トイレでスッキリした俺は、帰宅すべく駐輪場へと向かう。腸はスッキリしても、心が晴れない。
転校が決まり、最初は戸惑った。しかしいい機会だとも思っていた。やっと見つけた学校での居場所らしき場所の居心地は良かった。でも、ただそれだけ。雪ノ下と由比ヶ浜の会話を横目に、小説を読む。依頼が来れば解決はするが、誉められたやり方ではないと言われる始末。
ここに俺が欲しかったものはあるのだろうか。ずっと昔に求めて、手を伸ばし続けていた何かが。
いや、手を伸ばせばあったのかもしれない。
ただその手には数え切れない傷が刻み込まれ、既に一人では手を伸ばす事さえ出来なくなっていた。
死ぬ気で駄々をこねれば、転校の話をご破算にすることだって出来ただろう。でも、そうしなかったのは自分のため。由比ヶ浜を夢から覚めさせるだの、次に進ませるためだの、人のためと宣っておきながら、結局は自分が傷付きたくなかっただけ。だから、嫌われる前にいなくなってしまおうと。
「帰るか」
駐輪場に着き、自転車に乗る。これ以上考えても仕方ないと、ペダルをこぎ始める。
校門に行くと、平塚先生が立っていた。
「比企谷、遅かったじゃないか。他の二人は先に帰ってしまったぞ。」
「あ、いえ、ちょっとトイレに行っていたので…」
「あっ…、そうか、それは失礼した。ところで二人とはちゃんと話をしたんだろうな」
「勿論です。由比ヶ浜は驚いていましたが、雪ノ下はあまり興味無さそうでしたけどね」
「雪ノ下が?…そんなはずはないだろう。さっき部活が始まる前、雪ノ下には私から伝えて置いたんだが、驚くほどに動揺していたぞ。職員室から出るとき、扉に頭をぶつけていたな。」
「え?」
言葉に詰まる。動揺していた?雪ノ下が?
「とにかく二人とはちゃんと話したんだな」
「は、はい」
「ならよろしい、それと比企谷」
「はい」
「逃げるのは悪いことじゃない、けど目を背けるな。これからの君に起こることは全て、君自身の出来事だ。他ならない君の目で見届けなさい」
「…腐っててもいいんですか?」
「ああ構わない、むしろ腐ってなければ君ではないだろう」
そういって微笑む先生。いや、夕陽による逆光で、いまいち表情は読み取れないのだが、声音からして多分微笑んでる。影のイタズラで鬼の形相に見えるが、きっと微笑んでる。
「…はい、わかりました」
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「では、失礼します」
そう言って、ペダルをこぎ始める。
"もしよかったら"
雪ノ下は言っていた。由比ヶ浜の登場に言葉は遮られてしまったが、確かにそう言った。あの言葉に続きがあるとしたら、なんだろうか。
奉仕部に入ったとき、自分が言おうとした言葉を思い出す。
「まさか…な」
雪ノ下が言いそうに無いセリフベスト3に入るような事を思い付く。いや、憶測に過ぎないか。人は分からないことに出くわした時、都合の良いように解釈してしまう癖がある。今までも全て勘違いだっただろうと、頭が自分に言い聞かせる。ただ心は、小さな光に過敏に反応し、期待をふくらませる。
考えがまとまらないまま、家に着いた。鍵を開け、家へと入る。
「ただいまー」
返事がない、代わりにシャワーの音がする。
「小町は風呂に入ってるのか」
すぐに理解した俺は、疲弊しきった心と体を癒すため、リビングのソファーへと眠るように倒れ込んだ。
八幡と千歌たちのイチャコラを書きたかったのに、まだ転校しない。なぜだ。これじゃあ、ただ八幡が転校する話になってしまう。