インフィニット・ストラトス~獣耳とかツイてる彼女~ 作:王・オブ・王
あれから次の日、杏澄は食欲も湧かずに朝食を抜いて、いつも以上にビクビクしながら校舎までのを歩いていると後ろから足音が聞こえてきて驚き振り返る。
そこには前までと同じような表情をした一夏だった。
やはりどこかぎこちない気もするが、今日までのことを考えるとずいぶん杏澄と近づこうとしている感じがする。
だからこそ、今の一夏だからこそ信用しようと思った。
信じられた、助けを求めようと思った。
「あ、あのね一夏っ」
「杏澄ちゃーん」
瞬間、声が聞こえた。
悪寒どころの騒ぎではなく手が一瞬震えるも、声の方向を向いていた一夏は杏澄の異変に気づけるわけがなかった。
笑って駆けてくるのは例の三年生たちであり笑顔を浮かべている。
一夏の袖を掴もうとしたが、その手も恐怖で止まった。
「良かったよー額の怪我も心配なさそうでー」
「ほんとほんと」
自分に向けたことのないような表情で笑う三年生たちに、杏澄はさらに恐怖する。
言葉が喉から出てこない。
それほどの恐怖が目の前にある。
「杏澄のことありがとうございます、これからも仲良くしてやってください」
「任せてよ、ね!杏澄ちゃん♪」
それからの記憶は、曖昧だった。
楽しそうに話ながら笑う一夏と自分をいじめる者たち、杏澄は『騙されてる』と言おうとするもその言葉が喉から出ることは無い。
足をグリッと踏まれ、時たま足を蹴られたりもする。
自らの頭に巻いた包帯の感覚が、杏澄に更なる恐怖心を植え付けた。
気づけば授業をぼんやり受けていて、千冬に注意を受けて気づき隣の箒に心配される。
眼は見えないので箒も気づかないであろう嘘の笑いを浮かべて、杏澄は昼までを過ごした。
「杏澄、ほら久しぶりに弁当作ってやったぞ!」
一夏からの優しさが、心にしみるも目の前のそいつだって敵ではないけれど味方でもない。
現状では一番それが辛いけれど、無理をして作った笑顔でそれを受け取る。
「ありがと…っ」
「おう、昼はどうする?」
「別の子と食べるよ」
そう言って誘いを断り、杏澄は一人で隠れて食事をしようとした。
「杏澄ちゃーん」
だが、隠れる前に見つかりそのまま中庭でもさらに人目につかない場所へと連れてこられる。
胸に抱いた弁当箱、最初は普通に持っていてもそんな風に抱いていれば中身はだいぶ片方に寄っているだろうけれど、それに意識を向けている余裕が杏澄にあるわけがない。
女子生徒の一人が杏澄の前髪を触ってその眼を出させる。
抵抗できないし、抵抗する気などなかった。
「ねぇ、さっきの見てたんだけど織斑君に作ってもらったお弁当でしょ、それ?」
杏澄は自分を囲んでいる生徒たちをキョロキョロと怯えながら見るだけで返事をしない。
「聞いてんだけど!?」
「ひっ、そ、そうです……」
怯えたような杏澄の声に笑う三年生たち。
「へぇ、本当に織斑君とはなにもないの?」
「は、はい……っ」
なんとか返事をすると、三年生のリーダー格のような生徒は笑いながら杏澄の頬を撫でた。
鳥肌になるのがわかり杏澄は言いようの無い不快感に襲われる。
動物の危険を察知する本能、のようなものだろう。
「ねぇ、今じゃ織斑君より貴女に興味あるんだぁ……あたしの言うこと聞くならさ、もう何もしないであげるよ?」
そう言って近寄ってくる三年生。
「……っ!」
杏澄は勢いよく三年生を押した。
ふらついた三年生を後ろの二年生が支えたが、その三年生の顔は今までに無いぐらい苛立ちに満ちていて、杏澄は身を竦める。
舌打ちをすると再び杏澄の前に立った三年生が、いつぞやのように拳で杏澄の腹を殴った。
「あ゛ぁ゛っ……」
今まで出したことの無いような声を出してうずくまる杏澄は、その胸にギュッと一夏からの弁当を抱くのみだ。
それにすがるように、それだけが頼りというように胸に弁当を抱きながら、口の端から零れる涎も拭わずにただ弁当を抱いている。
それがまた苛立ったのか、三年生が杏澄の頭を一度だけ踏みつけた。
「その弁当、そんなに大事かよ……おい」
他の生徒たちが丸くなっている杏澄から弁当箱を取り上げようとするが、頑なに杏澄は弁当を離すことはない。
「へぇ……あ、そうだ朝に織斑君から聞いたんだけどさぁ」
リーダー格の三年生が杏澄から弁当を奪うのをやめると、杏澄は頭に違和感を感じて顔を上げる。
その三年生が持っていたのは杏澄がいつもしているカチューシャであり、それは一夏から送ってもらった小さいころから使っているカチューシャであった。
顔色を変えた杏澄が弁当箱を離して奪い返そうとするが、横の生徒二人に腕を押さえられて地面に押し付けられ、挙句に弁当箱まで取られる。
「そんな大事なものなんだ……」
「やめてっ! やめてぇっ、やめてくださぃっ、お願いしますっ! それは、私に、一夏が……『家族だ』って送ってくれた、私のっ」
泣いて懇願する杏澄の表情を見て、言葉を聞いて、リーダー格の三年生が表情を変える。
「そんな、話だったの……」
リーダー格の三年生はそっとかがんでカチューシャを杏澄の前へと差し出す。
腕を拘束されたままの杏澄にどうすることもできないが、目の前の人にも良心があるんだと一縷の希望を見出した。
「でも、ダーメ♪」
パキンッ、と音を立ててカチューシャが破壊され真っ二つになる。
まわりの生徒たちが笑って、三年生がそのカチューシャ二つを杏澄の前に落とす。
杏澄は声を出すこともできずに、茫然と破壊されたカチューシャを見ていた。
「あとお弁当もー」
弁当箱が開けられ、ひっくり返され、踏みつけられる。
「や、やめてっ! お願いだからっ! わたしがっ、わたしがなにしたっていうのさぁッ! なんで! もぉ、もぅっ、おねがっ、だからっ……うぁっ、あぁぁッ……」
拘束されたままの杏澄が泣き叫ぶ。
その琥珀色の瞳から涙を一杯に流して、これまでにないほどに叫んで、そうしても三年生はいつも通りの表情、そして周囲は楽しそうに笑うのみ。
こんな目に合う理由が、杏澄にはわからない。
「なにもしてないよ、織斑君のそばにいただけ」
「でも、そんなのみんな一緒でっ……」
「だって貴女だけいじめやすそうっていうか、なんか違ったんだもん♪」
「……え」
たったそれだけの理由、だがいじめる者らしいもっともな理由だ。
杏澄はもう、なにを言っていいのかわからなかった。
目の前には一夏にもらったカチューシャと弁当、どちらももう通常の役割をこなせない。
自分のこれからの学園での生活を左右する写真を、相手に握られている。
もう、どうしようもなかった。
「……けてっ」
「ん、なんだって杏澄ちゃん?」
「たすっ、けてぇっ、いち、かぁ……」
ぼやくようなその言葉、懇願するようなその声に大笑いする三年生。
「あははははっ! 助けてって、王子様ももう来ないよ! みんな来ない! あんたの秘密の写真もあるわけだし、友達も無くしちゃったようなもんだよね、もうあんたの居場所なんて無いんだよ?」
「うぁぁ……助けてっ、たすけてよぉっ―――」
「うん、助けるよ」
そんな声が聞こえてきて、三年生が笑うのをやめる。
瞬間、銀色の何かが二つ、杏澄を拘束していた少女たちにぶつかり肉を潰すような音をさせた。
その二つは杏澄の両横にあり、それを見て杏澄がISのビットだと思うまでに時間は要らない。
セシリアのブルーティアーズを見慣れているからこそわかる。
「な、なに!?」
「助けに来たよ、お姉さま♪」
杏澄にとっての救世主、杏澄の敵の絶望が、そこにはいた。
可愛らしい笑みを浮かべながら杏澄と同じような耳を持った少女が立っている。ただし、その姿はISスーツで銀色のISを纏っているというのが、異常な違和感を感じさせていた。
ビットは少女のもの、気付いた杏澄だが自分のまわりの生徒たちに『逃げろ』と言う気は無い。
「ほら、とりあえず逃げないの♪」
少女がISを解除してから、脇下のホルダーからハンドガンを取り出し生徒たちの足を打ち抜く。
サブレッサーが付いていたようで音は一切させずに、先ほどビットに吹き飛ばされて意識を失っている二人を抜いた5人の足を打ち抜いた。
杏澄は目の前の光景に叫び声を上げる気力すら失って、目の前でグチャグチャにされている弁当をまとめて、バキバキに壊されている弁当箱に乗せる。
周囲から聞こえる悲鳴など、気にも留めない。
「っ……ぅぁっ……」
流れる涙を、袖で必死に拭いながら壊れた弁当箱に食事を入れて、折られたカチューシャを拾う。
「ふっ……っ……!」
二つに折れたカチューシャを両手で握りながら、杏澄は涙を必死でこらえる。
堪えながら、周囲から聞こえる悲鳴が少なくなったのに気づき“自称妹”が居る方向を見ると、そこにはボコボコにされたリーダー格の三年生の顎を掴む自称妹。
自称妹は杏澄の方を見て笑みを浮かべた。
「今からコイツの顎砕くから待ってね、お姉さま♪」
「や、やめへっ、おねがぃっ、おねがいしますッ……!」
「うるさいなぁ、砕く時に力加減ミスって骨どっかに突き出しちゃうよ?」
「ひへっ!?」
「アハハハ、まぬけな声ー♪」
残酷なことをしながら笑う自称妹が、三年生の顎から手を離すと、思い切り振りかぶった拳でその生徒の顔を殴る。
転がった生徒は動かなくなるが、死んだわけではないだろう。
杏澄は涙をこらえながら、自称妹の方を見ているとその自称妹は杏澄の傍へと寄り杏澄と同じ目線に合わせるためか地面に座り込んで、そっと杏澄の顔を胸に抱く。
「えっ……?」
「良いんだよお姉さま、お姉さまは悪くない、最初は私なんかが出張っちゃいけないと思ってたんだけど無理だった。お姉さまをあんなに悲しませる奴らを許せなかった……私は、私だけはずっとお姉さまの味方だから」
「な、んで……?」
「だって、“たった二人の家族”じゃない」
そんな優しい声に、杏澄はそこで声を上げて泣いた。
周囲は見てる側が痛い気持ちになるような、怪我をした少女たちの体があるにも関わらず、杏澄は自称妹……否、妹の胸で泣く。
それだけが、彼女だけが今の杏澄の救いだった。
それから数分間、杏澄は声を上げて泣いた。
涙が収まって一分ほどして、ようやく杏澄は妹の胸から顔を上げる。
「ご、ごめん……」
「大丈夫よお姉さま……それより、これはどうする?」
「もう良いよ、私はどうすれば良いのかわからないけど……きっともうおしまいだから」
せめて妹を安心させようと精一杯の笑みを浮かべるも、妹は表情を引き締めた。
「なら、一緒に行こう?」
「え?」
「
「私が、行っても良いの?」
「お姉さまならみんな大歓迎よ……私の大事なお姉さま、それに元々は私たちが引き取る予定だったし、こんな場所にお姉さまを置いておけないわ」
妹は杏澄の手をギュッ、と握る。
「お姉さまは、私が必ず守るから」
そう言って笑みを浮かべた妹に、杏澄は再び涙があふれてくるもをそれをこらえる。
返事をすればきっとすぐにでも涙がこぼれてしまうだろうから、杏澄は代わりに妹の手を両手でギュッ、と握った。
妹は笑みを浮かべると杏澄の手をほどき杏澄の肩と膝裏に手を入れて抱え上げる。
「わわっ!?」
「あはは、お姉さまったら可愛い♪」
「え、えっと……」
「じゃあ行きましょうか、ISを展開されるとバレるから全速力で走るよ、しっかり掴まっててよね♪」
「う、うん……!」
妹の首に手をまわしてしっかりと捕まると、妹は走り出した。
人ひとり抱えているとは思えない速度で走る妹の腕の中で、杏澄はそっとIS学園の校舎を見る。
そこにいるであろう、友達“だった”者たちを思い出した。
織斑一夏は隣の席を見てまだ来ていない杏澄を少しばかり心配する。
だがあの優しい三年生の友達がいるのだから平気だろうと何度か頷いた一夏は体を伸ばして眠気を押さえた。
―――杏澄の奴、おいしく食ってくれてるかな?
そんなことを考えながら笑って、一夏はいつも通りの関係に戻れるようにと願いながら次の授業の準備をするのだった。
鬼柳杏澄が行方不明で、あの三年生たちが意識不明の重体だと、一夏が聞くのはこの数分後のことだ。
あとがき
ようやく、杏澄の件がひと段落ついて次回は前回や今回よりは明るくなると思います
杏澄だけですが!
ここから明るい展開って案外むつかしいんですなー、最初の頃のノリが懐かしいけど、あのノリに戻す予定はありますのでご安心を
では、次回もお楽しみいただければ僥倖!