か行動を起こしたらその都度私に報告せよ。奴らがこの街から出ていくまで……いや、向こうが手を出してこなければそのまま後をつけろ」
アインズの命を受け、シャドウデーモンは深く頷くと影に潜んで御前から姿を消した。
アインズは少しでも多く相手の情報を得る為に行動した訳だが、それは相手方にとってもとても都合の良い事だと気づくには及ばなかった。
隣に立つ彼の悪魔と同等の智謀を誇る淫魔は当然理解していたが、案の定深読みスキルを発動させてアインズ様ならば何も問題はないのだと微笑みを浮かべたままでいた。
◯2-2でランガが無言で威嚇したのはシャドウデーモンが影に潜り込もうとしたからでした。ディアブロとシエルも気づいてますが、ディアブロが対処したので問題無しとシエルはリムルには何も告げなかったんです。
ヒナタも気づいてますが、ディアブロがそのままと言うので不快を感じながらも我慢してます。