闘鬼人   作:モス

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望まれぬ産声

 人と妖魔、両者の血で血を洗うような人妖大戦から数年、都会から離れた小さな村に新たな命が生まれようとしていた。

 家の中から女達や産婆の声が辺りに漏れる。村の男衆はそれを心配そうに外から聞いていた。

 情けない話だが、出産に関する知識が無ければ男に出番はない。

 出来ることといえば、母子の安否を祈るくらいだ。

 だが、どうにも様子がおかしい。

 新たな命の誕生というのは、大小の差はあれ祝福されるはずだ。

 外で待機している男共にそのような空気を一切感じない。むしろどこか険しい眼をしていた。

 

 家内の女達も同様。産婆の補佐として雑用をこなしながらも表情に嫌悪感が滲み出ていた。

 その理由は妊婦――彼女の腹にいる赤子が原因だった。

 

 歯を食いしばり、出産の痛みに耐える彼女の名は“桜” 村一番の美人として村民に愛された女性だ。

 働き者で気立てもよく、それでいて驕らない人柄で幸せが約束されたかのよう女だった。

 そんな彼女が――攫われた。

 下手人は“鬼” 人妖大戦の生き残りで、群れからはぐれた雄の妖魔だ。

 妖魔と人との間に停戦協定が結ばれたとはいえ、妖魔の脅威が消えたわけではない。

 人と違い、規則や法を何とも思わない妖魔が殆どだ。

 とりわけ鬼と呼ばれる種族は、性欲旺盛な上に人間の女を好む。そんな鬼に桜が攫われた。

 当然、村の若い男たちは彼女取り返そうと躍起になった。槍や刀、狩猟用の弓、武器がない者たちも農具を手に鬼の後を追っていった。その数、三十人。

 その結果は悲惨なものだ。半数は帰らぬものになり、命からがら戻ってきた者たちも重軽傷を負っていた。

 鬼は人妖大戦において一番最前線で暴れた化け物である。力、体躯共に人の倍近くあり、俊敏で鋭い牙と爪を持つ。そして何より、皮膚が堅く、間に合わせで作った程度の槍や矢では致命傷に至らない。

 

 人を呼ぼうにも村は都から遠く、森林の生い茂った山中にある。

 それでも領主に救いを求めるため人を送ったが、良い返事は返ってこなかった。大戦の爪痕が未だ色濃く、どこも人手不足なのが理由だった。

 村自体も赤貧で、誰かを雇うような余裕がない。桜の存在を諦めざる得なかった。

 だが、半年ほど経ったころ帰ってきたのだ。その腹を膨らませて――。

 

 命からがら逃げ帰ってきた桜は憔悴しきっていた。村人達はそんな彼女を治療しようとしたが、桜は村民達に迎えられ、治療もそこそこに産気づいてしまった。

 人の子にしては早すぎる、第一、桜は村の誰とも同衾しないまま連れ攫われた。間違いなく腹の“それ”は鬼の子。

 

 

 

「……」

 

 雑用をしていた一人の女の手に湿らせた布が握られている。母体の為では無い、取り出した赤子を穏便に息を引き取らせる為の物。

 生まれてくる赤子は、村人達からすれば恨み骨髄な鬼の子だ。

 村に不幸を呼ぶ忌み子であり、成長すればどんな厄災を引き起こすか……。

 赤子に対する処置は村の総意であった。

 

「あッーー」

 

「産まれるぞ!」

 

 獣のような慟哭が響き渡る。赤子の頭を確認した産婆の手つきは母()を労るように動いた。

 経験か、又は生物としての本能がそうさせるのか、この瞬間ばかりは女達の中から憎悪が消えた。

 

「……産まれた。(おのこ)じゃ」

 

「そ、そんなこれって」

 

「……」

 

 鬼というのは恐怖を掻き立てるような風貌をしている。二本の角に牙、顔は堀が深く険しい。

 人間をして、地獄の使い魔と称されるほど醜悪なのが鬼なのだ。

 以上をふまえて生まれた赤子はどうだろうか――角だ、小さなそれが一本生えている。

 逆に言えば鬼との共通点はそれのみ、余りにも人の子に酷似していた。

 屋内にいた女達から殺意がなくなる。醜悪な鬼の子ならともかく、人に似たそれを殺める度胸のある者はその場にいなかった。

 そしてもう一つ、赤子が産声を上げない。屋内を水を打ったような静けさが支配していた。

 産まれたばかりの赤子が生きるためには、産声が必要不可欠だ。このまま肺呼吸をしなければ死に至る。

 稀にだが、羊水がつまり産声が上げられない赤子がいる。そういう場合は産婆が対処するのだが……。

 

「……」

 

 見捨てるべきだ。赤子の死は村の総意だし、万一助かったとしてもこの子に幸せは訪れない。

 助けた自分とその家族は村八分になるだろうし。鬼の子は迫害されたのち、野たれ死ぬのが目に見えている。

 このまま静観、母体の治療に当たった方が最善だ。わかっている、わかってはいるが……。

 産婆としての役目を放棄しなければならないのが、こんなにも胸を締め付けられるとは――。

 

 その時、産婆の耳に囁くような声が聞こえた。

 桜だ。衰弱した体で出産を終え、息も絶え絶えに涙の枯れた瞳を向けている。

 声を出す体力もないのか、懸命に口を動かしているが何も聞こえない。

 だが、その口の動きが、瞳が、表情が、言葉以上に物語っていた。

 

 おねがい――と。

 

「お松様、何を!?」

 

「お止めください!」

 

 お松と呼ばれた産婆は、赤子を逆さに持ち上げ尻を叩いた。

 それが産声を上げさせるための蘇生法だとしっている女達が咎めるが、お松は構わず続ける。

 村の総意が何だというのだ。赤子に鬼の血が混ざっていようと、この子は桜の子でもある。

 何より、母である彼女が望んでいるのなら迷う必要など無い。

 

 

「ゴ、ゴホッ……オギャー! オギャー!」

 

 咳とともに羊水を吐き出した赤子が産声を上げた。安心したお松は、母方の容態を見ようとして固まった。

 呼吸が浅い、目の焦点が合わず虚を見ている。お松は経験上、それが命の灯が消えかかる瞬間だと知っていた。

 女達が桜の名を呼ぶ。異変を察知した男共も屋内に入り、桜の安否をお松に問う。

 お松は、首を横に振った。

 

「何故じゃ桜。はやり病で親族を亡くし、懸命に働いてきたお前が、鬼に攫われ苦境を脱したお前が、幸せになるのはこれからじゃったろうに……」

 

 皆のすすり泣く声を聴きながら、彼女の瞼を閉じる。

 穏やかな表情だ。村の最年長であるお松は、様々な死に直面してきた。

 その中でも一番静かで、安らかに感じる。知らぬ者からすれば眠っているようにしか見えないだろう。

 

 

「ッ、オギャー! オギャー!」

 

「あ、赤子が……」

 

 呼吸が安定したと同時に泣き止んでいた赤子が、再び声を上げた。

 母の死を悟ってか。それとも、苦界で生きていく受難を思ってか。

 赤子はしばらく泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

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