家を出て、教室に入るまで、これまでにないほどの思考を働かせた。自分の正直な気持ちを二人に伝えたい。これまで散々逃げてきて、虫の良いことを言っているのは分かっている。それでも、二人との関係を終わらたくない。
曖昧な関係から、もっと先に進みたいと。友達になりたいと、聞くことをやめていた心の声が、今ではしっかりと俺の鼓膜を小さく揺らす。
よし、遊びに誘おう。
単純ではある、が、故に明快。友達同士は休日にどこかへ遊びに行くはずだ。逆を言えば、休日に一緒にお出掛けをすれば、それはもう友達であるはずだ。
お昼休みに、由比ヶ浜を誘おう。雪ノ下は、部室へ行ったらすぐ誘おう。
そう決めた俺は、いつもと変わらない寝たフリを始めた。
お昼になった。
計画を進めるため、由比ヶ浜のいる席を見る。鞄からお弁当取り出そうとしている。今だ、今行くんだ。
しきりに自分を鼓舞するも、体は一向に動く気配を見せない。
由比ヶ浜がいつものグループへといってしまった。
こうなってしまっては、どうしようもない。由比ヶ浜の友達の前で遊びに誘うのは、その場の雰囲気を壊してしまう可能性がある。そう自分に言い訳をし、いつものベストプレイスへと向かう。
「プランAが駄目ならプランBだ」
冷めた焼きそばパンを頬張りながら、計画を変更する。昼休みがだめだったなら、部活へ行く前だ。
放課後になり、クラスメイト達は動き出す。由比ヶ浜を探すと、出口付近で他のクラスメイトと話していた。声をかけようとそちらへ向かう。
声が出ない。
行き場を無くした俺の体は、そのまま教室から出てしまった。
先に、雪ノ下を誘おう。そして奉仕部へと向かう。由比ヶ浜を誘うタイミングは無かったんだと、また自分に言い訳をしながら。
奉仕部に着き扉を開けると、雪ノ下はいつもと変わらず本を読んでいた。
「うっす」
「こんにちは比企谷君」
挨拶を済ませ、自分の席へと腰を下ろす。
俺と雪ノ下間には、物理的な距離があった。長テーブルを二つ並べた、端と端。きっと心も同じくらい離れているのだろう。これを埋めたい。もっと近付きたいと心が俺に懇願する。
「…なぁ雪ノ下」
「なにかしら」
"遊びに行かないか?"
たった一言。それを口にするだけで、きっと今の関係は変わる。前に進みたい。…言うぞ
「…いや、なんでもない」
「…そう」
言えなかった。そのたった一言が。そして部室の扉が開かれる。
「やっはろー」
由比ヶ浜が来た。計画は失敗だ。一人ずつ誘えば、俺のコミュニケーション能力でも誘えるだろうと思っていたが、二人同時になんて無理だ。不可能。
「おう」
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「うん、やっはろーゆきのん」
「や、やっはろー」
そして、由比ヶ浜はいつもの席へと座る。雪ノ下のすぐ近くに。
そうだ、そうだった。この距離だ。手を伸ばしても決して届かない距離。
人間そう簡単には変わらない。それは人の性質が今までの経験から形作られるものであり、新しい何かがあったところで、今までのことは何一つ消えないからだ。
もうやめよう。身の丈に合わないことはやっぱりするものじゃない。
平塚先生と小町の言葉を思い出すが、冷えきった体には、熱が戻らない。
諦めた俺は、小説を手に取り視線を落とす。
部屋にあるのは、二人の会話と、ページを捲る音だけ。先程まで、自分の鼓膜を揺らしていた確かな音は、すっかり聞こえなくなっていた。
次こそ、転校