「本当に転校しちゃうの?」
由比ヶ浜が先程とはうって変わって、消え入りそうな声で確認をする。
「不本意だけどな、静岡にある高校に行くことになった」
「それってつまり、引っ越すってことなの?」
「まぁ、そうだな」
実際は引っ越すから転校するのではなく、転校するから引っ越すのではあるが。それと、女子高へ共学化のテスト生として行くことは伏せて置く。ほら、変に邪推されても困るしね。
「そっか…」
またしても小さな声で、そう呟く由比ヶ浜
「ヒッキーはさ、…それでいいの?」
「いいも何も仕方ないだろ。考えたところでどうしようもない」
そう仕方ないのだ。上が決めたことなのだから。相変わらずの社畜精神である。
「…私は嫌だな、ようやくヒッキーと仲良くなれたと思ってたのに。寂しいよ…」
"寂しい"、由比ヶ浜はそう口にした。生まれて初めて言われた言葉だ。今まで俺は、どこにいても、いなくても何も変わらない様な存在だった。彼女はそんな俺がいなくなると寂しいと言ってくれたのだ。正直嬉しい。
だがそれは、一時の気の迷いに過ぎない。由比ヶ浜は優しい。その優しさゆえに俺に幻想を抱いた。入学式の日に犬を助けたのはただの自己満足、いままで受けた依頼も奉仕部の仕事として請け負っただけだ。そんな俺が、彼女の求める比企谷八幡を演じ続けられるはずがない。時間が立ち、見える部分が増えるにつれ、彼女が夢見る比企谷八幡の色は剥げ、錆び付き、音を立てて崩れ去る。だから俺はこう返す。
「今生の別れじゃあるまいし。会おうと思えばいつでも会えるだろう」
嘘は言っていない。死ぬわけじゃないし、千葉と静岡だって陸続きで繋がっている。
「それでも…、近くにいるのと、いないのとじゃ全然違うよ」
「大丈夫、このご時世携帯がある。日本中どこにいてもみんなと繋がり放題だ。大差ない」
これも嘘ではない。電話をかければ声が聞けるし、SNSを見れば相手のしている事がなんとなく分かる。
「…でも、やっぱり寂しいよ…」
由比ヶ浜の目が俺を見つめる。言って欲しい言葉があるのだろう。けど、それは俺の言っていい言葉じゃない。もっと、卑屈で、陰湿で、最低な言葉でなければ。
「大丈夫だって」
無責任な言葉。
そして、終わらせるための言葉。
これで漸く彼女は、悪い夢から覚め、次に進むことが出来る。
沈黙が訪れる。
先程から黙っている雪ノ下は勿論、由比ヶ浜も言葉に詰まる。そして、しばらくの後沈黙は破られる。
キーンコーンカーンコーン
部活の終了時間を告げるチャイムだ。
「時間ね、今日はもう終わりにしましょうか」
雪ノ下が本をしまいながら二人に声をかける。
「そうだな」
「…ゆきのんは、ヒッキーがいなくなってもいいの?」
「そうね、いいも悪いも決まっている事なのでしょう?私たちが、とやかく言うことではないわ」
「ゆきのん…」
長居は無用だろう。
「じゃ、俺帰るわ」
鞄を手に持ち、出口へと向かう。
「あっ、ヒッキー…」
背中に声をかけられたが、俺は振り向かない。
そして、足早にある場所へと向かう。
「あぶねー、間に合った」
洋式トイレに座りそう呟く。
実は途中から、便意を我慢していたのだ。ついでに尿意も。
迫り来る二つの脅威。先に出るのは、大か小か、さぁ、君はどちらを応援する!?(特撮風
おシリアスって、難しいですわね。