部室へ入り、いつもと変わらない自分の椅子へと腰を下ろす。
さて、どうしよう。
部室へ入ったはいいものの、雪ノ下が一言も喋らない。先程の奇行を目の当たりにして言いたいことがないはずがない。
とはいえこのまま黙っているわけにはいかない。夏休みの宿題は初日に終わらせる派なんだ。
「なぁ、雪ノ下」
雪ノ下は本を捲る手を止め、視線をこちらに向け俺の言葉を待つ。
「俺…、転校することになりました。」
「そう…」
えっ?それだけ!?もっとこう「あら、そうなの?今日は赤飯でも炊こうかしら」とか「あなたを受け入れてくれる高校が他にもあったのね」とか言われるものだと思っていたのに。なんたる肩透かし。
「おう、沼津にある高校行くことになった。」
「…」
元気がない。顔はこちらを向いているものの、視線はずっと下、足元を見ていた。
足元を見ている?
俺を見下している!?
そう思ったが、顔を見る限りそういう意味では無さそうだ。
「雪ノ下、いつもの毒気はどうしたんだ?」
とうとう比企谷菌が、雪ノ下の毒を下したのだろうか。
「比企谷君」
雪ノ下の目が俺の顔へと視線を上げる。
「もしよかったら「やっはろーー!!」
ガラガラピシャン!!という音と共にアホの子王国の親善大使である由比ヶ浜が部室へと入国する。
「いやー、優美子達と話してたらさ少し遅くなっちゃった。ゴメンね、ゆきのん」
「ええ、大丈夫よ。特段依頼が来ているというわけではないし。」
「由比ヶ浜、扉は静かにゆっくり開けような」
「あははー、ごめんヒッキー。でね、さっき自販機でジュース買おうと思って100円入れようとしたら、落としちゃってさ、拾おうとした時にふと自販機の下をみたら、なんと!」
「なんと?」
「なんと!…なんだっけ、忘れちゃった」
何故だ、何故忘れる。
「そうか、それは良かったな」
「うん!って、何が!何が良かったの!?ヒッキー !」
「いや、それはこう全体的に、丸く収まったというか」
「収まってないよ!うー、思い出せない。なんでだー」
思い出せー、思い出せーと頭を抱え、唸る由比ヶ浜。自己暗示をかけている途中悪いが、由比ヶ浜にも伝えなくてはいけない。
「由比ヶ浜」
「なに、ヒッキー?もう少しで思い出せそうなんだけど」
その苦悶の表情は、思い出せそうな時の顔だったのか…
「俺、転校することになったから」
「え?」
「えーーーーー!!」
夕陽が差し込み、どこか幻想的な雰囲気を漂わせるこの部室で、この日一番の大きい音を聞いた。