第十一話
内浦に着き、少しの間散歩を楽しんだ俺は、両親から受け取った地図を手に取り、歩き始めていた。
「えーと、ここか。…本当にここか?」
てっきり、アパートに住むものだと思っていた。だが、目の前にあるのは、ねずみ色の平屋。
「とりあえず入るか」
両親から貰った鍵を取り出し、錠を開ける。
中に入ると、そこには…
特に何もなかった。それもそのはず、俺が来るまでは空き家だったのだ。何かあるほうがおかしい。
荷ほどきを終え、手持ち無沙汰になってしまった俺は愛用の置時計を見る。まだ、16時前。
「散歩でもするか」
また散歩。ここには娯楽がそれしかない。
嘘です。近くの町並みを見ておきたいだけです。
家を出て、とにかく歩く歩く、目的地があるわけじゃないのにその歩みは止まらない。知らない町並を見ることが妙に楽しく感じ、その足をさらに加速させる。
「うおおぉ!俺は暴走機関車!この歩みを止めることは何者にもできないぜ!そう、あの神ですらな!」
止まった。
普通に止まった。というか止まらざるを得ないだろう。
このまま真っ直ぐ進めば、海に入ってしまう。浦の星に入学する前に、海の底に入水してしまうなど、笑えない。
全然うまいこと言えてないな…
などと考えていると、得もいわれぬ焦燥感に駆られる。
なんだろう、何か忘れてる。
(あっ、携帯を平屋に忘れてきた)
思い出した。というより気付いた。
(そろそろ、帰ろうかな)
そう思い立つ。
(地図見ながら帰るか)
地図を入れたはずのポケットに手を入れる。
「…ない」
逆のポケットも調べる。
「…な…い!?」
現在、比企谷八幡は暴走の末たどり着いた浜辺で、一人項垂れていた。何故こんなことになってしまったのか。
顔を上げると、夕日が沈もうとしていた。
(待ってくれ!夜になったら町並みが変わって余計に帰れなくなる!)
待ってください!と、土下座をし、祈りを捧げる。
だが、太陽は待ってくれない。そんなの知ったことかと言わんばかりに海に沈んで行く。
「この歳でお巡りさんのお世話になるのか…」
一人そう呟いていると、突然声を掛けられた。
「こんなところで何してるの?」
声のした方を見る。すると、そこにはオレンジ色の髪をした、笑顔が眩しい、太陽の様な女の子が立っていた。
(…沈んでいった太陽よ、お前にもう用はない)
俺はこれから、こちらの太陽を信仰する。
「ねぇ?大丈夫?」
しまった、返事をせねば。
「あ、あぁ大丈夫かどうかと言われれば…」
「…言われれば?」
「…大丈夫じゃないです」
なにがあったの?と聞かれたので、俺は事の顛末を詳らかに説明する。転校のため、ここ内浦に一人で来たこと。テンションが上がり、走り回ったこと。結果、帰り道が分からなくなり途方にくれていたこと。
それを聞いた彼女は…
「そう…なんだ…」
あはは~、と非常に困った顔をしていた。そりゃそうだ、そんなこと聞いたってどうしようもない。それなら、もういっそのこと笑って欲しかったな。
『フフフ~、そうなんだ!面白いね!じゃ、私はこれで!』
ってな感じで…
「じゃあ、そろそろ行きますね」
そう切り出す、これ以上ここに居ても仕方ない。遅くなる前に帰らねば。
「え?でも帰り道分からないんでしょ?」
「交番に行けばなんとかなると思う」
「その交番の場所は?」
「…分かりません」
「よしっ!私が案内してあげるよ」
「いいんですか?」
「もちろんだよ!私にまかせて!」
そういい彼女は、俺の手を取り歩き出す。
(いや、子供じゃないんだから後ろをついていく事くらいできるんだけど…)
そう思いながらも、されるがまま連れていかれる。
「あっ、ちょっと待ってて、お母さんに出掛けるって伝えてくるから」
手を離し、走り出した彼女は、すぐそこの旅館へと入っていった。
(え、あそこが家なの?)
ドタドタ足音が聞こえる。
「おまたせっ、じゃ行こっか!」
「あっ、はい、お願いします」
彼女が歩き出し、その後を追い俺も歩き出す。
やっぱり、イチャイチャするのにも時間がかかると思うんです。