「おはよう、小町」
「おはよ、お兄ちゃん」
アラームに起こされた俺は、珍しく二度寝をせずに、リビングへと降りていた。小町の顔を見て、昨晩から解いていた問題に答えが出る。
「小町」
「なに?お兄ちゃん」
「昨日はありがとな」
「…うん」
「…それと、やれるだけやってみる」
「そっか、よかった…」
そういって、笑みを溢す小町。
昨日、布団に入ってからずっと考えていた。自分がこれからどうすべきかを 。いや、これからどうしたいかを。
正直に言えば、雪ノ下と由比ヶ浜、二人の事は好きだ。ただ、心が先に進みたいと願っても、これまでの経験を忘れたのかと、自分を守るための理性が絶対的なブレーキをかける。
どうせ、いつもと同じだと。いままでの自分が、分厚く巨大な壁となって、自分を堅固に守る。
平塚先生は言っていた、"目を背けるな"と
小町は言っていた、"傷付く事を恐れないで"と
二人と俺を遮る、大きな壁。
転校というきっかけが、そこに小さなヒビを入れた。
その一点を見つめる。
壁は崩れるだろうか。
目を逸らさず、立ち向かい続ければ壁の向こうにいる二人に出会えるだろうか。
友達になりたい。
シンプルな答えだった。
理解したいだの、理解されたいだの難しい事を考えてきたが、それも全部自分を守るための言い訳。そんな事はどうでもよかった。ただ、昔からずっと欲しかった。俺が今まで、馬鹿にしてきたあの関係が。
度々集まっては、笑い合う。喧嘩もすれば仲直りもする、そんな関係。俺が馬鹿にしてきたものは、手に入らないから、馬鹿にするしかなかったのだ。
朝食を食べ終え、洗面所へと向かう。すっかり使い古した歯ブラシを手に取り、歯磨き粉を付けようとする。
「…空じゃねぇか」
買い置きはあっただろうか。思いだそうとするも記憶にないため、探すことは諦める 。仕方なくそのまま磨くか。
やけに瑞々しいシャカシャカ音を立てながら、洗面台に貼り付けられた鏡を見る。相変わらず目が腐っている。けれどもその目には、ほんの少しだけ希望の色が輝いて見える、そんな気さえしていた。
さて、そろそろ学校へ行く時間だ。時計を見ながら一人決心をする。
友達になってみせる。
そう考えただけで心臓の鼓動が速くなる。
「本当、ノミの心臓だな」
自虐しながらも気持ちは穏やかだった。
今日の天気は、雲一つない快晴。絶好のチャンスだろう。いや、天気は関係ないか。
なんて言おうか、いつ言おうかなど、ありとあらゆるシミュレーションをしながら、学校へと急ぐ。
気温は低く、まだ肌寒いはずなのに、俺の体はどこか熱を帯びていた。
そろそろ転校させます。